追放ニート侍~もしもパーティーを追放されたのが本当に最低の屑だったら~ 作:RYUZEN(孔明)
ルシフェラは伊達や酔狂でルシアなんていう偽名を名乗り、貴族のお嬢様の社会科見学という体で新大陸に来たわけではない。そこには自分の身一つを使うに足る目的があった。
以前マロウが使った『紅の足音』に指名以来を出したのは、既に実力と信用が保証されていたからに過ぎない。一級冒険者に依頼するという手もあったが、それだと目立ちすぎるのだ。
そう、それだけで他の目的などなかったはずなのに。
(あのヘイザ・アッシュブレードという男……)
彼を見ていると、強烈なデジャブを感じるのだ。面識などあるはずがないというのに、魂が『自分は彼を知っている』と告げている。
「…………」
「――――」
ヘイザと視線が合う。何を考えているのか表情から読み取ることはできない。
「ヘイさん、どうしたんですか? 固まっちゃって?」
ヘイザの仲間であるキクコが尋ねると、途端にふにゃっとした顔になった。
「いやぁ。実は昨日飲みすぎて二日酔いが……おぇえええええええええええ!」
「なっ! 陛……お嬢様の前でなんてことを!」
げーげー吐き始めたヘイザに、ルシフェラの近衛隊長であるエレーナが激高する。もしもルシフェラがお忍び社会科見学のお嬢様としてではなく、女帝としてここにいたなら、これだけで不敬罪で処刑物だった。
「すみませんすみません! ご主人、せめて依頼人の方から離れて下さいって!」
ルシフェラたちに平謝りするジャックがヘイザを物陰に連れていく。
「……ふふ、わざとらしい」
ルサルカがそんなヘイザを見ながらポツリと呟いた一言は、ルシフェラには聞こえなかった。
(人の顔を見た瞬間、いきなり吐き出すような無礼者など、今まで見たことがないはずなのに、何故郷愁にも似た既視感を抱くのだ。……いや、気のせいだな)
ルシフェラが郷愁を抱くような昔馴染みなど片手の指で足りるほどしかいない。そしてヘイザ・アッシュブレードの名前はその誰にも当てはまらなかった。
「ジャック~。背中さすってくれでござるよぉ~」
「ルサルカの姐さん、お願いします!」
「さ。お姉さんがさすってあげよう。背中を出しなさい」
「治った」
あれだけゲーゲーしていたのに一瞬で治すと、ヘイザは口と手を洗ってからルシフェラたちのところへ戻ってくる。エレーナは汚物に触れるのを嫌がるように、ヘイザから一歩距離を置いた。
「それでルシアお嬢様。今回は複数パーティーへの依頼らしいけど、僕たち以外の冒険者は?」
「それは――――」
「嘘だろ……なんでまたよりにもよってヘイザとバッティングしちまうんだよ!」
ルシアが答えるより先に、絶望に満ちた声がした。そこにいたのは雇ったもう一つの冒険者パーティー『デイリー・ペース』のリーダーのマイケルだった。
「おお、マイケルではござらんか! もう一組の冒険者とはお主らのことであったとは! こりゃ楽ができそうでござるなぁ!」
「くそっ! いい笑顔しやがって!」
「……落ち着きましょうマイケルくん。大丈夫、報酬はフィフティーフィフティーです。私たちの取り分の六割が酒とギャンブルと女に消えたりしません」
「それに師匠はともかくルサルカとキクコとジャックは頼りになるから。……師匠が頼りになる展開はそれはそれで御免こうむるけど」
落ち込むマイケルを仲間のペネロペとジェイクが宥める。
そんな様子を見てエレーナが不安そうに耳打ちをしてきた。
「(陛下。大丈夫でしょうか、この連中? やはり目立つリスクを負ってでも一級や二級の冒険者を動かしたほうがよかったのでは?)」
「(一級や二級を動かすのは露骨に過ぎる。今回の目的には合わぬ)」
そうヒソヒソと二人で話していると、冒険者たちも話し合いが終わったようだった。二つのパーティーの纏め役をやることになったらしいマイケルが代表してルシフェラのところに確認に来た。
「それでルシアお嬢様。お忍びの視察の護衛ということでしたが、これからの予定について教えてほしいんですけど」
「……帝国本土には魔物も亜人も存在しませんので、冒険者が魔物とどう戦うか、この目で見たいと思います」
「分かりました。なら6、7級程度の魔物退治の依頼を受けてきて、それに同行して頂くという形でどうでしょうか?」
「構いません。そのように」
そうしてマイケルはテキパキと冒険者ギルドでスライムや魔犬の討伐などのクエストを受注して戻ってきた。他にオークやゴブリン討伐のクエストはあったが、それを選ばなかったのはマイケルなりの気遣いだろう。オークやゴブリンは繁殖方法が繁殖方法なので、女性には特にショッキングな光景に遭遇する可能性がある。
「というわけでクエストを受注してきましたが、いつも通り魔物討伐をする組と、お嬢様の護衛に回す組で分かれたいと思うんですが」
「不要です。私たちがお嬢様の護衛に専念するので、貴方達は好きなように戦ってくれて結構」
エレーナがマイケルの提案を却下すると、冒険者風の装いをしている近衛兵たちが無言で頷いた。皇帝であるルシフェラの身辺を守護する近衛兵は一人一人が兵士百人に値する猛者ばかりだった。
「わ、分かりました。ではそちらはお任せして――――」
「あいや待たれぃ! 本国には魔物はおらぬということは、お嬢様の護衛であるお主らには魔物との戦闘経験はないのではないか?」
しかしここでヘイザが勢いよく待ったをかけた。
セラーナは一瞬図星をつかれたような顔をしたが、直ぐに元の調子を取り戻して反論する。
「魔物との戦闘経験はありませんが、私は一騎当千の猛者であると自負しています。私には及びませんが彼らも精鋭です。魔物程度に遅れをとりません」
「喝!! でござる!!」
「っ!?」
とんでもない気迫と共に放たれた一喝が、セラーナと近衛兵たちの気を呑んだ。
「戦いとは常に予想外の事態が付きまとうもの! ましてやお主らは魔物との戦闘経験が皆無という! であればもしもスライムが想定した以上に強い種で、もしもちょっとした油断や不運から不覚をとり、そしてもしもルシアお嬢様が傷つくような事態になったら、どうするでござるか!?」
「……そうならないための私たちです。万が一、私が不覚をとっても他の者が対処します」
「だがさっきも言ったようにお主らは魔物退治の経験がないでござろう? 経験不足から万が一が千に一つとなり、千に一つの不運が連続しないとも限らん。それを防ぐためにも一人はお嬢様の護衛に専念するべきではないか?」
「一理ありますね」
「へ……お嬢様!?」
とんでもない不幸なんていうのは、なんの脈絡もなくいきなり起こるものだ。セラーナと近衛兵たちの実力を信用していないわけではないが、ヘイザの言う通り彼らに対魔物との戦闘経験がないのも事実。護衛に魔物との戦いを知り尽くしているプロを置いておく価値はあるだろう。
「というわけで不肖この拙者がお嬢様の護衛を担当するでござる! 皆の衆! お嬢様の安全は気にせず、安心して戦うでござるよ!」
「そんなことだろうと思ったわ」
ヘイザが高らかに宣言すると、ミラが呆れたように肩をすくめた。