追放ニート侍~もしもパーティーを追放されたのが本当に最低の屑だったら~ 作:RYUZEN(孔明)
マイケルたちが洞窟へ入って暫くすると、ヘイザがルシフェラに気安い口調で話しかけてきた。
「そういえば知っているでござるか、ルシア殿。最近アメーリア大陸の駐留軍司令官だったディミトリ・ハーヴェイ大将が仕事のストレスによる心神耗弱状態となり、自殺したそうでござる」
「そのようですね」
常日頃から畏まられてきたルシフェラはヘイザの口調に懐かしさを感じながらも、そっけなく答えた。
「ハーヴェイ大将ほどの人物が、心神耗弱で自殺するような真っ当な精神を持っているとは思えぬし、まあきっと何か裏があるんでござろう」
「……そうかもしれませんね」
「話は変わるが、釣りをしたことはあるでござるか?」
「嗜みとして何度か」
帝国成立以前は主に庶民の娯楽だった釣りだが、太祖女帝が大層好んでいたことで今では貴族にも人気の娯楽となっていた。ルシフェラ自身、太祖を尊敬する一人として、釣りにはそれなりの熱意をもって励んでいた。
「餌というのはバレぬように撒くのが常道でござるが、バレバレでも食いつく時というものがある。そう、餌が釣られるリスクを考慮してなお、美味い場合でござる」
「……! 貴方は、まさか」
自分の正体に気付いているのか、そうルシフェラが聞こうとした時だった。
洞窟の前の森から無数の人影が現れる。ただの人間ではない。全員が頭から獣のような耳を生やしていた。
魔法に長けたエルフに並ぶ、新大陸の先住種族の一つ、獣人である。
獣人たちのリーダーらしい大柄な男が明確な敵意を向けながら口を開いた。
「帝国の魔女ルシフェラだな?」
「如何にも」
獣人の男の口調からは確信めいたものを感じた。故に隠しても無意味と判断したルシフェラは堂々と己が女帝であると認めた。
「我が名はヴォルグ。フィルモア村を覚えているか?」
「忘れるはずがないとも。フィルモア事件、愚弟の過ちの一つだ」
正確には愚弟の威光を借りて好き勝手していた麻薬伯フラスカーノの犯した悪行の一つである。
獣人たちの一族が切り開き開拓したフィルモア村から希少金属が採掘された。それに目をつけたフラスカーノが宰相に働きかけて、フィルモア村の住人全てを反乱者だとでっちあげて虐殺を行ったのだ。村民の多くは殺され、生き延びた者は強制的に奴隷階級に落とされたという。五年前の内乱では虐殺と過酷な労働の僅かな生き残りは、当然のように反乱軍に組して戦い、戦後も帝国の恩赦を受け入れずテロリストとして戦い続けているとルシフェラは聞いていた。
「貴様ら帝国人によって殺戮された我が一族の仇をとりにきた……貴様を、地獄に落とす」
「虐殺をしたのは私の治世ではない。それくらいは知っているだろう?」
「だが俺たちが一縷の希望を託したハルノ・クリアスカバードを処刑し、独立戦争を叩き潰したのは貴様だ」
「なるほど、もっともな話だ。殺されてやるわけにはいかないが」
つくづく愚かなる弟は面倒事ばかり残してくれたものだ、とルシフェラは心の中で亡き弟に毒を吐いた。最初から自分が皇帝に即位していれば、今の苦労の九割は消えてなくなっていただろう。
「どうです女帝陛下、釣れましたか?」
ヘイザから聞かれると、ルシフェラは首を横に振った。
ルシフェラが誘い出したかったのは、ハーヴェイが研究をしていた証拠をヴァルデマールに渡してきた男の黒幕である。しかしヴォルグと名乗る獣人には、そういう黒幕らしさというものが一切感じられない。
「恐らくは外れでしょう。私が狙っていた者に利用されているだけでしょうね。ですが念のためあのリーダー格は生け捕りにしなさい」
「了解です」
そう答えたのはヘイザではなくエレーナだった。エレーナは裂帛の気迫とともにヴォルグに向かっていき、
「どけぇ!」
「がはっ!? 馬鹿な……一騎当千と渾名された私が……」
ヴォルグの雷のような鋭い蹴り技。そのただの一撃で洞窟の壁まで吹っ飛ばされた。
「貴様が一騎当千なら俺は獣人の中にあって万夫不当と謳われた男! 鍛え方が違うのだ! 戦いにかける覚悟もな!」
「あ……ありえない。あのエレーナがただの一撃で」
これには流石のルシフェラも驚愕する。
エレーナは帝国の近衛隊長だ。その戦闘力は一級冒険者にだって劣るものではない。それを一撃で倒すなどヴォルグという男は、七雄にすら匹敵する怪物だというのか。
エレーナの部下である近衛達が隊列を組んでルシフェラを守るように立つが、そこにヴォルグが引き連れてきた手下の獣人たちが襲い掛かる。ヴォルグほどではないが手下の獣人たちも全員かなりの実力者ばかりだった。
「くっ……陛下! お逃げ下さい! そこの冒険者! 今までまったく働かなかったんだから、せめて陛下を連れて一緒に逃げるくらいしろ!」
「断る」
エレーナの叫びにそう言ったヘイザは、ルシフェラを洞窟の中に押し込んだ。
「……戦う気か冒険者? その魔女を置いて逃げるなら、お前は見逃してもいい。俺の曾祖父はリディア・ベルナールに救われた……借りがあるからな」
「拙者は彼女の護衛に専念すると決めた。故、この依頼を受けている間、彼女の命は拙者の命より重いのだ」
ヘイザは刀を抜くと、姫を守護する騎士のようにヴォルグと相対する。
「『彼女を傷つけさせて、なるものか!』」
ルシフェラは過去、それとまったく同じ言葉を聞いたことがあった。
姿形は記憶にあるものと違う。声だって変わっているし言動も、態度も、なにもかもがまったく違う。だというのに――――
「あ、ああ……」
姿が、被る。鼓動が高鳴る。
「ミハ、エル」
探しものが、見つかった。