追放ニート侍~もしもパーティーを追放されたのが本当に最低の屑だったら~ 作:RYUZEN(孔明)
「騎士共。あの一番強い獣人は拙者がやる。他の21人から死ぬ気で姫……陛下を守れ。できるな?」
ヴォルグと相対しながらヘイザは彼らの上司であるかのような口ぶりで近衛騎士たちに言った。あまりにも自然体だったため近衛騎士たちは素直に「はい!」と答えようとして、ヘイザが自分たちの上官でもなんでもないことに遅れて気づく。
「あ、当たり前だ! 俺たちは選抜された近衛騎士だぞ!」
代わりに近衛騎士はヘイザに反発するように、或いは自らを鼓舞するようにそう返事した。ヘイザはそんな彼らに口角を上げながら言った。
「よし、信じよう。励めよ」
「い、言われずとも!」
士気をあげた近衛騎士たちが獣人たちに向かっていく。
ヴォルグは近衛騎士隊長を一撃で倒した実力者である。その実力は七雄にすら匹敵するだろう。しかし獣人全てがヴォルグ並みの実力者というわけではない。近衛騎士たちの実力ならヴォルグはともかくその配下相手なら十分に戦えるだろう。
これでヘイザはヴォルグにのみ集中できる。ヘイザは洞窟の入り口を塞ぐよう仁王立ちしながらヴォルグを注視する。
「洞窟に押し込んだのはこのためか。洞窟内にいる以上、一方向からしか襲えない。守るに易い」
その通りだった。ヴォルグがもしもヘイザを無視して強引に洞窟内に侵入しようとすれば、その瞬間、彼の首は胴体と泣き別れすることになるだろう。
「――――ヘイザ・アッシュブレード」
洞窟にあるルシフェラが少し躊躇いがちにヘイザのフルネームを呼んだ。
「なにか陛下?」
「あの男を生け捕りにできますか?」
「無理だ。殺さぬよう加減して勝てる相手ではない」
「ならば殺しなさい、我が騎士」
「騎士ではない。今はただの冒険者だ」
ヘイザは最初から全身と刀身に黒属性の魔力を張らせる。
目の前の敵は魔法を封印して剣術だけで勝てるほど温い相手ではない。魔法剣士であるサー・クベーラの本領で戦わなければ、返り討ちにあって殺されるだけだ。
「あくまでその魔女を庇うというのならば、貴様も仇の一味と見做す! ゆくぞ!」
ヴォルグは己の五体で戦う拳闘士だ。鍛え上げた己の肉体こそが最上の凶器である。立っている地面を粉砕するような踏み込みで距離を詰めると、ヴォルグは雷撃のような蹴りを放ってきた。
鋭さだけではない。目の錯覚か、蹴りがジグザグの軌道を描きながらヘイザ目掛けて襲い掛かってきた。
魔法ではない。武術におけるフェイントを高次元で行う純然な技である。ただし頭に”神”とつく類の。
近衛騎士隊長のエレーナがああも一撃でやられる訳だ。これは初見の相手を初手にて一撃で殺すための技だ。本人にはなんの慰めにもならないだろうが、この一撃を喰らっておいて死んでいないということがエレーナの実力の証明でもあった。
「残念だったな。拙者には、それはもう初見ではない」
「むっ!」
エレーナの尊い犠牲(死んではいないが)のお陰でヘイザはヴォルグの必殺を既に見ている。
「”死返し”」
ヴォルグの稲妻のような軌道の蹴り――――稲妻蹴は防御してもそれをすり抜けるようにしてヒットさせてくる防ぐのが難しい技だ。
しかし欠点もある。それはそのフェイントによるジグザグの軌道のせいで、直線軌道のシンプルな蹴りよりスピードで劣るということだ。だからヘイザは自分に向かってくる蹴りを敢えて完全に無視して、ヴォルグの急所である首目掛けて神速の居合切りを放った。
相手の行動を見てから、更にそれより速い速度で居合切りを放ち、一撃で首を落とす。ヘイザがクベーラ時代に編み出した”肉を切らせる前に骨を切ってなにも切らせない”カウンター技である。
「ぬ、おおおおおおおおおおおおおおおおお!」
自分に迫りくる死を動物的本能で察したのか、ヴォルグは雄たけびをあげながら無理やり体を捻って首への攻撃を紙一重で回避した。
「ハァハァ……」
地面を転がってから立ち上がったヴォルグの首の皮には小さな切り傷が残っていた。もう少しヴォルグの回避が遅れて、あと数㎝深く切れていればヘイザが刃に纏わせている回復阻害の呪詛もあって致命傷に近いダメージを負わせることができただろう。
「貴様……何者だ……? 情報では、護衛についている冒険者でも一番階級が高いのは三級という話だったが……」
「三級だとも。それより逃げるなら今のうちだぞ。今逃げるなら、こちらとしても最優先すべきは”彼女”の安全故、追う余力はない」
「愚問だな……! 皇帝の首級を目の前にして、退く選択などあるものかっ!」
「そうか」
ヴォルグはもう稲妻蹴のような技を繰り出してはこなかった。”死返し”によるカウンターを警戒し、直線的な蹴りや拳打で攻撃してくる。
シンプルではあるが効果的な”死返し”対策だった。死返しは神速の居合切りで相手の攻撃を見てから放ったのに、相手の攻撃がインパクトするより先に首を切断するというカウンター技である。格下相手なら攻撃が直線軌道だろうと問答無用にカウンターを決めることができただろう。しかしヴォルグもまた七雄級の猛者。稲妻の軌道を描く稲妻蹴はともかく直線の攻撃でこられたら、相手の首を跳ねる前にその攻撃がヘイザにヒットしてしまう。そして、
「どらぁ!」
「……ちぃ!」
こうして攻撃の応酬に入ってしまえば、居合切りのために悠長に納刀する間もなくなり”死返し”も無効となってしまう。それを見てヴォルグも直線的攻撃だけではなく、得意とするフェイントを織り交ぜた変幻自在の攻撃を繰り出してくる。
このままでは攻めきれない、そう判断したヘイザは即座に戦い方を変えた。これまで火のように苛烈に相手の首を狙いに行く攻めのスタイルから、時に柳のように受け流し、時に山のように揺るがず防ぐ守りのスタイルへと。
「……――――貴様っ!」
ヴォルグは直ぐにヘイザの目的に気づいて目をかっと見開いた。
そう、この戦いでヘイザはなにもヴォルグに勝つ必要はないのである。今この瞬間にも精鋭の近衛兵がヴォルグが引き連れてきた仲間を一人また一人と討ち取っていているし、時がたてば洞窟に入ったマイケルたちがスライム討伐を終えて戻ってくるだろう。
「悪いな。目先の判定勝ちはくれてやる。だが戦に勝つのは俺だ」
ヘイザは冷徹な裁判官のように冷たくヴォルグに告げた。
「さあ最後のチャンスだぞ、逃げるなら今だ」
「くっ……! いや、だが退く気はない! 今の皇帝は以前の
――――帰る場所も、愛するものも、全て帝国が奪った…! これ以上、生きてやることはない!!
ヘイザが戦い方を変えたようにヴォルグもまた戦い方を変えた。防御を捨てた捨身どころの話ではない。わざと攻撃を受けた上で、強引に相手にも自分の攻撃を通すという言うなれば『骨を切らせて肉を切る』やり方に。
「ぬっ!」
ヘイザの刃がヴォルグの右腕を切り飛ばしたのと同時に、それに構わず放たれたヴォルグの頭突きがヘイザの脳天に直撃した。
「ぐおおおおおおおおおおおおお!!」
天地を震わす雄叫びをあげながらヴォルグが特攻をかけたのはヘイザではなく、洞窟の中に佇むルシフェラだった。
「――――!」
瞬間、ヘイザの脳裏にフラッシュバックする記憶。
腹を血まみれにして蹲る母、戦場で倒れていく戦友、断頭台に昇るハルノ、そして一人ぼっちで涙を流すルシフェラ・アガレス。
色んな感情がごちゃ混ぜになり、ヘイザの中でなにかが切れた。
「やらせるかぁあああああああああ!」
殺気と共に黒属性の魔力を全放出。なんのコントロールも調整もなく、ただ殺気に魔力を乗せて全方位にばら撒くことで周囲一帯に回避不能の無差別重圧をかける奥の手だ。それで僅かにヴォルグの速度が落ちたのと同時に、脳のリミッターを解除したヘイザは足の筋肉繊維をズタズタにしながら跳んだ。
――――死速。
己に呪詛をかけ限界を無理やり超えた踏み込みで、ヘイザはルシフェラの命を刈り取ろうとする死神に追いつき、その胴体を両断した。
どさり、とヴォルグの切断された上半身が地面に落ちる。
「今……一瞬の交錯で……お前の人生が見えた」
「…………」
「まだ……お前は……立てるじゃないか……。なのに……なにを……やって……る……ん……………だ」
ヴォルグはヘイザに呪いのように言い残すと、永遠にその唇を動かすのを止めた。膝をついたヘイザはヴォルグの目を閉じてやると、
「立ったところで、なにができる。あいつでさえ、できなかったのに」
勝利者とは思えない、負け惜しみのような声を絞り出した。
足音が響く。スライム討伐を終え騒ぎを察知したマイケルたちが、洞窟の中から走って来る音だった。