ガンダムビルドファイターズ-Sailing to the Sunshine!!- 作:陽@曜花推し
前回、千歌、曜、梨子の3人は、砂浜に残されていた「Aqours」という文字をきっかけに、自分たちのスクールアイドルグループ名を決定しました。
誰が書いたのか分からない。
どうして書かれていたのかも分からない。
それでも千歌は、それを「運命」だと受け止めました。
そして今回。いよいよ、Aqoursのファーストライブです。
ただし、その前に千咲だけは「Aqours」という名前に聞き覚えがありました。
かつて鞠莉の部屋で見た、昔のスクールアイドル時代の鞠莉、果南、ダイヤの写真。
その写真の裏に書かれていた、同じ名前。
千咲はすぐに気づきます。
「ああ、そういうことだったんだぁ」
しかし、だからといって、わざわざ首を突っ込むつもりもありません。
面倒くさいことになりそうなので、見なかったことにします。
そして翌日から始まる宣伝活動。
町内放送。
ビラ配り。
いろいろな騒動。
そんな準備期間を経て。
ついに迎えるファーストライブ当日。
ところが、まさかの雨。
しかも時間を間違えるという、とんでもないミスまで発生。
果たしてAqoursの最初のライブはどうなるのか。
そして
「体育館を満員にしてファーストライブを成功させる」という、鞠莉からの条件を達成することはできるのか。
それでは、第9話「ファーストライブ」をどうぞ。
前回の-Sailing to the Sunshine!!-
スクールアイドルグループの名前を考え始めた千歌たち。
「制服少女隊」「浦の星スクールガール」「スリーマーメイド」など、いろいろな候補が飛び出す中、千咲も思わず妙な名前を提案してしまう。
そして海岸で見つけた、謎の文字。
そこに書かれていたのは――
「Aqours」
千歌たちは、その名前を自分たちのグループ名にすることを決めた。
その一方で千咲は、その名前にどこか見覚えのあるものを感じていた。
そしてAqoursの、初めてのライブの日がやってくる。
「Aqours……」
千咲は、昨日の砂浜で見た文字を思い返していた。
夕暮れの三津海水浴場。
砂に書かれていたアルファベット。
Aqours。
千歌たちは、それを運命だと言って名前に決めた。
その時、千咲は何も言わなかった。
正確には言えなかった。
いや、言おうと思えば、言えた。
「それ、前に見たことあるよぉ」
ただそれだけ言えばいい。
けれど、千咲は知っていた。
Aqoursという名前を。
なぜなら、少し前小原邸で鞠莉の部屋に入った時、何気なく目に入った古い写真。
そこに写っていたのはまだ一年生だった頃の鞠莉、果南、そしてダイヤ。
3人がスクールアイドルの衣装を着て並んでいる写真だった。
その写真を手に取った千咲は何となく裏側を見ていた。
そこに手書きで書かれていた文字。
Aqours
「…………」
千咲は、昨夜からずっと考えていた。
つまり、今の千歌先輩たちが名乗ろうとしているAqoursという名前は。
偶然ではない。
少なくとも千咲には、そう思えた。
「鞠莉ちゃんたち……」
昔、何かがあった。
それは間違いない。
そして今、また同じ名前が千歌たちのもとに現れた。
「…………」
千咲はベッドに寝転びながら天井を見る。
「でも……」
そこまで考えて。
欠伸。
「あー……」
面倒くさそうに目を閉じる。
「聞いたら面倒なことになりそうだから、いいやぁ」
知らない方がいい。
というより。
今は知らないふりをした方がいい。
鞠莉が自分から話すつもりなら。
その時に聞けばいい。
千咲には、そういう距離感がちょうどよかった。
「まあ、AqoursはAqoursだよねぇ」
そして、そのまま寝た。
◆
翌日から千歌、曜、梨子の活動は一気に忙しくなった。
Aqoursとして。
名前を掲げて。
ファーストライブを成功させるために。
まずは宣伝。
学校内でビラを配る。
駅前でも配る。
商店街でも。
通学路でも。
3人はとにかく動き回った。
「Aqoursのファーストライブです!」
「今度の日曜日です!」
「ぜひ来てください!」
もちろん、恥ずかしい。
無視されることもある。
ビラを受け取っても、そのまま通り過ぎていく人もいる。
それでも。
「ありがとうございました!」
「ぜひお願いします!」
千歌たちは何度でも声を出した。
千咲は時々、その様子を遠くから見ていた。
「……頑張ってるねぇ」
「千咲君!」
千歌が気づく。
「見てないで手伝ってよ!」
「ボクは今、買い物帰りだからぁ」
「それでも!」
「じゃあ、頑張ってねぇ」
「もう!」
そんな調子だった。
けれど。
少しずつ。
Aqoursという名前は広がっていった。
そして町内放送の日。
◆
「……Aqoursの、ファーストライブを……」
拡声器から、ぎこちない声が流れる。
「浦の星女学院の体育館で……」
少し噛む。
「ぜひ……見に来て……」
千歌、曜、梨子はマイクの前で必死に宣伝していた。
ところが。
「日時は――」
「千歌!」
曜が止める。
「そこ違う!」
「えっ!?」
「それ昨日の時間!」
「うそ!」
梨子も慌てる。
「ちょっと待って!」
町内放送が一時停止。
3人が小声で話し始める。
その様子を少し離れた場所から見ていた千咲は。
「…………」
「…………」
「…………」
「……大丈夫かなぁ」
思わず呟いた。
◆
そして、ファーストライブ当日。
朝から雨だった。
「…………」
千咲は窓の外を見る。
ザーッ。
かなり降っている。
「……結構降ってるなぁ」
今日がライブの日。
Aqoursにとって初めてのステージ。
千咲は少しだけ楽しみにしていた。
スクールアイドルのライブを見るのは初めてだ。
ガンプラバトルの試合とは違う。
殴り合わない。
撃ち合わない。
勝敗もない。
ただ歌って。
踊って。
見ている人たちに何かを届ける。
それがどんなものなのか。
千咲は少し興味があった。
「まあ……」
傘を手に取る。
「見に行ってみようかなぁ」
◆
浦の星女学院。
体育館。
ライブ会場。
「……雨、すごいね」
ルビィが窓の外を見る。
花丸も。
「今日は大雨ずら……」
「でも、絶対来てくれるよ」
千歌は笑っていた。
曜も。
「うん!」
梨子も頷く。
ステージ。
照明。
音響。
準備は整っている。
けれど客席は、まだまばらだった。
千咲は体育館の後方にいた。
「ルビィちゃん」
「千咲君!」
「マルちゃんも」
「千咲君!」
2人は嬉しそうだった。
「来てくれたんだね!」
「うん」
千咲は答える。
「今日のライブ見てみたかったからぁ」
そして、体育館の中を見回す。
「鞠莉ちゃんも、どこかで見てるだろうし」
「うん!」
ルビィが頷いた。
「お姉ちゃんも来てると思う!」
千咲は客席を見る。
「ダイヤちゃんもいるねぇ」
「え?」
「ほら、あそこ」
少し離れたところ。
人目を気にするように座っているダイヤ。
「本当に来てる……」
花丸が笑う。
千咲はさらに周囲を見る。
「あ」
「どうしたの?」
「果南ちゃんも来てるよぉ」
体育館の入口近く。
少し離れたところから様子を見ている果南。
「ほんとだ!」
ルビィが嬉しそうにする。
千咲はさらに別の方向を見る。
「……善子ちゃんも」
「え?」
花丸が振り返る。
「いるの?」
「うん」
千咲は少し離れた廊下を見る。
正確には。
校門から続く坂の下。
雨の中。
ウロウロしている黒い影。
「浦女の坂の下で、さっき見たよぉ」
「善子ちゃん……」
ルビィが少し笑う。
「来てくれたんだね」
「たぶんねぇ」
千咲は頷いた。
「まあ、みんな見に来てくれてるんじゃない?」
そう言いながら。
「……鞠莉ちゃんは?」
「たぶん、どこかで見てると思う」
千咲は頷く。
鞠莉は表立って見ているかもしれないし。
どこかから見守っているかもしれない。
千咲はあえて探さなかった。
「まあ、いいかぁ」
◆
時計を見る。
「……」
千咲は少し目を細めた。
針はライブ予定時刻の5分前。
「あと5分だよ」
千歌たちへ声をかけようとした。
その瞬間。
ガチャッ。
「……え?」
目の前の幕が突然開いた。
「…………」
千咲が固まる。
「…………え?」
ステージの幕が上がる。
千歌。
曜。
梨子。
3人がステージ上へ出てくる。
「…………」
客席。
まばら。
数人。
十数人。
それくらい。
「…………」
千咲の脳が止まった。
「…………え?」
ライブ、始まった?
でも、まだあと5分。
「ちょ、ちょっと待って……」
千咲は慌てて時計を見る。
やっぱり、まだ5分前。
「何で……?」
後ろからルビィの声。
「始まるの?」
「いや……」
千咲は答えられない。
ステージ上では千歌がマイクを握っている。
曜。
梨子。
3人とも緊張している。
けれど観客は少ない。
あまりにも少ない。
「…………」
千咲は完全にフリーズしていた。
「千咲君……?」
花丸が心配そうに声をかける。
「……時間」
「え?」
「まだ、5分前だよぉ……」
「えっ?」
ルビィも時計を見る。
「本当だ……」
「…………」
千歌たちはもちろん気づいていない。
早く来すぎた観客を。
「満員になってない…!」
そう思っている。
そして音楽が流れ始める。
「…………」
千咲は何も言えなかった。
始まってしまった。
今から。
観客も少ない。
時間も違う。
雨もどんどん強くなっている。
「……これ」
千咲は額を押さえた。
「大丈夫かなぁ……」
◆
歌が始まる。
3人は必死だった。
観客は少ない。
それでも一生懸命ステージに立つ。
千咲はただ見ていた。
最初は。
「頑張ってるなぁ」
程度だった。
けれど、歌っている3人の顔を見ているうちに。
少しずつ引き込まれていく。
上手いとか。
技術がどうとか。
そういうことではない。
ただ3人が本気で歌っている。
そのことだけははっきり分かった。
「…………」
千咲は黙って見ている。
すると外から…
ゴロゴロゴロ……。
雷の音。
「……え?」
光。
体育館の外が一瞬白くなる。
そして。
ドーン!!
激しい雷鳴。
「きゃっ!」
会場の何人かが驚く。
次の瞬間。
ブツッ。
体育館の照明が消えた。
「…………」
真っ暗。
「停電!?」
誰かが叫ぶ。
「えっ!?」
千咲は立ち上がった。
「ちょっと……!」
真っ暗な体育館。
ステージも。
客席も。
全部。
「どうなってるのぉ!?」
千咲は外へ走った。
◆
体育館の外。
雨はさらに激しくなっていた。
「千咲!」
呼ぶ声。
「え?」
振り返る。
そこにいたのは。
陽哉。
「なぁ、なんか始まってるんだが!?」
千咲は息を切らしながら答える。
「千歌先輩たち、時間間違ってるんだよぅ」
「はぁ!?」
「まだ5分前だったのに、幕が上がったのぉ」
「マジかよ……」
陽哉が体育館を見る。
そして。
「……停電か?」
「うん」
その時。
体育館の裏手。
校庭の倉庫付近で。
誰かが重そうなものを運んでいるのが見えた。
「……あれ?」
千咲が目を凝らす。
「陽哉さん」
「あ?」
「あそこ」
雨の中。
必死に何かを運んでいる人物。
赤い傘。
長い髪。
「……あれ、生徒会長じゃないか?」
「うん」
千咲は即答。
「ダイヤちゃんだぁ」
2人は慌てて駆け寄る。
◆
「ダイヤちゃん!」
「……千咲さん!?」
ダイヤが驚く。
その手には。
大きな発電機。
「何してるのぉ!?」
「見れば分かるでしょう!」
ダイヤは雨に濡れながら答える。
「停電ですわ!」
「それは分かるけど……」
「体育館に電源を送りますの!」
千咲は発電機を見る。
かなり重そうだ。
「これ、一人で?」
「他に誰がいますの!」
ダイヤが歯を食いしばる。
そこへ。
陽哉が一歩前へ出た。
「女性に重たいものは持たせられないっすよ。任せてください!」
「頼みますわ!」
ダイヤが手を離す。
陽哉が持つ。
「……よっ!」
「おお……」
千咲が声を漏らす。
「重そう」
陽哉は歯を食いしばる。
「……重い!」
発電機。
かなり重い。
「千咲!」
「ん?」
「お前もやれや」
「えぇ?」
「俺だけじゃ無理だって!」
「がんばれぇ~」
「だからお前もやれ!」
「はいはい」
千咲も反対側へ回る。
「せーのぉ」
「よっ!」
「……重いねぇ」
「だから言っただろ!」
「ダイヤちゃん、これすごいよぉ」
「発電機ですもの!」
3人で運ぶ。
陽哉。
千咲。
そして。
途中からダイヤも手を貸す。
「ダイヤちゃんも持ってるじゃん」
「細かいことは言わない!」
「はいはい」
雨の中。
3人は必死に体育館へ向かった。
◆
「こっち!」
陽哉が叫ぶ。
「分かってる!」
「足元気をつけてぇ」
「お前が一番軽いくせに、なんでそんな余裕なんだよ!」
「ボク、こういう時は省エネだからぁ」
「どういう意味だ!?」
なんとか体育館へ到着。
発電機を所定の位置へ。
接続。
「これで……」
陽哉が配線を確認する。
「いける!」
スイッチ。
ブンッ!!
発電機が動き出した。
そして。
パッ。
体育館に明かりが戻った。
「……!」
千咲が目を細める。
ステージ。
客席。
そして。
その中央に。
千歌、曜、梨子。
ライブは止まっていた。
けれど。
「まだ続けられる!」
千歌が叫ぶ。
「うん!」
曜も。
「やろう!」
梨子も。
そんな3人を見て千咲は小さく笑った。
「……本当に強いねぇ」
◆
その時、体育館の入口が開いた。
「こんのバカ千歌!!」
「えっ!?」
大きな声。
千歌が振り返る。
そこには千歌の姉の美渡が立っていた。
雨に濡れながら。
「何してんのよ!」
「み、美渡姉ぇ!?」
「時計見なさいよ!」
「え?」
「ライブの時間、間違えたでしょ!!」
「…………」
千歌が固まる。
曜も。
梨子も。
「…………」
そして千咲も。
「あー……」
ようやく全てが繋がった。
本当に時間を間違えたのだ。
「ようやく気付いたぁ……」
千咲が呟く。
「ごめんなさい……」
千歌が小さくなる。
「もう!」
美渡は怒りながらも。
その後ろを見た。
「……あれ?」
体育館の外。
次々と人が集まっている。
「ライブ、ここだよね?」
「Aqoursって子たち?」
「まだやってる?」
「中に入っていいのかしら?」
「雨、すごいな」
ひとり。
またひとり。
そして。
さらに観客が入ってくる。
千咲は目を見開く。
「……え?」
体育館の入口。
次々と人が入ってくる。
町の人。
学生。
近所の人。
宣伝を見てきた人。
町内放送を聞いてきた人。
雨宿りのつもりで入ってきた人。
誰であっても。
少なくとも。
今。
この場所に。
Aqoursを見に来ている。
「すごい……」
ルビィが呟く。
花丸も。
「人がいっぱいずら……」
千咲は客席を見る。
さっきまでまばらだった。
それがどんどん埋まっていく。
「…………」
そして。
入口の向こう。
千咲は知っている顔を見つけた。
鞠莉。
控えめに立っている。
その隣に。
果南。
そして。
ダイヤ。
少し離れたところには。
善子。
帽子の影から、こっそりと中を覗いている。
「……来てるじゃん」
千咲は小さく笑った。
「やっぱり」
◆
観客席。
満員。
「こんなに……」
曜が息を呑む。
梨子も。
「本当に……」
千歌は。
客席を見渡した。
そして一度目を閉じる。
「やろう」
「うん」
「うん」
3人はステージへ戻る。
千咲も後方から見つめる。
Aqours。
初めてのライブ最初は誰もいないと思った。
大雨。
時間を間違えた。
停電。
散々だった。
けれど。
それでも。
今。
この場所には。
人がいる。
3人を見に来た人がいる。
そして何より、この場所に立つことを諦めなかった3人がいる。
「……すごいなぁ」
千咲は呟く。
ガンプラバトルなら…
勝敗を決める瞬間。
機体が攻撃を繰り出す瞬間。
そういう時に会場が沸く。
けれど今は違う。
誰も戦っていない。
3人が立っているだけ。
それなのに体育館は、静かに彼女たちを待っている。
◆
そして音楽が流れた。
Aqours
ファーストライブ。
「ダイスキだったらダイジョウブ!」
3人が歌い始める。
千咲はじっと見ていた。
千歌。
曜。
梨子。
さっきよりも明らかに違う。
客席を見ながら声を出して体を動かす。
3人でひとつになる。
その姿は練習の時よりずっと輝いていた。
ルビィは目を輝かせている。
花丸も楽しそうに手を握っている。
そして後方では果南が静かに見守っていた。
ダイヤは腕を組みながら真剣に見ている。
鞠莉は少し離れたところで嬉しそうに微笑んでいる。
善子は。
「…………」
黙っている。
けれど、その目はステージから離れない。
千咲はその全てを見ていた。
「……これが」
小さく呟く。
「スクールアイドル……」
歌い終わる。
拍手。
大きな拍手。
千歌。
曜。
梨子。
3人とも少し息を切らしながら顔を見合わせる。
そして、笑う。
「……やった」
千歌が呟く。
曜も。
「うん」
梨子も。
「うん」
観客から拍手が続く。
千歌は少しだけ前へ出た。
「ありがとうございました!」
もう一度。
拍手。
千歌は、その音を聞きながら胸の中にあった何かを言葉にしようとした。
◆
「ねえ」
千歌が言う。
会場が少し静かになる。
「私……」
千歌は客席を見る。
「昔、μ'sのライブを見て」
そして。
「あのμ'sの高坂穂乃果が言った言葉を思い出した」
千咲はその言葉を聞いていた。
千歌の声が体育館に響く。
「どこまでだって行ける! どんなユメだって叶えられると!」
客席が静かになる。
千歌は続ける。
「私も……」
その時。
「そこまでですわ!」
声がした。
「え?」
千歌が振り返る。
観客の中から。
ダイヤが立ち上がった。
「……ダイヤちゃん」
千咲が小さく呟く。
ダイヤはいつものように背筋を伸ばしていた。
「これは今までのスクールアイドルの努力と、街の人たちの善意があっての成功ですわ!」
体育館が静かになる。
「勘違いしないように!」
千歌は一瞬目を丸くした。
そして、まっすぐダイヤを見る。
「分かってます!」
千咲は、その時千歌の目が変わったことに気づいた。
ただ喜んでいるだけじゃない、嬉しいだけでもない。
もっと強い何か。
千歌が、一歩前へ出る。
ダイヤを見る。
そして、満員の観客を見る。
「でも!」
声が体育館へ響く。
「ただ見てるだけじゃ始まらないって!」
ダイヤが黙る。
千歌は続ける。
「上手く言えないけど!」
一度言葉を詰まらせる。
けれど、すぐに顔を上げた。
「今しかない瞬間だから!」
曜が千歌を見る。
梨子も。
「だから!」
千歌が手を伸ばす。
その隣で曜も梨子も。
一斉に手を伸ばした。
そして、3人の声がひとつになった。
「「「輝きたい!」」」
体育館にその言葉が響き渡る。
千咲は何も言わなかった。
ただその3人を真っ直ぐに見つめていた。
◆
静かに雨の音がする。
体育館の外では、まだ雨が降っている。
けれど中は暖かい。
人がいる。
声がある。
拍手がある。
笑顔がある。
千咲はの光景を見て、ふと昨日の砂浜を思い出した。
Aqours。
あの文字。
そして今日、3人が叫んだ。
輝きたい。
「…………」
千咲は小さく笑った。
「なるほどねぇ」
Aqoursという名前は。
きっとこれから先もっとたくさんの意味を持っていくのだろう。
今は3人の名前。
でも、いつか、もっと大勢の人が知る名前になるかもしれない。
そして、千咲にはそれが少しだけ楽しみに思えた。
もちろん、自分がそこに中心として関わるつもりはない。
千咲は千咲のやることがある。
ヴァルキリーガンダム。
ガンプラバトル。
OGD。
OGL。
けれど、今日初めてスクールアイドルというものを見て、少しだけその世界が分かった気がした。
「……いいライブだったなぁ」
隣で陽哉が笑う。
「だろ?」
「うん」
千咲は頷く。
「ちょっと感動したよぉ」
「お前が?」
「失礼だなぁ」
「いや、お前ってこういうの興味なさそうじゃん」
「まあ、そうだけどぉ」
千咲はステージを見る。
「でも、ああいうのは……」
少し考えて。
「いいねぇ」
陽哉はそれ以上何も言わなかった。
ただ。
「そうだな」
とだけ答えた。
◆
ライブの後、観客は少しずつ帰っていく。
それでも、体育館の中にはまだ余韻が残っていた。
「千咲君!」
千歌が駆け寄ってくる。
「どうだった?」
「良かったよぉ」
千咲は答える。
「本当に?」
曜も聞く。
「うん」
「面白かった?」
梨子も。
「うん」
千咲は3人を見る。
「ちゃんとスクールアイドルしてたよぉ」
「ちゃんと?」
千歌が笑う。
「何それ!」
「褒めてるんだよぉ」
「ならいいけど!」
千歌も笑う。
その横では。
ルビィが。
「千咲君、Aqoursすごかったよね!」
「うん」
花丸も。
「オラも感動したずら」
「そうだねぇ」
さらに。
「千咲さん」
声。
ダイヤ。
千咲が振り向く。
「何ぃ?」
「……本日は」
ダイヤは少しだけ視線を逸らした。
「ありがとうございました」
「何がぁ?」
「発電機ですわ」
「ああ」
千咲は思い出す。
「陽哉が頑張ったからねぇ」
「お前も持ってただろ」
陽哉が突っ込む。
「ちょっとだけぇ」
「ちょっとじゃねえよ」
ダイヤが笑う。
「2人とも、ありがとうございました」
「どういたしましてぇ」
千咲は笑った。
その時。
「ちさ」
別の声。
振り返る。
果南だった。
「果南ちゃん」
果南は笑っている。
「久しぶりに見たけど」
「うん」
「楽しそうじゃん」
「そうだねぇ」
「ちさも、楽しそうだったよ」
「……そう?」
「そう」
千咲は少し照れたように笑う。
そこへ。
「千咲!」
明るい声。
鞠莉。
「どうだった?」
「良かったよぉ」
「Oh!」
鞠莉が嬉しそうに笑う。
「でしょう?」
「うん」
千咲は頷いた。
「千歌先輩たち、頑張ってた」
鞠莉は3人を見る。
「そうね」
その表情には理事長としての顔ではなく家族を見るような優しい表情が浮かんでいた。
そして、いつの間にか果南がいなくなっていた。
千咲に一言も告げることなく。
鞠莉が話しかけてくる少し前に、一瞬だけ暗い顔をしていた。
やはり、鞠莉と何かあったんだ。
◆
その後。
体育館の外。
雨は少しずつ弱くなっていた。
千歌、曜、梨子。
そして。
ルビィ。
花丸。
善子。
ダイヤ。
果南。
鞠莉。
さらに千咲。
みんなが同じ場所にいた。
善子は少し離れていた。
「……別に、見に来たわけじゃないんだから」
「でも来たんだねぇ」
千咲が言う。
「うるさい!」
「はいはい」
「千咲!」
善子が言う。
「今日のこと、忘れなさい!」
「何をぉ?」
「……知らない!」
そう言って善子は顔を赤くする。
その様子を見て千咲も笑った。
◆
こうして、Aqoursのファーストライブは終わった。
最初は観客が少なかった。
時間を間違えた。
雨が降った。
雷が鳴った。
停電した。
それでも、街の人たちが来てくれた。
ダイヤが発電機を運んだ。
陽哉が力を貸した。
千咲もほんの少しだけ。
そして何より、千歌、曜、梨子が最後までステージを降りなかった。
だから体育館は満員になった。
「スクールアイドル部、承認してもらえるかなぁ」
千咲が呟く。
鞠莉はその言葉を聞いて少し笑った。
「もちろん♪」
「そっかぁ」
千咲も笑った。
Aqours。
それは、今日本当の意味で始まった。
そして、この先3人はもっと多くのものを見つけていくことになる。
輝きたい。
その言葉を胸に、Aqoursは最初の一歩を踏み出したのだった。
次回予告
ファーストライブを終え。
いよいよ正式に活動を始めることになったAqours。
そして、浦の星女学院には、3人のための部室が用意されることに。
「部室!」
千歌は大喜び。
ところが。
「…………」
千咲は部屋の中を見て、固まる。
荷物
本
ホワイトボード
何かの資料
そして
「……なんでこんなに物があるのぉ?」
どう見ても、ただの新しい部室ではない。
机の上には、歌詞のようなもの。
ホワイトボードにも、何か書き残されている。
さらに図書室から運び込まれた大量の本。
千咲はそれを見ながら。
「これ……」
少しだけ目を細める。
「鞠莉ちゃん達がスクールアイドルやってるときに使ってた部屋だなぁ」
果たして、この部室に残された「過去」とは何なのか。
そして千歌たちは、新たなAqoursとしてどこへ向かっていくのか。
次回、第10話「ふたりのキモチ」
お楽しみに。