ガンダムビルドファイターズ-Sailing to the Sunshine!!- 作:陽@曜花推し
第1話では、5年ぶりに内浦へ戻ってきた千咲が、これから通うことになる浦の星女学院を訪れました。
今回は、千咲が内浦での生活を本格的に始める回です。
そして、幼い頃から「お姉ちゃん」のように慕ってきた2人との再会。
さらに、千咲がプロガンプラファイターとして活動することになるきっかけとも言える、新型ガンプラ開発会議も描いていきます。
前回の-Sailing to the Sunshine!!-
鹿児島から内浦へ引っ越してきた小原千咲は、従姉の小原鞠莉が暮らす小原家で新しい生活を始めることになった。
小柄で可憐な少女にしか見えない千咲だが、その正体はれっきとした男の子。そして、プロのガンプラファイターでもある。
慣れない内浦での生活が始まった千咲。
果たして、彼を待ち受ける新しい日々とは――?
内浦に引っ越してきてから、3日。
千咲は、まだ内浦の生活に完全には慣れていなかった。
いや、正確には――。
「……雨、もういいよぉ」
これが3日目の朝に千咲が発した、最初の言葉だった。
窓の外。
昨日まで降り続いていた雨は、ようやく止んでいた。
朝の空は、驚くほど綺麗に晴れ渡っている。
青い空
海の向こうに浮かぶ淡島
山の緑
鳥の声
そして、少し湿った空気。
千咲はベッドから起き上がると、窓を開けた。
「……やっと晴れた」
風が部屋へ入り込む。
金色の髪が揺れる。
「……」
千咲は外を見る。
3日間ずっと雨。
外へ出ることはできたが、どうにも気分が乗らなかった。
だが、今日は違う。
晴れた。
晴れたということは――
「……釣りだねぇ」
千咲は迷わなかった。
---
◆ 内浦探索、再開
簡単な朝食を済ませる。
釣り竿を持つ。
小さなタックルボックス
餌
飲み物
そして念のため、膝を痛めたとき用の絆創膏。
「……よし」
鏡を見る。
寝癖を直す。
「……今日はどこ行こうかなぁ」
鹿児島にいた頃から、千咲は釣りが好きだった。
釣りの何が好きなのか。
本人にもあまりよく分かっていない。
ただ、海を眺めながら何も考えずに待っている時間が好きだった。
魚が掛かれば嬉しい。
釣れなくても、それはそれで楽しい。
だから内浦へ引っ越してきた以上、自分だけのお気に入りスポットを探したかった。
「……地図だけじゃ分かんないもんねぇ」
スマートフォンの地図を開く。
港
堤防
小さな入り江
候補はいくつかある。
「……この辺から行ってみよぉ」
千咲は家を出た。
---
海沿いを歩く。
昨日までの雨のせいで、道のところどころがまだ濡れている。
それでも空は快晴。
海は穏やか。
「……気持ちいい」
千咲は歩きながら、時々海を見る。
魚影はないか。
釣り人はいないか。
堤防の形状はどうか。
潮の流れはどうか。
いつの間にか、釣り人の目になっている。
「……ここも悪くないなぁ」
少し立ち止まる。
「でも、人が多いかぁ」
また歩く。
「……こっちは浅すぎる」
さらに歩く。
「……」
そして。
少し山道に近い場所へ差し掛かった。
「……」
千咲は周囲を見る。
「ここ、ちょっと良さそう」
海までの距離。
足場。
波の入り方。
なかなかいい。
「覚えとこ」
そう思って歩き出した、そのときだった。
「……うっ」
何か聞こえた。
千咲が振り返る。
「……?」
周囲を見る。
誰もいない。
「……気のせいかな」
再び歩き始める。
「……うぅ……」
今度ははっきり聞こえた。
女の子の声。
泣いている。
千咲は声のする方へ向かった。
---
◆ 泣いている少女
少し先。
道の端に、小さな少女が座り込んでいた。
赤い髪。
赤いリボン。
そして、目には涙。
「……痛い……」
少女は膝を抱えている。
千咲が近づく。
「……大丈夫?」
少女がびくっとする。
「……だ、誰?」
「千咲」
「……」
「転んだの?」
少女は小さく頷いた。
「う、うん……」
千咲はしゃがみ込む。
「見せて」
「え?」
「膝」
「……」
少女が少しだけ足を出す。
擦り傷。
血が少し滲んでいる。
「……結構擦ってるねぇ」
「痛いよぉ……」
また涙が出てくる。
千咲は少し困った。
泣かれると困る。
別に泣かせたくない。
でも、自分にできることも限られている。
「……ちょっと待って」
鞄から救急セットを取り出す。
絆創膏
消毒液
ガーゼ
「これ持ってたの?」
「釣りするから」
「釣り……?」
「怪我することあるからねぇ」
「……」
千咲は傷の周囲を丁寧に拭く。
少女は少し顔をしかめる。
「痛かったら言って」
「……うん」
「これで大丈夫」
最後に絆創膏を貼る。
少女が膝を見る。
「……ありがとう」
「どういたしましてぇ」
少女の目から、少しずつ涙が引いていく。
「もう歩ける?」
「うん」
「よかった」
千咲は立ち上がった。
そのとき、遠くから声がした。
「ルビィー!!」
少女が振り向く。
「……お姉ちゃん!」
千咲も振り返る。
そこから走ってくる少女。
黒髪
整った顔立ち
きちんとした立ち姿
少し息を切らしながら、こちらへやって来る。
「ルビィ! 一体どこへ……!」
そこまで言ったところで。
その少女と千咲の目が合った。
「……」
「……」
二人とも止まった。
千咲は、その顔を見たことがある。
幼い頃。
何度も。
何度も。
夏休み。
冬休み。
鞠莉と一緒に遊んだ。
よく注意され。
よく面倒を見てもらった。
ちょっと厳しいけれど、優しい。
「……」
千咲の口から、自然に言葉が出る。
「……ダイヤちゃん?」
少女の目が見開かれた。
「……千咲さん?」
「……」
「千咲さん!?」
今度はダイヤが驚きの声を上げる。
千咲は少し笑った。
「あー……やっぱりダイヤちゃんだぁ」
「ええっ!?」
ダイヤが千咲のところまでやってくる。
「まさか……本当に千咲さん!?」
「うん」
「あなた、いつの間にこんなに……」
ダイヤが千咲を見る。
頭のてっぺんから足元まで。
そして。
「……小さいままですわね」
「よく言われるぅ」
「5年ぶりですのよ!?」
「うん」
「もっと成長していても……」
ダイヤが困惑する。
千咲は苦笑する。
「……残念ながら」
「残念とは何ですか!」
昔と変わらない。
そのツッコミ。
その声。
その表情。
千咲は、少し嬉しくなった。
---
◆ 黒澤ルビィ
そこで。
千咲は先ほど助けた少女を見る。
「……あ」
少女も千咲を見る。
「お姉ちゃん、この人知ってるの?」
ダイヤは妹を見る。
「ええ。昔から知っています」
そして千咲へ。
「こちらは私の妹、黒澤ルビィです」
「……」
千咲は少女を見る。
「……ルビィ」
「う、うん」
「……」
何となく。
昔のダイヤを知っているせいか。
今目の前にいる少女も、少し親しみを感じる。
千咲はふと思う。
「誕生日、いつ?」
「え?」
ルビィが首を傾げる。
「誕生日」
「9月21日……」
「……」
千咲は自分の誕生日を思い出す。
11月7日
「じゃあ、ルビィおねーちゃんだねぇ~」
「……え?」
ルビィが固まる。
ダイヤも固まる。
「え?」
千咲は平然としている。
「ルビィちゃんの方が誕生日先だから」
「え、えぇ……?」
「だから、おねーちゃん」
「……お姉ちゃん」
ルビィがその言葉を繰り返す。
少しだけ頬が赤くなる。
「ルビィおねーちゃん……」
千咲が笑う。
「よろしくぅ」
「……うん!」
その返事は、さっきよりずっと元気だった。
ダイヤは目を丸くする。
「千咲さん……あなた、ルビィに何をしましたの?」
「何もしてないよぉ」
「いや……」
ルビィを見る。
さっきまで知らない男の子に助けられて警戒していた妹が、もうすっかり心を開いている。
「……どうしてこうなりますの?」
千咲は首を傾げる。
「年上って、頼っていいんでしょ?」
「そうですけれど……」
---
◆ 5年分の昔話
3人は、近くのベンチへ移動した。
ルビィの膝には問題ない。
千咲も安心した。
しばらくして、自然と昔話が始まった。
「覚えていますか?」
ダイヤが言う。
「昔、鞠莉さんが千咲さんを連れてこちらへ来たときのこと」
「うん」
「千咲さん、海を見るなり走り出しましたわよね」
「あー……あれ覚えてる」
「果南さんに止められていましたけど」
「……」
千咲は苦笑する。
「果南おねーちゃん、昔から泳ぐの速かったねぇ」
「今でも速いですわよ」
「そっかぁ」
ルビィが不思議そうに聞く。
「果南さんって、誰?」
「鞠莉ちゃんのお友達」
「……」
千咲は少し笑う。
「ボクにとってはおねーちゃん」
「お姉ちゃん?」
「うん」
「ダイヤお姉ちゃんと同じ?」
「うん」
ルビィは少し考える。
「じゃあ、鞠莉さんも?」
「鞠莉ちゃんは……」
千咲が少し考える。
「姉ちゃん?」
「どういう違いですの、それは」
ダイヤが苦笑する。
「まあ、鞠莉さんとは本当に姉弟のように育ちましたからね」
「うん」
千咲は海を見る。
「……楽しかったよ」
5年前の記憶。
「3人とも、ボクの面倒見てくれたから」
「今も変わりませんわ」
「そうかなぁ」
「ええ」
ルビィが千咲を見る。
「じゃあ、これからも仲良くできる?」
「もちろん」
「……」
ルビィが嬉しそうに笑う。
「やったぁ」
千咲も笑う。
そんな姿を見て、ダイヤも少しだけ嬉しそうだった。
「それにしても」
ダイヤが言う。
「まさか、千咲さんが浦女に通うことになるとは」
「ボクもびっくりしたよぉ」
「なぜ気づかなかったのです?」
「学校名、試験のとき伏せられてたから」
「まあ……」
ダイヤが納得する。
「では、入学式の日にはまた会えますわね」
「うん」
「ルビィも同じ学校です」
「じゃあ、ルビィおねーちゃんだねぇ」
「……」
ルビィが嬉しそうに笑う。
「うん!」
---
◆ 再び釣りへ
しばらく話したあと。
千咲は立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ行くねぇ」
「どちらへ?」
「釣り場探し」
「まだ探しているんですの?」
「うん」
「内浦へ来て3日目ですのに」
「だから探してる」
ダイヤは呆れたように笑う。
「変わりませんわね」
「そう?」
「昔から好きなことには一直線でしたもの」
ルビィが言う。
「また釣りに行くの?」
「うん」
「じゃあ、またね」
「またねぇ、ルビィおねーちゃん」
「うん!」
千咲はダイヤを見る。
「ダイヤちゃんも、またね」
「ええ」
「今度は鞠莉ちゃんも一緒に」
「そうですわね」
千咲は手を振った。
そして、歩き出す。
背中からルビィの声。
「千咲ちゃーん!」
振り返る。
「気をつけてねー!」
「はーい」
千咲は笑った。
内浦へ来て、まだ3日。
それでも――。
1人目の友達ができた。
しかも。
「……ルビィおねーちゃんかぁ」
千咲は少し笑う。
悪くない。
いや。
むしろ。
かなり良い。
「……内浦、楽しくなりそう」
そして再びお気に入りの釣り場探しへ向かった。
---
◆ OHARA GUNPLA DEVELOPMENT
それから数日後。
伊豆の国市。
OHARA GUNPLA DEVELOPMENTとOHARA GUNPLA LABの開発施設。
会議室の大型モニターには、3機のガンプラが表示されていた。
HGCE デスティニーガンダム。
HGCE ストライクフリーダムガンダム。
HGCE フリーダムガンダム。
その中央に座っているのが千咲。
そして周囲には――。
OGD監督兼リーダー、羽嶋恭一。
サブリーダー、茅島涼音。
アタッカーの徳重和也。
作戦担当の鳥谷あずみ。
そしてOGLの技術スタッフたち。
恭一が資料をめくる。
「3年間の戦闘データが揃った」
千咲はモニターを見る。
「……いっぱいあるねぇ」
涼音が補足する。
「武装使用率だけでも相当な量よ」
ディスプレイにデータが表示される。
パルマ・フィオキーナ
高エネルギービームライフル
アロンダイト
フラッシュエッジ2
ビームサーベル
腰部兵装
CIWS
機体速度
回避率
攻撃頻度
様々なデータが並んでいく。
和也が言う。
「千咲って、思った以上に二刀流が多いんだよな」
「そう?」
「そうだよ」
「フリーダムでもストフリでもサーベルを2本持ちたがる」
「……好きだから」
あずみが笑う。
「そこは本人の好みなんですね」
羽嶋がモニターを切り替える。
「そしてパルマの使用頻度も高い」
「うん」
「CIWSまで意外と使っている」
「使いやすいよぉ」
涼音が資料を見る。
「一方、スーパードラグーンは使用回数が少ない」
千咲が頷く。
「いっぱい飛ばすと、自分の操作が忙しくなるから」
恭一はそこで言った。
「だから、次の機体は――」
画面に新しいシルエットが表示される。
「千咲専用機にする」
千咲は画面を見つめる。
赤を基調とした機体。
大型の翼。
腕部ガントレット。
腰部砲。
背部の大型武装。
「……」
「ベース機は?」
「なし」
「完全新規?」
「そうだ」
千咲の目が少し輝く。
「……ボクが描いていい?」
恭一が笑う。
「そのために呼んだんだ」
千咲が紙を受け取る。
「……分かったぁ」
---
◆ そして、悪夢が始まる
後日。
OGLの作業スペース。
新機体の試作パーツ。
千咲自身にも、ビルダーとして少しくらいは製作工程を体験してもらう。
それが小原家のプロビルダーたちの基本方針だった。
「ファイター本人が機体を理解するためにも、自分で組む経験は必要です」
涼音が説明する。
「千咲さんにも一度、簡単な改修をやってもらいます」
「うん」
千咲は破損したパーツを見る。
「これ、どうすればいいの?」
「接着剤で固定して、表面を整えてください」
「簡単そうだねぇ」
「ええ」
このとき。
OGLの誰もが。
まさか、その後に起こる惨劇を予想していなかった。
---
千咲はパーツを持つ。
接着剤を出す。
「……」
ぺた。
「……」
ぺた。
「……」
ぺたぺた。
涼音が少し離れた場所で作業を続けている。
「……」
数分。
「できたぁ」
千咲が胸を張る。
「見てぇ」
「はい」
涼音が近づく。
「……」
「……」
「……」
涼音の顔が固まった。
「……千咲さん」
「なぁに?」
「これ……」
「直ったよぉ」
「……」
涼音は、それを持ち上げる。
透明な接着剤。
その内部に、破損したパーツ。
そして全体が――。
見事なまでに、とぐろを巻いている。
「……」
「……」
「……」
涼音が天井を見る。
「……どうしてこうなった」
千咲は首を傾げる。
「接着しただけだよぉ」
涼音は無言で恭一を呼ぶ。
「羽嶋さん」
「どうした?」
「来てください」
恭一が来る。
「……」
「……」
「……」
和也も見る。
あずみも見る。
OGLのスタッフも見る。
全員が無言になる。
やがて。
恭一が一言。
「……すごいな」
「何が?」
「いや……」
涼音が真顔で言う。
「この子に作らせたら、私たちの仕事が増えます」
和也が頷く。
「めちゃくちゃ増えるね」
あずみも。
「たぶん、とんでもない量になります」
千咲が不思議そうに見る。
「……そんなに?」
涼音は謎の物体を机へ置いた。
「はい」
恭一が腕を組む。
「……」
一同で顔を見合わせる。
そして。
「……最初からOGLが作った方がよくね?」
誰も反論しなかった。
むしろ。
全員が頷いた。
「うん」
千咲は首を傾げる。
「……?」
こうして。
ヴァルキリーガンダムの開発体制が、決まった。
千咲はデザインとコンセプト担当。
実際の設計、製作、調整はOGL。
それが、最も平和な方法だった。
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◆ そして、時は流れる
あっという間に時間は過ぎていく。
内浦へ来てからの日々。
釣り。
街歩き。
ガンプラ。
ホテル。
学校の準備。
そして。
入学式前日。
夜。
小原邸。
千咲は自室で、ベッドに寝転がっていた。
明日。
浦の星女学院の入学式。
緊張しているような。
そうでもないような。
「……」
千咲は天井を見る。
「……学校かぁ」
そのとき、玄関から声が聞こえる。
車が止まった。
人の声。
足音。
そして――。
「千咲ー!」
聞き慣れた声。
千咲の目が開く。
「……!」
ベッドから飛び起きる。
部屋を出る。
階段を駆け下りる。
「まりちゃん!」
玄関。
そこにいたのは――。
小原鞠莉。
「ただいま、ちさ♪」
「……」
千咲は一瞬、立ち止まる。
そして。
「……遅いよぉ」
鞠莉の胸へ飛び込む。
「Wow……!」
鞠莉が笑いながら抱き止める。
「ごめんごめん。海外から帰ってくるの、ちょっと時間がかかっちゃった」
「……」
「寂しかった?」
「……ちょっと」
「ちょっと?」
「……結構」
鞠莉は千咲の頭を撫でる。
「私も会いたかったわ」
千咲はしばらく離れなかった。
「……」
鞠莉は何も言わずに抱きしめる。
久しぶりの感触。
昔から変わらない。
千咲にとって、鞠莉はただの従姉ではない。
家族。
姉。
そして――。
一番大切な人。
「……帰ってきてくれてよかった」
「ただいま、ちさ」
「……おかえり」
その夜。
千咲は久しぶりに鞠莉とゆっくり話した。
学校のこと。
内浦のこと。
ルビィのこと。
ダイヤと再会したこと。
そして、ガンプラのこと。
「あの透明なとぐろは何?」
鞠莉が聞く。
「……」
千咲は黙った。
「ちさ?」
「……知らない」
「あなたが作ったんでしょう?」
「……うん」
「ふふっ」
鞠莉が笑う。
「相変わらずね」
「笑わないでよぉ」
「ごめんなさい♪」
千咲も少し笑う。
久しぶりに会えたことで、いつも以上に鞠莉に甘えていた。
しかし。
「でも、私」
鞠莉が言う。
「明日の朝、静岡市へ行かないといけないの」
「……」
千咲が少しだけ残念そうな顔になる。
「朝早い?」
「ええ」
「学校には?」
「明日は夕方までかかるから無理そうね。」
「そっかぁ」
「大丈夫?」
「うん」
千咲は頷く。
「浦女の入学式だもん」
「そうよ」
「……ちょっと楽しみ」
鞠莉が笑う。
「それなら安心ね」
---
◆ 入学式の朝
翌朝。
まだ太陽が昇りきっていない時間。
淡島のヘリポート。
そこに。
ピンク色のヘリコプターが停まっていた。
「……」
千咲は見送りに来ていた。
鞠莉が搭乗口へ向かう。
「じゃあ、行ってくるわね」
「うん」
「入学式、ちゃんと行くのよ?」
「分かってるよぉ」
「迷子にならない?」
「ならない」
「制服、忘れない?」
「忘れない」
「鞄は?」
「ある」
「靴は?」
「履いてる」
「千咲」
「なぁに?」
「……可愛いわよ♪」
「……」
千咲は少しだけ顔を赤くした。
「そういうの、いいから」
「ふふっ」
鞠莉が笑う。
そして。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
ヘリのローターが回り始める。
風が吹く。
千咲の金髪が大きくなびく。
「……」
ピンクのヘリが浮き上がる。
静岡市へ向けて飛び立っていく。
千咲は、その姿が見えなくなるまで見送った。
「……」
少しだけ寂しい。
でも。
「……行こ」
今日は自分の番だ。
---
◆ 浦女の制服
ホテルへ戻る。
千咲は部屋へ入り、準備していた制服へ着替える。
鏡の前。
浦の星女学院の制服。
金髪。
そして――
髪に入ったピンクのメッシュ。
数日前。
沼津の美容室で、入学に合わせて入れてもらったものだ。
千咲は鏡を見ながら、髪を軽く触る。
「……」
「結構、目立つねぇ」
でも、嫌いではない。
むしろ気に入っている。
「……よし」
鞄を持つ。
「行こぉ」
---
◆ 淡島から浦女へ
船着き場。
朝の海。
静かな波。
船へ乗り込む。
千咲は甲板から内浦を見る。
まだ町は静か。
これから学校へ向かう生徒たち。
その中に。
自分も入る。
船が動き出す。
「……」
千咲は海を見る。
5年前。
この町で遊んでいた。
そして。
今日。
自分はここで高校生活を始める。
「……」
不思議な感じ。
少し緊張。
少し楽しみ。
そして。
船が内浦へ着く。
千咲は降りる。
鞄を肩にかける。
浦の星女学院へ向かう。
道を歩く。
海が見える。
山が見える。
昨日までとは違う。
今日は制服を着ている。
「……」
やがて。
坂の下。
浦の星女学院へ続く坂道の、その入り口に立つ。
千咲は校舎を見上げる。
「……今日から、ここかぁ」
ほんの少しだけ笑う。
「……じゃ、行こぉ」
その先に何が待っているのか。
千咲はまだ知らない。
この日。
この場所から。
自分の人生が、大きく変わり始めることを。
次回予告
いよいよ入学式。
浦の星女学院へ足を踏み入れた千咲は、新しい学校生活を始める。
そして校門付近で出会ったのは、元気いっぱいの少女と、その隣に立つ少女。
「ねえ、君!」
「……?」
「スクールアイドル、やらない?」
「……ボク、男の子ですからぁ」
さらに帰り道。
海へ向かって突き進もうとする少女。
それを止めようとして、なぜか一緒に海へ落ちていく少女。
その光景を目撃した千咲は――。
「……何やってるの、この人たち」
次回、第3話「千咲、浦女に立つ」
ついに、Aqoursの物語が動き始める。
今回は、千咲が内浦へやって来てから入学式前夜、そして翌朝までを描きました。
黒澤姉妹との再会、ルビィの「お姉ちゃん」認定、OGDとOGLによるヴァルキリー開発のスタート、そして久々の鞠莉との再会。
千咲の周囲が少しずつ広がっています。
次回から、いよいよ原作の『ラブライブ!サンシャイン!!』第1話へ合流します。
千咲の視点から見る「輝きたい!!」が、どんなものになるのか。
楽しんでいただければ幸いです。