ガンダムビルドファイターズ-Sailing to the Sunshine- 作:陽@曜花推し
前回までで、鹿児島から内浦へやってきた千咲の引っ越しと、入学前の出来事を描きました。
そして今回、いよいよ千咲が浦の星女学院の生徒として学校へ通い始めます。
果たして千咲は、浦女初日を無事に終えることができるのでしょうか。
それでは、第3話。
どうぞ。
あらすじ
ついに浦の星女学院の入学式当日を迎えた千咲。
学校へ向かう途中で、少し前に知り合ったルビィと再会し、その友人である国木田花丸を紹介してもらう。
独特な名前や方言、「オラ」という一人称を恥ずかしがる花丸だったが、千咲はそんな彼女を否定せず、「可愛いじゃん」と全肯定する。
その後、学校内で高海千歌と渡辺曜に出会う。
もちろん千歌と曜にとって、千咲・ルビィ・花丸の3人は初対面だ。
そして千歌からスクールアイドルに誘われる千咲。
しかし、千咲は笑顔でこう答える。
「ボク、男の子ですからぁ」
ところが、見た目が完全に女の子にしか見えない千咲を、千歌たちはなかなか信じられない。
やがてようやく理解してもらったと思った瞬間、千歌の興味はルビィへ向く。
ルビィの手を握った瞬間に響き渡る、
「ピギャアアアアアアアアアアアアア!!」
という悲鳴。
そこへ、木の上から降ってきたのは自称堕天使・ヨハネ。
さらに入学式後には、自己紹介という名の黒歴史を全力で作り上げてしまう。
放課後には、海へ飛び込もうとする謎の少女まで登場。
千咲にとって、浦女での最初の一日は、どうやら普通では終わらないようだった。
春。
内浦に吹く風は、まだ少しだけ冷たかった。
けれど、冬の頃とは違う。
山の緑は濃くなり始め、海は朝の光を受けてきらきらと輝いている。
その日。
浦の星女学院へ続く道を、一人の少年が歩いていた。
「……んー」
千咲は眠そうに欠伸をした。
金色の髪に入ったピンクのメッシュが、朝の風に揺れる。
小柄な身体。
華奢な体つき。
そして、浦の星女学院の女子制服。
どう見ても少女である。
けれど、本人は男だ。
小原千咲。
15歳。
今日から正式に浦の星女学院へ通うことになる。
「……入学式かぁ」
本人としては、さほど緊張していなかった。
もともと千咲は、何か大きな行事があるからといって必要以上に緊張するタイプではない。
それより。
「眠い……」
そっちの方が問題だった。
昨夜は入学前ということで少し夜更かししてしまった。
そのうえ、朝は鞠莉にさんざん甘やかされていた。
結果。
眠い。
ただそれだけだった。
船着き場に着き、船から降り、学校へ向かう途中、千咲は周囲を見回した。
「……学校、今日からかぁ」
まだ数日しか経っていない内浦の町。
けれど、少しずつ見慣れた景色が増えている。
この前、怪我をしたルビィを助けた道。
釣り場を探して歩いた海岸。
ホテルオハラから見える海。
どれも少しずつ、千咲の日常になりつつあった。
そんなことを考えながら歩いていると。
「あっ!」
後ろから声がした。
千咲が振り向く。
「……ん?」
そこには、見覚えのある少女がいた。
黒澤ルビィ。
まだ数日前に出会ったばかりだというのに、千咲にとってはすでにかなり親しい相手だった。
「千咲くん!」
「おはよぉ、ルビィおねーちゃん」
「お、おねーちゃん……」
ルビィは一瞬だけ頬を赤くする。
だが。
「……おはようございます」
小さく笑った。
千咲はルビィと並んで歩き始める。
「今日、入学式だねぇ」
「はい!」
「緊張してる?」
「ちょっとだけ……」
「そっかぁ」
「千咲くんは?」
「眠い」
「……」
ルビィは苦笑した。
「それ、緊張とは違うよ……」
「そうだねぇ」
そんな会話をしながら歩いていると。
「ルビィー!」
別の声がした。
二人が振り向く。
そこにいたのは、茶色がかった髪の少女だった。
大人しそうな雰囲気。
どこか本を読むのが似合いそうな少女。
「おはようずらー」
「花丸ちゃん、おはよう!」
ルビィが嬉しそうに返す。
千咲は少し首を傾げた。
「……知り合い?」
「うん!」
ルビィが紹介する。
「こちら、国木田花丸ちゃんです」
「国木田……」
千咲が花丸を見る。
花丸は少し恥ずかしそうに頭を下げた。
「国木田花丸ずら」
「……」
「……」
千咲が少し考える。
そして。
「名前、かっこいいねぇ」
「えっ?」
「国木田花丸」
「……変じゃない?」
花丸が少し困ったような顔をした。
「変じゃないよぉ」
「でも……」
「花丸って、綺麗な名前じゃん」
「……」
花丸の頬が少し赤くなる。
「それに」
千咲は続けた。
「なんか本人に合ってる」
「本人に……?」
「うんー」
「そうかなぁ……」
「そうだよぉ」
すると花丸は、少し迷うようにしてから呟いた。
「……でも、オラっていうのも変だし」
「オラ?」
千咲が首を傾げる。
「自分のことをオラって言うの」
「うん」
「それも変だと思ってる?」
「……ちょっと」
「どうしてぇ?」
「だって……」
花丸はますます恥ずかしそうにする。
「この辺じゃ普通だけど、他の子と違うから……」
「ふーん」
千咲はしばらく考える。
それから。
「可愛いじゃん」
花丸が固まる。
「……へ?」
「オラって言うの、可愛い」
「……」
「その『ずら』も可愛い」
「……」
「別に直す必要ないんじゃないかなぁ」
花丸の目が少し大きくなった。
「……でも、変って言われるずら」
「ボクは変だと思わないけどなぁ」
「……」
「むしろ、花丸ちゃんらしくていいと思う」
「…………」
花丸はしばらく俯いていた。
やがて、小さく笑った。
「……ありがとうずら」
「どういたしましてぇ」
「千咲くん、優しいね」
ルビィが微笑む。
「そうかなぁ」
「うん」
「別に、本当に可愛いと思っただけだよぉ」
花丸が少しだけ顔を上げた。
「……そういうところずら」
「ん?」
「千咲くんって、変なところで真っ直ぐずら」
「褒められたぁ」
「褒めてるずら」
三人で笑う。
そのまま学校へ向かう。
ここまでは。
まだ平和だった。
◆
浦の星女学院。
校門を抜ける。
今日は入学式ということで、校内にはたくさんの新入生と在校生がいる。
千咲は辺りを見回した。
「結構人いるねぇ」
「はい」
「迷子になりそう」
「千咲くん……」
ルビィが苦笑する。
その時だった。
「ねえ、あの子じゃない?」
少し離れたところから、声がした。
千咲たちはそちらを見る。
そこにいたのは、元気そうな少女と、スポーティーな雰囲気の少女。
二人とも、千咲たちと同じ浦女の制服を着ている。
高海千歌。
渡辺曜。
この時点では、まだお互い名前すら知らない。
千歌が三人のところへ近づいてくる。
「ねえ、あなたたち」
「……?」
千咲が首を傾げた。
千歌はまずルビィを見る。
「1年生だよね?」
「は、はい」
「私たち2年生なんだ」
「そうなんですね」
続いて千歌は花丸を見る。
「あなたも1年生?」
「そうずら」
「へえー」
そして。
最後に千咲を見る。
「……」
千歌の目が止まる。
「……」
千咲も見返す。
「……何?」
「いや」
千歌は首を傾げた。
「めちゃくちゃ可愛いなって」
「ありがとう」
「……」
「?」
「普通に返された」
曜も千咲を見る。
「新入生だよね?」
「うんー」
「名前は?」
「小原千咲」
「小原……」
千歌が少し考える。
「じゃあ千咲ちゃんだね!」
「ちゃん?」
「だって女の子にしか見えないし」
「ボク、男の子ですからぁ」
「……」
千歌と曜が同時に固まった。
花丸とルビィは、なんとなく「ああ、またこの流れか」という顔をしている。
「え?」
千歌が聞き返した。
「男の子?」
「うん」
「男の子なの?」
「そうだよぉ」
「……」
千歌はじっと千咲を見る。
曜も見る。
もう一度見る。
「本当に?」
「本当にぃ」
「でも……」
「男だよぉ」
「……本当?」
「何回聞くのぉ」
千咲が少しだけ困った顔をする。
曜が首を傾げた。
「え、えっと……」
「千咲くんは本当に男の子です」
ルビィが助け船を出した。
「私も最初に会った時はびっくりしましたけど……」
花丸も頷く。
「本当ずら」
千歌は信じられないものを見るような目で千咲を見た。
「……へえ」
「まあ、よく言われるけどねぇ」
「じゃあさ」
千歌の目が急に輝く。
「スクールアイドルやらない?」
「……」
千咲が止まる。
「今?」
「今!」
「なんでぇ」
「だって可愛いし!」
「理由が雑だなぁ」
「でもスクールアイドルって可愛い女の子がやるものでしょ?」
「だからボク、男の子ですからぁ」
「男の子でも可愛ければいいじゃん!」
「よくないと思うよぉ」
「えー!?」
曜が横から苦笑する。
「千歌ちゃん、まだ会ったばっかりだよ」
「でも曜ちゃん! こんなに可愛いんだよ!?」
「それは分かるけど」
「でしょ!?」
千咲は少しだけ後ろに下がった。
「ボクはガンプラの方が好きだよぉ」
「ガンプラ?」
曜が食いつく。
「うん」
「もしかして、ガンプラバトルやってるの?」
「プロだよぉ」
「プロ!?」
曜が驚いた。
千歌も目を丸くする。
「えっ、プロ!?」
「うんー」
「スクールアイドルよりすごいじゃん!」
「そういう問題じゃないよぉ」
千咲は小さく息を吐く。
「まあ、ボクはそういうことはしないかなぁ」
「そっか……」
千歌は少し残念そうにした。
しかし。
その視線が。
ふと横へ移る。
「あ」
千歌の目がルビィに向いた。
「ねえ、ルビィちゃん」
「は、はい!?」
「スクールアイドル興味ない?」
「えっ」
ルビィが固まった。
「私たち、やろうと思ってるんだけど」
「え、ええっと……」
「ね?」
「ぴぎ……」
千咲はその様子を見ていた。
「……」
すると。
千歌がルビィの手を取ろうとする。
「ちょっとだけ手握っていい?」
「えっ……」
ルビィの顔が青くなる。
「だ、大丈夫です……!」
「すぐ終わるから!」
「ぴぎぃ……!」
千歌が手を握る。
その瞬間。
「ピギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
爆音。
文字通り爆音。
千咲の身体がびくっと跳ねた。
「うわっ!?」
耳を塞ぐ。
「なにこれぇ!?」
曜も驚き。
「ええっ!?」
花丸も頭を抱える。
「ルビィちゃん落ち着くずらー!」
「ぴぎゃああああああ!!」
「ちょっと、ルビィちゃん!?」
千歌が慌てて手を離す。
その瞬間。
木の葉が大きく揺れた。
「……ん?」
千咲が上を見る。
何かがいる。
黒い衣装。
翼のようなパーツ。
怪しげなポーズ。
「……」
そして。
「ヨハネッ!」
ドサッ!
少女が木から落ちてきた。
「……」
千咲が無言になる。
少女は立ち上がる。
そして。
「私はヨハネ!」
「……」
千咲は少しだけ首を傾げた。
花丸が頭を抱える。
「ああ……やっぱり」
「善子ちゃん!?」
ルビィが驚く。
少女が振り向く。
「善子言うなぁっ!」
「善子ちゃん、また……」
「私はヨハネ!」
「でも善子ちゃんずら」
「ヨハネッ!」
「善子ちゃん」
「ヨハネ!」
「善子ちゃん」
「ヨハネだって言ってるでしょうがぁーっ!」
千咲はそのやり取りを見つめていた。
「……」
「……何よ」
少女が千咲を見る。
「いやぁ」
千咲は素直に答える。
「元気だなぁって」
「そういう問題じゃないわ!」
「そう?」
「そうよ!」
花丸が慌てて割って入る。
「善子ちゃん、もう入学式始まるずら」
「私はヨハネ!」
「はいはい」
「はいはいじゃない!」
花丸が苦笑する。
千咲はその様子を見ているうちに、少しだけ分かってきた。
「花丸ちゃんの友達なんだねぇ」
「そうずら」
「そっかぁ」
善子――ではなくヨハネは、なぜか不満そうに千咲を見る。
「あなた、私を馬鹿にしてないでしょうね?」
「してないよぉ」
「本当に?」
「うん」
「……ならいいわ」
そこで。
善子が突然、何かに気づいた。
「……新たな堕天使の気配が……」
千咲の顔が無表情になる。
「何それぇ」
「ふふふ……」
「……」
そして。
「また学校で会いましょう!」
ヨハネは走り出した。
「待って善子ちゃーん!」
花丸も追いかける。
「行っちゃった……」
ルビィも続く。
「花丸ちゃん待ってー!」
千咲はため息をついた。
「……追いかけるかぁ」
走り出す。
その途中。
ふと。
背後から。
ぞくっ。
妙な気配がした。
千咲が振り返る。
そこにいたのは。
黒澤ダイヤ。
こちらを見ている。
その顔には、何とも言えない圧がある。
「……」
千咲は目を細めた。
「……」
ダイヤの視線。
千歌。
曜。
そしてどこかへ行ったヨハネ。
千咲は少し考える。
「……まあ」
結論。
「どうせ千歌先輩と曜先輩に用があるんだろうなぁ」
そのまま走り去る。
ダイヤはその場に取り残された。
「……」
後ろから、松浦果南が歩いてくる。
「ダイヤ、どうしたの?」
「何でもありませんわ」
「……?」
ダイヤはため息をついた。
◆
やがて。
入学式が始まった。
千咲は新入生の列に並んだ。
すでに周囲は朝の出来事について話している。
「さっきの子、面白かったね」
「木から落ちてきた子?」
「うん」
「新入生なのかな」
千咲は聞こえてくる会話をぼんやり聞きながら、前を見る。
壇上には校長。
そして在校生。
3年生の列の中にはダイヤ。
そして。
「……あ」
千咲が見つける。
黒澤ダイヤ。
子供の頃から知っている。
千咲にとっては、姉のような存在。
ダイヤは一瞬だけ千咲と目が合うと、小さく笑った。
千咲も手を振ろうとした。
が。
「小原くん」
「はーい」
先生に注意されかけたので、大人しく前を向く。
その後、入学式は無事に進んでいった。
式が終わり、新入生たちはそれぞれの教室へ。
千咲も自分の教室へ向かう。
教室に入る。
席に着く。
すると。
「小原くん」
「んー?」
「本当に男の子なんだよね?」
「うん」
「びっくりした」
「よく言われるよぉ」
そんな会話が続く。
やがて担任が教壇に立つ。
「それでは、これから自己紹介をしてもらいます」
一人ずつ立っていく。
名前。
出身地。
趣味。
好きなもの。
そして。
「次、小原さん」
千咲が立つ。
教室の視線が集まる。
千咲は前へ歩き。
「小原千咲ですぅ」
ゆっくり頭を下げた。
「鹿児島から来ました」
少し間を置く。
「男です」
教室。
静寂。
そして。
「ええええええええええええっ!?」
やっぱり。
千咲は苦笑した。
「だからぁ、朝からずっと言ってるよぉ」
「本当に!?」
「本当」
「女の子じゃないの!?」
「男だよぉ」
「……」
けれど。
担任は特に問題視する様子もない。
「小原くんは少し特殊な事情がありますが、本人が説明した通り男子生徒です。仲良くしてくださいね」
「はーい」
クラスメイトたちも、少しざわつきながら頷いた。
「よろしく、小原くん」
「よろしくね」
「よろしくぅ」
千咲は笑って席へ戻った。
「……案外、普通に受け入れられたねぇ」
その言葉に、近くの女子が笑う。
「だって、本人が男って言ってるんだし」
「そうだよね」
千咲は少しだけ安心した。
よかった。
変に気を遣われるより、その方がずっと楽だ。
その後も自己紹介は続く。
そして。
「次、津島さん」
「……」
教室の後方から、ゆっくり立ち上がる少女。
千咲は顔を上げる。
「あ」
あの子だ。
木から落ちてきた堕天使。
津島善子。
本人はヨハネと名乗っていたが。
果たして教室ではどうなるのだろう。
善子は教壇の前へ立った。
しばらく沈黙する。
そして。
右手を胸の前へ。
左手を大きく伸ばし。
真剣な表情で。
「天界より舞い降りしfallen angel、堕天使ヨハネよ」
千咲が目を丸くする。
クラスメイトも固まる。
善子は本気だ。
「みんな一緒に、堕天しましょう?」
決めた。
完璧に決めた。
千咲は思った。
「……すごいなぁ」
本人の顔は大真面目。
しかし。
数秒後。
善子の顔が赤くなる。
「……」
「あ……」
千咲は察した。
自分で恥ずかしくなったらしい。
「……っ」
善子の頬はみるみる赤くなっていく。
耳まで赤い。
そして。
「うわああああああああああああああああああっ!!」
善子は叫んだ。
教室を飛び出す。
「えっ!?」
「大丈夫!?」
「顔真っ赤だったよ!?」
「具合悪くなったのかな?」
「保健室行った方がいいんじゃない?」
「先生、誰か追いかけた方が……」
教室中が本気で心配している。
千咲は呆然と廊下を見る。
「……」
そして。
「あれ、恥ずかしかっただけじゃないかなぁ」
隣の女子が言う。
「え?」
「だって、あんなこと普通はできないでしょ」
「……確かに」
「でも心配だよね」
「まあねぇ」
千咲は静かに頷いた。
「……まあ、放っておけばそのうち戻ってくると思うよぉ」
◆
放課後。
千咲は荷物をまとめた。
今日は授業がまだ始まっていない。
入学式の日だからだ。
「……疲れた」
教室を出る。
船着き場までの道を歩く。
健康のため。
それと。
少しだけ歩きたかった。
「学校って、思ったより疲れるんだねぇ」
千咲はのんびり歩く。
十千万旅館が見えてきた。
海が見える。
午後の光が水面を照らしている。
「……ん?」
千咲は足を止めた。
桟橋に誰かいる。
桜色の髪。
制服姿。
女の子だ。
何か思い詰めたように海を見つめている。
「……」
千咲は少し離れたところから見ていた。
少女が。
制服を脱ぐ。
「……」
千咲の目が点になる。
そして。
その下から現れたのは。
スクール水着。
「……」
しばらく無言。
そして。
「制服の下にスク水来てる人初めて見たよぅ……」
千咲の感想は、それだけだった。
少女は海へ向かって走り出した。
「……え?」
千咲は少しだけ目を見開く。
「飛び込むの?」
その時。
「待ってええええええええええええっ!」
後ろから大声。
千咲が振り返る。
高海千歌だった。
「何してるの!?」
千歌は少女へ向かって走る。
「危ないよ!」
少女が振り向く。
「あなたには関係ありません!」
「あるよ!」
「ありません!」
「飛び込んじゃダメー!」
「放っておいてください!」
二人が走る。
そして。
あと少し。
その瞬間。
「わっ!?」
「きゃあっ!?」
二人の足がもつれた。
そのまま。
ざぶんっ!!
海へ。
「……」
千咲は呆然と見ていた。
「……」
数秒経つ。
海から千歌が顔を出す。
「つ、冷たいーっ!!」
続いて少女も顔を出した。
「……どうして……」
「だ、大丈夫!?」
千歌が少女に声をかける。
少女はびしょ濡れになりながら答えた。
「……どうして助けたんですか」
「だって、海に飛び込もうとしてたから!」
「飛び込みたかったんです!」
「なんで!?」
千咲はその様子を見ながら、呟いた。
「……今日は本当に海に落ちる人が多いなぁ」
少女がこちらを見る。
「……あなたは?」
「あ」
千咲は自分を指した。
「小原千咲」
「……桜内梨子です」
その名前を聞いた瞬間。
千咲は頷いた。
「そっかぁ」
そして。
「……スク水の人」
「違うの!!」
梨子が即座に叫んだ。
「え?」
「それには事情があったの!!」
「そうなの?」
「そうなの!」
「ふーん」
「お願いだから、その呼び方はやめて……」
梨子が顔を真っ赤にする。
「学校でも絶対言わないで……」
「分かったよぉ」
千咲は少し考える。
「じゃあ、学校では桜内先輩って呼ぶねぇ」
「ありがとう……」
梨子は少し安心した。
しかし。
千咲の中では。
完全に。
“スク水の人”。
そんなイメージになっていた。
そして。
千歌もまた、梨子の名前をこの時初めて知った。
「桜内梨子さん……」
「高海千歌です」
「……よろしくお願いします」
「よろしく!」
二人はそこで初めて、ちゃんと名前を交換した。
曜がいるわけでもない。
事前に知り合っていたわけでもない。
ただ、海へ飛び込もうとした梨子を、たまたま千歌が止めに入った。
それだけ。
それが、二人にとっての最初の出会いだった。
千咲はその二人を見て。
「……なんか変な出会いだねぇ」
「千咲くんに言われたくないよ!」
千歌が即座に突っ込んだ。
「そう?」
「そうだよ!」
「まあ、いいやぁ」
千咲は笑った。
◆
その後。
どうにか海から上がった千歌と梨子を見届けた千咲は、一足先に船着き場へ向かった。
歩きながら。
今日一日のことを思い出す。
鞠莉
ルビィ
花丸
千歌
曜
ヨハネ
ダイヤ
梨子
そして…
まだ会っていないが、果南。
「……スクールアイドルかぁ。」
千咲は少し考える。
まだ結成すらしていない。
そもそも。
自分がスクールアイドルに関わることになるのかも分からない。
今のところは。
ただ浦女へ入学しただけだ。
「……まあ、いいかぁ」
千咲はそのまま船に乗った。
◆
淡島。
船を降りた千咲は、ふと空を見上げた。
「……ん?」
ローター音。
「……また?」
遠くから飛んでくる。
ピンク色のヘリコプター。
千咲の顔がぱっと明るくなった。
「……あ」
ヘリがホテルオハラへ向かっていく。
「帰ってきたんだぁ」
千咲は小走りになる。
やがてヘリが着陸。
ドアが開く。
中から飛び出してきたのは。
小原鞠莉。
「千咲!」
「鞠莉おねーちゃあああああん!」
千咲は駆け寄る。
鞠莉も腕を広げる。
二人はそのまま抱きついた。
「ただいまーっ!」
「おかえりぃ……」
「学校どうだった!?」
「疲れたぁ……」
「そんなに!?」
「うん」
千咲は鞠莉にしがみついたまま答える。
「朝から色んなことあったぁ」
「例えば?」
「堕天使が木から落ちてきた」
「……」
「教室で堕天使の自己紹介して逃げてった」
「……」
「スク水の人が海に飛び込もうとしてた」
「……」
鞠莉が数秒黙る。
「……何その学校」
「ボクにも分かんないよぉ」
「Oh my……」
鞠莉は思わず頭を抱えた。
「まだ初日なのに」
「明日から授業だよぉ」
「頑張れる?」
「たぶん」
「たぶん!?」
「まあ、行くだけならぁ」
「ふふっ」
鞠莉が千咲の頭を撫でる。
「でも、楽しかったんでしょう?」
千咲は少し黙った。
学校で出会った人たちを思い出す。
ルビィ
花丸
千歌
曜
善子
梨子
そして…
昔から知っているダイヤ。
「……うん」
千咲は小さく笑った。
「まあ、悪くなかったよぉ」
「そう」
鞠莉も嬉しそうに笑う。
「それならOKね」
「明日も行ってみるぅ」
「Good」
千咲は鞠莉の肩に寄りかかる。
「……眠い」
「まだ夕方よ?」
「でも眠い」
「学校初日でそれはどうなのよ」
「知らないぃ」
二人はそのままホテルオハラへ向かって歩いていく。
その背中に。
夕暮れの海から、優しい風が吹いた。
今日。
千咲は、浦の星女学院の門をくぐった。
たった一日。
まだ何も始まっていない。
スクールアイドルだって。
Aqoursだって。
まだ存在すらしていない。
それでも。
少しずつ。
人と人が出会っていく。
それぞれの夢が。
それぞれの思いが。
少しずつ交差し始めていた。
そして千咲自身も。
気づかないうちに、その輪の中へ足を踏み入れていた。
「……明日も、学校かぁ」
そう呟いて。
千咲は小原家へ帰っていった。
浦女での一年間。
そして。
これから始まる物語。
その最初の一日が。
静かに終わった。
……いや。
正確には。
ものすごく騒がしく終わった。
---
次回予告
翌日。
いよいよ本格的に授業が始まる浦の星女学院。
千咲が教室へ向かうと、そこには昨日出会った“スク水の人”こと桜内梨子の姿が。
そして千歌は――。
「梨子ちゃん! 一緒にスクールアイドルやろうよ!」
「だからやりませんってば!」
どうやら、昨日の海での一件だけでは終わらなかったらしい。
さらに、千咲の前に再び現れる梨子。
「……あ、スク水の人だぁ」
「お願いだから、その呼び方はやめてって言ったでしょ!!」
----
千咲は教室で新しいガンプラのデザインを描いていた。
頭の中では、次なる機体のアイデアが膨らんでいく。
「ここをもっと厚くして……クスィフィアス・ノヴァは……」
しかし。
その静かな時間は、突然終わる。
校内放送のスピーカーから。
『ブッブーですわ!!』
「うわぁっ!?」
教室中に響き渡る、ダイヤの大声。
流石の千咲も飛び上がる。
そして始まる。
μ'sクイズ。
しかも。
問題を出して。
自分で答える。
そんな独特すぎる放送に、千咲は――。
「……ま、いいかぁ」
果たして千咲は、静かなガンプラ設計の時間を取り戻せるのか。
次回。
第4話「千咲、ブップーですわ!!」
お楽しみに。
第3話、いかがでしたでしょうか。
今回は千咲の「浦女初日」を描きました。
特に今回、千咲と千歌・曜、そして千歌と梨子の関係は、しっかりと初対面になるように整理しています。
千歌と曜から見れば、千咲は「学校で初めて会った、めちゃくちゃ可愛い新入生」。
千咲から見ても、千歌と曜は「学校で初めて会った、元気すぎる先輩」。
そして千歌と梨子についても、この時点では完全な初対面です。
だからこそ、海に飛び込もうとした梨子を見て千歌が止め、そのまま2人とも海に落ちるという、何とも『ラブライブ!サンシャイン!!』らしい出会いになっています。
そして、千咲の中で梨子は早くも「スク水の人」という強烈な第一印象を獲得。
……梨子には本当に申し訳ない。
また、花丸については、千咲が「オラ」や「ずら」を変なものとして扱わず、そのまま可愛いと受け止める形にしました。
千咲自身が普通とは少し違う立場にいるからこそ、他人の個性についても「それでいいじゃん」と自然に肯定する。
そんな部分も、この主人公の性格として今後大事にしていきたいと思っています。
次回から授業が始まり、いよいよ本格的に千咲の浦女生活がスタート。
ただし、どうやら浦女が静かな学校になることはなさそうです。
むしろ、これからどんどん騒がしくなります。
そして、千咲のもう一つの物語。
ガンプラバトル側も少しずつ動き始めます。
次回もよろしくお願いします。