ガンダムビルドファイターズ-Sailing to the Sunshine- 作:陽@曜花推し
どうも、作者です。
前回は千咲の浦の星女学院入学式を中心にお届けしました。
ルビィと花丸との出会い、千歌たちからのスクールアイドル勧誘、そして何故か木の上から落ちてきた堕天使ヨハネとの遭遇。入学初日からなかなか濃い一日になりました。
さて、今回はその翌日。
いよいよ本格的に学校生活が始まるわけですが、千咲は相変わらず千咲です。
そして、今回ついにあの名台詞が登場します。
そう。
「ブッブーですわ!!」
果たして千咲は、生徒会室で何を目撃することになるのでしょうか。
それでは、第4話をどうぞ。
あらすじ
翌日、千咲は浦の星女学院へ登校する。
そこで、千歌から勧誘を受けている桜内梨子と遭遇。
昨日の海岸で見た姿がどうしても頭から離れない千咲は、思わず梨子を「スク水の人」と呼んでしまう。
その後、授業を終えた千咲は昼休みに新しいガンプラのデザイン作業を進めていた。
しかし、校内放送のスピーカーから突然、大音量で、
「ブッブーですわ!!」
という声が響き渡る。
気になった千咲が生徒会室を覗いてみると、そこには千歌、曜、そして黒澤ダイヤ。
どうやら千歌が、μ'sについての知識でダイヤの地雷を踏み抜いてしまったらしい。
そして始まる、地獄の「μ's(ミューズ)カルトクイズ」。
さらに千咲は、ダイヤの口から聞き逃せない言葉を聞くことになる。
その日の夜、ホテルオハラへ戻った千咲は、偶然ある一枚の写真を目にする。
そこに写っていたのは、スクールアイドル姿のダイヤ、鞠莉、そして果南だった。
翌朝。
千咲は、いつものように少し眠そうな顔でホテルオハラの朝食会場へやって来ていた。
「ふぁー……眠いよぉ……」
「まあまあ、千咲。昨日は入学式だったんだから、今日からが本番でしょ?」
向かいの席では、朝から元気いっぱいの鞠莉が笑っている。
「本番っていってもぉ……学校行って授業受けるだけでしょぉ……」
「ノンノン♪ それだけじゃありませーん」
「なにぃ?」
「友達をたくさん作るのデース!」
「……もういるよぉ」
「誰?」
「ルビィおねーちゃんとかぁ……花丸ちゃんとかぁ……」
「おやおや。ずいぶん可愛いチョイスですこと」
「鞠莉ちゃんもいるしぃ……」
「……!」
鞠莉の動きが止まる。
「……千咲」
「なぁにぃ?」
「朝からそんなこと言われたら、マリー学校サボりたくなっちゃうじゃない……」
「ダメだよぉ」
「しっかり者デース……」
千咲は眠そうなままトーストをかじる。
そして、その日の朝。
昨日と同じ制服姿で、千咲は浦の星女学院へ向かった。
学校へ続く坂道を上っていく。
昨日は入学式で多くの人がいたが、今日は通常登校日。
周囲にはすでに普段の学校生活の空気が流れていた。
「……今日から授業かぁ」
千咲は小さく呟く。
すると、校舎へ入ろうとしたところで、どこか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「だから梨子ちゃん! 一緒にスクールアイドルやろうよ!」
「えっ……ちょっと待ってください! 私、本当にそういうの無理ですから!」
「あ、千歌ちゃん、まだやってるんだ」
曜の声もする。
千咲がそちらを見ると、廊下の端に高海千歌と渡辺曜、その向かい側に昨日海で見た少女がいた。
千咲は一瞬だけ立ち止まる。
昨日。
海。
制服を脱いで。
そのまま海へ飛び込んだ。
そして制服の下から出てきたのは――
「……あ、スク水の人だぁ」
「えっ」
梨子が固まる。
そして次の瞬間。
「お願いだから、その呼び方はやめてって言ったでしょ!!」
廊下に響く大声。
千咲はきょとんとする。
「でもぉ、昨日見たもん」
「そういう問題じゃないの!」
「じゃあ何て呼べばいいのぉ?」
「桜内梨子です!」
「りこちゃん?」
「そう!」
「じゃあ、りこちゃんねぇ」
「……よし。やっと普通になった……」
「スク水の人」
「戻ってるじゃない!!」
「千咲ちゃん、この人面白いね」
曜が笑っている。
「曜ちゃん、笑ってないで助けてよ!」
「いやぁ……私も何て言えばいいのか分かんなくて」
「というか」
千歌が千咲の方を見る。
「あれ? 千咲ちゃん昨日の……」
「ボク、千咲だよぉ」
「そっか! 千咲ちゃん!」
千咲は軽く頭を下げる。
「おはよぉ」
「おはよう!」
昨日まで面識のなかった千歌と、自然に挨拶を交わす。
そのやり取りを見ていた梨子が少し首を傾げる。
「千咲くんって、昨日入学したばかりよね?」
「そうだよぉ」
「なのに高海さんと渡辺さんとも知り合いなの?」
「今知り合ったよぉ」
「そこは普通なんだ……」
「ねえねえ、千咲ちゃん!」
千歌が目を輝かせる。
「昨日言いそびれたんだけど、やっぱりスクールアイドルやらない?」
「やらないよぉ」
「即答!?」
「ボク、男の子だしぃ」
「でもそれが何だっていうの!?」
「いやぁ……スクールアイドルって女の子がやるものじゃないのぉ?」
千歌は腕を組んで考える。
「……」
「……」
「……そう言われると……」
「千歌ちゃん、そこ考えるところじゃないでしょ……」
曜が苦笑する。
千咲はその様子を横目に見ながら、時計を見る。
「あ、ボクもう教室行くねぇ」
「えっ、ちょっと!」
「またねぇ」
「待ってよ千咲ちゃん!」
千歌の声を背中に聞きながら、千咲は自分の教室へ向かっていった。
その後ろでは、
「だから私もスクールアイドルなんて……」
という梨子の声が聞こえていた。
◆
午前の授業。
千咲にとって、学校の勉強そのものは特に難しいものではなかった。
教師の話を聞きながらノートを取り、問題を解き、時々あくびをする。
休み時間になれば机に突っ伏す。
そんな繰り返しだった。
「千咲くん、眠いの?」
「眠いよぉ」
「いつも?」
「だいたいぃ」
「……大丈夫?」
「たぶん」
そんな会話を何度かした。
そして昼休み。
昼食を済ませた千咲は、教室の机に紙を広げていた。
そこには、昨日の夜から描き続けている新しいガンプラのラフスケッチがあった。
「うーん……ここ、もう少し大きくしてぇ……」
シャーペンを動かす。
肩。
腰。
脚。
背中。
武装。
「……こっちの方がいいかなぁ」
千咲は紙を少し斜めにする。
「でも、そうすると重くなるしぃ……」
頭の中には、新しいガンプラの姿が浮かんでいた。
それを手に取るように、紙へ落としていく。
「この辺に武装置いたら……」
そのときだった。
――キーン……。
学校のスピーカーからノイズが入った。
「ん?」
千咲が顔を上げる。
次の瞬間。
『ブッブーですわ!!』
「うわっ!?」
学校中に響き渡るほどの大音量。
千咲は椅子から飛び上がった。
「な、なにぃ!?」
教室中の生徒も一斉にざわつく。
「何の放送!?」
「誰か怒鳴った?」
「生徒会じゃない?」
千咲は耳を押さえながら、少し呆然とする。
「……びっくりしたぁ」
声の主には覚えがある。
黒澤ダイヤ。
昨日の入学式にもいた、ルビィのおねーちゃん。
そして、おそらく千歌たちが今何かをしようとしている学校で、かなり偉い人。
「……生徒会室、近かったよねぇ」
千咲は紙を机に置く。
「ちょっと見てこよぉ」
別に興味があったわけではない。
ただ。
大音量で「ブッブーですわ!!」なんて叫ばれたら、気になるのも仕方がない。
千咲は教室を出た。
◆
廊下を歩く。
生徒会室はそれほど離れていなかった。
扉の向こうから、何やら声がする。
「だから、そうじゃなくて――!」
千歌の声。
「あー……やっぱりいるんだぁ」
千咲は扉の前で立ち止まった。
どうしよう。
入っていいのかな。
まあ、いいか。
千咲は扉をほんの少しだけ開ける。
「……」
覗く。
すると。
「そこをどいていただきますわ!!」
「ちょっと待ってってばー!」
「千歌ちゃん、何で私まで……!」
千咲は目を丸くした。
生徒会室の中で、ダイヤが千歌を机に押しやっている。
その横で曜も慌てた様子で立っていた。
「うわぁ……」
何をやってるんだろう。
そう思いながら見ていると。
「……ん?」
曜と目が合った。
「あ」
曜が一瞬固まる。
千咲も手を上げる。
「やっほぉ」
「千咲ちゃん!?」
「あの……」
「どうしてここに!?」
「ブッブーって聞こえたからぁ」
「なるほど……」
曜が納得しかけたところで、ダイヤが振り返る。
「あなたたち!! 学校で何を――」
「ダイヤちゃん」
「っ!?」
千咲の姿を見て、ダイヤの動きが止まった。
「千咲さん……」
「なにしてるのぉ?」
「……何もしておりませんわ」
「してるよね?」
曜が口元を押さえて笑いそうになる。
千歌は机に押し付けられたままだ。
「いやあのね、千咲ちゃん!」
千歌が説明しようとする。
「私たち、スクールアイドル部を作ろうとして――」
「駄目ですわ!!」
「うわぁ」
また大声。
千咲は目を細める。
「……それで?」
曜がため息交じりに説明した。
どうやら千歌が部活動の申請書を持って生徒会室へ来たらしい。
ところが、必要人数に達していないという理由で却下。
しかも千歌がその場で、
「じゃあμ'sみたいな感じで!」
と口にしたことで、ダイヤの空気が一変したらしい。
「μ's……」
千咲が呟く。
「ミューズだよぉね?」
「そう!」
千歌が答える。
「ほら! 私も知ってるんだよ!」
「知っている?」
ダイヤの目が細くなる。
「ええ。もちろんですわ」
「……」
「千歌さん。では、あなたに問題です」
「え?」
「μ'sが最初に9人で歌った曲の名は?」
「えっと……」
千歌が固まる。
曜も黙る。
千咲も黙る。
ダイヤは腕を組んだ。
「さあ」
「えーっと……」
千歌が天井を見る。
「最初の……9人……」
「……」
「……ラブライブの……」
「不正解ですわ」
「まだ答えてないよ!?」
「答えられていない時点で時間切れですわ!!」
「そんなぁ!」
ダイヤは勢いよく指を突き出した。
「ブッブー!ですわ!!」
「ひぃっ!」
千咲も思わず少し後ずさる。
「声大きいよぉ……」
「問題の答えは――」
ダイヤは堂々と宣言する。
「『僕らのLIVE 君とのLIFE』ですわ!!」
「……」
千歌の顔が固まる。
曜が小声で、
「これ、かなり詳しくない?」
と呟いた。
千咲も、
「うん……」
と思った。
「通称『ぼららら』ですわ」
「ぼららら!?」
千歌が聞き返す。
「公式に略称が認定されたということで有名ですわ」
「なんでそんなことまで知ってるの……」
千歌の表情が引きつる。
「では第2問!」
ダイヤは止まらない。
「第2回ラブライブ!地区予選において、μ'sがA-RISEとともにステージに選んだ場所は?」
「えーっと……!」
今度こそ千歌が考える。
「UTX!」
「……」
「秋葉原!」
「それだけでは足りませんわ」
「ええ!?」
「場所ですわ」
「えー……?」
「秋葉原の……?」
「秋葉原UTX」
「そう!」
「その屋上ですわ!!」
「え」
千歌が固まった。
ダイヤは胸を張る。
「正解ですわ」
「……」
「……千咲ちゃん」
千歌が小声で言った。
「この人、怖い」
「うん……」
千咲も小声で返す。
「これ、クイズじゃなくて取り調べみたいだねぇ」
「聞こえてましてよ」
「……」
「では最後ですわ」
「まだあるの!?」
「もちろんです」
ダイヤはさらに一歩前へ出る。
「第2回決勝のアンコール曲『僕らは今のなかで』」
「うん」
「その冒頭で、スキップしている4名は誰でしょう?」
「…………」
千歌が完全に停止した。
曜も沈黙。
千咲は、
「……これは難しいよぉ」
と思った。
ダイヤが問題を出した瞬間から、もう勝負になっていない。
「えっと……えりち?」
「1名」
「のぞみちゃん?」
「2名」
「あと……りんちゃん?」
「3名」
「……まきちゃん?」
「正解ですわ!!」
千歌が目を見開く。
「えーーっ!?」
曜も驚いた顔をする。
「そんなの覚えてるの!?」
「当たり前ですわ!!」
ダイヤが胸を張る。
「それくらいはファンとして当然――」
「……」
「あっ」
ダイヤが止まった。
千歌がゆっくり顔を上げる。
「生徒会長……やっぱりμ'sのファンじゃ……」
「違いますわ!!」
ダイヤの顔が真っ赤になる。
「これは……そう!!」
一呼吸。
「一般教養ですわ!!」
「……」
「……」
千咲は黙った。
いや。
それは無理があるよぉ。
心の中でそう思った。
曜もなんとも言えない顔をしている。
千歌だけが、
「一般教養……?」
と納得できない顔をしていた。
その時。
ダイヤがふと千咲を見る。
「……ところで」
「ん?」
「いつからそこにいましたの?」
「最初からだよぉ」
「まあ!?」
「ブッブーって聞こえたからぁ」
「……」
ダイヤの顔がまた少し赤くなる。
千咲は首を傾げた。
「ダイヤちゃん」
「なんですの?」
「ラブライブやスクールアイドルが好きな人のことなんて言うか知ってる?」
「……?」
ダイヤが警戒する。
千咲はにこやかに言った。
「ラブライバーっていうんだよぉ」
「千咲さん」
「なぁに?」
「ブッブーですわ!!」
「えぇ……」
まさかの即答。
「違いますわ!!」
「違うのぉ?」
「私は別に……その……」
ダイヤは目を泳がせる。
そして。
「そもそも!!」
勢いよく机を叩いた。
「私の目が黒いうちは、この浦の星にスクールアイドルが誕生するなど、絶対に許しません!!」
空気が凍った。
「……」
千歌も。
「……」
曜も。
「……」
千咲も。
誰も何も言わなかった。
やがてダイヤが指を差す。
「ですから!!」
「はい……」
「あなたたちは帰りなさい!!」
「ええっ!?」
「生徒会室から出ていきなさいませ!!」
「千咲ちゃんも!?」
「ボクもぉ?」
「あなたもですわ!!」
「分かったよぉ」
三人は生徒会室から追い出された。
扉が閉まる。
廊下に残された千咲は、千歌と曜を見る。
「……」
「……」
「……」
曜が口を開いた。
「ダイヤさん、怖かったね」
「うん」
千歌がしょんぼりする。
「せっかく部活動の申請書作ったのに……」
「人数足りないんだよねぇ?」
「そう」
「なら、集めればいいんじゃないのぉ?」
「それができたら苦労しないんだよー!」
千咲は少し考える。
「まあ……頑張ってぇ」
「他人事!」
「ボクが決めることじゃないよぉ」
「それはそうだけど!」
千咲は軽く手を振って、教室へ戻っていく。
しかし。
さっきのダイヤの言葉が、ずっと頭に残っていた。
――私の目が黒いうちは、この浦の星にスクールアイドルが誕生するのは許しません!!
「……」
教室へ戻りながら、千咲は考える。
「……スクールアイドルは許さないかぁ」
何か。
ある。
昨日の入学式では、あんなに堂々としていたダイヤが。
μ'sのことを聞かれた瞬間だけ、異常なほど詳しくなって。
それでいて、スクールアイドルという言葉には明確な拒絶を示した。
「やっぱ何かあったのかもねぇ」
千咲は小さく呟いた。
だけど。
それ以上は考えなかった。
人には。
言いたくないことがある。
聞かれたくないこともある。
千咲自身も、そういうことはある。
だから。
「……まあ、いいか」
そう言って、机に戻る。
そして再び、ガンプラのデザイン画へ向き合った。
シャーペンを持つ。
「ここのライン……」
すぐに頭の中がガンプラへ戻っていく。
学校で起きた出来事も。
ダイヤのことも。
千歌のことも。
しばらくすれば、また別のことに意識が向いていった。
◆
放課後。
千咲はいつも通りホテルオハラへ戻ってきた。
「ただいまぁ」
「おかえりなさい、千咲様」
ホテルのスタッフへ軽く挨拶しながら、自分の部屋へ向かう。
ところが。
途中。
鞠莉の部屋のドアが、少しだけ開いていることに気付いた。
「……あれ?」
いつもならきちんと閉まっている。
「鞠莉、いるのかなぁ」
返事はない。
千咲は少しだけ考える。
「……入ってみよぉ」
ドアを開ける。
「鞠莉ちゃんー?」
部屋の中は静かだった。
鞠莉の姿はない。
しかし。
机の上に、一枚の写真立てが置かれているのが見えた。
「……」
千咲が近づく。
「写真?」
手を伸ばす。
そして。
「……え?」
千咲は目を丸くした。
そこに写っていたのは。
3人の少女。
いや。
一人は知っている。
黒澤ダイヤ。
そしてもう一人。
小原鞠莉。
そしてもう一人。
松浦果南。
3人とも。
スクールアイドルの衣装を着ていた。
「……」
千咲は言葉を失う。
衣装を着て。
笑っている。
今の3人からは少し想像しづらい、無邪気な笑顔。
鞠莉。
ダイヤ。
果南。
幼い頃から知っている、3人の「おねーちゃん」。
その3人が。
かつてスクールアイドルをやっていた。
千咲は写真をじっと見つめる。
「……これ」
昼間のダイヤの言葉が蘇る。
――私の目が黒いうちは、この浦の星にスクールアイドルが誕生するのは許しません!!
そして。
――μ'sのことを、あんなに詳しく知っていた。
「……」
点と点が、少しだけつながったような気がした。
でも。
原因までは分からない。
何があったのか。
どうして辞めたのか。
どうしてダイヤは、あんなにスクールアイドルを拒絶するのか。
千咲は写真を持ったまま、しばらく考える。
「……」
写真の中では。
3人とも笑っている。
とても楽しそうだ。
今の3人からは想像もつかないくらいに。
「……」
千咲はそっと写真を机に戻した。
そして。
「これは……なんか……」
少しだけ困った顔になる。
「首、突っ込まない方がいい……かも?」
自分に言い聞かせるように呟く。
「人には言いたくないこと、あるしねぇ」
そう言って、千咲は部屋を出る。
ドアを閉める。
廊下を歩きながら、もう一度だけ振り返る。
「……」
何か大きな秘密が、この家にはある。
そんな気がした。
でも。
今はまだ、それを追いかける時ではない。
「まあ……そのうち分かるでしょぉ」
千咲は小さくあくびをした。
そして、そのまま自分の部屋へ戻っていく。
◆
部屋へ戻った千咲は、鞄からデザイン画を取り出した。
机へ向かう。
シャーペンを握る。
さっきまで止まっていたデザインの続きを描く。
「……ここ、もっと鋭くしてぇ……」
紙の上を線が走る。
「うん」
少しだけ笑う。
「やっぱガンプラ考えてる方が楽しいやぁ」
そう言ったところで。
ふと。
昼間のダイヤの顔を思い出した。
「……でも」
千咲は一度だけ手を止めた。
「ダイヤちゃん、μ'sのこと好きだったんだろうなぁ」
そして。
「……今は、嫌いになっちゃったのかなぁ」
それだけ呟いて、また絵を描き始める。
その背後。
窓の外では、内浦の夕日がゆっくり沈んでいく。
千咲はまだ知らない。
この町に眠っている、3人の過去を。
そして。
その過去が、これから始まるAqoursという物語に深く関わっていくことを。
◆
その日の夜。
千咲はベッドの上で丸くなっていた。
「……眠い」
いつものように。
少し間延びした声。
そして、目を閉じる。
「明日は……何しようかなぁ……」
頭の中に浮かぶのは。
新しいガンプラ。
次の授業。
ルビィ。
花丸。
そして。
スクールアイドルを始めようとしている千歌。
「……」
千咲は小さく呟く。
「千歌ちゃん、頑張ってねぇ」
それから少しだけ考えて。
「……ダイヤちゃんも」
やがて。
千咲は眠りについた。
しかし。
この夜。
彼女の中には、一つだけ新しい疑問が残っていた。
ダイヤ、鞠莉、果南
かつて3人がやっていたスクールアイドル。
その過去に、一体何があったのか。
千咲はまだ、その答えを知らない。
そして。
その答えを知ることになる日も、そう遠くはなかった。
次回予告
「……あれ、果南ちゃんだぁ」
次の日。
昨日の写真を見て以来、松浦果南のことが気になってしまった千咲。
こっそりと果南の実家であるダイビングショップへ向かい、木の陰に隠れて様子をうかがう。
そこへやって来たのは、千歌、曜、そして梨子。
どうやら3人は海へ潜るらしい。
「……今日は日を改めようかなぁ」
そう思った千咲だったが。
「千咲!?」
まさかの果南との再会。
そして、久しぶりの再会に抱きつかれてしまう千咲。
「えっ!? 果南ちゃん!?」
一方、千歌と曜は驚く。
「えっ、千咲ちゃんと果南ちゃんって知り合いなの!?」
「小さい頃からのおねーちゃんだよぉ」
果たして、千歌たちが海へ潜る目的とは?
そして千咲は、かつての「3人」のことをどこまで知ることになるのか。
次回、
第5話「千咲、海の声を聴く」
お楽しみに。
今回は、千咲がいよいよ黒澤ダイヤの「過去」に触れ始める回となりました。
そして何より、μ'sカルトクイズ。
千歌たちの「μ's好き」を名乗るにはあまりにも危うい知識量に対し、ダイヤだけが異常なまでに詳しいという、おなじみの流れです。
もちろん千咲も、
「ダイヤちゃん、絶対ラブライバーじゃん」
というところまで来ています。
しかし千咲は、そこで無理に首を突っ込まない。
これは今後のこの作品における千咲の立ち位置にも関わってくる部分です。
千咲はAqoursの物語を何でも解決する主人公ではありません。
必要なところでは手を貸す。
けれど、本人たちが向き合うべき問題まで奪うことはしない。
そんな距離感を大切にしながら、これからも物語を進めていきたいと思います。
そして次回は、いよいよ幼い頃からの「おねーちゃん」の一人、松浦果南との再会です。
果南と千咲の関係、そして千歌たちが海へ潜る理由。
ここから少しずつ、ダイヤ、鞠莉、果南の過去にも触れていくことになります。
それでは、また次回。