「つまりよ、巨人に食われる時の対処法としてはだな───」
解散式の夜、男子寮にて。
食事会がお開きになった後、ビスタは同期達に講義?をしていた。
「顎の筋肉を切って咀嚼できない様にするか、丸呑みされた時は腹の中をかっ捌いて出てくるのが良いと思うんだよ」
同期達の反応は様々だった。
「た、食べられてる時にそんな事できるかな……」
「だからできるだけ腕だけは自由でありてーんだよなぁ、この方法もできりゃラッキー位のもんだしよ」
「ビ、ビスタの発想はある意味で凄いな……」
唖然としているアルミンとマルコ。
「ほぉ、面白ぇな」
興味深そうに笑うライナー。
「そうか!丸呑みなら無傷だもんな!」
納得しているコニー。
残りの面々はこの講義に引いていた。
「えーっとぉ?ダズ、ちょっと来てくれ」
「な、なんだよ?」
ダズを直立させ、ビスタは説明を始める。
「例えば3m級とかの人間を1口で食えねぇやつに関しては、顎の筋肉が狙い目だと思う。ダズの身長が175cmだったっけな。3m級相手なら顎の位置は大体───」
「ちょ、ちょっと待てよ!人が食われる想像なんかすんじゃねぇよ!」
「あのなぁ、仲間が食われそうな時の助け方を今考えてんだぜ?何もおめーが食われなきゃ出来ねー訳じゃねーんだからよ。それともおめーは食われてる奴を見捨てんのか?」
「いや、そうは言ってないだろ……」
「……悪い、嫌な聞き方したな。意見をコロコロ変える様だが、状況によっては仲間を見捨てるのもありだと俺は思う」
同期達に緊張が走った。
誰だって我が身が可愛いもの。
しかし兵士にあるまじき発言。
要は、言いたくても言えない事なのだ。
「仮にお前らが巨人に食われかけてる仲間を見つけたとする。そいつが既に片腕を失ってたとしたら、助ける価値は無いと俺は思う。戦力にゃならねーからな」
「じゃあビスタがそうなってても見捨てて良いって事か?」
ジャンは挑発的な笑みを浮かべてから、そう質問した。
「あたりめーだろ。特にジャン、おめー程優秀な奴がわざわざ身を呈して死に損ないを助ける必要ねーよ。そういうのは1番分かってんだろ?」
「……なんかお前、人間じゃねぇみてぇだな」
ジャンの笑みが消える。
巨人と戦った事が無いとはいえ、気持ちの良い話ではないからだ。
「ビスタは、怖くないの?」
同期達が黙る中、アルミンが言った。
「食べられた時の事なんて、普通は想像しないと思うから……」
「あー……どうだろうな」
ここで手を上げる者が1人。
「そういえば、ビスタは巨人を実際に見た事あるのか?」
フランツだった。
「ねーな。壁ぶっ壊した奴ももう1匹も見てねー」
ビスタはハッキリ言った。
巨人の脅威を知らないと。
「だから巨人に対する憎しみってのも俺にはねー」
そしてこの世界の常識とはかけ離れた言葉も。
「は?」
104期男子陣の中で殆どの者が耳を疑った。
「そりゃ殺しに来るんなら戦うけどよ、エレンみたいに死ぬ気で駆逐するなんて気はねーな」
「じゃあ何か?友好的な奴がいたら仲良くするって事か?」
ライナーは言った。
ビスタの言葉を訳の分からない言い分として流そうとはしていない様だった。
「さーな。でもそんな奴がいるんなら是非とも会ってみてぇ」
○○○○○
巨人に丸呑みされた後、ビスタは流れる様に胃袋に落下した。
「───うあっぢぃ!?」
直後とんでもない熱と酷い臭いを感じ、目を覚ます。
「くそ、どこだよここ……!?」
とても良いとは言えない風景から今自分のいる場所を察した。
「ざけんなおい、どう見ても胃の中じゃねーか!」
時間にして数十秒程。
先程の疲労もまだまだ残っている。
それでも大声を出さずにはいられなかった。
「しっかし、酷ぇな……」
今ビスタの周りには、この巨人に捕食されたであろう人間の遺体が浮かんでいる。
「このままここにいりゃ、俺もこうなるって訳か……」
とても凄惨な光景だった。
「う……嫌だ……」
「!」
すぐ後ろから小さな声が聞こえた事で、ビスタは疲労を置き去りにする様に反応した。
「大丈夫か!?」
「助けて……誰か……」
「待て!おい!」
その誰かはビスタが手を伸ばすも虚しく、巨人の胃の中へ沈んでいった。
命が1つ、尽きる瞬間だった。
「クソッ!!」
それからはもう誰の声も聞こえなくなった。
「ふざけやがって……!」
後はただ、自分の命が尽きるのを待つだけの状況。
「上等じゃねーか!」
しかしビスタの頭には、死ぬ可能性など微塵も浮かび上がっていなかった。
○○○○○
結果として訓練兵達は本部に入る事に成功した。
しかし犠牲無くとはいかず、仲間の死を利用する形での成功だった。
指揮を執っていたジャンは自分の合図で仲間を殺した事による苦悩を抱えつつも、何をすべきか分かる優秀さ故に止まらず進み続けた。
仲間を殺しながら本部に乗り込んだ後、侵入していた3〜4m級7体を討伐し、全員が死力を尽くした結果、ガスを補給する事ができた。
当然外には大型の巨人がかなりの数いたのだが、「人間には興味を示さず巨人を殺して回る奇行種」というイレギュラーな存在のお陰で、訓練兵達は屋内の巨人に集中する事ができたのだった。
○○○○○
「そんな事が……」
ウォールローゼ内地にて、コニーはクリスタ達に事の経緯を説明していた。
「ごめんなさい……何度も皆の補給の救援を志願したんだけど……」
「せっかく私達はガスを確保できたのにな……皆に知らせる!つって飛び出したのはこいつだ」
そう言いながら、ユミルは誰かを探す様に待機している訓練兵達を見回す。
「じゃ、じゃあ……今ここにいない人達は全員……」
恐る恐る聞いてきたクリスタに対し、コニーは頷く。
それはこの場にいない者は皆、巨人に食われて死んでしまったという、残酷な事実を肯定する意味を持っていた。
クリスタが悲しそうな顔をする隣で、ユミルは疑問を抱いた。
「……本当か?あのミカサもか?」
「いや、ミカサはジャン達と一緒に遅れて来たと思ったんだが……ジャン、まさかミカサは負傷でもしたのか?」
コニーの問いかけに対し、ジャンは数秒の沈黙後水をあおって言った。
「俺達には守秘義務が課せられた……言えない。もっとも、どれ程の効果があるのか分からんが……」
その顔は青い。
しかしそれは、先程の地獄を思い返したが故ではなさそうだった。
「なんだそりゃ?」
「隠し通せる様な話じゃねぇ……すぐに人類全体に知れ渡るだろう……それまでに人類があればな」
纏う雰囲気も重い。
この件に関して、これ以上は何も聞けそうになかった。
そこでユミルは質問を変える事にした。
「なぁ、関係ない事を1つ聞きたいんだが、ビスタはどこに行った?」
その問いに1番に反応したのはクリスタ。
何か言葉を発する訳でもなく、訴える様にユミルを見ていた。
その質問をして欲しくないとでも言う様に。
「なんだよ、お前がいつまでも聞かねぇから私が聞いてやってんだろ」
それを分かった上で、ユミルは知らなければならない事として聞いた。
事実を確認する為に。
「で、どうなんだよ?」
ビスタの名前を出した時、1人の兵士が反応した事を視界に捉えつつも、ユミルはコニーに目を向ける。
「俺は見てねぇけど……ジャン、知ってるか?」
「見てねぇよ。そもそも俺達があそこで立ち止まってた時にもあいつはいなかった。出撃前には見たが、それっきりだ」
「そ、そうか……」
コニーとジャンからは有益な情報を得られなかったものの、ユミルは1つ、手がかりになりそうなものを見た。
「なぁお前、何隠してんだ?」
ビスタについて聞いている時、1人の兵士が青い顔をしていたのだ。
「っ、いや……」
ユミルは今、確信を持っている。
どんな形であれ、この兵士はビスタについて何か知っていると。
「頼むよ。ただ教えて欲しいだけなんだ」
なので自分の感情は二の次にして、まずは話を聞き出す事を優先した。
その兵士は躊躇いながらも、吐き出す様に語った。
「ビ、ビスタに言われたんだ……戦いたくなきゃ逃げろって……」
まるで懺悔する様に話すその表情は、苦しそうなものと安堵している感情がごちゃ混ぜになった様な複雑なものだった。
「それで?」
話の1番大事な部分には触れていないことを察してか、ユミルは次の言葉を待つ。
「お、俺……巨人にビビっちまって……で、でもビスタに言われて、戦わなくても良いんだって思って……」
兵士の声はどんどんと震える。
「あ、あいつを盾にして……逃げたんだ……!」
話している内に耐えきれなくなったのか、その兵士は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
ユミルは何も言えなかった。
周りの訓練兵達も一部を除いて絶句している。
「なぁ、おい……盾って……そりゃあつまり───」
「わ、私も……」
そんな中でもう1人、兵士が手を挙げた。
同じ境遇の者に話を聞こうとユミルは後ろにいる兵士の方へ振り返る。
「───は?」
直後、呆けた声を出した。
「ちょっと待て……」
自分も同じ境遇なのだと、手を挙げている兵士の数が1人や2人ではなかったからだ。
「お前ら全員、巨人にビビってビスタ身代わりにして逃げたって事か……?」
ユミルの思わず漏れた問いに、手を挙げていた者達はバツが悪そうに顔を逸らした。
「はははっ……」
任務中、訓練兵達は全員必死で生きる為だけに動いていた。
あの時はそれしか考えられなかったからだ。
しかし無事生き抜いた今になって、生存欲に潰されていた罪悪感が膨れ上がりつつある。
それは兵士達の心を、どんどん重く圧していた。
「情けねぇな、おい。こんな奴らの為に何考えてんだ、あいつも……」
ユミルの吐き捨てた言葉に、兵士達は何も言い返せなかった。
行動を振り返れば、ビスタに合わせる顔などとても持ち合わせられなかったからだ。
「ユミル」
他の者達が苦い顔をする中で1人、ユミルに全てを伝えるべく立ち上がった男がいた。
「話すよ。何故ビスタがあの時ああしたのか」
「……ベルトルさん?」
黙っているべきでないと判断したベルトルトは、ユミルにビスタとの一件を洗いざらい話した。
ライナーとベルトルトを死なせない為に、ビスタが1人戦いへ向かった事を。
止める事もせず送り出した事を。
「───ビスタがああして戦い続けてくれていたお陰で、僕とライナーだけじゃなく、他の皆もこうやって生き延びる事ができたんだ」
「そういう事かよ……」
「でもそれも、随分前の話だよ。僕らはかなりの時間ビスタの姿を見てない。だから……生きてる確率は限りなく低いと思う」
謎な部分が多少解明されたとはいえ、場の空気は重いままだった。
「なぁベルトルさん、なんで止めなかったんだ?あいつのした事がどういうもんか分かってんだろ?」
ユミルの声は低い。
「……それについては僕もライナーも、思うところはあった。でもそうしてたら、ここにいる皆の大半は死んでる」
ベルトルトの言い方は冷たい。
しかし全員、それが事実であることも理解していた。
「それにビスタが望んだ事を考えれば、止めるべきじゃなかったと思う」
「望んだ事?」
「皆を死なせない事。彼が動いていたのはその一心だよ」
結果としてビスタの行動により、何もせず食われるだけだった筈の兵士達は全員とまではいかずとも生き残ることができた。
とはいえビスタ本人の安否については謎のまま。
ユミルは収穫無しと舌打ちする。
「な、なぁ……ここにいないって事はやっぱりビスタも……き、巨人に……」
不意に、誰かがそんな事を言った。
不謹慎な話ではあるが可能性を考えるともしや、という雰囲気が漂っていく。
誰も言わなかったが、心の中ではそう思ってしまっているのだ。
「…………」
「っ!わ、悪い……」
最悪のもしもを口にしてしまった兵士は、ユミルの視線を受けて心苦しそうに謝罪した。
「……こうなりゃ、1番知ってそうな奴に聞くしかねぇな」
集まっている訓練兵達をかき分け、ユミルが向かったのは。
「よぉ」
ビスタが”どうなったか”ではなく、”巨人に食われたかもしれない”。
その話題が出た時、特に青い顔をして震えていたダズの元だった。
「知ってる事、離してもらうぜ?」