「ぬおおおお……!!」
ウォール・ローゼ内地で皆が待機している一方で、ビスタは巨人の胃袋からの脱出を試みていた。
巨人の体は大型の個体故か分厚く、ブレードを使って腹から脱出はできないので、よじ登って出る方法に挑戦していた。
「なめんじゃ、ねーぞ……!」
やり方としてはブレードを胃の中に突き刺し、足場代わりにしてよじ登るという、かなり無茶な方法だった。
しかしありがたい事に、捕食された兵士達の装備が胃の中には沢山あるので、資材には困らずそれなりに脱出へと近づいていた。
「待っとけやデカブツがあああ!!」
○○○○○
ダズは、ビスタが捕食される瞬間を目撃した事を皆に話した。
15m級の大型個体であった事。
ビスタが動けないままに丸呑みされていた事。
それを見て、自分でなくて良かったと心の底から安心した事。
「気づいたよ……俺達の仕事ってのは……食われるまで巨人と戦わされ続ける事だって……」
ダズの中では、絶望がさらに深くなっていた。
1度巨人に食われそうになった他の者達も顔を青くしたり、唾を飲み込んだりと他人事ではない反応をしている。
「これで分かっただろ。ビスタは死んだ。けど望んだ通りにお前らは助かった。良い話じゃねぇか」
その場に響くのはユミルの声と、少し離れた場所の兵士達の話し声だけ。
誰も、何も言えなかった。
ビスタを盾にした者も、そうでない者も。
彼は死なないだろうと、心のどこかで思っていたからだ。
「なぁ、なんで生きてる奴らが死にそうな顔してるんだ?せっかく助かったんだからもっと嬉しそうにしろよ」
ユミルの言い方は普段通りきついもの。
いつもは何かしら言い返す者が何人かいるのだが、この時ばかりはそんな場合ではなかった。
「やめなよユミル!」
そんな空気を破ったのは、彼女の言動に怒ったクリスタ。
皆を庇う様にユミルの前に立っている。
「皆あんな目に遭ってたんだもん!怖くなっちゃうのだって仕方ないよ!」
彼女もまた、いつもと同じ様に優しい言葉を発している。
訓練兵達はクリスタの優しさに期待していた部分が大小違えどあったのか、先程よりは気が楽になっている様だった。
「ちょっと来い」
「えっ?」
しかしユミルは低い声と共に、強引にクリスタの手を引いた。
周りの訓練兵達の驚きに一切反応せず、その場をどんどん離れていく。
この時、もしもクリスタがユミルの顔を見れていたなら、突然の行動に戸惑う事も無かっただろう。
「ライナー、ユミルは……」
「あぁ……クリスタを気遣っだんだろう」
自分達の前を足早に通り過ぎていったユミルの顔を見たライナーとベルトルトは、自分の心に重いものがのしかかる様な気持ちになった。
「こんな事になって、ショックを受けてない筈がねぇからな……」
「うん……」
自分達の前を足早に通り過ぎていったユミルの顔を見たライナーとベルトルトは、自分の心に重いものがのしかかる様な気持ちになった。
「ユミルも、ビスタは死なないと思ってた筈だ。そこに1番信頼を置いてたのは……あいつだと思う」
「死なない、か……僕もそう思ってた。ライナー、覚えてる?」
「あぁ。雪山での訓練だろ?」
時は、訓練兵になってしばらく経った頃に遡る。
○○○○○
雪山踏破訓練。
兵士たちが目的地の基地に向かって歩く訓練。
吹雪の中を歩くという過酷なもの。
その危険度故、受けるかどうかは本人の意思次第。
要は、能力の無い者が受けたとて死ぬだけというものだった。
その訓練でビスタは列からはぐれ、遭難してしまっていた。
この時体調を崩して危険な状態のダズ、ユミル、クリスタの3人もビスタとは別のタイミングで皆からはぐれてしまっていたのだが、気づいたのは全員が目的地に到着した後だった。
○○○○○
訓練を終えた後、座り込んで休憩しているエレン達。
「おい!」
少し焦った様子で走ってくるライナー。
「クリスタがいない!」
皆は言葉に首を傾げる。
「彼女なら、ダズの具合が悪そうだからって一緒にいたはず……」
ミカサがそう言うも、ライナーは首を横に振った。
「そのダズもいないんだ。そしてユミルも……ビスタもいない」
「最後尾の班を待ってみたら?」
マルコの提案に対しても、同じ反応だった。
「今さっき最後尾班長のトーマス達が着いたんだが、どうやら見てないらしい」
訓練兵達に嫌な予感が走る。
まさか迷ったのではないかと。
とはいえこんな環境なので、最悪の事態を想像するなという方が難しくもあった。
「っ……!」
「エレン!」
すぐに立ち上がって皆を探しに行こうとするエレンを、疲労を心配したミカサは腕を掴んで止める。
「探しに行かなきゃしょうがねぇだろ!」
「僕も───」
「全員小屋に入りなさい!」
マルコの言葉を遮って、教官は無慈悲に言った。
「それじゃ遅いんですよ!」
エレンの性格上、黙って頷けない言葉だった。
仲間をみすみす死なせるなど許せるはずもない。
「遭難者を増やすつもりか!?」
しかしこの場合、教官の言う事の方が正しい。
現に道が分かっていても歩くだけでここまで疲弊している。
ここからどこにいるかも分からない遭難している仲間を探してまた言葉に戻るというのは、体力的にも現実的ではなかった。
「くそ……っ!」
「それに少し前、そう遠くない場所で雪崩があった。近づかせる訳にはいかない」
「!」
嫌な予感は、深まるばかりだった。
○○○○○
エレン達が小屋に到着する前。
遭難したビスタの状況は、どこをとっても良いとは言えなかった。
訓練開始から数時間経過している事から、それなりに体力も消耗している。
ここで立ち止まって寝たりなどとしようものなら、間違いなく死ぬ。
できるだけ早く基地に辿り着くか、皆と合流しなくてはならない状況。
ビスタがどこに進もうか考えていた時、不運な事に目の前に大量の雪が迫っていた。
咄嗟に動ける程度の距離では、回避できない規模の雪崩。
ビスタはそれに飲み込まれてしまった。
○○○○○
「───ぶはあっ!!」
数分後、ビスタは積もった雪の中を何とか脱出した。
「あ、あっぶねぇ……雪崩とか来んのかよ……」
そして服に付着している雪を叩き落としながら、今の状況を確認する。
幸い、身につけているものは巻き込まれる前と変わらずに済んでいる。
「ま、止まっててもしょうがねーし……歩くか!」
結果として死ななかったので、ビスタのやる事は変わらない。
しかし他の班と合流するのは難しいと考え、目的地の基地を目指す事にした。
「さてとー?どっちから行くかな……」
ビスタは先程の雪崩を凌いだ事もあってか、随分呑気な様子だった。
とはいえ人体的にもこの過酷な環境で残された時間は多くないので、できるだけ早急な解決が望まれる状況。
「こっちだな!!」
ビスタは全体力をオールインして、適当な方向に向かって走り出した。
合理的ではない判断だがここにいるのはビスタ1人なので、そんな事は考えるだけ無駄なのだ。
ビスタ自身この判断を悔いるつもりは微塵もなかった。
その数秒後、足を滑らせて雪山を転がり落ちるまでは。