雪山の中を転げ回り続ける中、ようやっとどこかの木にぶつかって、ビスタは事なきを得た。
「ったく……どうなってんだこの山はよぉ……」
木にぶつかった時落ちてきた雪に埋もれてしまったが、雪崩に比べれば抜け出すのは容易い。
雪に埋もれる程度、問題にすらなっていなかった。
「つーか……またどこか分かんなくなっちまったな……」
しかしビスタも人間。
疲れはするので、できる事ならもう起きてくれるなと祈る心もあった。
「じゃ、今度は───ん?」
先程の様に体力全賭けの一方向ダッシュを決め込もうとした時、ビスタは何かを感じた。
「やっぱ、あっちにすっかな」
ビスタは己の耳と目を信じて向かう方向を決めた。
複数の明かりと、誰かの話し声が聞こえる方へ。
○○○○○
クリスタは危険な状態のダズを引きながら、雪の中を歩いていた。
ユミルはその後ろをついて行っている。
「クリスタ」
名前を呼ばれても、クリスタは返事をしない。
ユミルが何を言おうとしているか分かっているからだろうか。
「なぁクリスタ、もう諦めろ」
「…………」
「なあって」
「……嫌だ」
「ダズなら既に虫の息だ。自分の体調も把握できねぇ奴が、評価欲しさに来ちゃいけねぇ訓練を受けちまった……こいつの実力はここまでだったんだよ」
ユミルの言葉は冷たい。
しかしそれだけではなかった。
「このまま毛虫並の速度で麓まで歩いてたら、こいつはもちろん助からねぇし、私達もヤバい……とすると選択肢は2つだ」
どちらかと言えば合理的なユミルの言葉を聞いているものの、クリスタはダズを引く手を離そうとはしない。
「ダズを置いて、私達は生き残るか……3人共死ぬか……どっちにする?」
クリスタは足を止める。
「3つ目にする」
即答だった。
「ユミルの見立ては間違っていて……私はこのまま麓の基地に辿り着き、ダズも助かる。もちろんユミルは先に行ってて助かる……これで良いでしょ?」
そしてユミルの返事を待たず、再び歩き始める。
「あなたには迷惑はかからない。私達は絶対に辿り着くから、先に行ってて」
そう言って少しずつユミルの目は、彼女の中に潜むものを見透かしている様だった。
「……なぁ、なんで私に助けを求めないんだ?」
ユミルの言う事は正しい。
体格の差を考えれば、ユミルがダズを引いた方が早い。
この場において正しい判断だというのに、クリスタはそれを実行しようとしない。
意地でも自分でダズを引こうとしている。
「お前さ」
一見強い意志を持っている様な行動だが、ユミルにとっては別の思惑を感じるものだった。
「やっぱダズを助ける気ねぇだろ」
吹雪の中で、その声がやけに響いた。
クリスタは思わずユミルの方を見る。
そしてすぐに目を逸らした。
「このままじゃ、自分も死ぬって自覚があるんだよな?このまま死ぬつもりだったんだろ?なぁ」
クリスタの頬を伝う、1粒の汗。
「ダメだろ?クリスタは良い子なんだから。この男を助けようって姿勢を一旦は見せとかないと……」
ユミルの声は、心の内側を抉る様な鋭さがあった。
「自分が文字通り死ぬ程良い人だと思われたいからって人を巻き添えにしちゃあ……そりゃ悪い子だろ?」
「っ、違う!」
クリスタは堪らずユミルの服を掴む。
「わ、私は……そんな事……!」
そしてすぐに手を離して、小さく呟いた。
「私は……」
「お前だろ?命を狙われた妾の子ってのは」
ユミルの顔を見れずにいたクリスタ。
だがあまりに言葉に驚愕し、思わず目を合わせてしまう。
「なんで、それを……」
「そうか……やっぱりお前だったか」
クリスタの驚きをよそに、ユミルは話した。
以前内地のとある教会にて生活の為に金品を借りて回っていた際、そこの司祭達が話していたのをたまたま耳にしたのだと。
「物騒な話だった……」
妾の子がある家の跡取りになった。
いっそ殺してしまえば全て解決すると話は転んだが、せめて名を偽って慎ましく生きるなら見逃してくれてやろうという提案があったと。
そうやって、訓練兵に追いやられた少女がいると。
「安心しろ。誰にも話してないし、この情報を売ったりしない」
「じゃあ……私を探す為に、訓練兵になったの?」
「さぁ……似てたからかもな」
「私と、ユミルの生い立ちが……?」
「まぁ、大体は」
「それだけで、兵士に……?」
「さぁ?よく分からん……いや、違うな」
先程クリスタの心を言い当てた時に比べて、ユミルの返事は随分覚束無い。
「私と……友達になりたかったの?」
クリスタがひょっとしてと思い口に出すとユミルは違う、それは無いと強く否定した。
「お前と私は対等じゃない!偶然にも第2の人生を得たが、元の名前を偽ったりしてない!ユミルとして生まれた事を否定したら負けなんだよ!私はこの名前のままで、イカした人生を送ってやる!それが、私の人生の復讐なんだよ!」
そしていつもクールな彼女らしからぬ荒らげた声で、本気で感情をぶつけていた。
「それに比べてお前はなんだ!?自殺なんかして、邪魔者扱いした奴らを喜ばせたいのか!?なんで殺意が自分に向くんだよ!その気合いがありゃ、自分の運命だって変えられるんじゃねぇのか!」
クリスタに対して、思うところがあったのかもしれない。
全て言い切った後、ユミルは肩で息をしていた。
「で、できないよ……今だって……ここから3人助かる方法なんて、無いでしょ……?」
生きる事を諦めつつある雰囲気のクリスタ。
「ある」
そう言ってユミルが何かしらの方法を取ろうとした時。
「ワリィ、4人なんだわ」
「「!!」」
突然聞こえた何者かの声に、2人の心臓が跳ねた。
咄嗟に振り向くとそこには荷物を捨て去ったコートのみのビスタがいた。
「ビ、ビスタ……!?」
「お前、なんで……」
「やー、気づいたらはぐれちまっててよぉ」
2人は驚愕した。
まさかこの場にいるなどと、露程も思っていなかったからだ。
「話し声が聞こえたから来たんだけど、まさかおめーらとはな」
そしてすぐに、驚きが焦りへと変わる。
「お前、今の話……」
どこから聞いていたのか、と。
「ん?あー……」
ビスタは悩んだ。
”聞こえていないふり”をするべきかと。
「クリスタが死にたがってるってのと、ユミルがクリスタとダチになりたかったって話だろ?」
しかし悩む事1秒。
白状する事にした。
クリスタとユミルが見るからに動揺したが、ビスタにとっては些事である。
「そういやユミル、さっきこっから助かる方法ありそうなツラしてたよな?」
「……あぁ。2人共ついて来い」
強引に話をすり替えると、ユミルもそれに乗っかった。
「行くぞクリスタ。ダズは俺が引くからよ」
「あっ、うん!」
クリスタから奪う様にダズを引いていくビスタ。
少し遅れて身軽になったクリスタも走り出す。
「ここだ」
「おー、結構高ぇな」
ユミルが2人を連れて来たのは、崖の上だった。
その下の麓には基地と思しき明かりが見える。
「ここからダズを落とす。運が良けりゃ……誰か気づいてくれるかもな」
「でも……でも落としたって死ぬだけだよ!」
クリスタは高さから考えても無事で済むはずがないと思った。
しかしユミルはそれしかないと言い切った。
「そんじゃ死んでみるか」
「えっ?」
「は?」
呑気な一言に、2人は呆けた声を出した。
対してビスタは面白そうに笑っていた。
「飛ぼうぜ、あそこまでよ」
崖の下を指さしながら。