「えーと、アニはどこだ……?」
やって来た対人格闘術の時間。
ビスタはアニと戦うために彼女の姿を探していた。
実際は刃物の対処を形式的に覚える訓練なので、1対1で戦り合おうとしているビスタ側が間違いである。
「ビスタ、今空いてるか?」
「おぉマルコ、丁度いいところに」
「えっ?」
「アニ見てねーか?」
「アニ?アニだったらあっちで───」
「サンキュ!」
「あぁ……」
マルコが指さした方向に、ビスタは走り出す。
「うわっ!」
「おっと悪いトーマス!」
「ビ、ビスタ?何急いでるんだ?」
途中ぶつかりそうになったトーマスの背中を軽く押して、マルコの方へ誘導しながらビスタはアニの元へ駆けて行った。
「……なぁトーマス、ビスタとアニって仲良かったか?」
「そんな印象はないけど……あいつ誰にでもあんなだし」
○○○○○
「───いたいた。ったく小せぇから……お?」
ビスタはアニを見つけて声をかけようとしたのだが、それより先に彼女と戦おうとしている者達がいたので、少し離れたところからそれを見る事にした。
「あれはエレン……とライナーか?」
ライナーはアニに何やら言っている。
数秒後、彼女の瞳が一層冷たくなった。
「あいつ何言ったんだ?」
あの場にいなくて良かったと本能的に思いつつ、最初にライナーに押し付けられるような形でアニと対峙したエレンの戦いを見る。
短刀を持ち、アニに襲いかかるという役回り。
初手で1歩目に右足を出した結果、着地と同時に彼女の強烈な右ローを喰らって転んでしまう。
その後何とか立ち上がるも後は為す術なく宙を舞い、情けない姿で背中から着地した。
「……えっぐいなあいつ」
ビスタが若干引きながら様子を見ているとどうやらライナーもこれから戦うようで、ビスタは小柄なアニがパワー系相手にどう立ち回るのか興味を抱きながら観戦を続けた。
「一緒じゃねーか!」
結果はアニの倍近いライナーが宙を舞うという、言うなれば惨劇だった。
「しょうがねーな。殆ど情報無しかよ」
それを見かねて強く1歩を踏み出したビスタだが、途中背筋を悪寒が襲ったのは気のせいだと思いたくて仕方がなかった。
「ようアニ、お待たせ」
「……ビスタ」
「お、おいビスタ……」
先程完膚なきまでにやられたからか、同じ犠牲を出すまいとエレンはビスタを止めようとする。
「エレン、短刀くれ」
「……お、おう」
「頑張れよ、ビスタ」
「ライナー、その姿勢じゃなかったらかっこいいぜ」
ビスタは短刀を構える。
アニもそれを迎撃すべく、何かしらの格闘技の様な構えをとった。
「いくぞ!」
エレンが短刀を持っていた時と同じ様に、ビスタは1歩目に右足を出した。
「…………」
アニはエレンの時と同じ様に右ローを繰り出した。
ビスタが声高らかにタイミングまで宣言したものだから、見切るのは造作も無い。
「───へっ!」
この時までは、アニもそう思っていた。
しかし彼女のローキックは、結果として空振りとなってしまった。
「マジか!?」
これにはエレンも驚く。
「おいエレン、気づいたか?」
そして、姿勢を直したライナーも驚きながら言った。
「ビスタの動き、さっきのお前にそっくりだぞ」
「……は?」
簡単に言えばビスタは右足を前に出した時、着地のタイミングを少し遅くしたのだ。
「あいつ、お前と同じ動きをしてアニを誘いやがった」
ビスタは先程のエレンとアニの戦いを見ていたで、エレンと同じ動きをすれば彼女が右ローを出すという結果を知っていた。
馬鹿みたいにタイミングを宣言したのも、わざわざ短刀を持ったのもこの初撃に全てを懸ける為だったのだ。
「アニの反応速度はとんでもないもんだが……こうなる事は予想してなかったらしいな」
これによりアニが蹴りを放った後の僅かな隙が、ビスタの自由時間となる。
しかし彼女の立て直しも見事なまでに速いので、彼女の無防備な時間というのはほぼ無いと言えた。
しかし本来なら速度で負けている筈のアニに対して、良ければ相打ちに持ち込める程度のリードは得たままである。
躊躇う間もなく、ビスタはアニの首を狙った。
「(ッ、コイツ───!)」
それと同時に、アニの左足の踵がビスタの顔面に襲いかかる。
勝敗の分かれ目としては、どちらの攻撃が先に当たったかだった。
○○○○○
「いっでぇなちくしょー……」
その日の夜。
運悪く彼女の蹴りがこみかみに当たってしまったことで流血となったビスタは、姿勢制御ぶりに頭に包帯を巻いていた。
加えて顔面がボコにされてしまっている。
「おいビスタ!やったなおい!アニに勝ったんだぞ!」
「よしお前ら!ビスタを胴上げだ!」
男子陣(エレンとライナー)はビスタを担ぎ上げる。
2人は何故か大喜びしていた。
「おめーら数えてたんだろ?何勝何敗だ?」
「1勝と……12敗から数えてないな」
「どこが勝ってんだよどこがよぉ……」
結果としてあの勝負はビスタの勝ちとなった。
しかし流血したので一時離脱し、戻ってきた時には感覚を研ぎ澄ましたアニにボロカスにされるという悲劇を迎えていたのだ。
「ったく……とんでもねー女だ」
「それにしても、最初の動きは見事だったな。俺もエレンも声が出ちまったぞ」
担ぎ終えられ食事を再開したビスタ。
今はライナー、ベルトルトと卓を共にしている。
「おめーらの犠牲あってこそだよ」
「あのなぁ……俺達の体は有限だぞ?」
「す、凄いねビスタは……アニに勝っちゃうなんて」
ベルトルトは心から凄いと思っているような純粋とも取れる眼差しを向けた。
「それで言ったら体のスペックはベルトルトが1番上だと思うぜ俺は。おめーだって本気になりゃ1回位はアニに勝てんじゃねーかな?」
「い、いや……僕じゃ無理だよ……」
「ばーか、そりゃ今の話だろ?これからはわかんねーに決まってんだろ」
ビスタの言葉はベルトルトのテンションに対してかなり前向きだった。
「なぁビスタ、お前は何でベルトルトをそんなに買ってるんだ?」
「ん?」
「俺もこいつの能力は高いと思うが、いかんせん意志が弱い。だがお前はずっとこいつに声をかけてる。そこまで続ける理由を知りたい」
「あー……」
ベルトルトは唾を飲み込む。
ライナーの疑問がもっともであると自覚しているからだ。
「ほら、意志が弱いって言う割に言われた事をちゃんと成し遂げようとする気持ちは持ってんだろ?そんでそれを投げ出さねー。ちゃんと完遂するまでやる」
「……そ、そうかな?」
「そうだよ。それに俺が知ってる限りでも、おめーはやるべき事をちゃんとやり切ってるからな。それも真面目に。能力が高いってライナーも言ってるし、後は考え方次第で世界は変わるんだよ」
「!」
「だからよ、おめーが自分のやりたい事を自由にやってる姿が見てーんだ。そんで、いつも落ちた雰囲気のおめーが、楽しくてしょうがなくなって笑ってるところもな」
そう言い残して、ビスタは騒いでいるコニー達の方へ突撃していった。
○○○○○
「……ライナー」
「なんだ?」
「僕も、少しは変われるかな?」
「……ビスタも言ってただろ。後はお前次第だって。今お前が思ってる事が、その答えなんじゃないのか?」
「……そう、だね」