僕はどこに向かっているんだろう。
宛もなく何時間も歩きどおして身体は泥のように重かった。
気づくと、僕は施設の前に立っていた。
帰宅時間を大幅に越えて戻ってきた僕に当直のカンシュは制裁と称して殴りかかってきた。
ても疲れていた僕は猫を被る気力もなかったため
カンシュを黙らせて中へ入った。
普段なら必ずカンシュが居る廊下には深夜のため誰もいなかった。
ふとみると魂の貯蔵室があった。
「社会奉仕活動」で集めた魂だ。
数ヶ月に一度収集者がくるまでこうして貯蔵室に保管されている。
僕は不意に空腹を感じ、貯蔵室の扉を開けた。いつも不用意に僕らの前で解錠していたカンシュのおかげでコード式の鍵は簡単に開いた。
何かに足をとられ中に転がり込む。
倒れ込んだ目の前に魂が転がっていた。
見上げると、うっすらと光を発する魂達が、うず高く積み上げられていた。
僕は目の前にあったひとつを食べる。
女だ。
それも子供だろう。
ふいにミオンの姿を思い出す。
僕は別れたときの小さなミオンしか知らない。
大きくなったミオンはどんなだっただろうか。
どんなに思い描こうとしても最後にあった時の姿しか思い出せない。
父親に蹴られ、ぐったりとした姿のミオン。
何でだろう。
笑顔を思い出したいのに思い出せない。
僕は手近な魂をまたひとつ食べた。
涙がボロボロ落ちた。
何でだろう。
何でだろう。
僕は次々と魂を食べた。
体がミシミシと音をたてて成長する。
悪魔は食べた魂の分だけ成長する。
けれど一度に消化できる量には限りがあって、それを越えて摂取すれば、成長に耐えられずに理性のない怪物に成り果てるって言われている。
それでも僕は食べ続けた。
苦しい。
僕の身体は様々に変化した。
巨大な蜘蛛や固い鱗の蛇、大きな体躯の獣に火を吐く怪鳥。
変化する度に引き裂かれるような痛みを受けながら、僕はその痛みこそ求めて、さらに食べ続けた。
怪物になればいい。
そうすれば、全てを忘れられる。
+++
夜が明ける。
人の起きる気配がする。
僕はまだ理性を保っていた。
何でだろう。
怪物になれば全てを忘れられるはずなのに。
扉の外から鍵を解錠する音がする。
カンシュが朝食用の魂を取りに来たんだ。
勝手に貯蔵室の魂を食べた僕はどんな制裁があるだろう。
でも、それももうどうでもよかった。
入ってきたのは顔見知りのカンシュだったけど、カンシュは僕を見るなり悲鳴を上げる。
見下ろした自分の身体はカンシュの3倍はあり、息を吐く度炎がちらちらと吹き出ている。
カンシュは僕を化け物と呼び、部屋を飛び出していった。
僕は、、、僕のまま、怪物になってしまったらしい。
試しに尻尾をひと振りしてみると容易く壁に穴が開いた。
僕は外へ出て背中の翼を広げてみる。
唸りをあげて羽ばたく翼は僕の巨体を軽々と空へと引き上げた。
上空から見下ろすと、となりの町までよく見えた。
そこで目についたのは隣町にある別の施設。
「お使い」で何度か訪れた場所だ。
するりと近づけば、僕のいた施設とほぼ同じ造りの建物は、外からでも何処に目的の部屋があるかわかった。
僕は過たず壁を破壊する。
やはりだ。
僕は頭を突っ込み、再び大量の魂を食べ始める。
音に驚いた悪魔達がやって来るが僕が少し炎をくれてやっただけで大騒ぎをして散っていった。
初めは魂を食べる程痛みは増していったのに、今はむしろ痛みは弱くなっていくようだった。
ただ、頭痛だけがずっと続いている。
だから僕はさらに食べ続けた。
もっと痛みを。
食べている間だけ忘れられるのだから。
やがて外が騒がしくなる。
大勢の悪魔の気配だ。
粗方魂を食べ終えた僕はゆっくり「すべての」頭を上げた。
僕は、施設の入口に武器を手にした悪魔達を見つけた。
僕は、威嚇するように空を飛ぶ悪魔達を見つけた。
僕は、集まりだした野次馬を見つけた。
僕は、施設の中に怯えた子供を見つけた。
僕は、子供を誘導することなく逃げるカンシュ達を見つけた。
「すべての」僕は嘲笑う。
何処も同じだ。強い者に弱い者は虐げられる。
僕はゆっくりと建物の外へ出る。
朝の光が不快だったので雲を呼び、辺りを夜のように暗くしてやった。
遠くを見るために頭をもたげれば、建物よりも高くから遠くを見通せた。
愉快な気持ちが沸き上がってきて、僕は足を踏み鳴らした。
威嚇していた悪魔が何人か倒れた。
笑い声を上げれば、雷が共鳴し、空を飛ぶ悪魔が落ちた。
その場にいた悪魔の多くが恐怖に萎縮している中、統率のとれた集団が雷を縫ってやって来る。
巨大な牛頭猿身の悪魔や龍のような尾をした女、猿や山羊の頭をつけた悪魔たち。
僕を、化け物を、狩りに来たんだ。
僕を囲むように円形を取った悪魔達は、小手調べとばかりに炎や氷の息を吐き、武器を投擲する。
施設の中にはまだ子供達がいてもお構いなしだ。
僕は風を纏い、それらをすべてやつらに返してやる。
自分の吐いた火に巻かれる様は滑稽だった。
体躯の大きな獣達が僕の体に取り付こうと突進してきた。
僕は姿勢を低くし、奴等の一人一人をしっかりと「視」てやる。
目があった獣達は瞬時に石と化し、進む勢いのままゴトリゴトリと前に倒れていった。
石化耐性のあった何頭かはそのまま突進し、僕の前足を切りつけてきた。
けれどどれも痛みらしい痛みを僕に与えてはくれなかった。
僕は彼らに優しく息を吹き掛ける。
酸の息を至近距離から吹き掛けられた者は視力を奪われ肺を焼かれる苦しみに地をのたうつ。
見ると、さらに別の一団がこちらにやって来るのが見えた。
先程と違うのはどうみても戦い向きではない老いた悪魔達が数人混じっていたことだろうか。
彼等は僕を見て何度かうなずくと野次馬の中から幼い子供を選び引き立ててくる。
服装からして逃げ出せた施設の子供だろう。
老人たちのにし出された子供はゆっくり、だが滑るようにこちらにやって来る。
声は無くともその表情から恐怖で絶叫していることがわかる。声を消され、念動で押し出されているのだ。
子供は10才ほどの女の子だった。
僕はかっとなり、老人たちのいる辺りに火を吐いた。
しかし老人たちの周りには協力な力の壁があるらしく彼等に届くことはなかった。
僕は、子供を僕の力でくるみ、奴等の念動を遮断する。
可愛そうに、子供は気を失っており、くたりと倒れる。
それらを見ていた老人たちは頭を付き合わせて何事か相談し、それぞれに頷きあうと僕の方へと進み出る。
そして一様に膝をつき、最上位の礼を取る。
民主主義のすすんだこの国では日常的に最上位の礼を取ることはもうない。
最上位の礼は王への畏敬を表すもの。
彼等は僕を魔王と認めたのだ。
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