「まったく!皆さんは放棄世界線への干渉がどれほど危険で無責任なことかわかりますか?よくも私の――」
グスタフの目の前では”メイド姿”のダークエルフが、「真正世界線」がどうとか、さっぱり語彙のわからない話をしている。
本来その服装に期待する瀟洒なふるまいはなく、所有する山に入り込んだ山菜取りを注意するような、そのような憮然さがあった。
しかしグスタフには一つだけ、引っかかる点があった。
「待ってくれ。皆さん、といったか?」
彼の妃であるディネルースが先に彼の微かな疑問点を口にした。
判断に時間をかけるグスタフと違い、彼女は優秀な野戦指揮官だ。こういう時の瞬発力は彼女の方が早い。
「ええ、皆さんです。オーク族の生存どころか文明化、エルフィンド滅亡、極めつけにアメリカの分断!干渉者の皆さんが組織的に成したことでしょう?16世紀、遅くとも18世紀あたりから干渉の形跡があります。まったく悪質です!悪質極まりない。」
「「「「…」」」」
4人は黙っていた。さて誰が指摘するか…
なまじ”メイド姿”の若いダークエルフが間違った前提でプリプリ怒っているのは滑稽で可愛らしく、グスタフなどはもうちょっとこのままにしておきたいと思っていた。
彼の横にいるシュヴェーリンがどんな顔しているかは、なんというか、周りの空気でわかる。いたずらがまだバレていない少年のような、ちょっとにやけた顔をしているのだろう。
うん。”メイド姿”がシュヴェーリンの顔を見て怪訝な顔している。
「いや、国王以外の我々は転生者ではないのだが…」
この中で最も良識があるゼーベックが言った。
件の”メイド姿”は片眉をあげた表情から、さらにもう片方の眉を下げる。
「はぁ?いくら魂の内側までは確認できないからって嘘はよくないですねぇ。ましてや共犯者を売るとは。」
”メイド姿”はあからさまに不機嫌になると、手をピストルの形にして、
「ぱきゅん。ぱきゅん。」
と言ってゼーベックとシュヴェーリンに向かって撃つ真似をした。
ばたり。ばたり。
途端に「撃たれた」二人は糸が切れた操り人形のように、テーブルに突っ伏した。
「!!このっ!」
すかさずディネルースが拳銃を引き抜いて”メイド姿”を撃つ。二、三発と放たれた銃弾は”メイド姿”の手前でポトポトッと落ちるだけだった。
「待てっディネルース!」
あわててグスタフはディネルースを制する。グスタフは力押しでは”メイド姿”に勝てないと確信していた。
「そうですよぉ。跳弾とか危ないですからねぇ。」
”メイド姿”は我関せずといった風にゼーベックとシュヴェーリンの元へ歩いて行くと、
机に突っ伏したままのゼーベックとシュヴェーリンの上の空間を手でこねるような動作をした。
「あれっ?本当だ…」
と呟き、最後に両手を高く上げてから二人の首をパン!と叩いた。
「「ぶはっ!」」
叩かれた瞬間に二人は荒々しく咳き込みぜぇぜぇと息をする。
「な、なんだ今のは!」
「お、おお…!おもしろいのぉ今の。」
「んなわけあるか…!」
二人はひとまず無事なようだが、”メイド姿”が今度はディネルースに向かっている。
グスタフは通りすぎる”メイド姿”に掴みかかろうとするが、その直前に体全体が固まったように動かなくなる。
ディネルースも同じように拳銃を持ったままおかしな姿勢で固定?されていた。
「では、ディネルースお姉様も」
「お前にお姉さまと呼ばれる筋合いはない!」
”メイド姿”はそのままディネルースの顔に近づき目を覗き込むと、「うわ…確かに」と呟いて反対側の椅子に戻る。
「いやそれで済むならゼーベック達もそれでいいだろう!」
「エルフ割です。まさか、本当に一人とは…」
席に戻ったメイド姿はどこからかタブレットのようなものを取り出して、「っれ~?おかしいなぁ…」と一人で考え込んでいる。もう何でもありだ。
グスタフは”メイド姿”の困った様子につけ込み、話し出した。
「確認されたとおり、転生者は私だけだ。全ては私がやったことだ。罰なら私が受ける。だから他の三人は見逃してくれ。」
嘘偽りはない。彼はこのような日が来る可能性も覚悟していた。その時は自分が犠牲になるべきだと。
元より、自分はもうそう長くは生きられない。
”メイド姿”はグスタフよりも周りの様子を見ている。
「その~、罰を与える、というのは私の仕事ではないんですよ。「干渉者」さん。私はあくまでもこの世界線の歪みを直すために来たのです。
この場合の歪みの定義は…あなたと、あなたが関わって誕生したもの、つまり…」
「さっきから干渉者、干渉者。私の夫をなぜ犯罪者みたいに扱うんだっ!」
「そうじゃ、お前みたいな小娘には干渉者とやらでも、わしらにとっては大切な王なんじゃ!」
「そもそも陛下は望んでこの世界に来たわけではないはず。そちらの勘違いではないのか?」
グスタフ以外の三人は自分の夫が、王が、なにか犯罪者のように呼ばれることに我慢の限界だった。
”メイド姿”は口々に反論する三人には目線を合わせず、ただグスタフだけを見ている。徐々に眉間に皺を寄せながら。
グスタフにはその目線が徐々に軽蔑から警戒へと変化しているように感じた。
グスタフは焦る。自分が死ぬのは仕方ない。だが、このままでは三人まで巻き添えになってしまいそうだ。
なにか…何かないか?
その時グスタフの脳裏にティリオン離宮での石碑の文言が思い浮かんだ。
「星歴679年」
グスタフの呟きに”メイド姿”の突耳がピクリと動いた。
「私が生まれたのはおそらく679年頃だ。」
「ご自身を”漂流者”だと?まさに典型的な”干渉者”ですね。そう主張されると、こちらとしても確認する義務がありますが…」
グスタフには”漂流者”の意味するところは分からなかった。おそらく意図せずこの世界に転生したものを指すのだろう。
”メイド姿”は再び手をピストルの形にすると、「よろしい?」と訊く。
グスタフは頷き…「や。あなたじゃなくて周りに聞いてます。」
グスタフ以外の三人が頷いてようやく”メイド姿”は
ぱきゅ――
その瞬間、グスタフの意識がこと切れる。
思考の方向性がなくなり、周囲の景色の色、音、匂いが感じられなくなる。
完璧な静寂。
やがて鮮明なイメージが飛び込んでくる。
これは…運河の上だ。シルヴァン運河。
続いて、厨房?これは…私がスープを作っている?
ディネルース!ディネルース!!ディネルース!!!オムレツを食べる。
イメージが巻き戻る。
ディネルース!ディネルース!!ディネルース!!!オムレツを食べる。
まるで走馬灯だが…何かがおかしい。
ティリオン離宮
ツィーテンの死
ディネルースとの出会い
これは、走馬灯ではない。向きが逆だ!
デュートネ戦争、即位直後の政治闘争、そして…あの、味。
真っ暗闇、懐かしい景色が広がる。
多摩川を渡る電車の中。ガラガラだが、座れるというほどではない。
湘南新宿ラインは遅れているが大丈夫。遅延は織り込み済みだ。
ふとスマホの画面を見ると日付と時刻が――
電車は武蔵小杉駅に入り、私は自宅に戻り始める。
家に戻り愛する人と朝食を食べ、パジャマに着替えて…
カレンダーを見る。
2021年7月1日
ぶはあぁっ!
グスタフは意識を取り戻した。空気を求めて荒々しく呼吸する。
呼吸を整えたグスタフが顔を上げると、”メイド姿”がテーブルの上でかがみこんでいた。
「いやぁ、あなたすごいですねぇ。な、七百年前の魂だなんて!!」
目を見開き、鼻息荒くグスタフの目を見る”メイド姿”の表情には軽蔑も警戒もなく、ただ好奇心のみが存在していた。
2021年7月1日は平日で、オルクセン王国史の第一話が投稿された日です。
ウクライナ侵攻より前なんですよね…