「なるほどぉ~。ろくに未来技術を使っていなかったのは、検知を避けるためじゃなくて、単純に使えなかったってことなんですねぇ。」
席に戻った”メイド姿”はそう言いながら、ポットから空のカップにコーヒーを注ぐ。もうすでにそれぞれのカップを二周しているポットからは、いまだに同じ角度と同じ勢いでコーヒーが注がれていた。
「一つ確認したいんだが…」
「なんでしょ?」
「これで、我々とあなたは敵対する必要はないということでよいのか?」
グスタフはそこだけはっきりさせておきたかった。”メイド姿”は険しい顔をする。
「あんまり。さっき記憶を拝見したんですが、脱出ゲートを使っていただけなかったようで。それは困ります。」
「「「脱出ゲート…??」」」
三人にとっては初耳だった。グスタフはあまりに重い事実は彼らにすら伏せていたのだ。
グスタフが俯く中、”メイド姿”がしゃべりだした。
「話してなかったんですか?変なところを隠すんですねぇ、21世紀人は。要はここは未来人にとっての遊園地だったんです。正確にはベレリアント半島がですが。」
「「「…????」」」
「ロマンですよ。エルフ達と耽美な生活を送りつつ、大昔のファンタジーのような冒険をするんです。本の中にしかないようなものを、本物の世界で!!!」
ディネルースとゼーベックにはわからなかった。(シュヴェーリンはちょっとわかった。)わざわざ不便で貧しい昔の時代に行きたがるなんてことは。
「もしかして、私が孕めない体なのは、そういうことなのか…?」
ディネルースは深刻な表情で、”メイド姿”に問う。”メイド姿”もその姿に若干たじろぐ。
「いやっ、あっ!グスタフさんとのことですよね?転生者はみんな種無しですよ。もし子供が生まれたら、どっちの世界線の子か、という問題が起きますから。だからそこの
「私の夫を種無し呼ばわりするな!」グスッ
薄々感づいていたとはいえ、種無し呼ばわりはグスタフを苛立たせた。さらにディネルースを泣かせたことも。
「…なかなか身勝手なことをするものだな。未来人も。」
「カッチーン、恩恵を受けている側でよくも。見てくださいよこいつ、一日の連続膣内射精回数24回ですよ。24回。」
「コンドームがないんだから仕方ないだろう!」
”メイド姿”はシュヴェーリン達に自分のタブレットを見せる。ディネルースは泣き顔を覆って耳まで赤くなっていた。
「つ、強い…」
「さ、さすが陛下…」
牡たちは次々に感服の声を漏らす。そりゃ24回だもの!
さらにディネルースが衝撃の事実を漏らした。
「…29回だ。あの夜は29回。」
「バッ、バカな…!」
”メイド姿”は慌ててタブレットを操作し始め…唖然とする。
「日付を跨いでいて…集計が途切れています。確かに、その夜合計だと29回です!」
「わが王の勝利じゃァ!」
「「「バンザーイ!!バンザーイ!!バンザーイ!!」」」
「…っっ#!!!」
会議室でバチンッ!というビンタ音が三度鳴り響く。その日、エルフ族は初めてオーク族に白兵戦で勝利を収めた。
◆
「では、私が相手でなければ、ダークエルフも白エルフも妊娠できるのか?」
場が落ち着くのを待ち、グスタフは”メイド姿”に問いかける。”メイド姿”は左頬にできた赤い手形をさすりながら答えた。
「まず、白やダークといった線引き自体不要なんですが…エルフ族は、みな不妊です。なぜなら、エルフ族が生物として優秀すぎるからです。」
「優秀すぎる…?」
「ええ。繁殖に制限がないと、人間を駆逐して、エルフの大帝国を築けてしまう。ちょうどそう、オークがアルブレヒトⅡ世でやりかけたように。」
「それが困るのはこの世界の人類が困るからか…?」
「や、シナリオSと言ってですね、要は史実よりも科学技術の発展が早いと、我々が、困るのです。」
「どう困る?」
「世界線間戦争が起こってどちらかの世界を皆殺しにすることになります。その前に処理しますがね。特にこの世界は魔術が使えますから、基準が厳しいんですよ。」
グスタフには”メイド姿”の言っていることが、「強すぎる」エルフ族を弱体化させるための策だと理解した。とすると…
「エルフィンドの教義も同じ目的か?」
「鋭いですね。半分正解です。もう半分はエルフ達自身の身を守るためです。」
「それは我々が民族浄化されることでか?」
最後のはディネルースである。彼女にとっては、その教義こそ自分達を民族浄化に追いやったものだった。
”メイド姿”はディネルースに神妙な顔で目線を移す。
「うまくいくはずだったんです。先取りしすぎないようにしつつ、汎用的な…」
「どううまくいくはずだったんだ?」
「…ドワーフが流行を追える程度の技術を、コボルトは商業や貿易を、大鷲は空からの目と空を飛ぶという概念を、そして巨狼が外敵を防ぐという見積もりでした。」
全然うまくいっていない。大失敗である。
「まさか…全部追い出してしまうとは…ベレリアントで武をもって争ってはいけないとあれほど書いたのに!」
「待て、他種族は危険とか書いていなかったか?」
「それはシルヴァン川より南の他種族ですよ。「私たち」はシルヴァン川より北の魔種族たちを意味して…」
ディネルースは会議室の壁にある本棚からエルフィンド神話集の最終巻を取り出すと、最後の方のページを指さした。
「はい…なぜか「私たち」が「白エルフ」と解釈されてたんです…本当に申し訳なく…」
「大体、エルフが巨狼族と共存できる予定だったのか?」
「巨狼族と共存する氏族も…いたはず…」
「アンファングリアに一人だけ生き残りがいたがな、氏族としてはだいぶ前に壊滅したはずだぞ。」
”メイド姿”は机に突っ伏して呻いた。
「予言…難しい…」
◆
「その…気になっていたんだが、オーク族はどうなる予定だったんだ?」
「寒冷期に不作と人間の進出によって17~18…失礼、7~8星紀までに滅亡する予定でした。何らかの干渉があったはずなんです。だから最初は、シュヴェーリンさんとゼーベックさんが干渉者だと思ったんですよ。」
「「アルブレヒトⅡ世…」」
シュヴェーリンとゼーベックはそろってこう呟いた。
グスタフは先王に思いを巡らせる。先王も転生者だったのだろうか?
グスタフはずっと若いころに一目しか見たことがなかったが、歴史書で彼の並外れた業績は知っていた。
正直自分なんかよりもずっと優秀な君主だったように思う。まるで最初から答えを知っていたかのように――
「まぁなので厳密に歪みの修正をすると、オーク族には絶滅してもらう必要があるのですが…」
”メイド姿”がとんでもないことを言い出したので、4人は身構える。さっきまであんなにふざけ合ったのに。
「や、さすがにここまで膨れあがったら、そう簡単にはできませんよ。いきなり消えたり、隕石が落ちたりしたら不自然でしょう?そういうのはだめなんです。」
「絶滅はさせるつもりなのか…?」
「機会があれば?特にグスタフさんが魔種族に植え付けた、変化に適応する方法論。あれはまずい。」
グスタフにはどれのことか判断しかねた。ちょっと心当たりが多すぎる…
「もともと魔種族は人間族より変化に強いんです。自分の寿命より自分の家が先に壊れる。そういう種族達が、変化に適応する方法論を身に着けたらどうなります?」
「強すぎるというやつか?」
「そうです。しかもあなたがエルフィンドまで侵略したせいで、エルフ達にまでその考えは浸透してしまった。」
「しかし…そうしなければ我々は生き残れない。…全ては、生存のためだ。」
「おかげでこっちは修正が大変なんですよ…!もう干渉はやめていただけませんか?」
「…まだ、困るんだ。」
グスタフにはなんとしても第二次世界大戦を防ぐため、アスカニアへの巨額な賠償を止めさせ「起こしますよ。」なに?
「私が起こします。史実で起こったことはすべて起こします。
「な…第三次!?」
グスタフは"メイド姿"の自白よりも第三次という言葉の方に衝撃を受けた。
「…第三次が起こるなんて思いもしない頃の日本人が、
”メイド姿”は”メイド姿”で衝撃を受けていた。
「さっきから第二次とか第三次とか、一体何の話をしてるんだ?」
「ん?あ、やべ!」
”メイド姿”は右手を挙げて、手首をクイっと回す。するとグスタフ以外の三人の動きが固まり、空間は無音となる。
グスタフだけが異変に気付いて回りを見渡す。
「今…なにを?」
「時間を止めました。ネタバレになっちゃいますから。じゃあ…そろそろ。」
”メイド姿”は立ち上がり、ピストルの形にした手をグスタフにゆっくりと向ける。
「やはり、最初から私を殺すつもりだったか…」
「まあ、ね。」
「みんなは…どうなる?」
「殺しはしません」
「私は死んだあとどうなる?元の世界に戻るのか?」
「150年以上も王様をした経験のある人なんて、危険すぎて元の世界には戻せません。私の時代に連れてゆくか、もしくは…」
「この世界に魂を定着させて、輪廻を繰り返すかです。」
「私は、後者がいい。」
「次の輪廻では地獄を味わわせますが…いいですか?」
「地獄行きになっても文句は言えんだろうな…君が選ぶものなのか?」
「えぇ。私自身はどこでもいいんですが、こっちの世界の私がね…あなたをかなり恨んでるんですよ。」
”メイド姿”は、ピストルにしていない方の手を握ったり開いたりしながらつづけた。
「私の自我が発現したときは、ちょうどダークエルフの民族浄化のタイミングでしてね…」
「まさか…あの感覚か!?」
グスタフは街中で好きなマイナー映画のグッズを身に付けた人を見つけたような気分になった。
あの見知らぬ記憶と感情が浸透してゆく感覚は誰からも共感され得ない感覚だったのだ。
「程度はましですが、あの感覚ですよ。その時に助けてくれたお姉ちゃんが、あなたの起こした戦争に従軍してね…帰ってきたら寿命が半分になってたんですよ。エリクシエル剤でね、だから…」
”メイド姿”はふぅ~…とため息をつくと、改めてグスタフの目を見て言った。
「だから許せない、地獄に…落としたい。」
ばきゅん!
何も起こらなかった。
困惑するグスタフに”メイド姿”が近づく。
「身辺整理のために二年後に死ぬようになってます。最後の三か月はろくに起き上がれないでしょう」
「なぜこんなことを?」
「いきなり殺したら大騒ぎになるでしょ?時間が動き始めたら、あなたは気絶しますよ。」
”メイド姿”はばつが悪そうな顔をして続けた。
「撃つ前に言った奴は秘密にしてくれます?恥ずかしいんで。」
「もし破ったら?」
彼女はにやけながら、固まったままの三人にピストルの形にした手を向けた。
「はったりだな。君には無関係な人を傷つけられない決まりがあるはずだ。」
グスタフは”メイド姿”のはっとした表情で'当たり'だと悟った。
さもなければ手紙で釣り寄せたり、気絶させたり、時間を止めたり。そんな回りくどい方法はとらないはずだと彼は見抜いていた。
「あなた…あなたやっぱり優秀ですね…!昔の人すごいな。じゃあ、未来のことなんでも一つ答えるので、それでどうです?」
グスタフは質問を思いつくのに苦労しなかった。
ティリオンの石碑や”メイド姿”の手紙を見て、未来に関して気になっていたことが一つあるのだ。
「未来では、日本語が公用語になっているのか?手紙も石碑も日本語で書いてあったが…」
”メイド姿”はいくらか思案した後に答えた。
「2700年では公用語という概念自体が怪しくて…あの文字も日本語ではないんです。
そういうと、”メイド姿”は手紙を取って部屋から出て行った。
動的文字ってなんだよ?とグスタフが言い出そうとしたとき――
音が戻り、皆の動きが戻り始め、
ばたり。
「ぉい、第二次とか第三次って…グスタフ!!」
グスタフは倒れた。
同時に部屋のドアが開け放たれ、アドヴィンとダークエルフ兵が飛び込んでくる。
この日を境にグスタフ・ファルケンハインは急速に衰えて行った。
実は劇中の時代だとすでにコンドームがあるそうです。日本では1874年からあるらしいです。(高かったでしょうが。)