【運営からのお知らせ】
未参加の参加者は速やかにダンジョンへ入場してください。
放置期間が七日を超えた場合、対象者の目前にダンジョン内の魔物を召喚します。
なお、召喚後の被害について、運営は一切の責任を負いません。
――――――――――
「毎回思うんだが……」
ただっぴろい草原を並んで歩きながら、隣の俺は苦笑を漏らした。
「なんか、運営からの通知って脅し文句みたいだよな」
「ま、まあ実際、脅しじゃないから放置したら街に魔物が溢れるわけですし……」
隣を歩く黒髪を二つ結びにしたミアは曖昧に笑った。なんかコイツたまに運営を庇うみたいな言い方するんだよな。
「それはそうだが……もうちょっと優しい言い方はないのかなって」
そんな俺たちの他愛のないやり取りを、ふわふわと浮遊する球体型の配信カメラが追っている。配信用のシステムウインドウには、リアルタイムでコメント欄が流れていた。
現代のダンジョン攻略に欠かせない、ドローンを用いた配信システムだ。
第一回層は初心者向けで、ひたすらに草原が広がっている。
『始まった』
『待機ー』
『ミアちゃん今日もかわいい!』
『レオ、今日は寝坊してない?』
「してない」
画面に向かって即座に呟くと、すぐにツッコミが返ってくる。
『反応早ww』
『ちゃんとコメント見てた』
「これくらい今のは見えるだろ」
ぶっきらぼうに返しながら、俺は右手の短剣を軽く握り直した。
前方の曲がり角に差し掛かったその時、奥の影が小さく動いた。
「レオさん、三体来ます」
ミアが声を潜めて告げる。
「了解」
俺は歩幅を落とし、迎撃の体勢をとった。
草の中から姿を現したのは、スライム。水色の半透明の体を跳ねさせる、お馴染みの魔物だ。
一体が先陣を切って駆け出してくる。いや跳ねているのか。その後ろからさらに二体。
俺は迷わず、正面の個体へ向かって鋭く踏み込んだ。
上からの体当たり。それを、わずか半歩だけ横にずれてかわす。
風を切る音が耳元を通り過ぎるのと同時に、空振ったスライムの魔石を切り裂いた。
――まず、一体。
そいつが魔石を残して消えるより早く二体目が肉薄してくる。
俺は素早く反転し、振り向きざまに迫るそれを短剣の腹で弾き飛ばした。再度、スライムの魔石にナイフを叩き込んだ。
――これで、二体。
最後の一体は、前の二体より少しだけ突進が遅れていた。だが、その数秒の遅れが命取りだ。俺の体制が整うには十分すぎる時間だった。
一歩、深く踏み込む。
流れるような鋭い斬撃がスライムの魔石を切り裂き、最後の個体もまた、消え去った。
「討伐完了です! ナイスです、レオさん」
ミアの声が通路に響く。
『早い!』
『一瞬だったな』
『しゃあないけど魔石割れちゃったかー』
短剣の体液?を払うように一振りし、俺は小さく息を吐いた。
「まあ、一層のスライムだからな」
「もう、謙遜しないでください。今のでも初心者一人だったら普通に危ないですからね?」
ミアが配信カメラに向かって、カメラ目線でフォローを入れる。
「皆さん、スライムは個々の力は弱い代わり、こうやって数で連携してきますからね。囲まれたら一巻の終わりです!」
『解説助かるー』
『ミア先生!』
『相変わらずわかりやすい』
コメント欄がパッと盛り上がる。
正直、こういう配信向けのトークや解説は、全部ミアに頼りっきりだ。俺はただ、目の前の魔物を効率よく倒すことしかできない。
――ゲーム配信をやっていた頃からずっと、俺は喋りが苦手で、配信者としては失格だった。
「レオさん、魔石に三つです」
「ああ」
ミアに石を握らされると視界に半透明のシステム画面が表示される。
【魔石(破損小)を獲得しました】
ダンジョンの「参加者」に選ばれてから、ちょうど一週間。
最初は驚いたこのシステム表示にも、だいぶ慣れてきた。
「なんて書いてありますか?」
「魔石(破損小)だって」
半透明のシステムウインドウは他人には見えないので同行者のミアにも教えてやる。
「数で勝負ですね」
「ああ」
魔物を倒し、素材や魔石を持ち帰り、それをニューヨークのマンハッタンにある国営ギルドで換金する。
一個一個の魔石は高くないが、デイリークエストと合わせて少なくとも、誰も見向きもしなかった底辺ゲーム配信者時代よりは、遥かに稼げていた。
『参加者に選ばれちゃったらやるしか無いからなー』
『今のダンジョンバブルは景気いいしなー』
『まあ、命懸けだけどね』
流れるコメントに、俺は小さく苦笑した。
「そこなんだよな……」
命懸け。
文字で見ればたった三文字の軽い言葉だ。
けれど、実際に狂暴な魔物と対峙し、冷たい刃を向けるとき、その言葉の本当の重みを嫌というほど思い知らされる。俺たち参加者はダンジョン運営に強制的に指定されて潜らざるを得ない。
これはゲームじゃない。画面の向こうの出来事でもない。
ここで死んだら、リスポーンなんてシステムは存在しないんだ。そういう命のやり取りを強制されている。
ダンジョンは銃火器の持ち込みは禁止で、入り口でチェックされるから魔術適性の無い俺は接近戦を強いられる。
「――右から、今度はゴブリン!来ます!」
ミアの鋭い声が、俺の思考を引き戻した。
考えるより先に、身体が反射的に左へと跳ぶ。
直後。さっきまで俺がいた空間を、角から勢いよく飛び出してきたゴブリンの爪が引き裂いた。
『うお、今の見えてた!?』
『反応やばすぎだろ』
『ミアちゃんの索敵まじ有能』
コメントに答える余裕はなく、俺は着地と同時に短剣を横一線に振るった。
肉と魔石を断つ確かな手応えの後、ゴブリンが光の粒子に変わる。カランという音と共に割れた魔石が落ちた。
『また魔石われちゃった』
戦闘自体はほんの数秒。それでも、どっと押し寄せる疲労感に肩が重くなった。
自分の呼吸が乱れているのが分かる。スライムは魔石を砕かないと倒せないが、ゴブリンは別だ。魔石を傷つけると買取価格が下がるのに……
「少し、休憩しますか?」
俺の様子を察して、ミアが気遣わしげに覗き込んでくる。
「……そうする」
俺は通路の壁際へと移動した。その場に座り込みたい気分だったが、一応は配信中だ。不恰好な姿を晒すと視聴者が離れてしまうかもしれない。壁に背中を預けて身体を支える。
『おつおつー』
『無理すんなよ』
『デイリークエストちゃんとやってるか?』
『体力ないなあ』
「うるさい。これでも限界なんだよ」
『デイリークエストて何よ?』
『参加者に選ばれてからは、毎日デイリークエストが出てきてこなすと100ドルもらえんの』
『ええやん。内容は?』
コメント欄はこっちをそっちのけで、ダンジョン講座と洒落込むようだ。
現在の同時視聴者数は二十人ちょっと。大人気配信者とは程遠い、相変わらずの小規模配信だ。
「10キロマラソンとか色々やらされた」
『ええやん』
『最大90日だけどな』
でも。俺一人で、ただ虚しく画面に向かって喋っていた一週間前よりは、ずっと増えていた。ミアが隣にいてくれるだけで、世界は少しだけ変わった気がしていた。
「レオさん、次行けそうですか?」
「……行こう」
俺が短剣を握り直すと、ミアは満足そうに小さく頷いた。
一息ついた俺たちは、再び薄暗い通路の奥へと歩き出す。
――その時だった。
俺の視界の端、コメントに混じって一条の赤いニュース速報が流れた。
【速報:ニューヨークダンジョン第四階層にて、本日の死亡者は参加者3名】
ピタリ、と俺の足が止まった。
同時に、それまで賑やかだったコメント欄も、冷水を浴びせられたように一瞬で静まり返る。
『あ……』
『やっぱり多いな……』
『第四階層、やっぱり難易度の跳ね上がりが危険すぎるな』
ミアも同じ通知を見ていたのだろう。一瞬だけその瞳が揺れたが、彼女はすぐにいつもの明るい、頼もしい表情へと戻ってみせた。
「行きましょう、レオさん」
鈴を転がすような、いつもの明るい声だった。
配信中だから無理をしているのかもしれないし、あるいは、元々こういう性格なのかもしれない。
「……ああ、そうだな」
俺は短く答えて、再び歩き出した。
第四階層なんて、俺たちにはまだ先の話だ。
けれど俺たちは、90日以内にそこへ辿り着かなければいけない。そこが魔物を狩って食べていける最低ラインであり、90日を過ぎればデイリークエストで生活費を賄うことが出来ないのだから。まあ、そこまで行ければ程々でやっていけば良い。
この時の俺は、本気でそう思っていた。
隣を歩くミアの未来も。
これから自分を待ち受ける運命も。
何も、知りもしなかったんだ。
――これは、俺が英雄になる物語。
あるいはミアを殺すまでの物語だ。
楽しんでいただければ幸いです