「昨日のニュース、結構ネットでも話題になってますね」
一層の草原を並んで歩きながら、ミアが前方を見据えたまま言った。
「まあ、実際かなり死者が多かったわけだからな。話題にもなるだろ」
「やっぱり、第四階層ともなるとモンスターの強さが全然違うんでしょうね……」
『ニュース見た、怖いな』
『俺たちまだ二層でよかったわ』
『いや俺なら一層でも絶対無理』
「俺も無理」
視界の端で流れるコメントに適当に返しながら、静かに歩みを進める。
ダンジョンへ潜り始めて、今日でちょうど一週間。世間的にはまだ、4層に突入するまでは初心者と呼ばれる期間だ。それでも、この第一階層の地形に関してはだいぶ頭に入ってきた。
「――レオさん、左」
ミアの短く、的確な声。
俺は反射的にその場に足を止めた。
直後、角の向こうから、空気を引き裂いて一本の木製棍棒が飛び出してくる。
現れたのはゴブリン。だが、先ほど倒した個体よりも一回りほど体格が大きい。
「来たな……!」
俺はすぐさま短剣を逆手に構えた。
ゴブリンは俺たちの姿を認めるや否や、獰猛な声を上げて突っ込んでくる。強烈な横薙ぎの骨棍棒が、俺の胴体を目がけて振るわれた。
――避ける。
必要最小限、わずか半歩だけ身体を後ろに引く。
ゴブリンの棍棒が、俺の鼻先をかすめるようにして通り過ぎていった。
『うお、近っ!?』
『今絶対当たるかと思ったわ』
『避け方おかしくね? 紙一重すぎる』
攻撃をかわした勢いのまま、今度はこちらの番だ。
身体を鋭く踏み込ませ、返す刃でゴブリンの武器を持つ腕を深く切り裂く。
不意の一撃に、ゴブリンがガクリと体勢を崩した。その隙を見逃さず、今度は首元を正確に狙って短剣を走らせる。
一閃。確かな手応えと共に、ゴブリンの首から鮮血が吹き出した。そしてそのまま動かなくなった。
「お疲れ様です!」
パチパチと、ミアが隣で感心したように拍手を送ってくる。
「いや、今のは結構危なかっただろ」
「本当におっかないと思っている人は、あんなギリギリの最小限の動きで避けられませんよ」
ミアはゴブリンに近づきサクサクと魔石を取り出した。魔石が切り離されたゴブリンは霧のように消えた。魔物は、魔石を壊すか取り除くとこうして消えてしまうのだ。
『それはそう』
『ミアちゃんの言う通り、正論すぎる』
『レオって毎回、当たりそうなレベルのギリギリで避けるよな』
コメントの言う通り、側から見れば危険極まりない動きに見えるのだろう。
だが、俺自身はそれなりに余裕を持って避けていた。ただ、それを言葉で説明しろと言われても困るのだ。
なんというか――「なんとなく分かる」のだ。
相手がどこへ力を入れ、どのタイミングで、次にどう動こうとしているのか。肩の傾きや視線の動きから、次の軌道が予測線のように見えてしまう。
――それは、かつて文字通り命を懸けていたゲームの頃から、ずっと変わらない俺の感覚だった。
『レオって、ダンジョン配信を始める前はどんなゲームをしてたんだ?』
ミアの質問に合わせるように、コメント欄にも質問が並ぶ。
『そういや聞いたことないな』
『元ゲーム配信者なんだっけ?』
『配信中全然喋らんから、どんなゲームやってたか全く分からんw』
「あー……」
少しだけ過去の記憶を引っ張り出し、俺は短く答えた。
「『クロニクル・ゼロ』ってやつ」
その瞬間、流れるようだったコメント欄が一瞬だけピタリと止まった。
『え?』
『あのゼロクロ!?』
『マジで言ってる?』
「マジだけど」
「レオさん、現役時代は結構やり込んでたんですよね?」
ミアが含み笑いを浮かべる。
「まあ、それなりには」
『え、じゃあランクどれくらいだったの?』
『それ聞いていいやつ?』
『もしかして、そこそこの上位勢だったりする?』
なんだか面倒な流れになってきたな、と思いながらも、俺は事実をそのまま口にした。
「……ちょっと前、世界ランクで最高三十位くらい」
今度は本当に、コメント欄が完全にフリーズした。
「……?」
静寂の後、爆発したようにコメントがスクロールし始める。
『は?????』
『世界???』
『世界30位っておい!!!!』
『聞いた事あるけど規模でかいん?』
『こないだユーザー6億人突破したよ!』
『そんな凄いならプロになればよかったのに』
「プロリーグ無いんだよなこれが」
画面の向こうの大騒ぎっぷりに、俺は首を傾げた。なぜそんなに驚いているのかが分からない。
結局過去の話だ。稼げなかったし。俺の中ではトップ層に一歩及ばなかった、中途半端で微妙な記録だったからだ。
「なるほど、だからそんなに動きが上手いんですね」
ミアが一人で深く納得している。
「ゲームの話だぞ。こっちは現実だ」
「そのゲームで世界30位まで行ったポテンシャルがあるってことです」
『いや、普通に考えて動きが上手すぎるわ』
『世界30位なら納得しかない』
『……ってか、それだけの実力あってなんで前のゲーム配信は売れなかったんだ?』
画面に流れた手痛い質問に、俺はボソッと呟いた。
「……喋れないから」
『納得』
『完全に納得した』
『納得しかねえわwwww』
ひどい言われようだが、事実なので否定はできなかった。
その時だった。
冗談を言い合っていた通路の奥から、空気を震わせるような重苦しい足音が響いてきた。
ズシン。
ズシン。
ズシン。
明らかにゴブリンのそれではない。もっと重く、もっと巨大な何かが、こちらへ向かって歩いてきている。
ミアの表情から一気に余裕が消え、張り詰めたものへと変わった。
「レオさん……!」
「ああ、見えてる」
暗い通路の向こうから姿を現したのは、通常種の倍はあろうかという巨体。
その頭上に、半透明のシステムウインドウが浮かび上がる。
【大型ゴブリン】
『でか!!!』
『うわ、初めて見たぞこれ』
『中ボスか何かか!?』
『これヤバいだろ、一回引いた方がよくない!?』
大型ゴブリンは、丸太のような太い腕で、自身の背丈ほどもある凶悪な棍棒を持ち上げた。その爛々と輝く濁った瞳が、真っ直ぐに俺たちを捉える。
俺は、じっとりと汗ばむ手で短剣を強く握り直した。
どうやら今日の配信は――ここから少し、忙しくなりそうだった。
配信って正気の沙汰じゃないと思ってる