大好きな君を殺すまでの手のひら英雄譚   作:美空 雪

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楽しんでいただければ幸いです


2世界ランク30位

「昨日のニュース、結構ネットでも話題になってますね」

 

一層の草原を並んで歩きながら、ミアが前方を見据えたまま言った。

 

「まあ、実際かなり死者が多かったわけだからな。話題にもなるだろ」

「やっぱり、第四階層ともなるとモンスターの強さが全然違うんでしょうね……」

 

『ニュース見た、怖いな』

『俺たちまだ二層でよかったわ』

『いや俺なら一層でも絶対無理』

 

「俺も無理」

 

視界の端で流れるコメントに適当に返しながら、静かに歩みを進める。

ダンジョンへ潜り始めて、今日でちょうど一週間。世間的にはまだ、4層に突入するまでは初心者と呼ばれる期間だ。それでも、この第一階層の地形に関してはだいぶ頭に入ってきた。

 

「――レオさん、左」

 

ミアの短く、的確な声。

俺は反射的にその場に足を止めた。

 

直後、角の向こうから、空気を引き裂いて一本の木製棍棒が飛び出してくる。

現れたのはゴブリン。だが、先ほど倒した個体よりも一回りほど体格が大きい。

 

「来たな……!」

 

俺はすぐさま短剣を逆手に構えた。

ゴブリンは俺たちの姿を認めるや否や、獰猛な声を上げて突っ込んでくる。強烈な横薙ぎの骨棍棒が、俺の胴体を目がけて振るわれた。

 

――避ける。

 

必要最小限、わずか半歩だけ身体を後ろに引く。

ゴブリンの棍棒が、俺の鼻先をかすめるようにして通り過ぎていった。

 

『うお、近っ!?』

『今絶対当たるかと思ったわ』

『避け方おかしくね? 紙一重すぎる』

 

攻撃をかわした勢いのまま、今度はこちらの番だ。

身体を鋭く踏み込ませ、返す刃でゴブリンの武器を持つ腕を深く切り裂く。

 

不意の一撃に、ゴブリンがガクリと体勢を崩した。その隙を見逃さず、今度は首元を正確に狙って短剣を走らせる。

 

一閃。確かな手応えと共に、ゴブリンの首から鮮血が吹き出した。そしてそのまま動かなくなった。

 

「お疲れ様です!」

 

パチパチと、ミアが隣で感心したように拍手を送ってくる。

 

「いや、今のは結構危なかっただろ」

「本当におっかないと思っている人は、あんなギリギリの最小限の動きで避けられませんよ」

 

ミアはゴブリンに近づきサクサクと魔石を取り出した。魔石が切り離されたゴブリンは霧のように消えた。魔物は、魔石を壊すか取り除くとこうして消えてしまうのだ。

 

『それはそう』

『ミアちゃんの言う通り、正論すぎる』

『レオって毎回、当たりそうなレベルのギリギリで避けるよな』

 

コメントの言う通り、側から見れば危険極まりない動きに見えるのだろう。

だが、俺自身はそれなりに余裕を持って避けていた。ただ、それを言葉で説明しろと言われても困るのだ。

 

なんというか――「なんとなく分かる」のだ。

相手がどこへ力を入れ、どのタイミングで、次にどう動こうとしているのか。肩の傾きや視線の動きから、次の軌道が予測線のように見えてしまう。

 

――それは、かつて文字通り命を懸けていたゲームの頃から、ずっと変わらない俺の感覚だった。

 

『レオって、ダンジョン配信を始める前はどんなゲームをしてたんだ?』

 

ミアの質問に合わせるように、コメント欄にも質問が並ぶ。

 

『そういや聞いたことないな』

『元ゲーム配信者なんだっけ?』

『配信中全然喋らんから、どんなゲームやってたか全く分からんw』

 

「あー……」

 

少しだけ過去の記憶を引っ張り出し、俺は短く答えた。

 

「『クロニクル・ゼロ』ってやつ」

 

その瞬間、流れるようだったコメント欄が一瞬だけピタリと止まった。

 

『え?』

『あのゼロクロ!?』

『マジで言ってる?』

 

「マジだけど」

 

「レオさん、現役時代は結構やり込んでたんですよね?」

 

ミアが含み笑いを浮かべる。

 

「まあ、それなりには」

 

『え、じゃあランクどれくらいだったの?』

『それ聞いていいやつ?』

『もしかして、そこそこの上位勢だったりする?』

 

なんだか面倒な流れになってきたな、と思いながらも、俺は事実をそのまま口にした。

 

「……ちょっと前、世界ランクで最高三十位くらい」

 

今度は本当に、コメント欄が完全にフリーズした。

 

「……?」

 

静寂の後、爆発したようにコメントがスクロールし始める。

 

『は?????』

『世界???』

『世界30位っておい!!!!』

『聞いた事あるけど規模でかいん?』

『こないだユーザー6億人突破したよ!』

『そんな凄いならプロになればよかったのに』

 

「プロリーグ無いんだよなこれが」

 

画面の向こうの大騒ぎっぷりに、俺は首を傾げた。なぜそんなに驚いているのかが分からない。

結局過去の話だ。稼げなかったし。俺の中ではトップ層に一歩及ばなかった、中途半端で微妙な記録だったからだ。

 

「なるほど、だからそんなに動きが上手いんですね」

 

ミアが一人で深く納得している。

 

「ゲームの話だぞ。こっちは現実だ」

「そのゲームで世界30位まで行ったポテンシャルがあるってことです」

 

『いや、普通に考えて動きが上手すぎるわ』

『世界30位なら納得しかない』

『……ってか、それだけの実力あってなんで前のゲーム配信は売れなかったんだ?』

 

画面に流れた手痛い質問に、俺はボソッと呟いた。

 

「……喋れないから」

 

『納得』

『完全に納得した』

『納得しかねえわwwww』

 

ひどい言われようだが、事実なので否定はできなかった。

 

その時だった。

冗談を言い合っていた通路の奥から、空気を震わせるような重苦しい足音が響いてきた。

 

ズシン。

 

ズシン。

 

ズシン。

 

明らかにゴブリンのそれではない。もっと重く、もっと巨大な何かが、こちらへ向かって歩いてきている。

ミアの表情から一気に余裕が消え、張り詰めたものへと変わった。

 

「レオさん……!」

「ああ、見えてる」

 

暗い通路の向こうから姿を現したのは、通常種の倍はあろうかという巨体。

その頭上に、半透明のシステムウインドウが浮かび上がる。

 

【大型ゴブリン】

 

『でか!!!』

『うわ、初めて見たぞこれ』

『中ボスか何かか!?』

『これヤバいだろ、一回引いた方がよくない!?』

 

大型ゴブリンは、丸太のような太い腕で、自身の背丈ほどもある凶悪な棍棒を持ち上げた。その爛々と輝く濁った瞳が、真っ直ぐに俺たちを捉える。

 

俺は、じっとりと汗ばむ手で短剣を強く握り直した。

どうやら今日の配信は――ここから少し、忙しくなりそうだった。




配信って正気の沙汰じゃないと思ってる
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