# 2 世界ランク30位
「レオさんって、どうしてそんなに避けるのが上手なんですか?」
「……急にどうした?」
第一階層の草原を歩きながら、ミアがそんなことを聞いてきた。
「いえ、前から気になっていたんです。レオさん、攻撃を避けるとき、ほとんど無駄な動きがないじゃないですか」
『確かに』
『昨日のゴブリン戦とかギリギリだった』
『見てる方は心臓に悪い』
「そんな大層なもんじゃないだろ」
「そうですか? 私は結構すごいと思いますけど」
ミアはにこにこと笑っている。
褒められるのは苦手だ。何と返せばいいのか分からなくなる。
「……慣れだよ、慣れ」
「何のです?」
「ゲーム」
『ゲーム?』
『元ゲーム配信者なんだっけ』
『何やってたの?』
「クロニクル・ゼロ」
答えた途端、コメントの流れが変わった。
『ゼロクロ!?』
『あのクソ難しいやつ?』
『懐かしいな』
『まだサービス続いてるぞ』
「こないだもやったけど」
『現役じゃねーかw』
まあ、否定はしない。
クロニクル・ゼロは、世界中で遊ばれているオンラインゲームだ。競技性が高く、特に対人戦では一瞬の判断が勝敗を分ける。
何度も負けた。
何度も同じ攻撃に殺された。
そのうち、相手が動く前に何となく分かるようになった。
肩の傾き、重心の位置、視線の向き。
現実の魔物相手でも、その感覚が多少は役に立っている。
「でもゲームと現実じゃ、全然違うけどな」
「そうなんですか?」
「そりゃそうだろ。ゲームなら何時間でも動けたけど、こっちは息切れするし、痛いし、死んだら終わりだ」
昨日だって、たかが第一階層でへばっていた。
技術だけあっても身体がついてこない。
我ながら情けない話だ。
「ちなみに、レオさんはどのくらい上手だったんです?」
「何が?」
「クロニクル・ゼロですよ。ランキングとかあるんでしょう?」
「ああ……」
あるにはある。
だが、あまり話したくない。
別に隠しているわけじゃないが、言ったところで何かが変わるとも思えなかった。
「最高で三十位くらい」
数秒間、コメントが止まった。
『……は?』
『三十位?』
『世界?』
『世界三十位????』
「世界だけど」
『は?????』
『ゼロクロの世界ランク30位!?』
『ユーザー何億人いると思ってんだよ!』
『なんでそんな奴が同接二十人なんだよwww』
「知らん」
俺が聞きたい。
『プロになればよかったのに』
『プロリーグ無いんだよゼロクロ』
『それで配信が伸びなかったの逆に才能だろ』
「……悪かったな」
ミアが隣で笑いを堪えていた。
「笑うなよ」
「ごめんなさい。でも、レオさんらしいなって」
何が俺らしいんだか。
「しかし、三十位ですか。すごいですね」
「一位じゃないけどな」
「十分すごいですよ?」
「上には二十九人いた」
「そういう考え方をするんですね」
ミアは少しだけ不思議そうに首を傾げた。
別に卑屈になっているつもりはない。
三十位というのは、結局のところ三十位なのだ。世界で一番上手かったわけではないし、それで飯が食えたわけでもない。
ゲーム配信をしていた頃は、少しでも視聴者が増えないかと色々試した。
毎日配信したし、企画も考えた。
結果は散々だった。
今こうしてダンジョンに潜っている方が、よほど人に見られている。
『そういや、なんで配信伸びなかったん?』
「……喋れないから」
『納得』
『今もミアちゃんがいなきゃ放送事故だしな』
『ミアちゃんに感謝しろよ』
「してるよ」
『おっ』
『即答』
隣を見ると、ミアが目を丸くしていた。
「……何だよ」
「いえ。そう言ってもらえるとは思わなくて」
「実際、助かってるし」
俺一人だったら、ダンジョン配信を始めても以前と大して変わらなかっただろう。
喋るのも、コメントを拾うのも、視聴者を楽しませるのも、ミアの方がずっと上手い。
俺が魔物を倒して、ミアが配信を盛り上げる。
今のところは、それで上手く回っている。
「じゃあ、これからも頑張らないといけませんね」
「……ほどほどにな」
「そこは一緒に頑張りましょう、でしょう?」
「はいはい」
ミアは満足そうに笑った。
そのときだった。
「――レオさん、左!」
声の調子が変わった。
反射的に足を止める。
曲がり角の向こうから飛び出した木製の棍棒が、目の前を横切った。
ゴブリンだ。
俺は半歩だけ後ろへ退き、空振りした腕を短剣で裂いた。崩れたところに踏み込み、喉を断つ。
ゴブリンが倒れる。
「……ふう」
『うっま』
『あれが世界30位の動きか』
『やっぱゲームと現実でも通じるんだな』
「だから、そんな単純なもんじゃないって」
動きは読めても、身体が追いつかなければ意味がない。
ましてや、今のは一対一だったからよかったものの、相手が何体もいればそう簡単にはいかない。
ミアが魔石を回収しながら言った。
「でも、レオさんならもっと上まで行けそうですよね」
「ダンジョンの話か?」
「ええ」
「……どうだろうな」
第四階層では昨日も三人死んでいる。
ゲームなら、勝てない相手に何度でも挑めた。
でも、ここではそうはいかない。
「とりあえず、生活できるくらい稼げればいいよ」
「そうですか」
「ミアは違うのか?」
「私ですか?」
ミアは手の中の魔石を袋にしまい、こちらを振り返った。
「私は……そうですね。もう少し先まで行きたいです」
「先?」
「ええ。せっかくですから」
何がせっかくなのか。
聞こうとしたところで、地面が揺れた。
ズシン。
一瞬、遠くで工事でもしているのかと思った。
ズシン。
違う。
足音だ。
通路の向こうから、何かが近づいてきている。
『なんだ?』
『足音でかくね?』
『ちょっと待て』
ミアが俺の隣に戻った。
その表情から、さっきまでの笑みが消えている。
「レオさん」
「ああ」
草の向こうから、巨大な影が姿を現した。
普通のゴブリンの倍はある巨体。
丸太のように太い腕。その手には、俺の身体よりも大きな棍棒が握られていた。
頭上に、半透明の文字が浮かび上がる。
【大型ゴブリン】
『でっか!?』
『中ボスじゃねーか!』
『逃げろって!』
俺は短剣を握り直した。
さっきまで世界ランク三十位だ何だと騒いでいたコメント欄が、今度は逃げろの大合唱になっている。
……まあ、気持ちは分かる。
ゲームなら、負けてももう一回やればいい。
だが、ここで負ければ、それで終わりだ。
「どうします?」
ミアが聞いてくる。
俺は巨大なゴブリンを見上げた。
「……とりあえず、様子を見る」
ゲームの世界ランク三十位。
そんな肩書きが、現実の怪物にどこまで通用するのか。
試したことなんて、まだ一度もない。
***
【参加者区分ログ】
対象:レオナルド・フォスター
区分:環境構築用中心人物
担当:アドミニストレーター
備考:ゼロ・クロニクル世界ランク30位。動作解析、継続。
配信って正気の沙汰じゃないと思ってる