大好きな君を殺すまでの手のひら英雄譚   作:美空 雪

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楽しんでいただければ幸いです
次回から毎週土曜朝更新です


4ステータスと切り抜き効果

「というわけで!」

 

ダンジョンの入り口前で、ミアが浮遊するカメラドローンに向かって元気に手を振る。

 

「今日は、昨日の大型ゴブリン戦のボーナス報酬でもらった、あの謎の短剣をさっそく試してみたいと思います!」

 

『きたあああ』

『初めて見たわそんな装備』

『ぶっちゃけレア枠なん?』

 

「さあな。どうなんだろうな」

 

俺は腰の鞘から、新しく手に入れた短剣を引き抜いた。

途端、短剣から何かが流れ込むような奇妙な感覚を覚え、取り落としそうになった。

「わっ危な」

 

『おっちょこちょい』

『落ち着けー』

 

青みがかった透明な短剣で、柄は白い素材で、滑らかだ。長さは今まで使っていた初心者用のものより、ほんの少しだけ短い。

 

【装備名】疾風の短剣

【レアリティ】N

【種類】貸与品

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■補正

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筋力   +10

敏捷   +10

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■説明

とてもよく切れる短剣

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「持ってみた感じはどうですか、レオさん?」

 

ミアが興味津々といった様子で覗き込んでくる。

 

「軽い……筋力と速度に補正があるみたいだ」

 

『最低限だな』

『知ってた』

『レオにまともな機材レビューを期待するな』

 

流れるコメントは相変わらず辛辣だ。やっぱり喋りが課題だな。

今まで使っていた鉄製の短剣とは、素材が違うのかひたすら軽く、体の中を何かが巡っているように感じる。

 

そのままダンジョンへと足を踏み入れ、俺たちはいつもより少しペースを上げて第二階層へと向かう。

通路を少し歩いただけで、すぐにその違いは実感として現れた。

 

とにかく、腕が楽なのだ。

短剣を構えるのも、鋭く振るうのも、驚くほど滑らかに身体が動く。何より、いつもなら数分でじわりと滲むはずの疲労感が、全くと言っていいほど溜まらない。

 

「レオさん、なんかちょっと顔が嬉しそうですよ」

「……そうか?」

「そうですよ。いつも仏頂面なのに」

 

『あ、本当だ、なんか嬉しそうw』

『珍しいな、レオの感情が仕事してる』

『お気に入りのオモチャ買ってもらった子供かよ』

 

自覚はなかったが、画面の向こうの視聴者にも伝わるくらいにはニヤついていたらしい。

 

「ミア、少しだけ休憩させてくれ。ちょっとステータスと確認したい」

「分かりました」

 

自身のステータスに変化があるか確認するため、半透明のシステムウインドウを呼び出した。

【名前】レオナルド・フォスター

【種族】人間

【性別】男

【年齢】23

【職業(クラス)】アタッカー

【レベル】3

 

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■基本能力

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HP(体力)70

MP(魔力)100

SP(スタミナ)50

STR(筋力)60+10

AGI(敏捷)90+10

WIS(精神)150

 

「へへ……」

「何考えてるか喋るだけでも需要ありそうなんですけど、そろそろ行きましょ」

 

ミアが苦笑し、二人でまた歩き出した。

 

その時、前方の暗がりからカサカサと不快な足音が響いた。

 

「レオさん、三体です」

 

ミアの声と同時に、俺は前へと弾き出された。現れたのは三体のゴブリン。

 

まずは一体目。

相手の不格好な振り下ろしを、頭をわずかに傾けてかわす。そのまま、吸い込まれるように短剣を横一線に振るった。

 

(――軽いッ!)

 

今までよりも、圧倒的にスイングの速度が速い。

抵抗なくゴブリンの首を斬り裂く感触と同時に、そいつは動かなくなり、数秒経ってから倒れた。

 

勢いを殺さないまま、すぐさま二体目、三体目の懐へと潜り込む。

流れるような連続の刺突。時間にして、わずか数秒。俺が立ち止まった時には、動かなくなったゴブリンの体しか残っていなかった。

 

「切れ味凄………」

 

『軽くて切れ味良いの?』

『レオのための装備だろ』

『明らかにキレが違うぞ……!』

 

「本当に違いますね……!」

 

後ろから付いてきていたミアも、驚きに目を丸くしている。

 

「レオさん、やっぱりいつもより凄く動きやすそうですね?」

「ああ、かなりな」

 

俺は素直に頷いた。

今までは攻撃を放つたび、その重量と反動が貧弱な俺の腕に大きな負担をかけていた。だが、この短剣は違う。まるで自分の腕の延長線であるかのように、思った通り、イメージした軌道のままに振るうことができる。

 

「まあ、レオさんは筋力が絶望的に低いですからね」

「配信でわざわざ言うな」

 

『事実だからしゃーない』

『知ってた』

『ついでに体力もないからな!』

 

コメント欄が好き勝手に盛り上がっている。こればかりは反論できないのが、実に腹立たしい。

 

「ええと、一応初心者向けに解説しておきますね!」

 

ミアがコホンと一つ咳払いをして、カメラドローンに向き直る。

 

「ダンジョン攻略において、装備選びって実はとっても重要なんです。今のレオさんみたいに、自分の適性に合った武器に変わるだけで、戦いやすさが全然違ってくるんですよ」

 

なるほど、確かにその通りだ。ゲームのステータス補正のようなものだろうか。俺はミアの解説に、内心で少しだけ納得していた。

 

それからさらに通路を進み、現れる魔物を討伐し、また進む。

テンポよく戦闘をこなしていくうちに、俺たちは気付けば、普段の俺の体力では到底辿り着けないような深い場所まで来ていた。

 

「レオさん、全然疲れてないですね」

「……ああ。まだいけるな」

 

その言葉は、自分自身に向けられたものでもあった。

呼吸こそ少し上がっているものの、身体の芯にはまだ十分な余裕が残っている。これなら戦える。もっと、この奥へも。

 

そんな時、ふとコメント欄にこんな質問が流れた。

 

『そういや、その「貸与品」って結局なんなん?』

『普通のドロップ装備とは何が違うの?』

 

確かに、視聴者にはしっかり説明していなかったな。

 

ミアは歩きながら小さく頷き、カメラに向かって説明を始める。

 

「『貸与品』っていうのは、文字通り『運営が参加者に貸し出している装備』のことですね。だから――」

 

ミアが俺の持つ銀色の短剣を指差した。

 

「所有権はあくまで運営側にあるので、ギルドのショップに売却して換金することはできません」

「へえ、売れないのか」

「それと……」

 

ミアがそこで、少しだけ言葉を濁すように声音を落とした。

 

「運営側の判断によって、必要があれば『いつでも回収できる』ことになっています」

 

『え?』

『いつでも!?』

『それ、せっかく慣れた頃に没収されたらめちゃくちゃ困るだろ』

 

「まあ、普通の参加者なら滅多にすぐ回収されることはないらしいですけどね」

 

「俺の時ザックリ説明じゃなかった?」

 

ミアと軽口を叩いてから俺は手の中の短剣を見つめた。

これほど自分の身体に馴染む武器は初めてだ。本当に使いやすい。だからこそ、心の底から、ほんの少しだけ願ってしまった。

 

――回収されないといいな、これ

 

「ふふ、お気に入りになりました?」

 

俺の視線に気付いたミアが、からかうように笑う。

 

「……まぁな」

 

短く答えて、俺は短剣を鞘に収めた。否定はしなかった。

 

――その、瞬間だった。

俺の視界の端、誰にも見えないシステムウインドウの隅で、一瞬だけシステムログが冷たく明滅した。

 

【貸与品利用履歴を更新しました】

 

ログは一秒にも満たない時間で、すぐに跡形もなく消え去った。

俺自身「なんだろう」と思った程度で、特に気にも留めなかった。

 

「レオさん、現在の同時視聴者数、六十三人です!」

 

ダンジョンへ足を踏み入れてすぐ、ミアが弾んだ声で教えてくれた。

 

「へえ、結構増えてるな」

「やっぱり、昨日の大型ゴブリン戦の切り抜き動画の効果ですね」

 

『大型ニキの切り抜きから来ました!』

『噂の世界30位ってマジ?』

『レオの過疎ゲーム配信ログみたわ。強いのに過疎だった』

 

コメント欄の顔ぶれが、いつもと少し変わっている。見慣れないアカウント名がいくつも混ざっていた。

とはいえ、世間の大人気配信者に比べれば、まだまだ吹けば飛ぶような小規模配信だ。流れる速度も緩やかで、これなら戦闘の合間でもちゃんと文字が読める。

 

「今日は予告通り、第三階層を目指しますか?」

「ああ。行けそうなら、な」

「ふふ、いつも通り安全第一ですね」

 

ミアがクスリと笑う。

俺たちはそのまま通路を進んだ。一週間かけて潜り続けた第二階層は、もうすっかり慣れたものだ。地形も、出現する魔物のパターンも、すべて頭に入っている。

 

前方から、小気味悪い足音が近づいてくる。

 

「四体です」

「了解」

 

現れたのはウルフ3体だ。俺は迷わず、腰から銀色の短剣を引き抜いた。

手に吸い付くような、あの圧倒的な軽さ。その感触を掌に覚えただけで、不思議と身体にすっと安心感が広がる。

 

一体目のウルフへと鋭く踏み込んだ。

相手の低い位置からの噛みつきを紙一重でかわす。そして、流れるように短剣を一閃。

 

――終わり。

 

崩れ落ちる一体目を置き去りにし、すぐさま二体目へと向かう。

気のせいか、昨日よりもさらに身体が動く。無理な力みが一切なく、自分の理想とするイメージのまま、自然にステップが踏めていた。

 

『え、動き速くね!?』

『前回配信よりさらにスピード上がってないか?』

『やっぱり武器が変わるだけでこんなに違うもんなんだな』

 

襲いかかる魔物たちをあっさりと片付けながら、俺は視界の端でコメントを追う。

少し前なら、戦いながらチャットを読むなんて余裕は一ミリもなかった。それだけ、この短剣のおかげで戦闘が楽になっているのだ。

 

その後も、俺たちの攻略は驚くほど順調だった。

行く手を阻むゴブリン、ウルフ、小型スライム。どれも危なげなく、文字通り一瞬で処理していく。

やがて第三階層へと続く階段が見えてきた頃には、コメント欄も最高潮に盛り上がっていた。

 

『お、三層キタ!』

『このチャンネルで三層見るの初だわ』

『レオ、本当に大丈夫なんか?』

 

「どうします?」

 

階段の前で、ミアが確認するように聞いてくる。

 

「行く」

「ふふ、即答ですね」

 

二人で石造りの階段に足を踏み入れた。急なので踏み外さないようゆっくりと下った。

 

「おお……」

 

思わず声が漏れた。

第二階層までとは、明らかに構造が違っていた。通路の幅は倍以上に広がり、見上げる天井も遥かに高い。そして何より、肌を刺す空気が、じっとりと重かった。

 

『なんか急に怖くなったな……』

『雰囲気ガラッと変わったわ』

『これぞダンジョンって感じ』

 

「第三階層からは、参加者の事故率が跳ね上がるんですよ」

 

ミアが真面目な顔をして、カメラドローンに向き直る。

 

「出現する魔物の純粋な強さが上がるのはもちろんですけど、ここからは複数体による連携戦闘が基本になってきますから」

「なるほどな」

 

『レオ、今初めて理解した顔したな?』

『絶対事前に資料読んでなかっただろww』

 

痛いところを突かれたが、否定はできない。昔から、ゲームでも説明書を読むより先にプレイして身体で覚えるタイプだった。デイリークエスト終わったら寝落ちして、気付けば朝なんだよな。

 

「――レオさん、左前方!」

 

ミアの鋭い声。

俺は反射的に短剣を構え、腰を落とした。

現れたのはゴブリンではない。灰色に濡れた毛並みを持つ、狂暴な二頭の狼だった。

 

「ウルフですね。二層のやつより大きいです!」

「……速そうだな」

「速いです。気をつけて――!」

 

ミアが言い終わるのと同時、一頭が凄まじい跳躍で飛びかかってきた。

確かに速い。だが――見える。

 

俺は横へと身体をずらし、さらに前へとステップを踏み込んだ。

牙を剥く噛みつきを紙一重で回避しながら、すれ違いざまに短剣を突き立てる。

 

――まず一頭。

 

背後からもう一頭が、鋭く方向転換して俺の背中を狙ってきた。

だが、今の俺の軽さ、そしてこの短剣のキレなら、十分に間に合う。

 

強引に身体を捻り、死角から迫る顎(あぎと)を引き裂くように刃を走らせた。

キャン、と短い悲鳴を上げて、二頭目のウルフもまた動かなくなった。

 

『おおおおお!』

『結構余裕になって来たな』

 

その後も三層の攻略は続いた。

確かに魔物は強く、一撃の重さもこれまでとは違う。だが、戦えない相手では決してなかった。

 

何より――楽しかった。

短剣が恐ろしいほど手に馴染む。思った通りに身体が動き、思った通りのタイミングで攻撃が届く。今まで戦闘のたびに感じていた、肉体のスペック不足による小さなストレスが、すべて綺麗に消え去っていた。

 

「レオさん、すごく楽しそうに戦ってますね」

 

隣を歩くミアが、ふとそんなことを言った。

 

「……そうかもな」

 

今度は、素直に認めることができた。

 

『言った!』

『今のレオ、ちょっとデレたな?』

『ついにミアちゃんにデレたか……!』

 

「武器に対して言ったんだよ」

 

『分かってるってw』

『本当にぃ?』

『まぁそういうことにしておこう』

 

勝手に盛り上がるコメント欄。

その時、俺の視界の端で、誰にも見えないシステム通知が一瞬だけ静かに光った。

 

【貸与品成長評価:上昇】

 

ログはすぐに消えた。

(また、あの通知か……)

少しだけ胸に引っかかるものはあったが、今は戦闘の真っ最中だ。後で安全な場所に帰ってから確認すればいい。そう思って、俺は思考を切り替えた。

 

「レオさん、ストップです」

 

不意に、ミアが足を止めた。

彼女の視線は前方へと向けられており、その表情はいつになく真面目なものへと変わっている。

 

「前方……何か、います」

「ああ」

 

俺もまた、視線をその奥へと向けた。

 

薄暗い通路の先。

そこには、これまで遭遇したどの魔物よりも、明らかに大きな、そして禍々しい影が静かに佇んでいた。

ゴブリンとも、ウルフとも違う。ギルドの初心者名鑑にも載っていない、完全に初めて見る魔物だった。

 

『待って、なんか不気味なのがいる……』

『あれ、デカくないか?』

『おいおい、三層にこんなやついたっけ……!?』

 

ざわざわと、コメント欄の空気が一気に緊迫したものへと変わっていく。

俺は、掌に馴染む銀色の短剣を、もう一度強く握り直した。

 

どうやら第三階層は――俺たちのことを、歓迎してくれないらしい。

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