――カチャ、カチャ。
買い物袋を抱えて指定のボックス席につくと、すでに約束の女性――ジョアンナ・リードは待っていた。俺たちが外で回復魔法の実験をしている間に、店に入っていたらしい。
落ち着いたベージュのジャケットを着た彼女は、俺たちが席につく直前まで、じっと店の天井の隅を見つめていた。
「初めまして、レオナルドさん。それから配信でいつも見ているミアさんね。ジョアンナ・リードよ」
「あ、初めまして、ミアです。今日はどうもよろしくお願いします!」
「初めまして、レオです」
ジョアンナは大人の落ち着きを感じさせる声で挨拶した。写真で見るよりもずっと美人だが、どこか独特の空気がある。彼女は俺たちと握手を交わしながら、目線だけをかすかに動かしていた。
「……? ジョアンナさん、何か気になるものでも?」
ミアが不思議そうに尋ねると、ジョアンナはフッと小さく微笑んだ。
「いいえ、ただの癖よ。初めて入る建物では、必ず非常口の位置と、防犯カメラの死角を確認することにしているの。ここなら、もし何かあってもあの勝手口から裏路地へ抜けられるわね」
「防犯、ですか?」
「そうじゃないのだけど、私、犯罪事件や未解決事件を調べるのが趣味、というか、ただのオタクなの。だからつい、状況を観察しちゃうのよ。例えば……そうね」
ジョアンナは上品にコーヒーを一口飲むと、満面の笑みで俺たちを見た。
「『金塊消失事件』って知ってる?」
「ニュースで見たくらいだな」
俺が記憶を掘り起こしながら答える。……というかこの人、無理やり話題を繋げてないか?
彼女はぐっと身を乗り出してきた。
「監視カメラにも搬出記録にも何も残っていないのに、保管庫の中身だけが消えたの。量が量よ! 90トンが一晩で。どうやったのかしら、面白いわ」
「……自殺者も出てる事件を、面白いって言うなよ」
「事件のトリックがよ。被害を喜んでるわけじゃないもの」
「そっか……」
ミアが「変わってる人ですね……」と小声で呟きながら、俺の背中に隠れるように身を縮めた。
「とにかく、私は本気でダンジョンを攻略したいと思っているわ。足手まといにはならないつもりよ。私のクラスは『メイジ』。レベルはまだ1だけど、買った杖で二種類の攻撃魔法が使えるわ。前衛のレオさんを後ろからしっかり援護させてもらうわね」
「……わかった。とりあえず一緒に潜ってみてから考えよう。よろしく頼む」
今の所ジョアンナは変人であることと、落ち着いた美人だとしか分からない。しかし彼女のクラスは求めていた後衛そのものだから、加入してくれればバランスが取れる。
「よし、これで前衛、魔法、ヒーラーの3人パーティー結成ですね! 明日は低層で様子を見ますが、絶対にバズらせましょう!」
ミアが拳を握りしめる。
新メンバーの加入に、ミアのヒーラー化。俺にはダンジョンの豪運でも取り憑いているのだろうか。見切り発車でも都合の良い展開がついてくる。……運に頼りすぎるのも良くない、気を引き締めないと。
「ヒーラー? ……ミアさんのことかしら。配信では一度もヒールを使っていなかったと思うけれど」
ジョアンナは少し左上を見てそれからコーヒーを口にした。少し眉を寄せている。
「そうなんです。実は、さっきヒーラーになったばかりなんですよ」
ミアは胸を叩き得意げだ。
「タイミングいいわね。どうしてかしら」
「私が知るわけ無いじゃないですか。これが私のステータスです。ついでにジョアンナさんのも見せてくださいよ」
ミアがステータスを書き出したスマホを差し出すと、ジョアンナも「それもそうね」と苦笑して自分の端末を操作した。
「一応、私のステータスはこんな感じよ」
【名前】ジョアンナ・リード
【種族】人間
【性別】女
【年齢】27
【職業(クラス)】メイジ
【レベル】1
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■基本能力
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HP(体力)65
MP(魔力)210
SP(スタミナ)55
STR(筋力)25
AGI(敏捷)55
WIS(精神)180
「やっぱり魔力が多くて良いな。それに筋力も体力もある……あれ、使える魔法は書いてないのか?」
「そっちの効果は、杖の性能に依存しているからよ」
「ああ……杖の方は?」
ジョアンナが画面をスクロールして見せてくれたプロパティには、見覚えのある並びがあった。
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【装備名】二属性魔法杖
【レアリティ】*
【種類】魔法杖
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水球(初級)
風刃(初級)
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■説明
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「レアリティが伏字になってるな。研究機関製か?」
俺の持つ『軽量短剣』と同じだ。運営の貸与品ではなく、人間が作った武器である証拠だとかなりの割合でこういう表示になる。
「そうよ。なかなかに良い買い物だったわ」
ジョアンナはテーブルのグリルドチーズサンドをサクッと小気味よい音を立てて頬張った。……めちゃくちゃうまそうだ。とろけたチーズが視覚を暴力的に刺激してくる。俺も頼もうかな。
「なるほど、でも説明じゃどれくらい撃てるか分からんな」
プロパティからわかる情報は、水球と風刃をそれぞれ初級使えるということだけだ。初級……拳銃くらいの威力や射程はあるのだろうか?
「魔力を溜めてる時間だけ減るのだけど、1秒毎に5、一発打つ毎に10消費するわ。溜める時間を増やせば威力が上がる仕組みよ」
ジョアンナの総魔力量は210。最小溜めで撃つなら、一発あたりの消費は15。つまり、210割る15は……
「最小溜めで14発か。威力の確認をしないと何とも言えないな」
「お、計算速いですね」
ミアが俺を見てケラケラと笑った。なんか馬鹿にされてる気がするんだよなぁ。
「魔力リソースの管理は『ゼロクロ』の基本だからな。秒単位の計算は身体に染み付いてるんだ」
「ゲームかしら? 話がズレているわよ。――最小溜めで拳大ね」
ジョアンナがチーズを飲み込み、会話を引き戻す。
拳大の水球に、風刃。風刃の射程や切れ味はどれほどなのか。やはり実戦を見てみないことには未知数だ。
「そうか……ありがとう。ミアも新しくヒーラーになったわけだし、明日は一階層で連携の確認から始めた方が良さそうだな」
***
ダイナーでの話し合いを終えた翌日。俺たちはテストを兼ねて、第一層の草原エリアに立っていた。
頭上では球体型の浮遊カメラドローンが静かにローターを回し、俺たちの姿をリアルタイムで配信している。同接は百人ほどだが、新メンバー加入の報を聞きつけた古参のリスナーたちが、コメント欄で小気味よく文字を流していた。
『おいレオ、どこでこんな美人捕まえてきた説明しろ』
「DMが来たんだ」
『もうちょっと何かないの……?』
「よし、まずは小手調べですね。ジョアンナさん、初配信ですから緊張しないでくださいねー」
ミアがドローンに微笑みかけ、そのままの流れでジョアンナに声を掛けた。
「ええ、大丈夫よ。趣味の事件現場巡りとサバゲで、度胸と狙いをつけることだけは据わっているもの」
ベージュのジャケットから動きやすいパーカーに着替えたジョアンナが、二属性魔法杖を軽く握り直した。
前方の草むらがガサリと揺れ、緑色の肌をしたゴブリンが三体、こちらに気づいて顔を歪めた。棍棒を振り回しながら、奇声を上げて突っ込んでくる。
「私が先制するわ」
ジョアンナが前に一歩出ると、杖をゴブリンたちに向けた。
その瞬間、彼女の周囲の大気がピリリと震える。
「風刃!」
じわじわと彼女の魔力が杖に吸い上げられていくのが分かった。一秒、二秒――カウントするごとに、杖の先に形成される透明な風の刃が、目に見えて研ぎ澄まされ、大きくなっていく。四秒ほど溜めたところで、ジョアンナが杖を突き出した。
風を裂く音と共に放たれた刃は、先頭を走っていたゴブリンの首筋へ、狂いなく吸い込まれた。
首の半分まで深く切り裂かれたゴブリンは、そのまま前のめりに倒れ込む。
……一発で仕留めた。上手いな。彼女にもサバゲーの経験や、事件巡り?の経験が役立っているのだろうか。
それにしても動く標的の首をあそこまで的確に撃ち抜けるのは大した物だ。
しかし、思考に没頭する時間はなかった。
仲間の死体に恐れをなすこともなく、残りの二体がすぐそこまで迫っている。
「レオさん、右の個体が飛び込んできます!」
ミアの声と同時に、俺の視界にゴブリンが飛び込んできた。珍しく腕に魔石のある個体だ。
肩の傾きからその先どう動くか手に取るように分かった。
俺は引き付け、ほんの数センチだけ身体をひねる。
ボオッ、と風を切って棍棒が俺の鼻先をかすめた。すれ違いざまに、軽量短剣を逆手に持ち替え、ゴブリンの右腕の関節へと突き立てる。
肉を裂き、骨の隙間に刃を滑り込ませて、右腕ごと魔石を体から切り離すように抉りきった。
腕を失ったゴブリンは、ダンジョンの規則に従って光の粒子――霧となってその場から消滅する。地面には、傷一つない綺麗な魔石(小)が転がった。
「よし、あとは最後の一――」
俺が息を整え、残る一体へ視線を向ける。
「下がって、レオ!」
背後からジョアンナの声が響く。と同時に、視界の端で青い光が膨らむのが見えた。
チャージなしで放たれた『水球(ウォーターボール)』だ。
「しまっ――!?」
慌てて後ろに飛び下がる。
ジョアンナの水球は、最後の一体の顔面に直撃してその体勢を大きく崩した。狙い自体は完璧だった。完璧だったが――――至近距離で激しく弾けた水飛沫が、俺の視界を真っ白に染め上げた。
「うわ、っと!」
『危ない。けどエイムは良いな!』
水滴が目に入り、一瞬だけ前方が見えなくなる。おまけに足元の草まで濡れた。
これが四層の悪い足場だったら、今の一発だけで致命的な隙になっていた。
「あ、ごめんなさい! 巻き込むつもりじゃなかったのだけど……」
ジョアンナが焦ったように声をあげる。
「……いや、助かった。でも次からは、前衛が離脱するタイミングを待つか、せめて射線をずらしてくれ」
「ええ、気をつけるわ。戦闘中の距離感って、思っていたより難しいのね」
ジョアンナは申し訳なさそうに眉を下げたが、その視線は油断なく、水球で怯んだゴブリンの動きを捉えていた。
「レオさん、ゴブリン立て直します! 突いてきますよ!」
ミアのナビゲートを受け、俺は視界を拭いながら前へ踏み込む。
今度は予測線を見るまでもない。大振りの突きを軽くかわし、ゴブリンの胸元へ短剣を深く突き刺した。ゴブリンは力を失い崩れ落ちた。
「ふぅ……」
短剣についた血を振り払い、鞘に収める。
一つの魔石を拾い上げ、一つの魔石を抉り取りながら、俺は小さく息を吐き出した。
「お疲れ様でしたー! 連携はちょっとヒヤッとしましたけど、初戦にしては上出来じゃないですか? 」
ミアがドローンカメラに向かって魔石を掲げながら、明るく場を和ませる。
「ごめんなさいね、レオナルド。私のせいで危ない目に遭わせてしまって」
「気にしてない。最初から上手くいくパーティーなんてないさ。ただ、ジョアンナの魔法の威力と狙いは十分武器になる。あとは俺の動きとどう合わせるかだな」
俺の言葉に、ジョアンナはハキハキとした態度を取り戻し、「そう言ってもらえると助かるわ。次はもっと上手くやってみせるから」と綺麗に微笑んだ。
「よし、もうちょっとしっかり連携したいですね。このまま二層、三層と進みながら調整していきましょう!」
ミアの元気な声に促され、俺たちはそれぞれの課題を胸に、ダンジョンの奥へと足を進める――。
キャラ濃!