「実は俺、女なんだ」
とりあえず商店街にある食堂に入り、席に着いた途端、先手必勝とばかりにイーライは最初に切り出した。
ここまで何かに阻まれたかのように言えなかった告白をようやく口にできて、ただただ脱力した。
言い放ってから、オルセンを見やる、が、複雑そうな顔をしているものの止めて来る様子はなさそうだ。
「え……?」
一拍置いて、シームが信じられない、といった様子で目を見開いてイーライを見た。
「嘘、でしょ?」
「いや、本当に、俺、女なんだ」
「だって、ついてた!」
「……ちょ、ちょっと待て、え、触った……の、か?」
「乙女の秘め事」
「それっぽく言えば誤魔化せると思うなよ」
男の体って怖い、と改めてイーライは思った。知らない間に良く知らない人間に触られているとか。
見ればオルセンもウォルスすらも若干引いたようだ口元が引きつっている。
「……魔法で、体が変えられているから、見た目は完全に男だけど、元は女」
「冗談でしょ! だって言葉もしぐさも歩き方も、全部男の子のそれよ! どれだけ演技上手なのよ!」
「イーライは昔からそうだよ」
だからちょっとは取り繕った方がいいって言ってたのに、と小声で付け足してウォルスがため息混じりに吐き捨て頷いた。
「え? 昔から? どういうこと?」
「こいつ、子どもの頃から野郎たちに囲まれて育ったから、男勝りっていうか、まあほぼ男っぽく育っちまって。姿変わってもさほど違和感ないつーか」
「……あ、そう、なん、です……か。そういえば、魔法、使ってたもんね、イーライ。魔法で自分の姿を変えてるってこと?」
シームの問いかけに、イーライとオルセンとウォルスの三人は顔を見合わせた。
そんな単純な話ではない、が、それをシームに話してもよいのか。
「呪いだ」
しばらく間を置いて、オルセンが言った。
「呪いで姿が変えられちまった」
「呪い……って、誰に?」
再び三人で視線を交わし合い、今度はイーライが口を開いた。
「魔族だ」
イーライの重々しい言葉から何かを察したのか、シームはしばらく沈黙していたが、ややあってから首をかしげて見せた。
「それって、伝説の存在じゃないの? 神様とこの地の縄張り争いをして魔界に追い出されたって」
「縄張り争い……。確かに間違いじゃないが。魔族は存在してる。だけど、お嬢さん、あんまり口に出すなよ」
「え?」
「魔族っていうのは、存在を人に知られた分だけ、力を増す存在なんだ」
オルセンと、ウォルスに口々に言われて、シームは慌てて口を閉じた。
「……俺にかかった呪いも、呪いだと認識されると魔族に力を与えちまう。だからあんまり口外できない。だから、その、騙して、ごめん」
「……その呪いって解けるの?」
意を決して謝罪を口にしたイーライに対し、シームは浅く頷いただけだった。
別の質問をしてきたシームに、気にすることもなくイーライも頷いて応えた。
「呪いをかけてきた魔族を倒せば解ける。だから俺たちは魔族を追っている」
「魔族って倒せるの?」
「俺たちは、『大いなる意思の加護を受けた』部族なんだ。魔族を倒すために大いなる意思の加護を受けた一族って言った方がわかりやすいか?」
「大いなる意思?」
オルセンの説明では理解しにくいのか、シームは更に質問を重ねてくる。
「わかりやすく言うと、神ってやつだよ」
「……つまり、縄張りを守るための警備兵みたいなもの?」
「そう、そういう理解でいい」
オルセンに言われてほんの少しだけシームはほっとしたように見えた。
「ねえ、私もその旅について行ってもいい?」
「駄目」
きっぱりと言い放ったのはオルセンだった。
断る理由はわかり切っているので、イーライは何も言わずにシームから視線をそらしてウォルスを見やった。
大丈夫だよ、と言いたげに頷かれてしまうと、ほんの少しだけ腹立たしかったが、イーライに文句を言う権利はない。
大人しく部屋で待っていれば、呪いのことも魔族のことも、広がることはなかった。それは確かだ。
「なんでですか! 私だってイーライの役に立ちたいんです!」
「むしろ何でと聞きたいのはこっちの方なんだけど、こっちの事情は今話したとおりで、うちのお嬢に懸想する理由もないだろ?」
「あります! 私、イーライが大好きなんです! 女の子でもこの気持ちは変わりません!」
力強く言われてしまうと、三人とも黙るしかなかった。
普段だったら揶揄ってきそうなオルセンも毒気を抜かれたのか、イーライにどうする?と目線で問いかけてくるだけだ。
「それに、もしかしたら呪いが解けないかもしれないし、そうしたらワンチャンあるかなって」
「……」
「……」
「……」
「あ、勿論、冗談ですよ」
「今のは冗談に聞こえなかったけどな、お嬢ちゃん」
注文した料理がテーブルの上に並ぶ。
給仕の女性はシームと知り合いらしく、小さく手を振り合って、シームはもう一度三人を見回した。
「だから、その」
「そういえば、名乗ってすらいなかったな。俺はオルセン。イーライとウォルスの兄貴分っていうか、まあ保護者役だな。で、こっちがウォルス」
シームが言葉を言いつのろうとするのを阻止するように、オルセンが自分の注文した料理を手前に引き寄せ、自己紹介をはじめた。
オルセンに紹介されたウォルスもフォークを手にしながら小さく頭を下げた。
「イーライとは幼馴染なんだ。小さい頃からずっと一緒にいたから、誰よりもイーライのことを知ってる」
「はぁ……」
「一応、許嫁って奴になるのかな?」
「はあ?」
突然投げ込まれた爆弾発言に、シームが反応するのは当然だ。
イーライは、反応する余力もなくウォルスを睨みつけたが、気づかない振りでウォルスは食事をはじめてしまった。
「小さい頃の口約束かなんかでしょ!?」
「族長の命令だよ」
柔和な表情を崩すことなく説明するウォルスに対し、シームの表情は険しくなる一方だ。
止めるべきだろうな、と心底重たい疲労感を押しやってイーライはウォルスの頭を叩いた。
「先代の族長の、だから、ほぼ無効だろ」
「現族長が解除しなきゃ有効なままだよ」
しれっと言われると反論の余地は見当たらない。
イーライが恐る恐るシームを見ると、目が合ったシームは満面の笑みを浮かべた。
「でも、呪いが解けなかったら? どうなるんですか?」
「呪いが解けない、なんて未来は存在しないよ、不吉なことは言わない方がいいよ」
「確かに、私もイーライが不便を感じてるんだったら早急に解いてあげたいって思うんですけど、全然不便そうじゃなっていうか戻らなくてもいいって思ってそうなぐらい生き生きしてるじゃないですか!」
(バレてる!)
腹の底を見破られたような心地でイーライはぎくりと体を竦ませた。そんなイーライの頭を撫で、ウォルスが鼻で笑った。
「呪いが現存していることが魔族の力の源になるから、絶対に解かなきゃいけないんだ。イーライが嫌がってたとしても」
「俺は、——呪いを解かなきゃいけないって、思ってる! 絶対に、今すぐにでも」
じゃないと、シームが怖すぎる、という言葉はこっそり飲み込んだ。