積み上げられた石に魔力を込め終えた頃には、すっかり夜の帳が下りていた。
オルセンが、出来上がった大量のアミュレットを部族共有のインベントリースペースに放り込むと、安宿の部屋が急に広くなったような気がする。
「さて、飯でも食いにいくか。仕事終わったしちょっとだけ豪勢にな」
「……気持ち悪いからパス……」
体内を巡るわずかな魔力が逆流しそうで、抑え込んではいるがとにかく不快感が強い。
イーライが口元を押さえながら申し出ると、オルセンは呆れたような、ウォルスは心配そうな表情を見せた。
「わかった」
「何かしてほしいことある?」
「……いい。放っといてくれ」
周りに誰かの魔力を感じるだけでも平衡感覚が崩れるような、とにかく気持ち悪かった。
イーライが弱々しくかぶりを振るのを見て、オルセンが部屋に浮かぶ魔力の光球を消した。
「大人しく寝とけよ」
「ありがと……」
小さく言って暗がりの中、イーライがベッドに倒れ込んだのを音で確認してから二人は宿の外に出た。
「イーライ、大丈夫かな」
「単なる魔力酔いだ。吐き戻したものを無理やり食わされるような、ってお前も経験あるだろ」
「あるからこそ、の心配なんだけど」
感覚を思い出したのか、顔を顰めるウォルスにオルセンはこっそり笑いを漏らした。
「ほんっとお前らは仲良しだよな?」
「なんか含みを感じるけど?」
「いや、純粋な感想だ」
「あ、ちょっと待ってて」
と、ウォルスが向かうのは道端に並んでいる屋台の一つだ。
昼の時間とはまた違う売り物が並ぶ屋台で小さいりんごを購入してすぐに戻ってきた。
「土産か?」
「果物なら食べられるかなって思って」
「お母ちゃんかよ」
許婚の関係だが、オルセンが見ていて感じるのは母親と反抗期の子どものそれに近い。
ウォルスはどこか腑に落ちたような表情になって、開いた口を閉じてすぼめてみせた。
オルセンは笑いをこらえきれず吹き出した。
「そういや、お母ちゃんにしてはこの間は随分余裕がない牽制してたよな。あのお嬢ちゃんに」
ふと、思い出したそのままの疑問をウォルスにぶつけると、ウォルスはいつもの作り笑いを見せた。
「だってあの子、止めなかったら普通に危険な方向にイーライを引きずって行きそうな気がしたから」
「ああ、普通の子、じゃなかったな、あの子。だからか『許嫁』なんて言ったのか」
「全く気にしてなかったのはちょっと誤算だったかな」
「俺はお前もちょっと怖い」
茶化すようにオルセンが笑い飛ばすと、ウォルスも作り物の笑いを消して普通に笑った。
「まあ、あんな小生意気な仔犬に惚れるのはよっぽど特殊な嗜好だからそんなに警戒すんなって」
「イーライはすごくカッコいいし、かわいいとこもあるし。特殊じゃないよ」
ウォルスの断定的な言い方に、オルセンは一瞬面食らって息を飲んだ。
「なにげに惚気だろ、それ」
「いつもボナの惚気を一方的に聞かされてるからこれくらいはね」
「誰がいつ、あいつの惚気を——して、る! 俺、無意識にボナの話しまくってた!?」
オルセンが慌てる様子がおかしくて、ウォルスは声をあげて笑った。
「その顔、イーライにも見せてあげたい」
「生意気な仔犬が二匹に増えやがった……!」
バツが悪そうにオルセンが呻くような声をあげたところに、一羽の鳩が二人の間に割り込むように飛び込んできて光を放った。
「……手紙?」
魔法で手紙を送る方法は、術者によって様々だ。
イーライの姉は宝石のような形にして送ってくるし、こうやって紙飛行機の形にしたりこんな風に鳩の形にする者もいる。要するに送る側の趣味だ。
鳩は痙攣するように一度震えると、輪郭がはち切れるような音をたてその身を光の文字へと姿を変えた。
「悪趣味……」
受け取るのははじめてではないが、毎回そう思わずにはいられない演出だ。
オルセンはぼやきつつ、現れた文字を目で追った。
「……はああ?」
「……え、なんでこんな……?」
内容を見て、そんな声をあげつつ、二人は顔を見合わせ合っていた。
目を開けても閉じていても気持ち悪い。灯りにしていた光球を消してしまったせいで目を開けても閉じていても見える景色は変わらないが。
魔力の塊である光が近くにあるだけで不快感が増すのだ、暗闇でじっと耐えるしかなかった。
「イーライ!」
「……」
時間の感覚がほとんどなかったが、戻るには早すぎないか? と思いつつ、イーライは必死で体を起こした。
「……」
いつもどおりぼさぼさの髪がいつも以上に乱れている。オルセンの様子を見てまずそう思って、その後ろに立つウォルスも同じような有様なのを見とって異常事態なのかもしれない、とイーライは察した。
察したところで今は俊敏に動けるわけでもないから、わずかに首をかしげることで説明を促す。
「店をやることになった……」
「……は?」
「俺らで、店をやれってよ! 魔道具売れって!」
「……は……?」
誰が? どうして? どういう意図で?
疑問は色々あったが、不快感には勝てず、イーライはその場で大きくえずいた。