危うくリバースだけは避けられた。
喉が焼けつくような酸味に顔を引きつらせ、イーライはのろのろと口を開いた。
「……今、何て?」
「魔道具屋を開店しろだとよ」
「……誰がんなこと……」
「『大いなる意思』」
オルセンの返答に、村中央に置かれている祭壇を思い浮かべイーライは無言で頭上を仰いだ。
大いなる意思とは、神の言葉である。魔族との戦いで引き裂かれた神の一部の。
イーライたちの部族に魔族と戦う力と使命を与えた物で、今もまだその意思は部族たちを導くものとして現存している。
が。
「……なあ、神って馬鹿なのかな」
「それ、お前が言うとシャレにならないからやめとけ」
オルセンに冷静に苦言を呈され、イーライは『大いなる意思』への文句を引っ込めた。
確かに、族長の血族が口にしていいものではないだろう。
「イーライ大丈夫?」
再びえずきそうになって口を押さえていると、近寄ってきたウォルスに顔を覗き込まれた。
心配をかけているという申し訳のなさもあったが、何よりも他人の魔力が近くにあるだけで内部の魔力が過剰反応して余計気持ち悪さが増す。
必死で首を横に振ってウォルスを押しのけるように遠ざけ、イーライは深い息を漏らした。
「悪い。今、無理」
「ちゃんと状況読んどけ、ウォルス」
ちゃんと注意をしつつ、ウォルスの襟首をつかみ強制的に距離をあけるオルセン。
イーライは安堵しつつも小さく息を吸った。
「……んで、店ってどこに開くんだよ?」
*
翌朝、三人はそろって町を出た。
街道から外れた場所にそびえる小高い山へと足を向ける。
「体調は大丈夫?」
「そこそこ」
昨夜に引き続き心配そうな表情を浮かべるウォルスに適当に答え、イーライは首を横に振った。魔力酔いからは抜け出していたが、意欲がわかないせいか何となく体がだるい。
ベルトに括りつけた小さい布袋に指を突っ込み、乾燥させたりんごのスライスを取り出すと、そのまま口へと放りこんだ。
歩きながらもそれをさくさくと咀嚼し、もう一切れ取り出すと、イーライは横を歩くウォルスへ視線をやった。
「あ。そうだ。ありがとな、りんご。ウォルスも食う?」
「もらえるなら」
「ほら」
差し出したりんごに当たり前のようにウォルスが口を開いたので、イーライはそのまま手にした乾燥りんごをウォルスの口へと放り込んだ。
「あ、面白い食感」
「もうちょい水分残せばよかったかもな」
「お前らナチュラルにいちゃついてんじゃねーぞ」
「オルセンも食う?」
「いらん! ていうより、食べ歩きすんな。行儀悪い」
頭がぼさぼさの奴に行儀を語られたくないとは思ったが、イーライは反論せずに隠れるようにもう一切れりんごを口に含んだ。
嚙み心地は悪くない。甘酸っぱさも残っている。適当に魔法で乾燥させただけだが、上出来といってもいい。
「だから隠れて食うな。ほら、ついたぞ」
オルセンに言われて足を止める。
山の斜面に人一人通れるぐらいの小さな穴がぽっかりと開いていた。
イーライは何も言わずに、両手に魔力を流し込み目の前に窓ガラスのように薄く広げた。
魔力の板をとおして穴を見れば、穴から黒い影が少しずつ漏れ出ているのが見える。
「……ビンゴ。魔族だ。微量だからまだ実体化してなさそうだな。これ」
「とはいえ油断するなよ」
オルセンの声に応じるように、ウォルスが背負っていた剣を腰の剣帯に差し替えて穴へと足を進めた。
ウォルスの後ろにオルセンが続き、魔力の板を消してからイーライがその後を追った。
躊躇いなく穴に入り込むと、中は外から見るよりも大きな空間が広がっていた。
「……なんか、どろどろしてる……?」
「異質な感じだな」
イーライやオルセンよりウォルスの魔力感知力は低い。感じたそのままを口にするウォルスにイーライは辺りを見回して慎重に言葉を発した。
「あ、そうか、壁自体が発光してんのか……」
抱いた違和感の理由に気づいたイーライの呟きに、オルセンが深いため息を漏らす。
「面倒だな」
「人為的?」
「恐らく。お前ら気を引き締めとけよ」
魔族相手よりある意味厄介だ。
オルセンの言葉にイーライとウォルスはほぼ同時に頷いた。
「さくっと終わらせて開店準備しなきゃならないのにな⋯⋯」
「仕方ないだろ、魔族っぽい気配がする場所見つけちまったんだし」
勘弁してくれ、と肩を落とすオルセンに、イーライはそう言って少し間を置いてから小さくぼやいた。
「……店も魔族もどっちも面倒くせえけどな」