翌日。 旅館のチェックアウトを済ませ、駅へと向かう道中。 サキュバス改め『サッキーちゃん』は、すっかり紅院軍の一員気取りでスマホを操作していた。 「へぇ〜、天狐ちゃんも紅院軍にいるんだ! あいつSNSでオタクポストしかしてないからすぐ特定できたわ! 私がネットの監視方法教えてあげよっと♪」 「……なんか、思ってたより馴染むのが早そうだね」 紅院が苦笑いしながら並んで歩く。 村上は隣でバインダーに新たなメモを書き込んでいた。 「紅院軍の初期メンバー:退魔師(物理力)、元Aランク狐(エゴサ担当)、インキュバス店長(街の人脈)、サキュバス(情報収集・ハニトラ対策)。……よし、ジワジワと組織の基礎が固まってきたね」 「ねえ村上君」 「なに、紅院君」 「僕、ふと思ったんだけどさ」 紅院は青空を見上げながら、しみじみと呟いた。 「最恐の大妖怪たちが復活して、世界が滅亡するかもしれないっていう『妖怪戦争』の真っ最中なんだよね……? なんで僕たち、法とコンプライアンスと防犯対策で妖怪を仲間にしてるんだろう……?」 「何を言ってるの。戦わずに勝つのが最上の策だよ」 村上はバインダーをパタンと閉じ、いつもの冷めた顔で言い放った。 「怪情報や暴力で攻めてくる『百物語』や『二百四拾族』に対して、こちらは健全な組織運営とコンプライアンスで対抗する。これこそが現代における正義だよ」 「……うん、僕たちの平穏への道は、やっぱり明後日の方向に突き進んでる気がするよ……」 心優しい退魔師の溜め息は、初夏の爽やかな風に溶けて消えていく。 だが紅院は不安も強かった、村上の言霊は確かに超強いし丸め込むだけの勢いがある、サキュバスもインキュバスに負けず劣らずAランク、天狐も同じくらいで上級退魔師顔負けの力はある。 ただし、己のダメさを開き直ってのらりくらりとかわした最初の酒呑童子のように、言葉で通じない相手が現れた時になんとかしないといけないのが……本来自分達退魔師だ。 そこは……覚悟しないといけないとき、自分の弱い悩みに押しつぶされてはいけない、手を出さないといけなくなる。 だが、もし、もしも『それ』さえも通用しなかったら?自分には大した霊力もない。 言葉も通じず力が敵わない……霊力しか頼りにならない時、それが自分と村上の詰みポイントだ。 いつかは避けられぬ自体、酒呑組からサポートを受けているがそれにもまだ限界があるし向こうも当人の霊力は伸びしろが薄いと判断しているだろう、自分がなんとかしなくては……。 だが、山で修行したところで筋力しかつかない、霊力の外部強化アプローチは酒呑組が試した。 妖怪と手を組んでるような形である以上、退魔師学校にも中々頼れない。 そうして困っているとサッキ―ちゃんが紅院の悩みを察したようであり……? 電車に乗っている間に、彼の話を聞いてくれたのだが……。 —— 「……ヤドリガミ?」 「人間の界隈だと『つくも神』って呼ばれてるんだっけ?ほら、なんか年季のある道具に魂が宿って~みたいなやつ。」『ヤドリガミ』、それは数々の妖怪が封印されてた中でも存在していた新時代の妖怪。 器物に魂が宿り、人間並みの知性と力を持って対抗できる希少な存在。 たとえるなら既存の妖怪達を火縄銃とするならヤドリガミ達は拳銃、威力も扱いやすさも段違いだ。 霊力特化としては人間でも扱えるので勢力にするなら一つは置いておきたい存在だという。 「なるほどなぁ……」と村上は腕を組みながら考えた。 「紅院君、少し危険だけどやってみる価値はあるかもしれない、俺達の長所が通用しない相手のことも前もって想定しておいた方がいい」まずヤドリガミにはどんなものがいるのか、妖怪たちの間でも有名なのが妖怪学園の校長、彼がヤドリガミだという。名うての戦国武将が振るった、人によっては呪われし妖刀と呼ぶものもいる名匠の秘伝『正大』……それを鞘ごと命にしたものという、つまりは転生とか憑依らしい。かつて刀だった時代は敵をばったばったと切り倒し、その斬れ味を買われて天下を取った男もその一本。……まあ刀だから切れ味は抜群だし、斬れるのは当たり前なのだがとにかく斬れた。持ち主が天下を取れた理由として功績の半分は正大にあるとも言われる。それでいいのか天下人も思ったが正直なくらい斬れた。ただしそんなこともあり妖刀正大の霊力はかなり高めであり、ヤドリガミ妖怪となったあとは彼もまたそれに合わせた力を発揮した。そしてかつての敵であった織田信長やその他武将にちなんだ11の妖怪学校を作ったという。 当然『刀』なので、単純な殺傷能力を高めた『剣士科』などがメインではあるのだが他の科もちゃんと揃っているとか……退魔師学校より規模がデカそうだ「ちょっと勢力図が広がりすぎてパンクしそうなのでもうそろそろ目をそらしたいかな……」「ところで村上、ちょっとお願いがあるの」「ん?」サッキーちゃんは胸の谷間からスマホを取り出す、いわゆる仕事用の別の端末らしいが……そこにはSNSサイトの資料をメモのようにまとめたアプリが開かれていた。 それはサッキーちゃんが独自に調べていたヤドリガミに関しての情報だが、どうやら書物のヤドリガミらしい。 村上も名前を見て目を見開く。「さ……佐々木哲平!?」「あら有名な人なの?私、今からこの人がヤドリガミになってるってウワサの話をしようとして……」「人間がヤドリガミに……村上君、この人何者なの?何かの著者とか、霊力を作ったとか……?」「……佐々木哲平、8年前に突然現れた稀代の天才漫画家だよ、俺も子供の頃はよく読んでた……紅院君は聞いたことない?『ホワイトナイト』って漫画」「ああ……名前だけは聞いたことあるような……でもその人って全然現代人じゃ?」 「いや……それが今は佐々木先生って行方不明になってるんだよ」 漫画家佐々木哲平。 2068年に突如として世界中を熱狂させる漫画を描いて一躍時の人となった未知の青年。 全く個性が見えないが面白さを感じるという未知に溢れた作品を描いていたが、途中で泣かず飛ばすの作品を繰り返した後に大量の原稿を遺して失踪、死亡した痕跡もないので現在は行方が知られていない。 更には彼だけではなく彼と深い関わりのあるアシスタントまで失踪しているのでネットでは今でも一大事件として話題になっており、妖怪が復活した今の時代ではそういった陰謀と重ねてまた語られるようになった。 「いや……でも妖怪とは無関係じゃないのかな、そういう噂って僕も教科書によく見たけど一番気を付けないといけないのはなんでも妖怪のせいにされる前後の事象だって」 「俺もそれは前の妖怪向け詐欺摘発セミナーで話したね……でも佐々木先生の場合だと妙な所が多いのも難点なんだよね、人生を何十年も前借りしてきたような異常な制作ペース、空っぽとしか表現が無い中身の無さ……言い方は緋鯉が、よく言われていたのが『人間性が見えない』……」「村上くんがそこまで言うなんて……それでその人が、ヤドリガミに?」「ええ!妖怪としての勘では済まないの、様々な持論もある!漫画家佐々木哲平が最新のヤドリガミになってる……紅院軍に引き入れてみない!?」「まあ、一応……事実なら視野に入れるけど」 村上の提案に対して紅院は驚く、これまでの村上がこれに乗っかるなんて予想外だったので電車の到着と共に彼の意見に乗っかる。「えっ!?いいの村上くん!?こういう曖昧なの絶対に受けないタイプだと思ってたけど……」「今回の場合は騙されたとしても俺達にデメリットは少ない、せいぜい時間を無駄にするくらいだけどこうしてサキュバスを連れて帰った時点でインキュバスさんの加入も確定している、充分お釣りは来ているから寄り道は問題ないしサキュバスも悪意を持って俺達を騙してるわけじゃないからいいんだよ」「で、その佐々木先生のヤドリガミ化の噂だけど……どこから出てきた情報なの?」 村上はスマホの画面をタップしながら、サッキーちゃん…——サキュバスに視線を向けた。電車はガタゴトと揺れ、窓の外の景色が都市部から緑豊かな郊外へと切り替わっていく。 「ふふん、私の情報網を舐めないでよね!」 サッキーちゃんは得意気に胸を張り、自分の端末を二人に提示した。画面には、一般のSNSには出回らないマニアックな妖怪コミュニティ掲示板や、都市伝説のまとめスレッドがズラリと並んでいる。 「佐々木哲平が失踪する直前に描いていた未発表原稿……それが『意思を持って勝手に描き続けている』って噂が、一部のコレクターや闇オークション界隈で流れているのよ。しかも、その原稿に触れた人間は、あまりの面白さに脳を焼き切られて気絶するんだって!」 「脳を焼き切られるって、ただの超大作漫画じゃない……!?」「実際俺も当時読んでた時はとんでもないくらいインパクトがあったよ」 紅院が顔をひきつらせる。 「そうなの。ヤドリガミは『器物に宿る魂』。彼が命を削って描いた最後の原稿用紙、あるいは愛用していたGペンに、彼の執念と妖気が宿って妖怪化した……そう考えるのが一番しっくりくるわね。で、その噂の発信元IPアドレスや、原稿が出品されそうになった闇ルートの追跡なんだけど……」 サキは画面をスワイプし、日本の地図画像をタップした。そこに浮かび上がったのは、見慣れた47都道府県の境界線の隙間に、まるで腫瘍のようにポツンと描かれた謎のエリアだった、まだ生まれてから間もない……知らない人は知らないそんな場所。 「全部、ここに辿り着くのよ。——『白革県(はっかくけん)』」 「白革県……!?」 紅院は聞き覚えのないその名前に首を傾げたが、隣に立つ村上の目が、一瞬で氷のように冷たく冴え渡った。 「白革県か……確かあそこ、両親もあまり行くなと言われてた場所なんだよな……日本列島に含まれてるだけで別の国みたいなものだし」 「えっ、呑気村上君のご両親が警戒するって相当じゃない!? 一体どんな場所なの!?」 村上は伊達メガネをクイッと押し上げ、まるで法務部のリスク管理担当者のような口調で解説を始めた。 「ある年号の大合併および治外法権特区の指定に伴い、どさくさに紛れて誕生した日本最悪のグレーゾーン自治体だよ。日本の領土内でありながら国家保安部隊と大総統って組織が統治していて独自の条例という名の無法が横行し、警察の管轄も曖昧。税金の抜け道や怪しい企業のペーパーカンパニー、そして人間界に潜伏する不法滞在妖怪たちの巨大なスラム街や闇市が形成されていると言われている……親からの又聞きとネットの偏見交じりではあるけど」 「な、なんて治安の悪い都道府県なの……本当に日本の行政区画なの!?というか何個か嘘でないと困るような用語が出てこなかった!?」 「名目上はね。だからこそ、怪しい妖怪や違法なヤドリガミの売買をするにはうってつけの環境ではありそうだ。俺もこっそり下見したことがあるけどコンプライアンスという言葉が最も届かない暗黒街だよ。俺の実家も『あそこに足を踏み入れたら最後、怪しい無開通の定期購入契約を結ばされるぞ』といつになく厳しいことを言ってた、普段は呑気してる両親なんだけど」 「教育の基準がやっぱり村上君のご家庭独特だよ! でも、そんなヤバい場所に本当に佐々木先生のヤドリガミが……?」 「可能性は極めて高くなってきたね、ここまでのリスクを抱えても正直欲しいと思う、家電の次くらいに!」 村上はバインダーのメモ欄に『白革県:闇市場調査・佐々木哲平捜索』と書き込んだ。 「本来、ヤドリガミは長年大切にされた道具が変化するものらしいね。だが、佐々木先生のような人間離れした狂気的な集中力を持つクリエイターが、命を削って生み出した『原稿』なら、短期間で強力なヤドリガミに昇華していてもおかしくはない。……それに何より、そのヤドリガミが持つ『圧倒的な創作力と情報拡散力』は、俺たちの『紅院軍』にとって喉から手が出るほど欲しいリソースだ」 「情報拡散力……?」 「そうだよ、紅院君。現代の戦争は暴力だけじゃない、情報戦とプロパガンダだ。相手が『百物語』のような怪文書や都市伝説で攻めてくるなら、こちら側も人を引きつける最高峰のコンテンツ(漫画)で民衆や妖怪の認知をコントロールする必要がある。まさに広報部の立ち上げだよ」 「漫画で妖怪戦争に対抗しようとしてる!? 村上君の戦略が広大すぎて今の退魔師はついていけないよ……!」 紅院は頭を抱えたが、サッキーちゃんは目を輝かせた。 「合法的に超面白いマンガが読めて、しかも組織の広報にもなるなんて一石二鳥じゃない! 私も白革県の闇市にはちょっと興味あったのよね〜。アジアンテイストな怪しいサブカル街って感じで、映える写真がいっぱい撮れそうだし!」 「旅行気分で行く場所じゃないと思うけどね……というか帰り道だったはずなのち」 紅院は溜め息をつきつつも、村上の横顔を見た。 口では冷酷なビジネスや広報戦略と言っているが、村上が危険を冒してまで『白革県』に向かおうとしている本当の理由は、紅院にも分かっていた。 (村上君は……僕が自分の霊力の無さに焦ってるのを知ってて、僕でも扱える強力な『ヤドリガミ』を仲間にしようとしてくれてるんだ……) 言葉は身も蓋もないが、どこまでも自分を守るために先手を打ってくれている。 紅院はぎゅっと拳を握りしめ、覚悟を決めた。 「分かったよ、村上君。白革県に行こう! 噂の真相を確かめて、もし佐々木先生が困ってるなら……僕たちの仲間にスカウトしよう!」 「スカウトというか、まずは現地でのコンプライアンスチェックと、無許可での著作権侵害・違法売買を行っている闇業者への不当景品類及び不当表示防止法および著作権法違反でのガサ入れからだね」 「やっぱりガサ入れのノリなんだね!?」 ガタゴトと揺れる電車は、やがて異質な空気が漂う『白革県』への境界線へと近づいていく。 口だけは達者な超・現実主義者の高校生、暴力担当の心優しき退魔師、そして重度の腐女子サキュバス。 歪な三人組の『紅院軍』による、謎多き48番目の都道府県への殴り込み(ガサ入れ)捜索劇が、今まさに始まろうとしていた——!「というわけで白沢さんお願いします」「あっ、村上くんがやるわけじゃないんだね」「そりゃ俺自信はあくまでただの高校生だし明日には学校行かないといけないし……」 ということで到着後、酒呑組が一旦代わりに白革県の調査に出向くことになり……紅院は気付く。 あっ、これ村上くんうまく誘導して妖怪の事とか考えなくてもいい時間を確保したな、と。 こうして村上は一次的な平穏を取り戻した、忘れてはならないのが自分達はまだ学生であり、学校のあれこれもめちゃくちゃ重要な大切な時期であること。そして自分の人生なのであって、妖怪の厄介事に巻き込まれた程度で破綻すべきではないこと!しかし、妖怪戦争の予兆は刻一刻と迫りつつあった……!まあ、村上にとっては知ったことではないが。……こうして最初の目的は果たされ、紅院軍に何人かメンバーが集まって学校へ。村上にとっては元々この生活が本来の生活であり、普通に過ごす毎日なのだ。……その姿を眺める影が一つ。村上は教室に入ると、いつものように荷物を机に置き、授業開始までの時間を使って静かに電子辞書の画面に表示される法律条文を読んでいた。肩までの黒髪をさらりとなびかせ、表情は常に乏しく感情が読み取れない。口数は少なく、その沈黙は周囲との間に透明な壁を築いているかのようだ。村上は周囲に溶け込まず特に声をかけることはしない。千尋との距離感は、お互いに干渉しすぎない、このちょうど良い塩梅が心地よいのだ。しかしずっとのんびりもしていられない、そろそろ現実的なことを考えてみると出席日数だけじゃなくて単位の方も頭に入れておくべきであり……妖怪退治で現実離れした出来事を続けるわけにはいかないということだ、退治というほどのこともしていないのだけれど。「ねえねえ村上、今日も朝から怖い顔してるね」教室に入ったばかりの高橋さんが、いつもの明るさで村上の席の近くを通る。彼女の声にはいつも周りの人たちを元気づける明るさがあるが、村上の冷徹な反応は変わらない。「別に怖い顔をしているつもりはないけど」村上は淡々とした声で答えたが、内心では何かを考えている様子だった。クラスメイトの一人が勇気を出して近づいてきた。「村上、また勉強?最近ずっと勉強ばっかりだよね。たまには遊びに行こうよ!」「ああ、気遣いありがとう」村上は感謝の言葉を述べるものの、表情を変えずに再び電子辞書に目を落とした。「ただ、法律の知識が不足していると、周囲の人にも迷惑がかかることになるからね」「へ、法律?」クラスメイトは困惑しながらも引いてしまう。村上の常識から外れた発言には誰もついていけない。ホームルームが始まると、担任の松尾先生が村上をじっと見つめている、この時村上は……そう、紅院のことを考えていた。この学校と合わせて退魔師学校と掛け持ち、更に今は資金難でバイトまでしているのだ。自分よりよっぽど危ない……そんな気がして紅院を見ると案の定だった。「どうしよう村上くん……退魔師学校の方はたまに封印して成績出してたからなんとかなったけどこっちの学校のテスト成績と出席日数がやばい」 元々退魔師として生きて初めてこの高校でまともな義務教育受けた人間である。 そんな紅院の学力は察するものである。