あのとき、酒呑童子と最後に話したときに最後に託された……折れたように切り離された彼女の角。 それが件に向けて突き刺した。「その角は……酒呑童子の!?消しておいたのになんで持っていたの!?」「そっか……じゃあ本当にそうなんだ、知るつもりはなかったけど……それだけ命がけで残してくれたんだな……」 刺さった酒呑童子の角は件に根元まで突き刺さっていく。「一体何を……」「源浜岸雪右衛門、酒呑組が最後まで保管していた旧・御三家……しかし随分と雑に使われてたんですよ、一度はサーバー室の冷却に霊気を使っていたくらいには」 源浜岸雪右衛門の墓に最期に接触したのは酒呑童子だ、旧・御三家の力を悪用されないために村上と結託して山本五郎左衛門の墓と共に破壊された。 しかしその一方でまたその力が必要になった時の際のバックアップも必要であると村上が考えて、山本五郎左衛門は未熟なことから不完全な復活であるとして、結果的にぬらりひょんが保管していたのでダイヤモンドに変えられた。 では、酒呑童子と源浜岸雪右衛門の方は……?元々は自分と因縁深い関係の御三家、酒呑は少しでも霊気を残しておきたい……強大な奴の力を。 そう、自分自身に溜め込んだ……完全に溜めきる前に亡くなったとしても充分だ、この角に有り余るくらいには……。 いや、霊力の問題ではない。 ……元々妖怪達が陣取り合戦や戦争のような争いをしていたのは、旧・御三家を全て揃えることにある。 旧・御三家が全て揃うことで奇跡的な事象が発生するとも言われていたからだ。 それは皮肉なことに酒呑組、二百四拾族、百鬼夜行、百物語、妖怪学園……全ての勢力が統一され、集結した状態で引き起こされることになった。「そ……揃っている、ここで!!」 山本五郎左衛門の遺骨から加工した霊力ダイヤモンド。源浜岸雪右衛門の霊力を込めて遺された酒呑童子の角。 そして……紅院の影響が抜け活性化された紅甲飴教皇院破道閻魔の魂。 旧・御三家の力が……ここに揃った。 そしてそれは、酒呑童子が送った……村上への最期のプレゼント……最後の希望にもなりうる。破道閻魔は目を細めたが、その表情には愉悦すら浮かんでいた。「源浜岸雪右衛門の力……? そして山本五郎左衛門の『ダイヤモンド』……面白くなってきたじゃないか。だが遅いよ、村上くん。ここにくるまでに退魔師や妖怪どれだけの犠牲を積み重ねてきたと思う? それに君はもはや村上くん『人間』でもなければ、退魔師でもない。妖刀・村正としてまた別のヤドリガミという存在。もう元の人間社会に帰ることすら叶わないんだよ?」「人間社会に帰りたいなら紅甲飴教皇院破道閻魔であり、上級退魔師あるこの僕が、お友達として歓迎してあげたのに……ねえ、村上くん」紅院はもう、この世のどこにもいない。『友達』を救うことは、もうできない。村上はあのとき言ったこと……初めて人としての紅院と会った時のことはよく覚えている。『人間という者が弱い奴ばかりなんだ……倒すことは出来ない、悪意のある奴らから大事な物を失わないように振り払うのがせいいっぱいだ……』『俺だってがむしゃらに守る為に生きてきたんだ、この世に山ほどいる悪意から周囲を守る為に』結局は、自分が弱かったから紅院を守れなかった。村上にとって彼以上に友人と呼べるものは存在しない、もっと強ければまた別の選択もあったのかもしれない、それは酒呑童子の事も……。人間時代に詐欺に騙されて唯一学んだことは、大事なものは簡単に失われてしまい、二度と掴み取ることも出来ない。もう……遅い。だが、遅すぎるということはない筈だ。「……今更何を言ってるんだ」村上は淡々と言った。言葉は、刃よりも鋭く、紅院の形をした怪物へと突き刺さる。「お前がどれだけ犠牲を積み上げようが、俺がどれだけ変わり果てようが、最後に決めるのは世界じゃない。『誰のために』生きるかだ。紅院君のために、俺は世界の仕様(バグ)であるお前を消滅させて終わる」「それに……遅いなんてことはない、少なくともお前が『創造神』とかいう何かに命じられて世界を弄んでいるのなら、まだ間に合う。このバグだらけの世界で、俺は身も蓋もない正義を貫き通す……それが紅院くんの望んだ『妖怪バスター村上』としての俺だ!」その宣言と共に、村上は動いた。「正大っ!!」叫ぶと同時に、刀を自らの胸に突き刺した。刃が呪われた肉を貫き、血飛沫が舞う。だが、すぐにその傷口は霊力の輝きによって再生される。「——『共喰い』解放ッ!!」村上の中の妖刀・村正の霊と、正大の霊が、互いを呑み込み、溶け合い、新たな「妖刀・妖怪バスター村正」へと進化を遂げる。人とヤドリガミの意識が混濁し、肉体を乗っ取ろうとする激痛の中で、村上は紅院と過ごした日々を思い出す。それは、この世界が崩壊する原因となった「紅甲飴教皇院破道閻魔」という存在に対する、最も強烈な精神的バフ(強化)となる。「ほう……やるじゃないか、村正君」破道閻魔は感嘆の声を漏らした。自らの肉体が揺らぎ始めるのを感じながら。「だが! それでもまだ足りない! 僕には創造神から与えられた『死』の概念がある! 君たち低俗な妖怪どもが幾ら束になってかかろうと、その気になればそのまま……」「……閻魔の力も使えないのに?」「っ!」「ここでずっと言われていたこと……閻魔になりきれなかったもどきの一族……閻魔になりたいからここに来たんだよね?」「そ……それは旧・御三家としての設定で……」「不純物である俺達をさっさと倒すなら、それでさっさとやればよかったのに……それをしなかったのはまだ力が足りないから、設定とか言うけど元々紅院くんが抑え込まれてたぐらいだし…」「俺はそれがどうしてか分かる、閻魔というものが……結局まだ存在していないから、貴方はただ死という概念を貰っただけで高揚して閻魔の本質を見ていない、輪廻転生の力だけで……ここまで来たくらいだし」「何をっ……」「おや、正大にすら抑え込むのがやっとな貴方では……閻魔大王など到底と村上さんは言ってるのですよ、何せ彼の舌はあの妖刀よりよほど切れ味がありますよ?」「ぐっ……僕には力がある!!あの方が僕をマガイジンにしてくれた!!もうこうなったら必殺技でも……!!」 破道閻魔が焦燥に駆られ、創造神から与えられた死の概念を必死に練り上げようとした——その瞬間であった。 ヤマ神のルートサーバーの最奥、黒い呪詛に染まっていた空間の足元が、激しい霊光とともに大きく鳴動した。 山本五郎左衛門の遺骨から精製された霊力ダイヤモンド、源浜岸雪右衛門の霊力を宿した酒呑童子の角、そして紅院の影響が抜け活性化された紅甲飴教皇院破道閻魔の魂。 三つの『旧・御三家』の力が揃い、空間に充満した瞬間——世界を分かつ巨大な亀裂が走り、果てしない巨石が連なる厳かな「境界の坂」が立ち現れた。 「な……なんだ、この空間は……!? ヤマ神話のデータセンターが上書きされていく!?」 破道閻魔が目を見開いて叫ぶ。 「ほう……これこそが旧・御三家が揃いし時に発揮される真の力……日本神話における生者の住む現世と、死者の住む黄泉の国を分かつ境界——『黄泉比良坂』か!」 ぬらりひょんがキセルを叩きつけ、感心したように声を上げた。 そう、旧・御三家の統一によって引き起こされる奇跡とは、かつてイザナミとイザナギも通ったという境界線……生と死を明確に線引きする「狭間」を強制的に生成することだったのだ。 「死の概念を譲り受けただの、神の使者だの……そんな都合のいい後付け設定(バグ)は、この境界では一切通用しない」 村上は妖刀となった刀身を低く構え、淡々と告げた。 「黄泉比良坂は、生者と死者をただ『分ける』ためだけの場所。お前のように死者気取りで生者の肉体を乗っ取り、閻魔の真似事をして生者と死者の区別すらつけられない存在は……ここじゃただの『不法滞在者』なんだよ」 「なっ……ふざけるな! 僕は創造神様に選ばれたマガイジンで、この世界に選ばれた存在のひとつ!! 必殺の『死』の概念で、お前もろともこの空間ごと——!」 破道閻魔が全身から黒き終焉の波動を解き放とうとする。 「無駄だよ、だってそれこそ……まさに『神の領域』なんだから」 村上の一言が、冷酷にその霊圧を切り裂いた。「お前は権限を貰っただけで、閻魔としての『仕事(責務)』を何も理解しちゃいない。ただ威張り散らして、自分の存在価値を誇示したいだけの子供だ。……そんなスカスカのロジックで、生と死の境界が越えられると思うなよ……そして、あるべき場所にその体を返す!!」 「村上さん、今です! 黄泉比良坂の生成により、ヤマ神のルートサーバーのドメイン権限が一時的に正常化されました! 不法占有データの強制削除プロトコルが実行可能です!」 白沢がバインダーを掲げて叫ぶ! 「よし……終わりにしよう、紅院君」 村上は一歩、踏み出した。 ヤドリガミとして研ぎ澄まされた村上の全身から、山本五郎左衛門の霊力ダイヤモンドの輝きと、酒呑童子の残した源浜岸雪右衛門の霊気が溢れ出す。 「さあ……紅院君、君の体を返すよ」 村上が一閃を放つ。 『妖刀・妖怪バスター村正』の刃が描いた軌跡は、攻撃ではなく「強制終了(タスクキル)」の命令そのものだった。 紅院の体があるべき場所……黄泉の国へと送られる、破道閻魔はあのとき完全に乗っ取った……つまり、紅院の今の肉体と一体化していることになる。 「ぐあぁぁぁぁぁっ! 嘘だ、僕の『死』の概念が……境界の理に呑み込まれて消えていく……!? 創造神様ぁぁぁっ!!」 破道閻魔の叫びとともに、紅院の肉体を蝕んでいた黒いノイズと『件』のハッキングコードが、黄泉比良坂の巨石の隙間へと急速に引きずり込まれていく。 生者でも死者でもない歪んだ存在であった破道閻魔は、明確な境界が引かれたことで、その存在理由(仕様)を保てなくなり、消滅の泡となってその先へと行く、そうして明確に『死者』の側に立つのだ……かつてのイザナミのように。 空間を覆っていた呪詛が綺麗に晴れ渡り、ヤマ神話のデータセンターには静寂が戻る。 黄泉比良坂の坂の上、境界の向こう側に、一瞬だけかすかな影が見えた気がした。 放課後にバカな会話をして笑い合っていた、あの気弱で優しい『紅院』の面影。そして、村上に未来を託して散った『酒呑童子』の幻影が。 (……俺、やっと見送ることが出来たよ) 村上は心の中で静かに別れを告げ、刀を鞘に納めた。「終わった……のか?」ドラゴンが大きな体を丸めながら周囲を見回す。「ふむ、コンプライアンス的にも完全な強制退去完了じゃな」ぬらりひょんが満足そうに煙を吐いた。 村上は自分の手を見つめる。 そこにあるのは冷たい霊脈の感触。人間をやめ、ヤドリガミとなった自分は、もう以前のような普通の日常には戻れない。 だが—— 「村上さん、これからどうしますか? 創造神……『目立ちたがり屋』を名乗る連中は、さらにはあの閻魔以外の支持者もまた、まだこの世とやらに残っています」 白沢が尋ねる。 村上は振り返り、身も蓋もない平然とした顔で答えた。 「そっちに関わる理由なんて俺にはない……なんて言えば、紅院くんに失礼だ、世界のバグを放置するのはコンプライアンス違反だ。あいつらがどれだけ設定を捏ね繰り回そうが……全部、俺の力で叩き潰してやる、紅院くんが見たかった景色のためにも」 大妖怪の復活から始まった物語は、今や世界を改変する創造神たちへの反逆へと移り変わる。 元高校生にして現・妖刀『村正』の、身も蓋もない妖怪バスターとしての戦いは、これからも続いていくのだろう。「して、これからどうする?お主らの界隈でも後始末が厄介じゃろうて」「その点は抜かりがない、『目立ちたがり屋』が俺達の範疇内に存在していたというなら、それが誰なのか……目星はついている……ひとまずは、日本に戻ろうか」 ——「それで村上さん、何者なんですか……創造神、及び『目立ちたがり屋』の正体というのは」「この一件で一番目立てる立場で権利がある奴といえば……人間側、つまり退魔師だよ、その中でも一番偉い人間……つまり、退魔師学校の校長」 まだ紅院と普通に過ごせていた頃、退魔師学校の話はちょっとずつ聞かせてもらったことがある、確かその時も紅院は言っていた……どんな退魔師も、校長の姿を見たものはいないと。 退魔師や妖怪達の中に混じっている未知の存在『目立ちたがり屋』であれば、更に校長となれば隠れて動くくらいは容易く出来るだろう。 閻魔として死を操る能力を持ちながらも、それを行使できなかったのが破道閻魔だが、それでもあの凄まじい霊圧である、彼に力を与えたそこまでの存在ならばそれ以上のことが出来てもおかしくはない、そして同じようなレベルの敵がこれからも数々出てくる可能性もある。「そう、つまり我々は誰も見ていない正体不明の相手の策謀に対抗していく必要があるのです、何ともはや……やりにくい、そしてやはり正体の手掛かりとして考えられるのは……」「『百物語』の本来の姿、今回の件に関しての当事者でもあり、おそらく件がこれまで見つからなかったのも奴がずっと隠してきたからだろう……」AIトラックに揺られて日本に戻りながら、今も作戦会議を続ける。すっかり変わってしまった世界の全貌を知って、人間を辞めた自分は元の人生には戻れないことは分かっている。だからこそ紅院君の意思はしっかりと受け継いでおきたかった、この事件……もとい世界の仕様を変えてきた一連の事件を解決するためにも、これからも紅院君の名前を使う、けれどそれだけではない。「破道閻魔の目的は、過去の改変による現世の侵略……まあそれは、こうして紅院君自身が失われたから未完になっているんだけど……同じことを考える奴が、どこかに、沢山いる」「そして彼らは諦めずに『創造神』の後継者を狙ってきている、破道閻魔の後釜も誰かいるはずだ、奴らにとって計画を止めた俺達は間違いなく邪魔者だろうし……」「そんなところに堂々と乗り込んで行って、破道閻魔を倒した実績はあちらも知られているし……今度はどうなってしまうのかな」「一応こちらで調べられる限りの情報は網羅していますし、最善の策は講じておきましょうか」白沢が手元に地図と資料を開きながら提案してくる。百鬼夜行は紅院が上級退魔師として登録したデータから推察できた妖怪界隈の一つであり、破道閻魔が件と名乗り操っていたものでもある、それ以上に他にも様々な勢力が入り乱れているようだ。「俺の我儘のような紅院君の仇討ちに全力出してくれた妖怪の皆には……改めて感謝する、でもこれからもまだお世話になることが増えそうだ、というかもう仲間扱いでいい?」「ええ勿論ですよ、そもそも私は今や貴方を酒呑様の代理人としてお慕いしていますからね……そうですね、貴方は人間にしては予想以上の結果を示しました、必要な時にはいつでも声をかけてください」紅院君のことももっと調べなくてはならないだろうし、きっとまだまだ謎は深まりそうだ。「……百鬼夜行、百物語、二百四拾族、そして酒呑組、これらの妖怪達の思惑、そして退魔師側の動き、それを全て把握した上で次の一手を考えないと」村上は日本に戻ったあとには、次の段階に向けて思考を巡らせていた。これからも紅院君の意志を受け継ぎつつ、それぞれの勢力との交渉や調整をしながら、世界の真相に迫っていく準備をする。「それにしても退魔師と妖怪の利害関係って難儀だな……このまま放置すれば確実にまた争いになるわけで……でもお互いに干渉しすぎないようにしつつ、でも必要なことで……」「確かに一筋縄ではいかない問題ですね、かといってそのバランスを取るのが村上さんの腕の見せ所なのでは?」「まあそうだな、俺が妖怪組をまとめてるんだし責任持ってやっていくしかないのよね」 村上にとってはまだまだこれからだ、ようやく日本列島も見えてきて……時間で言えば一日も経っていないようなものだが……ようやく、ようやく重い腰を上げてすべてが終わったような気がした。 しかし帰ってきても、紅院はもういない、自分の望んだ生活はもう送れない。 そんなものは分かってるつもりだ。「退魔師学校の方から連絡がついた、校長が失踪したらしい。」「『目立ちたがり屋』のよくある習性らしいです、ここ数回目撃例がありつつも失敗したのかどこかに消えていくと」「薄情だな……紅院くんに取り憑いてたやつもよくもそんな奴を称えたものだけど、とりあえず退魔師と妖怪に関しては大丈夫か」「おうとも、妖怪学園も無事だし村上も定期的に顔覗くんだろ?人間たちとはいつものように何食わぬ顔で妖怪復活!からの日本征服をかけた大勝負!なんてものは前々からやってる、いつも通りを演じるだけだな」「それならいいけど……俺の方も日本もまだ問題が山積み、ちょっとずつ解決させていかないとな……」 村上の戦いはこれから始まる、そして……彼はもう目を逸らさない。 自分がもうこれ以上苦しまないために、こんな思いを簡単にしてしまいそうな世界の方から変えなくてはならない。「それよりまずは、人間として人間の教育をもっと受けないとな……」