この日は日曜日、2つの学校を掛け持ちする紅院にとっては唯一休める日。
この時代になって土曜日も休めないのはキツイが日本を、及び村上を守るためと考えればそこまで苦でもない。
しかし紅院は休日になってもゆっくり休むわけではない、退魔師をやっていると色々出費もかさむし、酒呑組が立て替えてくれるわけもない。
そこで紅院は日曜の間にアルバイトをすることに、学業にアルバイトに妖怪退治と忙しい日々に村上も相談に乗る。
「それで村上くん、僕どういうお仕事が向いてるのか分からないからおすすめを教えてほしくて」
「俺はそれよりも紅院君に休んでもらいたいんだけど」
「こんな日まで労働労働と……休むこともまた生活の一環ではないのですか?」
「同業者じゃなかったら『誰のせいだと思ってんだこの眼鏡野郎』って罵ってたよ」
村上が文句も言いたくなるくらい白沢のようなおどれら妖怪が勝手に復活したせいやないけと言いたいがひとまずは当たり前のように村上や紅院達のそばにいる酒吞組はさておき、村上は紅院の相談に乗ってアルバイト先を選ぶことに。
言っては何だがこの紅院と言う男、未だにカラオケにも言ったことないくらいには現代社会に疎い。
幼いころから退魔師としての修行を重ね、ほどんど山籠もりしたりアメリカまで修行を重ねて平凡には程遠い人生を送っている。
まともな社会経験も義務教育の学業でようやくなので村上は冷静に紅院にちょうどいい仕事を見ていく。
「僕、人付き合いはまだ緊張するところがあるからなぁ……でも今後慣れていくためにも接客業を……でもお店の人に迷惑が……」
「任せて、だったら俺におすすめの仕事がある……猫カフェだよ」
「ね、猫カフェ……!?」
猫カフェ、それは猫好きの猫好きの為の憩いの場。
喫茶店でもあるがその特徴は様々な種類の猫が放し飼いにされていること、猫が大好きなお客さんが好きなだけ触れ合うことが出来るというそれはもう存在自体がゆるさの雰囲気を感じさせるものである。
接客に難があっても猫の確認や飼育、体調管理なども仕事の範疇なのでそれに回ればいい。
しかし白沢が挙手する。
「猫カフェ?そんなもの私としてみればまだ……犬カフェに行きなさい」
「犬カフェ!?」
「名古屋あたりにあります」
紅院は悟った、これ村上君が生粋の猫派で白沢は犬飼っているだけだと。
しかし参考になったので、次に休みが取れた時にアルバイトを始めてみようとその日は猫カフェの求人募集を探した……そうして遂に、ほんのちょっと遠いがアルバイトを募集しているカフェを見つけた。
にゃんにゃんパラダイス……可愛い猫さんと仲良く戯れながら楽しくラブリーにお世話……村上が聞いたもので間違いなかった、すぐに電話すると一発OKを貰い、すぐに働かせてもらえることになった。
そして紅院の初仕事の日、この仕事の正装に着替えてお客さんを出迎える。
「ご主人様ぁ~♡おかえりなさいにゃん♡」
ここまできて紅院でも分かる、もしかしたらここ猫カフェじゃない。
いや、猫が出てくるカフェではある、自分が猫耳と尻尾を付けて仲良く戯れるサービス精神たっぷりな仕事場だしお世話を任せるお仕事というのも間違っていない。
ただ紅院は他のウェイトレスと一緒にミニスカメイド服を着ながら、お客さんに喜んでもらう為のノウハウを叩き込まれていく。
「ううん、いきなり働かせて欲しいというわりにはなかなか似合ってるじゃない」
「あの、店長さん……僕、男なんですけど……」
「顔はかわいいし近頃は男でもお得なんて言葉があるから安心しなさい!」
「店長さんだってどっからどう見ても男性なんですが……」
「失礼ね!あたしのハートはラブリーチャーミーな乙女よン!」
にゃんにゃんパラダイスの店長は見かけは明らかにゴリゴリの男に見えるものの振る舞いから女の子と言っても問題はないかもしれないが、とにかく紅院は店長の力強さに圧倒されながらメイド姿で仕事をこなしていく。
最初は緊張しっぱなしで動き回っていたが、だんだんやり方が分かってきた。
紅院は現代文化を知らないので大昔に秋葉原なんかで存在していた萌え萌えメイドコスプレ喫茶というものを全く想像した事も無かった。なので慣れないそのような姿をしていることに羞恥心も感じる。
しかし同じ職場の同僚が同じ格好をして仕事していることに疑問を感じ始める。
「すみません、この服には何か意味があるんですか?えっと……メイド服、はともかくとしてどうして僕らが猫耳や」
「君!何てことを言うんだ!!」
突然紅院に怒鳴りつけてきたのはこのカフェで働く中年の男性だった、どうやら常連のようである。
「……すみません!」
「おいおい、怒鳴んなってこっちが恥ずかしい」
「だって君、この格好が意味ないなんて失礼だろ!」
「意味はありますよ……このお店の女の子達の個性が伝わってくる……でも僕スカートは履き慣れてなくて、こんなに短いと見えちゃいそうで気になって……」
「見えそうでドキマギしちゃう初見さんの反応が……いいんじゃあないか……!」
(もしかして僕とんでもないアルバイトに参加しちゃったのかな)
紅院は困惑しながらも、意外と職場の仲も悪くないし特別嫌なこともトラブルもないのでちょっと慣れたらこの仕事も問題ないものとして出来るだろう、お給料もいいしお客さん相手に優しくにゃんにゃんとアピールと応援と愛情を与えていくことを学んでいくことだろう。
……彼の名前は蒼介。退魔師学校において常に優秀な成績を収め、容姿端麗で教師陣からも絶大な信頼を寄せられている期待のエースである。
しかし、圧倒的な実力を持つ彼を突き動かしているのは、日本を守るという崇高な使命感でもなければ、戦いの快感でもなかった。
(ランキングを戻すのに苦労したが……ようやく紅院に絶好のシチュエーションを用意できる)
全人類が知る由もない彼の秘密。それは、退魔師の力で美少女にかっこいいところを見せてお付き合いすることこそが動機という、ド直球な煩悩の塊であることだった。
そして偶然にも退魔師学校の敷地内で目撃した紅院を、男であると気付かずに「儚く可憐な美少女退魔師」と盛大に勘違いして一目惚れしていたのである。
最近は諸般の事情により退魔師ランキングが下落してしまっていたため、その挽回と元の順位への復帰に専念していた蒼介。苦労の甲斐あってようやく上位へと返り咲き、待ちに待った休日を迎えていた。
蒼介はこういう時……疲れもストレスも一気に消し去る、至高の安らぎの場を知っている。
休日……すべての人間関係も問題も何もかもリセットして、ありのままの自分になれる場所に行って、次の仕事までの精神力を蓄積させるのだ。
もちろん、この時に誰にも見られてはいけない。
それは決して「エリート退魔師が休日にこんな場所に入り浸っている」という良くない噂を立てられたくないからではなく、ただ純粋に任務のことを一切考えたくないからである。
蒼介は退魔師として培った気配遮断の技術を遺憾なく発揮し、周囲に完全に溶け込んで歩行者と動きを一致させ、何事もなかったかのように目的地の入り口まで辿り着いた。
この道30年の長い伝統を持つ昔ながらの萌え系メイドカフェ『にゃんにゃんパラダイス』……!
近頃の萌えカフェは属性が混雑気味で、ツンデレやらヤンデレやら過剰な設定にたまに胃もたれがしてくるが、この『にゃんパラ』は今も昔も変わらず猫耳メイドのスタンダードな萌えスタイルを貫いている。
蒼介は期待も楽しみも一切顔に出さず、ウェイトレスを無駄に怯えさせないよう、退魔師の経験で培われた表向きの平常心(鉄のポーカーフェイス)を保ったまま店内へと足を踏み入れた。
「そーまさん1名ご来店です〜」
にゃんパラは常連のお客様には会員カードと偽名が振られているので身バレの心配はない。
ここでは退魔師・蒼介ではなく、常連顧客の「そーま」になるのだ。
店に入った蒼介は、迷うことなくいつもの席を確保する。
窓から一番遠くて、厨房が一番よく見える位置。
長年通い詰めた観察と分析により、蒼介はウェイトレスが常に移動する習性上、必ず交差する合流地点があることを突き止めていた……その場所とは、厨房とホールを繋ぐあの通路前である。
「店長の愛情♡乱れ撃ちにゃんバーグセットひとつ」
蒼介が頼むのは決まってこのメニューだ。
ハンバーグは火が通るのに時間がかかると聞いているので、その分この黄金の観察席に居座ることができるという寸法である。
追加サービスが欲しいときには食後にコーヒーも頼む。そうすれば怪しまれることも少なくなると同時に、メイドからのおもてなしをしっかりと受けることができるのだ。
人は何故メイドカフェに行く?
直接メイドからサービスを受けるため?
女の子のいるところで食事をするため?
——それは違う。
少しでも長い間……女の子を観察するための場所なのだ。
蒼介は注文してハンバーグが届くまでの間、カフェ内を忙しそうに動くメイド達の様々な姿を観察する。これこそが蒼介の人生を豊かにする究極のライフハックであった。
(最近は新しい娘が入ってきたと聞く……どんなタイプのメイドが来たのかも古参として確認しておかなくては……)
プロの鋭い眼光で新人メイドを探そうとした、まさにその時であった。
蒼介の脳が、大きく揺れることになる。
(紅院だ)
あまりの衝撃に、蒼介の思考が一瞬フリーズする。
(あのにゃんパラに新しく入ってきたっていうメイド、どう見ても紅院だ)
蒼介の視界に飛び込んできたのは、新人が着せられる通常よりもさらに丈の短いミニスカメイド服に身を包み、頭に猫耳カチューシャをちょこんと乗せた紅院の姿だった……!
可憐な容姿と華奢な身体つき、そして短いスカートの裾を気にしてオドオドとしているその立ち振る舞い。どこからどう見ても、自分が一目惚れしたあの可憐な美少女(※紅院は男です)そのものである。
一方、お盆を両手で抱え、店長の仕込み(?)による慣れないにゃんにゃんアピールに恥ずかしさを限界まで募らせながら給仕していた紅院。
ふと、店内の奥深くに漂う、常人とは明らかに異なる洗練された隙のない気配を感じ取った。おそるおそる視線を向けると、そこには窓から一番遠い席でクールに座る一人の男性客の姿があった。
(あそこにいるのって……いや、まさか蒼介さんがこんな場所に来るわけないよね……)
退魔師学校が誇る、あの厳格でクールなエリート先輩の蒼介が、こんな猫耳メイドカフェでハンバーグを待っているはずがない。
己の目を疑って滝のような汗を流す紅院と、ポーカーフェイスの裏で心臓を激しく打ち鳴らす蒼介。
萌えの聖地『にゃんにゃんパラダイス』で、誰も予想しなかった極限の探り合いと勘違いの火蓋が、今静かに落とされたのだった——!
(……落ち着け、冷静に考えてみろ、退魔師の出費を考えろ、学費だけじゃない、妖怪を祓うのだってタダじゃない、俺だってお金が色々と足りない時期もある、その為に働いているだけだ、それに何か俺が言うのも……)
だが考えてる裏で紅院は猫尻尾でとても短いスカートから見せパン……及びスパッツが出てきて、咄嗟に紅院はひゃっと声を上げながら片手で引っ張るように隠す。
(うっっっっ!!!)
それだけで蒼介はボクサーチャンピオンに頭の大事なところを右フックされたぐらいの衝撃が走る!!
※紅院は男です。蒼介さん、あなたがいま鼻血を垂らしながら見惚れている女の子は男です。いいですか、男です。
しかし紅院が驚いたのはそれだけじゃなかった、このカフェに入ってから、いやこのカフェの前にあったが、そこにも確かにあった異様な気配、強い霊気。
それがだんだん、自分に近づいてくるように感じていた……!!
それが蒼介が発しているものとは知らない!
(えっ、どうしよう……今はアルバイト中だから妖怪が来ても対処できないよ……休憩中に酒呑組に連絡入れた方がいいのかな……)
こうしている間にも他のメイドがハンバーグを届けに来る、もうちょっとしたらいつもの店長とメイドさんによる愛の呪文からの切り分けタイムに入るので覗く時間もあと僅かだが蒼介は紅院から目が離せなかった。
(なんか……なんかチャンスじゃないか、今の俺も紅院も退魔師じゃない、赤の他人だからこそ紅院の堂々とした姿も見れる、それに何の問題があるというんだ)
「あっ、また……」
(尻の形がすげぇ!!)
山で結構鍛えていたのでスパッツ越しにピチッとした状態、それが目立ってプリケツみたいな形でクッキリ尻の丸みが浮き彫りになっている。
当然紅院本人もお客さんに見られていることに気づいて顔が真っ赤になっていく。
そして蒼介はついに、目の前の巨大ハンバーグが冷め切ってしまっていることにも、メイドさんに「早く食べないとお肉冷めてしまいますよ?」と可愛らしく心配されていたことにも、微塵も気がつかないまま……メイド服姿の紅院が慌ててスカートの裾を押さえているその仕草と、見えてしまったヒップラインのインパクトに、再び理性を木っ端微塵にされかけていた。
(や……やばいぞこいつは……!これは夢か幻覚か!?もしや俺がついに生み出した究極奥義『残像分身殺法(ナンパ用)』で過去の俺自身の姿を見ているとかそういうやつなのか!?)
「あの、そーま様……?本当に具合が悪いんじゃ……」
蒼介は鼻の違和感に気づき、慌てて顔を上げると、そこには心底心配そうな表情でこちらを覗き込むメイドさんの姿があった。
(い、いかん…客としてちゃんとサービスを受けておかなくては、紅院はまた別の日にも見れるんだ、後はハンバーグを食べて気持ちを……)
そして紅院の方も知り合いっぽい人を意識した途端本格的に自分はめちゃくちゃ恥ずかしい仕事をしているのではないか?と感じるようになってきた。
しかしこの道長くて30年やってて、皆も店長も何の焦りもないプロ精神で仕事をしているので失礼かもしれないと改めてこの日は頑張ってお仕事した。
……そうしてその日のバイトも終わる時間、なんとか問題も起きずにお仕事が終わる。
蒼介らしい人物に凄い見られていたことが頭に残り続けているのもあって、終わってから凄いもやもやしたものが渦巻く。
この姿、胸を張って他の人に見せられるだろうか?
というかメイド服なんて村上に見せられるのか?確かに猫派だったけど女装猫耳メイドしている姿が公になったら多分ドン引きされるだろう、気に入られてもなんとなくもやもやした気持ちが浮かぶ。
(……あれ、というかなんで僕は村上君にこの姿を見られたくないって真っ先に思ってるんだろう)
「ま、まあいいや……村上くんがこんなところに来るわけないんだから、考えすぎなだけかもしれない……」
さっさと着替えて帰ろうとしたその時、後ろからまた強い霊気を感じる。
この状態では太刀打ち出来ないと怯えながらおそるおそる振り返ると……。
そこには。
「あっ、村上と一緒にいる退魔師の子だったっけ」
「うわあああ酒呑さん!!?」
村上以上にここに来るのが信じられない人、酒呑童子。
それがなんとメイド喫茶も終わりそうな時にもなって堂々とここに、角生えててもコスプレと思われるから問題ないのだろうか。
しかし祓うべきなのか追い返すべきなのかもわからなくてテンパっている、ここには村上も蒼介もいない。
どうすればいいのか……そんな時だった、運悪く店長ともエンカウントする。
「あらァ〜〜ン?今日はもう店じまいよォォォ〜ん?」
「て、店長!?危ないですこの人は……まあ店長も一見すると危ない人だけど」
「あ〜うん、ここの店長してるんだお前……えっと、村上が挨拶しとけってうるさいから粗品持ってきたんだけど、ここ酒あるの?」
「あらぁ〜ん酒呑ちゃ〜ん久しぶり〜♡相変わらずねぇん」
「え?店長知り合い……いや、知り合いってことはもしかして店長、まさかのまさかで妖怪!!?」
——
対談室で店長は本来の姿……といっても、ちょっと翼が生えたくらいでそこまで大差が無い、酒吞童子が相変わらず酒を飲んでいる事から彼女にとっても対した存在ではないのだろう。
「改めてアタシは……Aランク妖怪『インキュバス』、ここの昔の店長とは仲良しでアタシに店長の座を譲ってくれたの」
「大丈夫大丈夫、インキュバスは昔から女に楽しい夢を見せて栄養補給するのが仕事でさあ、私もよく会う」
「近頃はメイドカフェっていうのもなかなか面白いの、アタシ向いてるみたい」
「それでなんでここにいるの?インキュバスこいつ退魔師」
「あらそう?」
酒吞童子は紅院の素性をあっさりバラされて狼狽える、インキュバスはまったく気にしてなさそうだが退魔師と妖怪は普通に敵対関係、せっかく慣れそうなのにクビにされるかもしれないというのもあって焦る。
「あ、あの違うんです!!僕全然そんな技術もないといいますか、村上君に猫カフェという物を紹介されてここにアルバイトすることになっただけで……」
「えっ……村上ってそういうのが好きなの?」
「それも絶妙に違うというかなんというか……」
「いいわよ~別に、ここでちゃんと戦力として働いてくれるならアタシもただのにゃんにゃん店長、貴方は新人アルバイト……それでいいでしょう?」
そんな流れでインキュバスにはどうにか?見逃してもらった紅院、このままバックレても人として恥ずかしいので紅院はこれからもにゃんにゃんパラダイスでそこそこ人気の男の娘メイドになるのは多分この妖怪退治には関係ないので別の話。
ちなみにその後、蒼介はメイドカフェで紅院含めたメイドをいやらしい目でガン見していた上に経費で落とした内容が問題視されて退魔師ランキングが68位に落ちた。
「にゃ、にゃん……村上、甘えていいんだにゃん」
そして大江山ではにゃんにゃんメイド服を着た酒吞童子を見て白択含めた酒吞組一同は『うわきっつ!!』という言霊が出そうになったのだが、必死に噛み殺した。