「来ましたね、村上さん」
酒呑童子がめちゃくちゃ怒られた次の日、白沢は村上を呼び出した。
旧・御三家を一つ潰すことで妖怪が力を得られないようにしたというのは白沢からしても勝手に行おうとしたことは到底許し難い出来事であるが、それはまた追々話すとして白沢は村上に関して気になることが山ほどあった。
なにより気になるのは、人間でありながら他の者たちと違い妖怪というものを全く恐れる気配がないこと。
だがそれでいて無関心というわけでもない、容赦のない一言を次々とぶつけて霊気を削いでいく姿は妖怪というものを特に気にしていないものが出来る芸当ではない。
「私は個人的に興味があるのですよ……酒呑童子様も気に入っている貴方がいかにして妖怪というものを見ているのか」
「俺のことを買いかぶりすぎですよ、俺はただ紅院君が退魔師として立派になるところが見たいからついていってるだけだ、でもどうして妖怪が怖くないのか……そういえば考えたことなかったな」
「呑気な……わかっていますか?妖怪というものは簡単に貴方の命を奪えるんですよ?」
「それはわかっている、鎌鼬や枕返しの時とか俺も結構危なかったことは紅院君からよく聞かされているからね」
村上に恐怖心がなかったり、妖怪というものを舐めているわけでもない……それでも懲りることもなく紅院に同行して妖怪を次々と封印している。
酒呑組にお世話になってもらっているが当然ここにいるのは大物の鬼ばかり、それがずっとすぐそばにいるのに全く怖じ気つく感じもしない。
実に奇妙だ、奇妙すぎて人間味がないが血液はしっかり人のものが流れている。
知識を司る妖怪であり幻獣として、これは見過ごせない事態だった。
村上も何を聞かれているのかは勘づいているので、正直に考えて答えてみる。
「……なんだろう、野生の妖怪は分からない……多分、人生観的に疑り深くなって着眼点がおかしくなったのかもしれない」
「ほう?その言い方だと我々に関しては答えられるような口ぶりですが」
「酒呑組に関しては多分……話してみたら、思ったより誠実だったのがあるのかな」
誠実、それはまるで妖怪に対する誤解や認識を変えるというよりは目の前にあるものを分かりやすい形に、言うならば信用出来ると判断するように形合わせ出来たみたいな独特な表現だ……それを知るためには、もっと村上への理解が必要だろう。
それはつまり、何故村上が難癖をつけるような人間になったのか。
一言で言えば村上は詐欺が嫌いだった。
「俺の親は見せられたものとかを全然怪しんだりとかしないから、詐欺に騙されて変な家電とか薬とかよく買わされて……後にも先にもそれが続いて俺が高校生になった時に俺名義のローンを作る必要があったくらいには色々困らされたことがあるんだよ、それからはずっと周囲を胡散臭いって思うようになったっていうか」
「ああ……なるほど」
詐欺に引っかかった時も両親の反応がおかしかったり、引っかかる回数も多いことに周りに相談したりもしたが、学校に来るようになってからも同級生達が学校の外にある施設にはよく行って勉強すると嘘をついて遊んでいたり、授業中だって教科書に落書きをして先生に隠しているやつもいたりで……それを見ているうちにどんどんとこの人は大丈夫だろうか?という気持ちが膨れ上がってしまったらしい。
つまるところ、人間不信。
「もうとにかく、誰にでもこういうことを言ってるんじゃない?って思うようになっちゃったんだよね……妖怪に関してもやっぱり何か裏があるんじゃないかと思うんだよ、そう思うと妖怪が怖いってよりもなんで怖がらせてくるのってなってしまうっていうか」
「そういう心理的状況……?のようなもののせいなんですね」
「本当に小さい時なら怖いってなっていたんだろうけど、気づいたら妖怪や幽霊の見た目に違和感を覚えてしまったっていうか」
村上の理論はあまりにも歪んでいる、人間に対しても正常な目線を送ることが出来ないのだから、まさに奇妙奇天烈を表す妖怪に対する認識がかなり常人よりひねくれてしまっているとわかったのも納得しざるを得なかった。
酒呑童子がずっと村上のアパートで堕落していても何のトラブルも聞かないのも納得だ、恐らく村上は一人暮らしをしている。
白沢ぐらいになると顔を見るだけで様子がわかるが、村上は親を嫌っているわけではない。
「一回悪質詐欺グループに目をつけられて軒並み買わされて、離婚するくらいには酷い騙されたことしたこともあって、それで俺はなんとか打開しようと5歳で論理的思考の勉強から始めて……」
「真っ先に始めることがそれではないような気もしますが……」
言論こそが村上の自己防衛手段、それが言霊となり妖怪に通用する武器となったのも奇妙な縁だが、詐欺は見つけてすぐに通報していたことで両親と協力して警察を動かして解決したことだってあったらしい。
紅院の助けに回ろうとするのも、妖怪に対して不躾な態度を取れるのも、元々の性格に加えてその経験あってのことなのだ。
ここまで聞いて、白沢は思わず笑みを浮かべてしまった。
「……なにか面白いことありましたか?」
「いえ……しょうもない理由だったので拍子抜けしてしまいました」
「まあそうですよね、自分で言うのもなんですがあまり面白いことでもないです」
「しかし歴史というものは大昔から真相はくだらないことばかりです、だからこそ脚色されてしまう……」
白沢としてはもう少し何か深い闇でも隠されているのかと思ったが、実際はただ単に詐欺を騙されかけたから色々警戒し始めたとかいう、本人は割と深刻ではあるが……他者視点からは確かにどこが『怖くない理由』だと思うほど浅はかなものだった。
でも白沢はこのくだらない話を気に入った、酒呑童子との馴れ初めといい酒呑組に入り浸っている時も実に楽しそうな話がいつも弾む……やはり白沢としてはそこまで大仰な経歴を村上に求めていないのだ。
それに、まだ深掘りできる点も多い。
……そんな村上でも、それでも心から信じれる者がいる。
「そんな貴方にも友人がいる、一体何の気まぐれでそんなことに」
「ああ紅院君のこと?」
村上は今は退魔師のことも色々と知っているが、それは紅院と付き合いがあるからだ、絡んでいる以上間違いなくそれより前が存在する。
信用というものは簡単に出来るものではない、ましてや『退魔師』なんてものはまだ表舞台に出ていないのだから一般人からすればめちゃくちゃ怪しい、霊能関係のものを名乗っているなら尚更だ。
「俺と紅院君がどうやって出会ったのかって話入る必要ある?ちょっと回想入るけど」
——
そして同じ頃、紅院も退魔師学校に急遽出向くことになった。
退魔師としての鍛錬も教育も何一つ受けていないにも関わらず上質な言霊を扱い、高ランクの妖怪を紅院のような実力でも封印に至らせることが出来る。
そんな存在を退魔師の面々が見逃すはずもなく遂に存在が公になり、そんな彼と深い縁のある紅院が呼び出され村上の情報を全部聞き出すことになった。
「村上君のことですか……はい、向こうの学校で知り合った……僕の大切な友人です、どうやって知り合ったかですか、僕にとっても忘れられないあの日……」
そうして村上と紅院はそれぞれの視点から『あの日』について語り始める、村上と紅院が出会った……あの瞬間から。
——
紅院は何年もの間、退魔師学校に入ってきたが実際に任務に赴くには現代知識というものが全く理解がなかった。
山籠りしたり人里離れた場所で鍛錬したり、退魔師に関係する授業しか受けてこなかったからだ。
その為に紅院は普通の学校にも入ってみたいと思うようになったが退魔師学校を辞めるわけにもいかないので、無理をして掛け持ちをすることになる。
いかにもベタな導入で転校生としてクラスに入ってきた。
そして村上と紅院は出会った、本来交わる事のない『奇妙』と『平坦』な二人が……。
紅院は……意外とすぐに馴染んだ、馴染んだといってもクラスの中心になったわけではない。
退魔師のことを明かしてないのだから後に残るのはめちゃくちゃ世間知らずな少年でしかないので煙たがれるわけでもないが目立つわけでもない、つまりはぽつんとしている。
紅院は過ごせるだけでまだ良かったと思っているので辛くはなかった。
ただし、さみしくはあった。
紅院の隣の席に村上はいたが、話しかけづらい雰囲気はこの頃から同じだった。
でも。
「村上君……だったっけ?一緒に下校とか、していい?」
「俺は別に構わないけど……帰り道、同じなの?」
紅院は村上とはよく話した、隣にいたしさみしかったから。
村上も嫌がらなかった、ただの転校生が自分や周囲の人間を騙す理由もないのだから。
そんな二人がここまで進展したのは、紅院が退魔師であることを知った、あの日……。
紅院は語る。
「僕が日本に来て、普通の学校に通って……あの日、妖怪が復活した。」
村上は語る。
「俺も、その妖怪を見て腰を抜かしたよ。妖怪を初めて見て、困惑が勝った、だって現実味が無いから」
「妖怪という存在に初めて会ったときは驚いてどうしようかと思った、しかも学校の中庭で出現されたとなれば周りが騒ぎ出すのも仕方ないって」
「そして僕が見ていたその時、その時こそが……!村上君との本当の出会いでした」
紅院が退魔師学校の訓練以外で初めて妖怪と出会う、妖怪と初めて接触した人間が退魔師として動けるかどうかは大きく変わる。
退魔師学校なら必ず最初に経験させられる儀式のような形跡、それでも落ちる者は多い。
一般人の身ではそれどころではなく、一度見たならば一生トラウマとして背負うことになる。
でも紅院はそこにいた、目の前には巨大な二つの角を持つ雷を放つ獣が突然出現して荒れ狂う光景を見てもすぐに反応して妖怪に向けていたのだ。
あの妖怪は……Bランク妖怪『雷獣』、落雷と共に現れその地に災厄を降ろす厄介な相手。
妖怪に気づかれたら終わりの退魔師にとってまず動きを制限させるために避雷針を打たなければならない、その時間がなければ雷に貫かれてしまう。
避雷針を持っていない場合でも雷獣は接近して攻撃してくる傾向はあるので、接近してくれた雷獣を狙うチャンスはあるが……それもあまり長い時間ではなかった。
紅院は咄嗟に近くの鉄製のゴミ箱を引き寄せ、避雷針代わりにしてなんとか雷を回避して攻撃しようとするが……雷獣のほうが動きが速い!
「ちぃッ……!!」
紅院はとっさに走って校舎へと向かい、雷獣から逃げようとするが足音が近くなっていく……まさか追いつこうとしているのか?!
そのまま追いかけられるのはまずい、ここには多くの人がいるのだ、巻き添えが出てしまう……!
そこで紅院が選んだ行動は……
「これしかない!!」
こんな時でも作る事はやめなかったお手製の霊符、妖怪に使うのは初めてだが試さない手はなかった。
リュックから取り出して雷獣に投げ飛ばすが、全く通用していない……紅院がまだ未熟なのもあるが、それ以上に強すぎるのだ、高ランクの妖怪とは……。
「なんだあれ」
そしてこの時だった、今日という日はたまたま日が沈みそうな頃まで学校に居た村上、これが彼の妖怪初エンカウントであり、誰も知らない紅院の退魔師としての姿を目撃した。
「村上君!!」
「うわっ!?」
「どうしてここに……いや、それどころじゃない!!ちょっと伏せてて!」
いきなり紅院に突き飛ばされて地面に倒れた村上、そこを通った紅院は手に持った霊符を投げて雷獣を攻撃するが……ほとんどダメージは入っていない。
「ッ……硬すぎる、あと符は残り15枚……足りるわけが……」
紅院は今まで学校で鍛錬してきただけで実践はほぼゼロ、霊気自体は上質なものを持っているが、それでも高ランクの妖怪の前では焼け石に水程度のものしか発揮できない。
雷獣はまた逃げる紅院を追いかけるが……。
「おいそこのタヌキみたいなの……さっさと消えてくれよ」
ここで村上が雷獣に対して啖呵を切った、それも特になにかの対策を用意してたわけでもないのに、紅院は呆気に取られつつも何故村上が雷獣の目の前に飛び出たのか考えたが、答えは明らかだった。
自分を助ける為。
「村上君、逃げて!僕なら……」
「勝てないんでしょ、じゃあ逃げるしかないじゃん、失ったら何もかも終わりなんだ、金も同じ、食べ物も同じ、そして命も簡単になくなる」
村上は紅院の手を離さない、まるで目の前にいる自分を失いたくないかのように。
「あれは動物とかじゃなくて……」
「俺は弱い、親も弱い、人間という者が弱い奴ばかりなんだ……倒すことは出来ない、悪意のある奴らから大事な物を失わないように振り払うのがせいいっぱいだ……俺だってがむしゃらに守る為に生きてきたんだ、この世に山ほどいる悪意から周囲を守る為に」
村上は自分では雷獣に勝てない、だからこそ紅院が唯一戦ってくれる可能性が高いと踏んでその勝利に賭けた……しかしいくら村上が紅院に訴えかけても戦闘技能は高くならない。
「グオオオォッ!!」
雷獣の怒号に紅院はつい身を縮めてしまう……それはまだ高校生の身体にはあまりにも重い……。
この時の紅院は死にたくないという気持ち以上に、村上の言い方に何処か共感してしまった、はたから見れば諦めているような己の身可愛さの振る舞いにも見えるのにだ。
それだけ紅院も最初の戦いで理解してしまった、今の自分では無駄死にになるだけだと理解している。
そして紅院は……その日、どうにか追い払うのがやっとで村上から離れないように帰った。
「紅院君、前々から怪しかったけど……なんか余計に怪しくなった」
「言い方酷いよ村上くん……でも実際そうだからね、今ここで僕が退魔師っていう妖怪と戦う奴ら……なんて言っても受け入れられないことはわかるよ」
「まあ適当も嘘も言ってないってことぐらいは理解してるし……何より君、真剣だった……紅院君、だっけ?」
「うん、僕はね……」
だがその時だった、そろそろ夜道になるこの通り……今でも治安は悪いこの頃、平然と通り道にガラの悪い人間が集まってくる。
そして、今度は人間が襲ってくるという前代未聞のピンチを乗り越える為に紅院は改めて実感した、村上の語る「敵」とはこんなにも多いのだと、その中には自分が守らないといけない人間もいることを。
それに対して村上は……。
「俺を置いて逃げたらワンチャン君は助かるはずだから」
「えっ……そんなことしたら村上君は!!」
「俺だってこの後どうなるかは想像したくないけど、奪われる人間は少ないほうがいい。」
どれだけのことを諦めたら、これほどに大人びた表情を見せられるのか。
それは村上が本物の大人になろうとしているからか?きっと違う、この少年が身近に迫る脅威から守る為に捨ててきたものが大きいのだ。
村上の言葉の裏にあるものを理解できた気がした、村上は紅院の手を強く握り続けるがその手が少しずつ冷たくなっていくのを感じる、村上もそれだけ緊張しているのだ。
紅院はここで思い出した、まだ術後の二十四時間……村上と出会った当初はまだ自分の『成長期』だと思っていた、だから紅院は日々練習のために霊符を改良してきている。
その成果がどれだけの効果があるのかわからないが、紅院は自分が今しなければいけないことは何なのかをしっかりと見定めた。
この男を逃がすこと、このまま連れていかれては絶対に終わってしまう。
「嫌だ、嫌だ!!僕は……目の前の人もちゃわと守れないで退魔師になる資格はない!」
だからこそ紅院は、雷獣に向かう以上の覚悟で不良集団の前に飛び出した。
当然不良のリーダー格は驚きつつも怒りの声を上げて紅院と村上を罵るが、村上は全く聞いていないのか聞こえない振りを続けて、ただ不良たちを睨みつけているのも無視して突破しようとした瞬間、投げ飛ばされた鈍器が村上の頭に当たるのを見て。
紅院の中で本当に何かが切れたような感覚がした。
ーー
「以上が、俺の知ることです」
回想終わり、ここまでが村上と紅院の初めての出会いだった。
「まさか雷獣に会うとは……あそこで逃げを選んだのは正しい判断と私でも判断しますよ、それで不良は?」
「……あまり聞かないほうがいいよ」
村上はこの時のことをあまり覚えていない、だが一つ言えることがある。
紅院は弱くない、妖怪が並外れて強かっただけだ。
確かに紅院はなよなよしているところはあるが、十年以上も海外や山で修行してきたのだ、ただでさえ現代でもマウンテンゴリラみたいな修行を。
そんな物でちょっとオラついた不良に妖怪を相手するようなことがあれば……。
「それからだよ、紅院君は暴力を封印した、妖怪退治も今までずっと霊力を用いたものに固執している」
おそらく、紅院は村上がこれを知ったら失望してしまうと思っているのか、あるいはあの光景自体がトラウマになっているのだろう。
『奪う側』の人間を嫌う村上が、『奪う側』の人間に寝返ることで生き延びてしまった、妖怪が嫌いな村上が妖怪と同じ側に回ってしまったとなってしまったら……。
村上から紅院が離れてしまうのも理解できてしまっているのかもしれない。
「まあ、そこまで強いと思われていなかったんだろうね、普通にやってたらそのうち紅院君の方が捕まっていたってこともあるし」
「なるほど、事は思ったより重大ですが……その力、封印しておくにはもったいない。」
白沢は村上に対して手を伸ばし……交渉を仕掛ける。
「彼のトラウマを晴らせば強力な戦力となるでしょう、その為には……そう、雷獣とのリベンジマッチというのは?」