作中トップ10には入るけど一位には届かないみたいな主人公が好きです(告白) 作:無理やがな
評価くれたら泣く
解析課の資料室というのは、想像の五割増しで埃っぽい。
都築の後をついて棚の間を歩きながら、俺は正直ちょっと後悔していた。時間停止系の野良を追いかけるだけの仕事だと思ってたら、いつの間にか骨董品鑑定の手伝いをさせられている。
「先輩、これ見てください! 懐中時計の年代特定リストです!」
どん、と机に紙束を置かれた。分厚い。殴られたら普通に死ねる厚さだ。
「……お前、これ一晩で作ったのか」
「作りましたよ! だって面白いんですもん!」
面白いで片付けられる仕事量じゃない気がするが、こいつのテンションに文句をつけるだけ無駄だというのは、出会ってからの数年間で学習済みだった。RPGで言うところの、ステータス異常「常時ハイテンション」持ちのキャラだと思えばいい。回復役なのか攻撃役なのかは知らない。
「で、なんかわかったの?」
「結論から言うと、あの懐中時計、少なくとも百年以上前の型です。ゼンマイ式の中でも特殊な機構が入ってて、今の技術でも複製がほぼ不可能なレベル」
「つまり?」
「つまり、量産品じゃない。誰かが個人的に大事に持ってるものです。しかも動作精度から見て、定期的にちゃんとメンテナンスされてる」
骨董品を大事にしてる殺人未遂犯、というのはなかなか想像しづらい人物像だった。悪役の趣味としては渋すぎる。もっとこう、血の匂いのする刀とか、呪われた宝石とか、そういうテンプレを期待していたんだが。
「あと、これは私の勘なんですけど」
「勘て」
「解析課の勘、馬鹿にしないでください。意外と当たること多いんですから」
都築はふふん、と胸を張った。その自信はどこから来るのか。
「あの懐中時計、たぶん個人の持ち物じゃなくて、誰か大事な人からの形見とかそういうやつです」
「根拠は?」
「ないです!でも雰囲気で分かるんですよ、こういうのは」
「雰囲気で捜査するな」
「先輩だって、加速領域で停止押し流すとか、理論より先に身体動かしたクチじゃないですか」
図星だった。返す言葉がない。
「……お前、意外と俺のこと見てるんだな」
「見てますよ! 先輩、s級の中じゃ一番優しくて親しみやすいから注目度高いんです」
「s級の中で、って母数七人しかいないだろ」
「そういうツッコミ待ってました」
テンポがいい。悔しいが、ちょっとだけ調子が狂う。
そのとき、資料室の入口から氷室が顔を出した。報告を終えて戻ってきたらしい。今日も表情筋は仕事をしていない。
「都築、報告は」
「はい! 骨董品ルートが有力です! あと先輩がいい感じにポンコツで面白いってことも分かりました!」
「後半の報告、いらない」
「事実確認の一環です」
氷室は特にツッコミもせず、資料室に入ってきて紙束をめくり始めた。手際がいい。仕事に関しては本当に無駄がない男だった。
「……この年代の懐中時計、修理できる職人、街に何人いる」
「調べます! た、多分片手で数えられるくらいだと思いますけど!」
「なら、そこから当たる」
シンプルな結論だった。というか、そもそも俺が骨董品の年代特定なんてやらせなくても、氷室に一言聞けば済んだ話だったのでは。
「氷室さん、最初からそれ言ってくれたら私の徹夜、無駄じゃないですか」
「都築の分析があったから絞り込めた。無駄じゃない」
珍しく、氷室がフォローらしきことを言った。都築の目が、分かりやすく輝いた。
「氷室さん……! 今の、褒めてくれました?」
「事実を言っただけだ」
「うわ、風峰先輩と全く同じ返し方! 二人とも同じ会社の製品ですか!?」
「そういう言い方はやめろ」
地味に傷つく。俺と氷室、どこかで喋り方が似てきているのだとしたら、それはそれでちょっと嫌だ。個性は大事にしたい。
「まあ、いい。都築、時計職人のリスト、明日までに出せ」
「はい! 任せてください!」
「風峰は、俺と一緒に職人回りだ。単独対応禁止、忘れるな」
「覚えてるよ」
資料室を出る間際、都築が背中に声をかけてきた。
「先輩、気をつけてくださいね。あの女、次はもっと本気出してくるかもしれないので」
「お前もそう思うか」
「思います。挨拶のつもりって言ってたんですよね? 挨拶ってことは、本編はこれからってことじゃないですか」
嫌な例えをする。だが、否定もできなかった。
廊下を歩きながら、俺は懐中時計の写真をもう一度思い浮かべた。誰かの形見かもしれない、と都築は言った。
だとしたら、あの女は何を取り戻そうとしているんだろうな。
都築が出してきた職人リストは、結局三人だった。
一人目は入院中。二人目は五年前に廃業していた。残るは一人。
風見時計店――偶然にしては、また名前が近い。氷室と顔を見合わせたが、どちらも何も言わなかった。触れると長くなりそうな話題だった。
店は住宅街の奥、看板もない小さな工房だった。呼び鈴を押すと、しばらくして白髪の老人が出てきた。腰は曲がっているが、目つきは鋭い。
「風見です。今日は何の用ですか」
「管理局の者です。少しお伺いしたいことが」
氷室が身分証を見せると、老人は一瞬だけ目を細めた。歓迎はされていない態度だった。
「懐中時計について伺いたいんです」
俺が写真を差し出すと、老人の表情が変わった。
「……これは」
「見覚え、ありますか」
老人はしばらく黙って写真を見つめていた。長い沈黙だった。
「この時計、三十年前に私が直したものです」
「三十年前」
「はい。持ち主の名前は、ちゃんと台帳に残ってます。ただ――」
老人は言葉を切って、奥の棚から古い帳面を取り出した。埃を払って開く。
「この人は、もう亡くなってます。十年前に」
「亡くなった」
「娘さんが一人いたはずです。それきり、時計は戻ってきていません」
俺と氷室は、同時に同じことを考えていた。口には出さなかったが、たぶん顔に出ていたと思う。
「娘さんの名前、分かりますか」
「台帳には書いてません。本人はともかく、娘さんの名前なんかは完全に個人情報ですから、当時から書かない決まりで」
老人はそう言って帳面を閉じた。それ以上は何も出てこなさそうな空気だった。
「ただ」
老人が、思い出したように付け加える。
「その娘さんが、一度だけここに来たことがあります。父親の形見を直してくれって。もう八年くらい前かな」
「どんな人でした」
「静かな子でした。灰色のコートを着てましたね、今日みたいに寒い日で」
その一言で、店の空気が変わった気がした。
「灰色のコート」
「ええ。今どき珍しい色を選ぶなと思いましたよ」
氷室が俺を見た。何も言わなかったが、目が全部語っていた。
当たりだ。
俺たちは礼を言って店を出た。日はもう傾きかけていた。
「風峰」
「分かってる。あの女、亡くなった父親の時計を取り戻そうとしてる」
「なら、なんで時間を止める必要があった。取り返したいだけなら盗めばいい話だ」
もっともな疑問だった。俺にも答えは出せない。
「時計、今どこにあるか分かるか」
「台帳には、最後に持ち主の家に返した記録しかない。今は誰が持ってるか分からない」
つまり、時計は誰かの手に渡って、行方が分からなくなっている。
時間を止めることと、時計を探すことが、どう繋がるのかは分からない。ただ少なくとも、俺たちが遭遇した現場は、どちらも彼女にとって何かしらの意味がある場所だったということだ。
「面倒なことになったな」
二度目の台詞だった。今回は、氷室が黙って頷いた。
本部に戻ると、都築が待ち構えていた。
「お帰りなさい! 何か分かりました?」
「懐中時計の持ち主、亡くなってた。十年前に。娘がいる」
「え、じゃあ野良の正体って」
「まだ断定はできない」
氷室が短く釘を刺す。都築はそれでも興奮を隠しきれない様子で、端末を叩き始めた。
「持ち主の名前、教えてください。戸籍から娘さんの記録、追えるかもしれません」
風見老人からもらったメモを渡す。都築の指が忙しく動いた。
「えーっと……ありました。持ち主、東雲昭一。娘さん、一人。東雲……」
都築の手が止まった。
「どうした」
「名前のところ、空欄なんです」
「空欄?」
「はい。生年月日も住所も出るのに、名前だけ黒塗りされてます。しかも」
都築が画面をこっちに向けた。赤い文字で、短い一文が表示されている。
――本人からの申請により、氏名情報を非公開に設定。
「自分で自分の名前、隠してるってことか」
「そういうことになりますね。しかも、これって普通の申請じゃできない手続きです。よっぽど強い権限がないと」
「強い権限」
「管理局の、それなりに上の役職とか。もしくは――」
都築が言い淀む。氷室が代わりに引き取った。
「Sランク以上」
部屋の温度が、少し下がった気がした。
「街のSランクは七人。俺たち含めて全員、身元は把握してる」
氷室が淡々と続ける。
「該当者はいない。つまり」
「元、Sランクってことか」
誰も、それ以上は言わなかった。
都築が、いつもより小さな声で言った。
「先輩。これ、思ったより根が深いやつかもしれません」
その通りだった。
過去のS級名簿は、都築の権限では開けなかった。
「上長承認が要る記録なんですよ、これ。私、解析課の中でも下っ端なので」
「氷室、開けるか?」
「開ける。だが、覚悟しとけ」
「覚悟?」
「消えてる名前があった場合、大抵ロクな理由じゃない」
氷室が端末に指紋認証をかざすと、画面が切り替わった。過去二十年分のS級名簿。年ごとに、七つの名前が並んでいる。
俺は上から順に目を通していった。知らない名前ばかりだった。当然だ、俺がSランクになったのは去年のことだ。
「八年前を見てくれ」
氷室に言われて、その年の欄を開く。
七つの枠のうち、六つには名前が入っていた。残る一つは、空白だった。
「これ」
「抹消されてる。理由の欄も」
画面を拡大する。名前の代わりに、事務的な短い文字列だけが残っていた。
――対象、除籍。詳細は非公開。
「なんだよ、これ」
「珍しくない。危険度の高い案件は、大抵こう処理される」
氷室の声は、いつもより少しだけ硬かった。
「都築、この年の除籍記録、他に何か出せるか」
「試してみます……あ」
都築の指が止まる。
「一件だけ、関連ファイルがヒットしました。ただし」
「ただし?」
「これ、閲覧するには本人の生死確認が必要です。生きてるか死んでるか分からないと、開けない仕組みになってます」
生死不明。
今俺たちが追っている線が正しかったとして、どうやって生死確認をすれば良いのだろうか。本人が別人と言ったらどうしようもない気がするが。
「風峰」
氷室が俺を見た。
「次にあの女と会ったら、聞くことが増えたな」
「ああ」
窓の外はもう暗い。止まったままの時計の針を、俺はまだ頭のどこかで数えていた。
☆☆☆
翌日は特に何も起きなかった。
輪番の見回り、書類仕事、都築が淹れてくる妙に薄いコーヒー。平和と言えば平和だが、それはそれで落ち着かない。嵐の前、というやつを実感で理解したのは初めてかもしれない。
午後、氷室と一緒に風峰高架下をもう一度歩いた。特に理由はない。現場に戻ればそれで何か見えるかもしれない、という程度の気休めだった。
「時計店、閉まってるな」
最初の現場、あの祖父と孫がいた店だ。風見の工房とは別の店で、こっちはシャッターが下りていた。定休日、と貼り紙にはある。
「定休日、今日だったか」
「知らん」
氷室が貼り紙を見て、少しだけ眉を寄せた。何かが引っかかったような顔だったが、口には出さなかった。
高架の下を歩きながら、俺は写真データの懐中時計をもう一度拡大して見た。
文字盤の下、細い彫刻がある。老人の話では、持ち主の名前が入っているはずだった。東雲、という文字だと思っていたが、拡大するとどうも違う。文字数が合わない。
「氷室、これ」
「なんだ」
「彫刻、東雲じゃない気がする」
画面を見せる。氷室はしばらく黙って見比べていたが、やがて短く言った。
「……そうだな。三文字だ、これは」
「東雲は二文字だろ」
「ああ」
それ以上、氷室は何も言わなかった。ただ、写真をもう一度見て、それから遠くの空を見た。何かを考えている顔だったが、聞いても答えなさそうな顔でもあった。
通りの向こう、コインランドリーの店先で、老婆が洗濯物を畳んでいた。俺たちを一瞥して、また作業に戻る。何の変哲もない光景だった。
ただ、その老婆の手首に、見覚えのある銀色のバンドが光っていた。
管理局のタグだ。
「……あの人、能力者か」
「区域の登録者リストに、そんな年齢の人間はいない」
氷室が短く言う。
老婆はもう洗濯物を畳み終えて、店の奥に消えていた。呼び止めるべきか迷っている間に、シャッターまで下りてしまった。
「気になるが、今日はもういい」
氷室がそう言って歩き出す。俺もそれに続いたが、頭の隅には、拭いきれない違和感が残った。
三文字の名前。老婆の手首のタグ。
どれも、今はまだ何の意味も持たないただの情報だった。
☆☆☆
端末が鳴ったのは、その日の深夜だった。
「風峰、起きてるか」
氷室の声には、いつもの平坦さがなかった。
「起きてる。どうした」
「野良、また出た。今度は駅前」
「風峰高架下から離れてるな」
「ああ。だから逆に嫌な予感がする」
着替えながら話を聞く。駅前のロータリーで、時計台の針が一斉に逆回転を始めたらしい。目撃者多数、すでに騒ぎになっている。
「単独対応禁止、忘れるな」
「覚えてる。今から向かう」
現場に着くと、ロータリーは人だかりだった。管理局の規制線の内側、時計台の下に、灰色のコートの後ろ姿があった。
「また会ったな」
声をかけると、女がゆっくり振り返った。
「思ったより早かったね。風見の店に行ったんでしょ?」
「なんで知ってる」
「勘、ってことにしとこっか」
嘘くさい言い方だった。だが今は、それを追及している場合でもない。
「あんた、東雲の娘なんだろ」
女の表情が、一瞬だけ揺れた。ほんの一瞬。見逃していてもおかしくないくらいの、小さな変化だった。
「――さあ、誰の話?」
「とぼけるのが下手だな」
「そう? 結構自信あったんだけど」
時計台の針が、逆向きのまま加速していく。周囲の空気が、少しずつ冷たくなっていくのが分かった。氷室が反対側から回り込んでくる気配がする。
「今日は、挨拶だけじゃ済まなそうだ」
俺は加速領域を展開する準備をしながら、女を見据えた。
「何が目的だ」
「教えてあげてもいいけど」
女は懐中時計をポケットから取り出し、蓋を開けた。針は止まったままだった。
「――その前に、ひとつ聞いていい? あんた、序列七位でしょ。なんで七位のあんたのところに、私が来たと思う?」
答えられなかった。考えたこともなかった質問だった。
「偶然じゃないよ、それ」
時計台の鐘が、狂ったように鳴り始めた。
鐘の音に合わせて、周囲の時間がぶれる。規制線の外にいた野次馬の動きが、コマ送りみたいに引っかかりながら進んでいく。まずい、巻き込まれる。
「加速領域、展開」
半径を広げる。三倍じゃ足りない。手持ちの余力を全部注ぎ込んで、届く範囲を強引に押し広げた。頭の奥で、何かが軋む音がした。
「効いてる?」
女が興味深そうに首をかしげる。挑発というより、本当に観察している目だった。
「あんたの領域、面白いね。停止を押し流すだけじゃなくて、鐘の音――音の伝播まで巻き込んでる」
「解説はいい。それより――」
背後から氷室が回り込み、女との距離を一気に詰めた。手にした短刀が、鈍く光る。氷室の能力は氷雪操。、遠距離も得意だが、接近戦もできるのは間違いない
「させない」
女が懐中時計を握った瞬間、氷室の動きがぴたりと止まった。空中で、静止画のように。
「あんたは普通に止まるよ」
「くそ、氷室!」
俺は加速領域を氷室ごと包み込む。展開範囲の中では、時間の流れが押し戻される。氷室の身体が、震えるようにゆっくりと動き出した。
「……助かった」
氷室が息を吐く。額に汗が浮いていた。珍しい表情だった。
「二人がかりは、想定内だったんだけどな」
女は懐中時計を閉じて、後ろに一歩下がった。
「思ったより手こずっちゃったから、今日はここまで。次はもう少し本気出すから」
「待てよ」
「待たない」
女の姿が、来たときと同じように光に溶けて消えていく。時計台の鐘が、最後にひとつだけ、正しい音で鳴った。
規制線の外で、野次馬たちがようやく普通の速さで動き始める。何が起きたのかは誰も理解していない顔だった。
「風峰」
氷室が、地面に落ちていた何かを拾い上げた。
「これ、あの女が落としていった」
小さな鍵だった。飾り気のない、古い真鍮の鍵。
「時計の鍵か」
「たぶんな」
俺たちは顔を見合わせた。
手がかりが増えたのか、罠が増えたのか。今はまだ、どっちとも判断がつかなかった。
評価童貞だからくれたら泣く