作中トップ10には入るけど一位には届かないみたいな主人公が好きです(告白) 作:無理やがな
カクヨムの方もぜひ見てください!
翌朝、医務室に呼び出された。
加速領域の連続展開で、身体に負荷がかかっているらしい。数値上は問題ないが、念のため半日休めと言われた。半日休めと言われて素直に休む人間がこの街にどれだけいるのか知らないが、俺は一応その口だった。
自販機の前で缶コーヒーを選んでいると、後ろから声がかかった。
「先輩、生きてます?」
振り返ると、都築が弁当の入った袋を提げて立っていた。
「見ての通り、ぴんぴんしてる」
「昨夜のニュース、駅前の時計台が壊れたって騒ぎになってましたよ。ネットでも変な動画出回ってて」
「動画?」
「時計の針が逆回転してるやつです。誰かのスマホに映ってました。まあ、ほとんどの人はCG合成だと思ってるみたいですけど」
都築は隣のベンチに座って、弁当箱を開けた。二人分あった。片方をこっちに差し出してくる。
「食べます? 多めに作ったので」
「……いいのか」
「先輩、どうせ食事とか適当なんでしょ。顔見れば分かります」
図星だった。反論できずに受け取る。
「お前、意外と面倒見いいよな」
「意外とは余計です」
箸をつけながら、しばらく無言の時間が続いた。都築にしては珍しいことだった。いつもならもっと喋っている。
「……先輩」
「なんだ」
「昨日、危なかったんじゃないですか。加速領域、無理やり広げたって聞きましたよ」
「氷室から聞いたのか」
「報告書です。私が先に見る担当なので」
都築は弁当をつつきながら、視線を落とした。
「私、解析課だから、現場には出ないですけど。データだけ見てると、たまに分からなくなるんです。数字の向こうで、誰かが本当に怪我してるってこと」
「珍しく神妙だな」
「これでも、風峰さんのことはずっと心配してるんですよ」
軽口だったが、声のトーンはいつもより低かった。
「私の前の職場、解析専門の民間企業だったんです。数字だけ見てればいい仕事で、それはそれで楽だったんですけど」
「辞めたのか」
「辞めました。理由は、まあ、大したことじゃないですけど」
都築は少し笑って、話を切り上げるように弁当を再び食べ始めた。話す気はあるが、まだそのタイミングじゃない、という感じの間だった。無理に聞くこともないと思って、俺もそれ以上は突っ込まなかった。
「まあとにかく。先輩が現場で無茶するたびに、こっちの胃がキリキリするんです。ほどほどにしてください」
「善処する」
「絶対しないやつの返事ですよね、それ」
「バレたか」
都築は呆れたように笑って、それから急に真面目な顔になった。
「先輩」
「ん」
「鍵、拾ったって聞きました。あれ、私に預けてもらえます? 解析、やらせてください」
「別に構わないが」
「絶対、何か分かりますから」
自信ありげに言い切るその顔は、さっきまでの神妙さが残りつつも、いつも通りの明るさに戻りはじめていた。
俺はポケットから鍵を出して、都築の手のひらに乗せた。
「頼む」
「任せてください」
都築はそれを大事そうに両手で包んで、弁当箱を片付け始めた。
「あ、そうだ。先輩」
「なんだ」
「今度、鍵の解析終わったらちゃんとご飯奢ってくださいね。命の危険冒してる後輩に対する、当然の礼儀として」
「命の危険を冒してるのはお前じゃなくて俺だが」
「巻き込まれてる時点で私も同罪です」
理屈になっていない気がしたが、口にすると長引きそうだったので黙っておいた。
昼の光の中、都築は軽い足取りで解析課の方へ戻っていった。
残された俺は、缶コーヒーを一口飲んで、それから空を見上げた。
鍵の正体も、女の目的も、まだ何も分かっていない。
ただ、弁当は美味かった。
☆☆☆
鍵の解析結果が出たのは、二日後だった。
「先輩! 分かりました、これ!」
都築が資料室から飛び出してきて、開口一番それだった。相変わらず前置きがない。氷室とは別方向の前置きのなさだと思う。
「落ち着け。何が分かった」
「刻印、見えます? ここ」
鍵の頭の部分、拡大した写真を見せられる。目を凝らすと、確かに小さな文字が彫られていた。
「──中央駅、貸金庫、七番」
「貸金庫の鍵か」
「はい。しかも古いタイプで、今の貸金庫だと使われてない規格です。でも、駅の旧貸金庫室は使われていないだけでまだ現存してます」
都築は端末を操作して、地図を表示した。中央駅の地下、今は閉鎖されている一角に赤いピンが立っている。
「東雲昭一の名前で、契約記録も見つけました。八年前に最後に更新されてます」
「八年前。時計を風見の店に持ち込んだのと、同じ年か」
「たぶん、娘さんが最後に管理してたんだと思います」
つまり、女がずっと探していたのは、時計そのものじゃなくて、この貸金庫の中身だった可能性がある。
「行くか」
「行きましょう! 私も同行します!」
「危ないかもしれないぞ」
「先輩と氷室さんがいれば大丈夫です。それに、貸金庫の解錠手続き、私じゃないと通らないので」
妙に説得力のある理由だった。
氷室に連絡を入れると、返事は数秒で戻ってきた。
──了解。三十分後、駅前で合流。
簡潔すぎて、逆に安心する文面だった。
俺は鍵を都築から受け取り、もう一度刻印を確認した。
中央駅、貸金庫、七番。
なんとなく、嫌な予感がした。理由は分からないが、七番という数字が、妙に引っかかった。
中央駅の旧貸金庫室は、地下三階の奥にあった。
今は使われていない通路で、照明の半分は切れている。案内表示も古い書体のままだった。都築が先頭で懐中電灯を振りながら進む。
「うわ、ここ蜘蛛の巣すごいですね」
「文句は後で聞く」
氷室が短く返して、都築の隣を歩く。俺は一番後ろから、通路の先を警戒しながらついていった。単独行動禁止のお達しはまだ生きている。
貸金庫室の扉は重い鉄製だった。都築が手続き端末を扉のパネルにかざすと、しばらくして緑のランプが灯る。
「開きました」
中は思ったより狭かった。壁一面に小さな扉が並んでいて、七番はすぐに見つかった。鍵を差し込む。
少しだけ手が震えたのは、多分寒さのせいじゃない。
扉を開けると、中には古い封筒がひとつと、写真立てが一枚入っていた。それだけだった。金銀財宝の類は何もない。
「拍子抜けだな」
「いや、先輩。これ」
都築が写真立てを持ち上げる。色褪せた写真には、初老の男と、まだ幼い女の子が写っていた。二人とも笑っている。
「東雲昭一と、娘か」
「写真の裏、見てください」
裏返すと、細い字で日付と一言だけ書かれていた。
──いつか、全部思い出せる日まで。
「思い出せる、日まで」
「記憶に関わる何かか」
氷室が封筒を開ける。中から出てきたのは、古い診断書だった。医療機関の名前は黒塗りされている。ただ、症状の欄だけが読める状態で残っていた。
──記憶固着障害。原因不明。継続的な自己抑制処置が必要。
「記憶固着……初めて聞く病名だな」
「私も聞いたことないです。調べてみます」
都築がすぐに端末を叩き始める。俺は診断書をもう一度見返した。
発行されたのは八年前。娘が風見の店に時計を持ち込んだのと同じ年だった。
「風峰」
氷室が、封筒の底に残っていた最後の紙片を差し出してくる。
小さなメモ用紙に、走り書きで数字が並んでいた。
──7、7、7。
「三回、書いてある」
「意味あるのか、これ」
「分からない。ただ」
氷室が、珍しく言葉を選ぶように間を置いた。
「お前の序列と、同じ数字だ」
貸金庫室の照明が、ふっと一瞬だけ点滅した。
☆☆☆
本部に戻ってすぐ、俺は里見の部屋に向かった。
「風峰くん? 珍しいですね、自分から」
「聞きたいことがあって」
里見はいつも通り、表情を変えずにこちらを見た。
「俺が風峰高架下の輪番に選ばれたの、本当に偶然ですか」
一瞬、部屋の空気が止まった気がした。里見は書類から目を離さないまま静かに答えた。
「……何か気になることでも?」
「質問に質問で返さないでください」
珍しく強い言い方をしたと思う。里見は少し間を置いてから、ようやく書類を置いた。
「正確に言うと、完全な偶然ではありません」
「じゃあ」
「風峰くんの適性データを見て、この区域に配置すれば異常事象への対応力が上がると判断しました。それだけです。他意はありません」
淀みない答えだった。だが、淀みなさすぎるのが、逆に引っかかった。
「適性データって、いつの分ですか」
「……入局時のものです」
「それだけ?」
「それだけです」
里見はそう言って、また書類に視線を戻した。会話を終わらせたいという空気が明確に出ていた。
これ以上聞いても、今日は何も出てこなさそうだった。
「分かりました。ありがとうございます」
部屋を出る間際、後ろから声がかかった。
「風峰くん」
「はい」
「貸金庫の中身、報告書にまとめて提出してください。全部です」
全部、という言葉に微妙な力が込められていた気がした。
廊下を歩きながら、俺は今の会話を頭の中で繰り返した。
嘘は、たぶんついていない。
ただ、全部を話してもいない。そんな感触だけが残った。
☆☆☆
「記憶固着障害、出てきました。ただし」
資料室のモニターに、都築が検索結果を映し出す。
「一般公開されてる医学文献には、ほとんど載ってません。管理局の内部資料に断片的に出てくるだけです」
「どんな症状なんだ」
「特定の記憶だけが異常に固定されて、上書きも忘却もできなくなる状態、らしいです。普通は忘れていくはずの出来事が、ずっと同じ鮮明さで残り続ける」
「それの、何が問題なんだ」
「精神的に、普通は持たないみたいです。人間の脳は忘れることで折り合いをつけてる部分が案外多いので」
都築が画面をスクロールする。
「あと、これって発症例が極端に少ないんですよ。でも、そんな中でも共通してるのが」
「共通してるのが?」
「全員、能力者。しかも、記憶や時間に関わる系統の異能者に多い、って書いてあります」
時間、という単語で、頭の中の何かが引っかかった。
「治療法は」
「特効薬とかはないです。ただ、この資料だと、特殊な処置で症状を一時的に抑えられる例があるって。処置内容は──ここも黒塗りです」
黒塗りだらけだ、この件は。
「氷室」
「なんだ」
「お前、記憶固着障害って言葉、聞いたことあるか」
「ない。だが」
氷室は珍しく、少し考えるような間を置いた。
「八年前、S級の中で、時間操作系の能力者が行方不明になった。詳細は未だ明かされていないが、何か関係があってもおかしくはない」
「行方不明」
「除籍とは別の扱いだ。これなら、除籍記録の理由が空欄だったのも、説明がつく」
都築が息を呑む音がした。
俺は資料の文字列をもう一度目でなぞった。記憶固着障害、という五文字を見ているうちに、ふと妙な感覚に襲われた。
──どこかで、この言葉を聞いたことがある気がする。
子供の頃、誰かに言われた気がする。だが、それがいつで、誰にだったのか、思い出せない。
「先輩? どうしましたか?」
「……いや、何でもない」
気のせいだ。たぶん。
そう自分に言い聞かせて、俺は資料の続きに目を戻した。頭の奥で、小さな違和感だけが、まだ静かにくすぶっていた。
その夜、寮の部屋で押し入れの奥を漁った。
引っ越しのたびに減らしてきた荷物の中に、段ボール箱がひとつだけ残っている。中身はほとんど覚えていない。子供の頃の写真とか、通知表とか、その程度のものだったはずだ。
箱を開けると、埃っぽい匂いがした。古いアルバム、賞状、壊れたおもちゃ。特に何もない。当たり前だ、こんなところに手がかりがあってたまるか。
それでも一枚だけ、見覚えのない写真が出てきた。
幼い自分らしき子供が、誰かの手を握っている。相手の顔は写っていない。手だけが写った、中途半端な構図の写真だった。
裏を見る。日付だけが書いてあった。今から11年前。俺が四歳か五歳の頃だ。
──誰の手だ、これ。
思い出そうとしても何も出てこない。記憶がそこだけ、綺麗に抜け落ちているような感覚だった。
その時、窓の外で小さな音がした。
風かと思って無視しようとしたが、もう一度、今度はもっとはっきりと、コツン、と音がした。
カーテンを開けると、ベランダの手すりにあの女が座っていた。
「……なんでここが」
「調べたから」
女は前と変わらない調子で言った。ただ、いつもより少しだけ声が硬い気がした。
「仕事以外で会いに来るとは思わなかった」
「私も来るとは思ってなかった」
女は手すりから飛び降りて、ベランダに立った。窓一枚を挟んだ距離。
「その写真」
「……見えてたのか」
「見えたっていうか、分かった。あんたが今、握りしめてるから」
女の視線が、俺の手元の写真に落ちる。
「その手、私のだよ」
息が止まった。
「あんたと、会ったことあるの。ずっと昔に」
「いつ」
「覚えてないんでしょ、あんたは」
女は自嘲するように、小さく笑った。
「それでいいよ、別に。思い出さなくていい。むしろ思い出さない方が、都合がいい人もいるから」
「どういう意味だ」
女は懐中時計をポケットから取り出し、また蓋を開けて閉じた。何かの合図のような仕草だった。
「──ひとつだけ、教えてあげる」
女の声が、初めて、はっきりと震えた。
「あんたのその手、八年前まで私が握ってたのと同じ。それだけ」
つまり、十六年前の写真に写っているもう片方の手は彼女のものだということだ。しかも、それが途切れたのは八年前。記憶固着障害の発行年と重なる。
女は窓の外、夜の街に向かって身を翻した。引き止める間もなく、屋根伝いに姿が消えていく。
俺は写真を握りしめたまま、しばらく動けなかった。
その夜は、結局一睡もできなかった。
翌朝、俺は自分の人事記録を開示請求した。
入局時の適性データ、健康診断、家族構成。普段気にしたこともなかった書類だ。窓口の職員は、面倒そうな顔ひとつせず手続きを進めてくれた。業務の一環、という扱いだった。
届いた記録に、目を通す。
生年月日、出身、保護者情報──その保護者の欄に、違和感があった。
「里見さん、これ」
記録を持って、またあの部屋に行った。今度は、里見も最初から構える素振りを見せた。
「風峰くんの保護者情報、ですよね」
「ここ、名前が入ってない。空欄です」
「身寄りのない子は、珍しくありません」
今まで、親がいないことに対して疑問を抱かなかった。その事実がすでにことの異常性を物語っている。
「じゃあ、この項目は」
俺は記録の一箇所を指で示した。入局審査、特記事項の欄。そこにだけ、他と違うフォントで短い一文が追記されていた。
──本人の記憶状態について、別紙参照。
「別紙は」
「……それを開くには権限が足りません」
「俺自身の記録なのに」
「規則です」
里見は、それ以上何も言わなかった。言わない、というより、言えない、という方が近い表情だった。
俺はしばらく黙って里見を見ていた。里見も、視線を逸らさなかった。
「里見さん」
「はい」
「あなた、知ってますよね。全部とは言わないけど、少なくとも一部は」
返事はなかった。
ただ、里見の指先が、わずかに書類の端を握りしめた。それが答えのようなものだった。
「……今は、まだ言えません」
「今は」
「はい。今は」
含みのある言い方だった。だが、それ以上聞いても、今日はこれ以上出てきそうになかった。
「分かりました」
部屋を出る。廊下の窓から、昼の光が差し込んでいた。
別紙参照。
隠された紙に、自分の知らない八年間が押し込められている気がした。
しらないことが、また一つ増えた。
野球の大会の関係で、2日間ほど更新できないかもしれません!できたら普通にします!