今日はいい勝負が出来た上、フレンド申請がついでに二個も来ている、これはとりあえず承認しておくとして……それに足して!初恋の人とフレンドになれてしまう一番嬉しいおまけ付き!
とてもとても楽しく、満足感のある人生最高のKASSENを繰り広げた迅狼だったが、ふとデジタルで映されている時計を見ると、"22:35"と示されていた。
楽しい時間が流れるのは一瞬、だが……これは流石に流れすぎた。
彼は既にそんな時間になっていた事に気づいてしまい、額から汗を流し始める。
睡眠に入るべきタイミングをかなり過ぎてしまっており、このままだと明日の授業中、先生に指名された瞬間まぬけな寝ぼけ顔を晒してクラス中の笑い者になるだろう。
それを避ける為に迅狼は、さっさとツクヨミからログアウトする準備をし始めた。
「げっ!?悪い抜ける!寝るわ!」
「お疲れさん」
「お疲れ様~」
迅狼は名残惜しそうに、友人とiroに対し手を振りながら、ツクヨミの世界から去った────。
「っは~!楽しかったけどさっさと寝ないとまずいな!?」
彼はさっきまで閉じていた目を開けて、スマコンをケースに直した後スマホを確認する。
そこには母からのメッセージがあった。
『大事なお話があります、ツクヨミ?での用事が終わったら下に降りてきてください』
「……え?オレなんかやらかした?」
やらかしの心当たりが全く無い……訳でもないのだが、とりあえず早めに眠る為にさっさと叱られて、反省しながら床に就く事にしよう。
彼はそう考えながら自分の部屋から出て下の階に降り、少し止まって深呼吸した後……覚悟を決めてリビングへと一歩、足を踏み出していった。
「お邪魔しま~す……」
「……」
「……朝季、終わったか」
ゆっくり足を踏み入れると、腕を組んでいた父親と、深く考えこんでいる母親が、二人とも並んでソファに座っていた。
まずい、これは本当に何か気付かない内に絶縁案件の問題を起こしてしまったのでは────?
朝季は不穏な考えが頭に過ぎってしまうが、とりあえずソファの目の前に敷かれているカーペットに正座する。
「えと、只今終わりました……ハハ……」
「そうか」
「朝季、今から大事な話があるの」
「オレに、関係ある事ですか……?」
「関係あるわ」
まずい、このままでは人生最高レベルの一日が人生最悪レベルの一日と化してしまう……!
只々眠る時間が削れてしまうだけで流していた冷や汗の比にならないくらいの汗が、背中に流れ始める。
しかも本当に心当たりが無いのだから、それも不安の種として、十分に役割を果たしている。
重すぎる雰囲気から察するに、どうやらオレは刑務所送りにされるレベルの重罪を犯してしまったかもしれない。
すまんiro、それと友人。
オレの楽しい楽しいツクヨミライフはここまでだ───。
「理解出来ないかもしれないけど、よく聞いて」
「朝季────貴方は、東京に行きたい?」
「────は?」
はい???
東京?東京ってあの東京だよな?いやあの東京以外に無いんだけどさ!?
なんで!?なんで!?
朝季は母親からの告白に動揺を隠せず口を開け、驚愕の叫びを発した。
「はあ!……はあ!?」
「夕凪、当然の反応をされてるぞ」
「晩日さん黙って」
「……」
腕を組んでいた父親である晩日が母親である夕凪にツッコミを入れるも、鋭い目付きで睨み返されて、肩を下げてしまう。
だが朝季に目線を戻す頃には悲しそうな目付きになっていた。
「ごめんなさい、今になってしまって」
「────まあ、最初は今言うのかよ!って驚いたけど、家族全員で東京に行くんだし、問題は」
朝季は驚いて口を開いていたが、冷静になって表情を平常に戻して夕凪の言葉をゆっくりと受け入れる。
東京、確かにさぞ楽しいのだろう。
この兵庫から離れるのは名残惜しい、だが住む訳でもないし、家族全員で新天地での観光を楽しめるのなら、別に問題は……
そう希望的観測を抱いていた朝季の考えを、夕凪は。
「朝季、貴方が行くの」
「東京に一人で向かって、一人で暮らすの」
一瞬で、真っ白にしてしまった。
朝季はその言葉を頭に入れた瞬間、身体が凍り付いてしまう。
意味は理解出来た、だが何故そうなったのかが一切理解出来ずに、頭の中が一瞬で思考に埋め尽くされる。
東京に?一人で向かう?そうして一人で暮らせ……?
意味が分からない、オレ十七だぞ?二十ならギリ分かるけど、十七が?一人で暮らす?
無理では???
「理由はあるの────この手紙よ」
「昨日、届いたの」
夕凪は手紙を懐から取り出し、それを正座している朝季の前に差し出す。
朝季はそれを受け取り、ゆっくりと手紙を開いた。
『私の家族の皆さんへ。
上星です、こうやって手紙を送るのは初めてですね。』
「────上星!?」
「そう……朝季に四歳になるまでに出て行った、貴方の姉よ」
────丹波上星。四歳になるまでは一緒に居たけど、オレが四歳になった途端黙って居なくなりやがったオレの姉……いや、"クソ姉貴"。
いきなり居なくなったせいでオレの母さんと父さんは深く悲しんで、一日中ずっと泣いてた。
オレは頑張って二人を元気付けようとしたけど、オレだって悲しかった、泣きたかった……あんなに、優しかったのに……!
つーかッ!今更何なんだよ、手紙とか!
朝季は手紙を持つ手を怒りで震わせながら、次の文字を眺める。
『いきなり居なくなってごめんなさい。けど、理由は言えません。その上で、お願いがあります。』
『あなた達の大切な息子であって、私の弟である朝季を東京で、一年間一人で暮らさせてあげてほしいのです。』
『これも理由は話せません。無理な頼みなのは分かっています、ですから協力は惜しみません。彼の資金援助等のサポートは全力でさせて頂きます。』
『どうか、どうか、身勝手でわがままな私のお願いを、聞いてください。』
────文章は、ここで終わっている。
......正直、身勝手過ぎてイライラが止まらなかった、この手紙を破り捨ててやろうかと何度か思ったレベルだ。
居なくなった理由も!
東京で一人暮らしして欲しい理由も!
全部明かせない……!?
何を言ってやがんだこのクソ姉貴はっ!!
しかもサポートしてやるから今すぐ兵庫での暮らし捨てて東京に来い!?
あまりにも人を舐めすぎている内容でしかない!!!
────だけど。
朝季は手紙を読み終わった後、折り戻して夕凪の前に返した。
彼の"目"を見た夕凪は、次に何を言い出すか────理解してしまった。
「行くのね、東京に」
「おう、行く……最初は行かないつもりだったけどさ」
「わざわざ手紙送って、支援までするから東京に住めって言ったしな」
「って事は、多分姉さんは東京にいる事になる」
朝季は姉の所在を推理し、ある一つの結論を導き出す。
「だったら、オレが一年の間に姉さんを見つけて、この家に連れ戻してくる」
……そう、これは本当だ。きっちりと連れ戻して父さんと母さんを安心させる────これが、二つある目標の一つ目。
そして二つ目は、"クソ姉貴に一発ビンタする事"。
KASSEN中でも無いのに、男が女を殴る……!
いや、殴ってる訳じゃないか。手を上げるなんて行為は最低だ。
けど、どうしても許せない……勝手に居なくなって親泣かせたんだ。弟であるオレがしっかり姉さんにケジメ付けさせないと、オレ自身が納得いかない。
「朝季、本気なのか!?」
「本当に、行っちゃうのね」
まるで豆鉄砲を食らったかのように目ん玉が今にでも飛び出しそうな表情で驚愕する晩日とそんな気がしていた夕凪は一瞬寂しそうな顔を見せるも────。
「いい?行くなら、途中で投げ出さない事」
「もし上星を見つけても、一年経つまで帰って来ちゃダメ」
「私達だって、上星が見つかったら直ぐにでも会いたいけど......手紙の約束は破れないから」
「勿論、朝季がしっかり伸び伸び暮らせる様に私達も精一杯手伝うわ」
「だから……絶対、無事で帰ってきてね」
夕凪はしっかりと朝季の目を見据えて、激励の言葉を投げ掛けた。
朝季はその言葉を受けて、心内が暖かく包まれ────背中をしっかりと押される感覚を覚えた。
「朝季」
「お前はオレの息子だ、一人で居ても泣き言なんか勿論言わねえよな」
「ああ」
「そうか、じゃあ行ってこい!東京───!」
晩日も同じように目を見据え、右手の親指をグッとあげて母親と同じく朝季の背中をしっかりと押した。
……朝季は誇り高かった、なんて素晴らしい家族の元に生まれたのだろう。やはり今日は人生最高の一日だと、彼は再び自覚し直した。
「……で、東京は行くんだけどさ」
「足は痺れてるしもう十二時回ってるしで、全てがめちゃくちゃだからとりあえず寝ていい?」
「「あ」」
それはそれとして、朝季は正座しっぱなしの上で真面目に話し合っていた為か、気が付けば時計の針が十二時を過ぎている上、足がめちゃくちゃ痺れている。
これで明日は寝不足確定────お終いだ。
晩日と夕凪はさっさと解散し、朝季もおぼつかない足で自分の部屋に戻り、ばたんと布団に倒れ込んだ。
「……東京、か」
今日の夜は色々な事があった。
KASSENで、楽しい勝負が出来た事。
同じ場でドタイプな美少女と出会って、フレンドになれた事。
クソ姉貴が、手紙を送って来た事。
それで、東京に一人で暮らす羽目になった事。
自分の親は最高の親だという事を、再確認した事。
ははっ、疲れたな。とりあえず……目瞑るか。
彼はゆったりと目を閉じて、静かな暗闇の世界へと誘われた─────。
翌日、彼は寝坊せずに高校へと向かい……寝不足気味ながらも教員に事情を説明し、両親と相談しながら転校手続きを済ませられるよう準備をしてもらえる事になった。
そうして彼は東京に向かう為、約二週間キッチリと準備をし始める事に。
そうして学校から帰って来た後、二階にすぐさま上がって自分の部屋へと入り……机の前にある椅子に座って、彼はパソコンを開き、検索フォームで"東京 住居"と打ち始めた。
ここは普通に資金援助してくれるらしいクソ姉貴への嫌がらせとして、たっかいマンションの一室を借りてやろうと思ったけど……流石に可哀想すぎるか?
いやいやクソ姉貴相手にに何躊躇してんだ。
つーか待て、そもそも高い部屋はオレの好みじゃない!落ち着かないし。
っとなると~、ここのボロアパートがいいかな。
月三万、家賃が安くていいな!このボロさも逆に風情を感じる!
ここまで来たらクソ姉貴に対して、「オレはお前の資金援助なんか必要ありませ~ん!」ってアピール出来るだろ?
いやオレは何言ってんだよ、資金援助はどっちにしろ必要だろ。
はぁ……疲れてんのかな。
まっ、とりあえず住む所はここで決まりだな。次ッ!
朝季はボロアパート物件のサイトをブックマークしておき、次に"東京 高校 転入"とフォームに入力した。
いや時期が悪いのか分かんないけどさあ、どこもかしこも転入が無理そうなんだよな!?
バチバチに運悪くないかオレ!?
いやでも一応まだ転入先はある、それが……
この"都立武蔵川高校"。ここならいつでも転入OKらしいんだけど……
偏差値たっけえなあ……平均68?天才しかいねえのかよ!
でもここしか無いしな、はぁ────真面目に勉強しまくるか。一応頭はいい自信はあるし。
彼は溜息をつきながら、"都立武蔵川高校"のサイトも彼はブックマークする。
調べ終わった後、朝季はチェアの背にもたれ掛かりながら、腕を伸ばす。
正直、実感が湧かない。
本当に引っ越すんだな……そう思いつつも、何も感じない。
「……ツクヨミ、行くか」
そう言葉をこぼした後、彼はこの不思議な感覚を解決する為に、スマコンを取り出して目に装着した後、瞼を下げて静かに空想世界へと沈んでいった────。
「ったく、これからどうするかな」
ツクヨミに入った後、彼は狼の耳をぴょこぴょこと動かしながら、ある目的の為に歩きながら周りを見回す。
その後……良い感じの茶屋を発見して、迅狼はそこへと足を踏み入れていった。
茶屋の中はすっからかんでとても静かだった。これは好都合だ、そう考えながら椅子に座ってフレンド欄を開く。
フレンド欄が宙に浮きながら操作出来るなんて、ここの技術は本当に凄いな、と今更ながら感心する。
「あいつ、来るかな」
前のKASSENで一緒に戦った友人である……"クスネ"、と書かれているプロフを押して、招待を送った。
キッチリオンラインと書かれていたから、拒否しない限り来ない事は絶対に無いだろうと、彼は謎の自信に溢れていた。
「何か用?」
数秒後、迅狼の招待を受け取ったクスネが迅狼の目の前へとワープして来た。
「おー本当に来た」
「しょうもない話をするだけだったら、すぐ帰るぞ」
「本気本気!」
またいつもみたいにクソしょうもない話に付き合わされるのか、と心底うざったらしそうな顔をクスネは浮かべる。
それでも来てはくれるんだな、と彼のなんだかんだ面倒見がいい所に迅狼は少し感謝しておくのだった。
「来るかな、iroも」
「また呼ぶのか」
「一応大事な話する予定だしな」
どうせ開いたんだしついでにと、iroのプロフを開いて招待を送ってみた。
オンラインにはなっていたが、まあ流石にiroまで来る事は……
「何?」
「えっ来たァッ!?!?」
「オーバーリアクションやめろ」
クスネの隣に、フォンッ、と光の中から招待を受けたiroが姿を表した。
というか来ちゃった!?来ない読みで招待を送ったのに……!と、彼にとっては嬉しい誤算が引き起こされた。
そうして迅狼は、一度ゆっくり息を吐いた後……昨日起こった事を、二人に全て話した。
小さい頃、何も言わずに出て行った"丹波上星"という彼の姉が手紙を送って来た事。
東京に行って姉を探すのを決めた事。
その為に東京に引っ越して一人暮らしをするという、目標を立てた事。
────黙ってそれを聞いていた二人は、話を聴き終わった後……iroは何か思うところがあるらしく、口を閉じて深く考えており……先にクスネが口を開く。
「そうか、本当に大事な話だとは思わなかった……悪い」
「いいよ別に、聞いてくれただけ助かる」
クスネは迅狼が本当に真面目な話をするとは思っておらず、邪険な態度を取ってしまった事を謝罪する。
日頃の行いがちょっと悪すぎたな、と迅狼は次から態度を直すように気をつける事にした。
「ま……本当に東京に来るなら、助け舟くらいは出してやる」
「本当か!?……待って、助け舟?」
「ああ、俺東京住みだし」
クスネはどうやら東京暮しだったらしく、これは正しく好都合と言う奴だ!と、迅狼は解釈する。
東京でも頼りになる奴がいる、と言うのはなんだかんだ安心材料としての効果は抜群!コイツが友達で良かった~!と、彼は心内で右手をグッ、深く握りしめる。
そんな中、iroがようやくゆっくりと口を開き始めた。
「そっか、奇遇だね……私も東京住みだし、困った事があるなら、少しぐらいは手伝うよ」
まるで何処か……同情の念を抱く雰囲気を一瞬だけ醸し出しながら、iroも迅狼に対して協力する姿勢を見せる。
迅狼はその雰囲気に対して、何か引っかかる違和感を覚えながらも……あまり気にならず、それよりもこのチャンスを逃すまいとiroに対してアタックする事にした。
「じゃあオレの嫁になって!」
「ん~それは無理かな」
「だよね~~~~!」
iroはその告白を華麗に拒否する。
迅狼のアタックは一瞬にして無駄になった────当然である、ツクヨミで会って間も無い少女に告白しても断られるに決まっている。
……彼はまだまだ、諦めて無さそうだが。
「お前なんで嫌われてないのか本当に謎なんだけど????」
「まぁ、悪い人じゃないし」
「なんかもうここまで来るとiroもiroで悪いだろ……!?」
クスネによる強烈なツッコミが二人に炸裂しており、三人共々愉快で騒がしい会話をしていたが、迅狼は唐突に思い出したかのように、住む場所を二人に見せる事にした。
「そういや、オレここに住む事にしたんだけどさ……結構ボロいよな? まあオレは気に入ってるけど」
迅狼はブックマークした住む場所である、なんて事ないボロアパートの画像を二人に提示する。
「ふーん、お前にお似合いでいいと思うぞ」
「バカにしてるだろお前っ!?」
それを見たクスネによる冷やかしに近い適当な返事に対して、迅狼はちょっと眉に皺を寄せながら悪態をついた。
iroはそのアパートの写真を見た瞬間、口をポカーンと開きながら額に汗がダラダラと流れていく。
「……? どうかした?」
「えっ!?ああ……えと!!夏場とか大変そうだな~!?って!」
とっても慌て始めている態度を取り始めたiroに対し、迅狼はさっき感じた違和感と同じ雰囲気を感じるも……まあ気の所為か。と適当に流すのだった。
iroはとにかく今の話題を変えたかったので、他の話題で上書きしようと必死に思考を張り巡らせ……考えた結果、迅狼が一体どんな高校へ向かうのか?と口にする事にした。
理由は彼が、自分と似たような状況に陥ってて。
その上で親に応えるとか……どんな理由であれ、一人暮らしなのに何故高校に行く事を選んだのか、聞きたかったからだ。
「迅狼は何処の学校に転入する感じ!?東京って高校いっぱいあるし……!一人暮らしの上で高校行くの大変だよ!?」
「あぁ、高校な?今、転入を受け入れてくれる所がマジで少なくてさ……都立武蔵川高校、だっけ?そこに転入したい」
「ひゅっ────!?」
iroは高校の名前を耳に入れた瞬間、また驚いて一瞬息を短く吸いあげてしまう。
そう、なぜさっきから彼女が驚いているかと言うと……迅狼────いや、朝季が暮らそうとしているアパート、転入しようとしている高校は、全部……iroの中身である、酒寄彩葉に関係していたのであった。
アパートは彼女の住処だし、しかも高校まで完全に被ってしまっているのだから、驚くのは全く持って当たり前なのである。
「驚いたな、向かう学校まで同じなのかよ」
「マジ!?クスネ武蔵川なの!?」
「まあ……ああいう進学校に行ってた方が後々就職とかで有利になるからな」
「じゃあ勉強手伝ってくれよっ!!」
「さいですか……手伝ってはやるけど、途中で辞めるとか言い出すなよ」
迅狼は出来る限り期間的にも楽な武蔵川に転入したいので、クスネに対して手を合わせて頼み込む。それを眺めていたクスネはしょうがないな、とばかりに彼の勉強を手伝う事に決めたのだった。
「はひ……そうなんだぁ……」
「……iro、大丈夫か?なんかあった?」
「な、何でもないよ……はぁ……」
iroの気持ちは複雑な阿弥陀模様と化していた。
正直、話を聞いている限り……理解は出来るし、なんなら積極的に彼を手伝ってあげたい気持ちはある。
だが……まさか住む場所や高校が一緒になるのまでは予想していなかった。
もし私が"iro"だと勘付かれたら、相当めんどくさい事になってしまうだろう。
……彩葉は少し考え込んだ後、覚悟を決めたかのように口を開き始める。
「迅狼、私も勉強手伝ってあげる」
「本当か!?サイコーっ!!!嫁にも友人にも教えてもらえる!」
「コイツチョロいな」
「あははっ、まあ別にいいんじゃない?私は嫁じゃないけどね」
迅狼が二人共々に勉強を支えて貰える事に対して感激し、二人がそれを面白がりながら見ていると、"ふじゅ~"という声が迅狼の中から響いた。
この声が鳴り響くと言う事は、ツクヨミ専用通貨である"ふじゅ~Pay"がチャージされたという証明でもあったのだ。
「ん、なんかオレ稼ぐ様な事────は?」
「? 迅狼、どうし…………待て!?何だこれ!?」
「え!?何がどう……うっそ!?!?!?」
三人全員、迅狼のふじゅ~payの量を見て驚愕の表情を浮かべてしまう。
"二十万ふじゅ~がチャージされました"……その文字列が、通知バーに残されていた。
二十万ふじゅ~というのは稼ぐには大変すぎる金額であり、ライバーでもない常人がツクヨミで稼ぐには途方もない働きやKASSENを繰り返さなければ無理である。
それをポンと送ってくる人間なんて……そんな者は、常人では無い。
「……ははっ、面白えな」
迅狼は肩を下げながら、乾いた笑いを口から零す。
そう、この20万ふじゅ~を送って来た人物に心当たりがある────"資金援助をする"と手紙に書いた……彼の姉、丹波上星だ。
……一体全体姉さんがどうやって、口座を探し当てたのかよく分からなかったが……それよりもう一つ、大事な事に気づいた。
資金援助をするならリアルの方で送ればいいのに、わざわざオレの"ツクヨミの"口座に送って来た。しかもふじゅ~で。
それはつまり、姉さんは……。
「まさか、姉さんがツクヨミにいるとは思わなかったな」
「嘘っ!?」
行方不明になっていた迅狼の姉、上星がツクヨミに居るという事が迅狼の口によって明かされる。
それを聞いていたiroは、姉の所在が分かった事により、一瞬驚く素振りを見せ……
「……皆、案外"こっち"に来るんだね」
茶屋に貼られていた"帝"という文字が隣に書かれている赤髪の青年が描かれているポスターに少し視線を向けた後……直ぐに目を逸らし、静かに言葉をこぼした。
「それじゃ、姉探しも手伝わないといけないか?」
「手伝ってくれるのか!?」
「手伝うとはまだ言ってない、つーか姉の見た目分かんねえだろ」
「……あ」
「あ、じゃねえよ」
クスネによる鋭い指摘が迅狼に突き刺さってしまう。
そうだった、クソ姉貴のツクヨミ内アバターの見た目は一切分からないんだった……!
だけど、それでも探し出す事に変わりは無い。
ツクヨミだろうがなんだろうが必ず見付けて、一発ビンタした後、家族の元に連れ戻すッ!!
彼は、二十万のふじゅ~が表示されている画面をしっかりを睨みつけながら……画面を閉じた。
─────同じツクヨミにて、同時刻。BlackonyX本拠地前にて、一人の女性が……"二十万ふじゅ~の入金が完了しました"と書かれている画面を閉じる。
「そう」
「……来るのね、東京に」
静かに、その言葉を零す。
"置いていってしまった家族"の一人が、東京に来る。
彼女は、その事実を受け止めようと深呼吸をする。
……来るように誘導したのは彼女自身だが、"来ない"と考えていた為、どうやら想定外だったらしい。
「だったら、"姉"として────」
「動かなきゃ」
そう呟いた後、彼女は門を力強く開いた。
門の前には……派手な格好をした、赤髪の青年が仁王立ちで塞がっていた。
その両隣には、まるで少女のような風貌を纏わせた少年と、寡黙でフードを被っている青年が立っている。
「オレ達に何か用かな?マナーの悪い子うさぎちゃん」
「……単刀直入に言うわ、私を────」
「"Black onyX"に、加入させて」
そう言い放った彼女の"眼"に、曇りは無かった。
大変すぎ。もうマジ無理疲れる疲れる。限界ギリギリ超大変。みんな凄すぎだろうが。