”姉を探す”という確固たる目標が出来た朝季。
準備期間である二週間、彼は色々な事を積み重ねた。
武蔵川に転入する為に、一日二時間の勉強をクスネとiroの協力もありきとはいえ、必死でこなした事。
引越しの為に自分の部屋の荷物を整理して、次の住居に送った事。
とにかく、自分に出来る限りの事を彼はやったのである。
それで疲れが溜まったのか、朝季は引っ越しですっからかんになった自分の部屋で大の字になって寝っ転がっていた。
「だーっ、疲れた!終わった!」
「……もう、明日には東京か」
そう呟くと、彼は目線をカレンダーに合わせる。
7月12日──────明日のその日が、東京へと向かう日である。
もう行く日になってしまったんだな。
朝季は、時の流れの速さをしみじみと実感してしまう。
「名残惜しいけど、今生の別れって訳でもないし」
読み書きを覚えた子供の頃から、独り立ちする今(まだ十七だけど!)に至るまで、世話になったこの部屋────そして家。
「ありがとう、オレの居場所」
彼は、静かにこの場に対して感謝の言葉を述べた。
そうして来たる七月十二日の朝九時、玄関前。
財布とスマホとスマコンの、最低限である荷物を持って彼は家を出る為に、準備をしていた。
夕凪と晩日は、若くも目的の為に独り立ちをしようとする息子の姿を見て、何処か寂しいような心地になるも、彼の真っ直ぐな背中を見て……そんな心地はしっかりと吹っ飛んでしまった。
「上星が見つかったら、帰ってきた時皆でお祝いしましょうね」
「いいね、久しぶりに家族四人で飯食おっか」
「じゃ、その時は俺が奢ってやるよ」
「やったぁ~」
「ふふっ、晩日さんの見栄っ張り」
朝季は、これから一年家族の暖かい雰囲気をもう感じられないのか、と名残惜しそうな顔を不意に見せてしまうが、一瞬にして表情を変え────
「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「しっかり見つけてこいよ」
自分をここまで守ってくれた親と家に、別れを告げた。
そこからは新幹線を利用して東京に向かう。
途中、駅弁とかアイスとかそういうのも買ってみた朝季。
駅弁はとても美味しかったが、アイスが本当にありえないくらいガッチガチで食うのにめちゃくちゃ難航したとの事。
味は同じく美味しかったらしい。
そんな事をしていたら、いつの間にか東京に着いてしまっていた。
時間は昼の十二時、少し予定より遅くなってしまったが、問題は無い。
「……着いちゃったよ、新天地」
立川駅北側の通路を抜けると、様々なビルや店が立ち並ぶ光景が彼の目に入る。
自分は本当に東京に来たんだな────と、感じて。
人々の騒々しさを耳に入れながら、これからお世話になる家へと歩き始めた。
「ここかぁ」
朝季は、これから一年間世話になる住居のアパートに到着する。
普通のアパート。というか特筆する所が無い、本当に。
何か派手に目立っている所があるなら教えて欲しいくらい、平凡で、つまらない。
ああいや、一応特筆すべき所を見つけた。それは────
「ボロいな」
ボロい。写真で見た通り過ぎてもはや感動すら覚えてしまう。
いやまあ正直、めちゃくちゃボロい訳ではないではない。ボロいボロいと言いまくっててそんな事言うのかお前って感じではあるのだが。風情を感じるボロさというか、そういう奴。
……とりあえず鍵を貰って、自分の室に入ろう。
彼は大家さんと軽くお話をした後鍵を貰い、階段を登って一番最初に目に入るドアを確認する。
”丹波朝季”、しっかりと自分の名前が書かれている事を確認し、鍵を差し込んで扉を開いた。
「もう荷物は運び込まれてるのか、早いな」
その先には一畳の世界が広がっており、ダンボールの箱がしっかりと積まれていた。
さてさて、これからどうこの部屋を飾り付けていくか?まずさっさとパソコンと机を取り出す!文字通りこその後に色々グッズとか置こう。いやでもテーブル無いの寂しいな、後で買いに行かないと。てか冷蔵庫!冷蔵庫無いのまずいだろ流石に!
そうして自分の部屋を眺めながら、ひとしきり考えた後。
「いや考えてるだけじゃダメだな、さっさとダンボールから出すか」
そもそも考えるだけ考えて動いていない事に気付いたので、とりあえず動く事にした。
机、椅子、パソコンは部屋の角!調整は後でやる。
着替えの服はとりあえず床。家族から譲って貰ったお古の電子レンジも床。ゴミ箱も床。
そうしてダンボールから大体出し終わって置き場所を整理していると。
「は!?もう暗いんだけど!?」
あれだけ明るかった外は、もう暗闇と化していた。
人ってのは集中し始めると、本当に時間の流れが早く感じてしまう。
最後にパソコンと机の調整を終わらせ……彼は窓を覗きながら、しみじみとそう感じる。
そうして彼の時間を掛けた努力により……殺風景な部屋から一転、まあまあ物はあるくらいの部屋になった。
「これからどうするかな」
そんな部屋で、彼は座り込んで考え込む。
そういえば、飯を朝から全くもって口にしていない……さっさと飯でも買いに行こう。
彼は腹を満たす為に、鍵と財布を持ち出して外に出た。
「何食おうかな、電子レンジもポットも無い……ガスはあるか」
アパートの階段を降り、晩御飯をどうするか決めあぐねていると。
「キャッキャッ」
「ああ、えと、どうしよう」
電柱の前で、赤ん坊を抱えた女子高生が彼の目の前に入った。
一瞬思考がフリーズする。
何故女子高生が赤ん坊を抱いているのか。
しかもこんな夜に、何故。
怪しすぎる、誘拐か何かか……?
それにしても────
「………………顔がいいな、あの人」
顔がいい、あの女子高生。
髪型は分からない、分からないがとても似合っている。お団子……?みたいなものがあるから、所謂お団子ヘアーと言う奴だろうか?
そしてあのキリッとした目つき、そそられる。いい目だ……目下にあるホクロも魅力的、欠点が無さすぎる。
だかしかし────オレは既に恋しているのだ。あの”iro”というお方に。
だからこそたった一目見ただけで揺らいではいけないのだ。
だが……それはそれとして、話は聞いておこう。
万が一誘拐だったとしても、オレは男だ。さっさと彼女を取り押さえてしまえばいい────。
まあ、こんな美少女が罪なんぞ犯す訳がない。
強いて言うなら、可愛すぎる事が罪か?
そんなやかましい事を心内で述べながら、朝季は赤子を抱く名も知らぬ女子高生に見惚れながらも……階段を降りて事情を聞こうと彼女の前に立ち塞がった。
「どうも~、こんな夜に何してる?」
「げっ!?ゆ、誘拐じゃないですからっ!?」
「きゃっきゃっ」
いきなり目の前に現れた少年に、酒寄彩葉は驚愕する。
瞳は緑色、緑は目に優しいと言うが、彼の瞳はどこか優しく見えないような気がする。
それで、橙色の蜜柑を思わせるような髪。
少し長めで耳が隠れてて、首に掛かるぐらいの長さかな。
にしても髪ボロッボロだなあ、手入れとかしてなさそう。
身長は……私より少し大きいくらい?
体格はそんなにいい訳じゃない。
悪く言えば頼りない、良く言えば喋りかけやすい。
……どうしよう、協力してもらった方が良さそうかな。
成程、驚く顔も可愛いとは思わなかった。
って待て待て、派手な驚きようからのその台詞は誘拐した奴がよくやる事じゃないかそれは。
やっぱ誘拐かー?罪かー?ギルティかー?
ギルティなのは顔だけじゃなくて行動もだったかー?
……ま、あっちの出方次第だな。
対面からの沈黙────。
喋るタイミングが、見つからない。
だが、このままではあまりにも気まずい雰囲気が過ぎるだけ……互いにその考えが過ぎった時。
「────おぎゃあっ!おぎゃあっ!」
彼女が抱いていた赤子が、今の雰囲気を壊してくれた。
「とりあえず事情は後で聞くから、その赤ちゃん世話してやれよ」
「えっ!?世話って……私が!?」
「拾った……?のそっちだろ!」
「いやまあそうですけど」
「てか世話するにも何処で世話するかって話だけど」
「とりあえず、私の部屋かなぁ……」
「怪しいなぁ」
「怪しくないんですがっ!?」
そんな口論をしていても埒が明かない、そう判断した彼は。
「じゃ、その赤ちゃん抱えながらオレの部屋来い」
「は!?何で!?ていうか同じアパート!?」
「同じアパートなのはこっちもびっくりしたけど!正直めちゃくちゃ怪しんでるからな、お前の事!」
「ただの女子高生が?夜に?赤ちゃんを持って?立ち往生?どう考えても怪しすぎるだろ!」
「うぐっ……反論出来ません」
「ま、監視と世話の両立って奴だから」
そうして彼女をどうにか丸め込んだ彼は、一緒にアパートの階段を登る。
道中、彩葉が朝季に対し口を開く。
「思ったんですけど」
「はあ」
「赤ちゃん持った女子高生を連れて自分の部屋に連れ込む男子高生って、そっちもそっちで犯罪っぽいでしょ」
「……………………あ」
「あ、じゃなくて」
それはそうだなあ。彼は事実に気づいてしまったが、もう既に手遅れなのでそのままゴリ押して、自分の部屋に彼女を入れた。
「お邪魔します」
「今日引っ越したばっかだからなんも無いけど」
「ああ、はい」
とりあえずベッドに赤子を乗せ、これからどうするか……と彩葉は思案する。
朝季は監視の為半々、見惚れ半々で彩葉の事をジッと見つめていた。
この人私の事よく見とるなぁ......彼女はそう考えながら、赤子を落ち着かせるようにゆらゆらと頭を撫でる。
だが赤子は彼女の努力も虚しく、泣き叫んでしまった。
「おぎゃぁっ!おぎゃぁっ!」
「あ~~~!泣かない泣かない!よしよ────」
ドンッ!赤子の声に反応して、壁が鳴った。
所謂壁ドンという奴である、隣人がこちらの部屋の騒ぎに頭に来てしまったのだろう。
「か、壁ドンされたぁ……!」
「引っ越したばかりなのにも~……!?」
監視をしていた彼も、このままでは隣人からのイメージがあまりにも下がりすぎてしまうと感じたのか、赤子を一緒にあやす方向へとシフトチェンジする事にした。
「あ~~あ~~ヨチヨチヨチヨチヨチヨチ」
「……おぎゃあっ!!!!」
「下手なの!?」
「はぁ!?」
あやし方が分からない彼は高い声で笑わせようとしたのだが、普通に怖がられてしまった。
彩葉にそれを突っ込まれた朝季、だがその喧騒のせいか、
ドンッ!またまた一発壁ドン。
これ以上はうるさく出来ない────!彩葉は一か八か、何度も救われた”あの曲”を口ずさんでみる事にした。
「大切なメロディは流れてるよ────♪」
”Remember”……あまり音楽の知識が秀でていない彼でも、そのワンフレーズで理解出来た。
ツクヨミの管理人兼超有名vTuber......"月見ヤチヨ"。
卓越した歌唱力と秀でたトークセンスが特徴の彼女……
そしてそのデビュー作なのが、Rememberなのである。
彼女の事はまあ知ってはいるぐらいの知識だが、Rememberはツクヨミで毎日のように流れていた時がある為、耳には残っていた。
だが、その曲に子守り唄の効果があるのか……?と疑問に思い始めたのも束の間。
「すー……」
赤子が一瞬で眠りに落ちた、嘘だろ。
「良かった~……」
「お疲れ」
朝季は労いの言葉を掛けられ、その言葉が何故かしみじみと心に響いてしまった彩葉、だがまだ怪しまれているかもしれない。どうにか弁明しないと……!とバイト明けの頭をまたまたフル回転させる。
「赤ちゃんは様子を見てやるから、アンタは一回自分の部屋で寝た方がいい」
「……ほぇ?」
まさかの直ぐに許しを得てしまった。何で……?と思いながらも、フラフラと朝季の部屋から出ていこうとする彩葉。だが……
「ぁ────」
玄関前、彼女の疲れは既に限界へと達しており。フッ……と糸が切れた人形の様にドアに倒れ込んでしまう。
「お前大丈夫か」
「……無理……」
「ベッド貸してやるからそこで寝ろよ」
「色々問題でしょ……」
「ぶっ倒れられる方が問題なんだよ」
朝季はそう吐き捨てながら彩葉の手を引っ張り、ベッドですやすやと眠っている赤子の隣に座らせる。
「寝ろ、そうしたらアンタの容疑は晴れる」
「何……それ……」
だがやはり、いつも寝ている布団よりかは上質なふかふかのマットレスの誘惑には勝てず……彩葉はそのまま倒れてしまう。
朝季はそれを眺めた後。
「やっぱり拾っただけっぽいな、盗んだとかだったらあんな献身的に世話する訳が無い」
「…………寝てる姿も可愛いな」
おっと、このまま眺めていると変な気持ちになる。その前にさっさと眠ろう。
彼はそう決意し、かったいフローリングの上で横たわり……目を閉じた。
そうして翌朝。先に起きた朝季は、隣のぐっすりと眠っている彩葉と赤子を確認し……溜息をつきながらも、鍵とスマホと財布を持ちながら外に出た。
「……赤ちゃんって何いるんだよ!」
彼は唐突にあらわれいでたる問題を解決する為に、スマホを持って最低限赤子に必要な物を確認し……あちこちを走り回る。
「授乳瓶授乳瓶」
「粉ミルクと……安めの鍋買うか」
「おむつも……はぁ、俺なにしてんだろ」
ほんっと、金送ってくれたクソ姉貴には感謝しないとな。
彼は姉の資金提供に不本意ながらも心内で礼を伝え、買い出しを終わらせた後……自分のアパートに戻った。
「ただい……まだ居たのか」
「赤ちゃん、あやさないとダメなんで」
「……後、お礼言い忘れたなって」
「ありがとう」
「…………お礼は、その赤ちゃんどうにかしてからな」
なんやかんや彼女からの礼を嬉しく思いつつも、二人は赤子の世話をきっかりと進め始めた。
おむつを変え、ミルクを飲ませ、眠らせる───
赤子の世話というのはとても大変で、もう気が付けば夜になっている。
互いに夜食を済ませた後、朝季が彩葉にある問いを投げかけた。
「なぁ……なんでオレの部屋にいるんだ?もう冤罪は晴れたんだから、自分の部屋に戻って……」
「戻ろうとはした!したけど……一人じゃどうにか出来なさそうで、不安になって」
「ごめんなさい」
「…………ま、何でもかんでも一人でやるよりかは」
「二人でやった方が色々楽だしな」
二人はそう話し合った後、彩葉と赤子はベッドに。朝季はフローリングに横たわった。
────そして、事件は二人が浅い眠りに着いた時に起きた。
『───なんもかんも、早いんですわ~』
「あ……?タブレット付けっぱだったか?」
彼はめんどくさそうに腰を上げ、目を擦らせながらタブレットを消そうと手を伸ばすも。
「消さなくていいよ!自分で消すからぁ~」
だっぼだぼのパーカーを着たくすんだ髪の少女が、タブレットをいじっていた。
だが人間寝起きの状態だと判断が鈍る。彼は目の前の異常性になんの違和感も感じず。
「そうか……じゃあ寝る」
「おやすみぃ」
またフローリングに横たわっ
「待てやお前誰だよ!!!!!!!!!!!」
「っわぁっ!!!!?!?!?」
盛大なノリツッコミをかました朝季の声に反応し、彩葉も起き上がる。
少女はそんな二人を見てニヤつきながら呟いた。
「あ、二人とも起きちゃった?」
「……え!?は!?だ、だれ!?」
「知らないよオレに聞くな!」
半パニック状態の二人を眺めながら、彼女は語る。
「……私ぃ?」
「かぐやだよ」
「月からやってきた、かぐや姫」
マジでテンションブーストが切れかけている、助けて!