コードギアス 騒動のルルーシュ 〜 Lelouch of ToLOVE Ru 作:elimin
休日の午後。結城家の庭に設置された簡易格納スペースには、普段の住宅地には似つかわしくない巨大な人型機動兵器が鎮座していた。
漆黒の装甲に金色のラインが走るその機体――蜃気楼。かつてルルーシュ・ランペルージが操縦していたナイトメアフレームである。
「ねえねえ、ルルーシュ! この部品、こっちにつなげばいいの?」
「待て、ララ。そちらは動力系統のケーブルだ。先にこっちの接続を確認してからにしてくれ」
「はーい!」
ララは元気よく返事をすると、手に持っていたケーブルを元の位置に戻した。
休日だというのに、二人は朝から蜃気楼の整備に取り組んでいた。この世界の地球の技術体系とは大きく異なるナイトメアフレームの構造に、ララは興味津々だった。デビルーク星の科学技術をもってすれば、地球の兵器とは比較にならないほど高度な改造も可能だろう。だが、ルルーシュは機体の根幹部分に関しては慎重だった。自分が長年扱ってきた機体だからこそ、下手に構造を変えられることには抵抗がある。
「それにしても、ルルーシュってこういう機械のことにも詳しいんだね。頭がいいだけじゃなくて、機械まで直せちゃうなんて!」
「設計思想を理解していれば、構造を把握すること自体は難しくない。もっとも、俺一人では修復できない部分もある。お前の協力には感謝している」
「えへへ、どういたしまして!」
ララは満面の笑みを浮かべた。
その反応に、ルルーシュは小さく苦笑する。彼女の技術力は確かに頼もしい。何より、こうして何の打算もなく協力してくれることが、今の彼にはありがたかった。
「さて、次はコクピット側のシステムを確認する。ララ、悪いがそこの工具を取ってくれ」
「うん!」
二人は機体の胸部装甲を開き、内部へと乗り込んだ。
狭いコクピットには、操縦桿や各種モニター、複雑な操作パネルが並んでいる。ルルーシュにとっては見慣れた光景だが、ララにはまだまだ珍しいものばかりだった。
「わあ、ここが操縦席なんだ! 思ったよりいっぱいボタンがあるね!」
「無闇に触るなよ。まだ一部のシステムが不安定だ」
「分かってるってばー」
そう言いながらも、ララは興味深そうに周囲を見回していた。
ルルーシュはメインコンソールに手を伸ばし、機体の診断プログラムを起動する。画面上に次々と表示される数値やシステム情報を確認しながら、いくつかの項目を調整していった。
「……演算系統の負荷が予想以上に大きいな。これでは本来の性能を発揮できない」
「そんなに大変なの?」
「蜃気楼は高い演算能力を前提に設計されている。特に防御機構の制御には、膨大な計算処理が必要になるんだ」
「へえー。じゃあ、私の発明品を組み込めばもっとすごくなるかも!」
「……お前の発明品は、時折こちらの想定を大きく超えるからな」
「それって褒めてる?」
「さあな」
ララが頬を膨らませる。そんなやり取りを交わしながらも、ルルーシュは作業を進めていた。
やがて、システムの診断が一段落する。
「よし。次は記録領域の状態を確認するか」
ルルーシュはコンソール上のメニューを切り替えた。機体に保存されている各種ログや戦闘記録の一覧が表示される。大半は古いデータであり、現在の運用には必要ないものばかりだ。
その中に、破損した記録領域がひとつ存在していた。
「……これは?」
以前から気になっていたデータだった。記録の一部が欠損しており、通常の方法では内容を確認できない。修復のための処理を試みたことはあったが、今までは優先順位が低く、後回しにしていた。
「ルルーシュ、どうしたの?」
「少し気になる記録がある。復旧できるか試してみる」
「私も見ていい?」
「ああ。ただし、操作は俺がする」
ルルーシュは修復プログラムを起動した。コンソールに進捗状況が表示され、しばらくして復旧処理が完了する。
その直後だった。
「……っ?」
画面が一瞬暗転し、コクピット内のモニターが次々と点灯した。予期しない起動音が鳴り、正面の大型ディスプレイに映像が映し出される。
「えっ、なにこれ?」
ララが身を乗り出した。
「待て、これは……!」
ルルーシュが操作パネルに手を伸ばす。しかし、画面は彼の操作を受け付けず、記録映像の再生を始めてしまった。
映し出されたのは、見覚えのある戦場だった。
東京租界。
無数のナイトメアフレームが入り乱れ、空には戦闘機や大型兵器が飛び交っている。画面の隅には、戦闘記録の日時と機体情報が表示されていた。
通信音声とともに、赤い機体に追い詰められ、銃器を持った白銀の機体が画面に映る。
次の瞬間、その白い機体の武装から強烈な光が放たれた。
「……え?」
ララの声が小さく漏れる。
光は戦場を一直線に貫き、東京の街へと到達した。
そして──しばらく臨界を迎えるまでの猶予があった。
「ナナリー!!!!!!」
蜃気楼のパイロットの中でルルーシュの絶叫が響いた。
世界が、白く染まった。
都市そのものが閃光と共に消えた。建物も、道路も、そこに存在していたあらゆるものも、巨大な光の中へと呑み込まれていく。爆発という言葉では到底表現できない、異常な規模の破壊現象だった。
ララは息を呑んだまま、画面を見つめていた。
「……なに、これ……」
その声には、いつもの明るさがなかった。
映像の中では、通信が錯綜していた。状況を把握しようとする声、悲鳴、混乱した指示。それらをかき消すように、フレイヤの光が広がっていく。
ララは、思わずルルーシュの方を見た。
彼は何も言わなかった。
ただ、画面を見つめていた。眉間に深い皺を寄せ、固く口を結んでいる。その表情は、普段の彼からは想像できないほど険しいものだった。
「ルルーシュ……?」
返事はない。
そのとき、映像に激しいノイズが走った。
画面が乱れ、音声が途切れる。東京の惨状を映していた記録が崩れるように消え、モニターは一度、暗闇に包まれた。
「えっ、終わっちゃった?」
ララが呟く。
だが、ルルーシュはまだ操作パネルを見つめていた。
「……いや」
彼がそう答えた直後、再び画面が点灯する。
先ほどとは異なる戦場。巨大な空中要塞が浮かび、複数のナイトメアフレームが激しい戦闘を繰り広げていた。
画面の隅には、別の戦闘記録が表示される。
ダモクレス攻防戦。
そして、映像の中心には、漆黒の蜃気楼がいた。
そのコクピットに座る人物の顔が、モニターに映し出される。
──ルルーシュだった。
「……っ!」
ララが驚きの声を上げる。
映像の中の彼は、今の彼とはまるで違う表情をしていた。額には汗が浮かび、鋭い眼差しでモニターを睨みつけている。周囲では警告音が鳴り響き、機体の状態を示す表示が次々と切り替わっていた。
『フレイヤ到達まで15秒!!』
通信音声が響く。
ルルーシュは画面から目を離さず、指先を走らせていた。膨大な計算結果がモニターを埋め尽くし、複雑なプログラムが組み上がっていく。
ララは、思わず画面に見入った。
先ほどのフレイヤが何をもたらすのか、彼女はすでに目の当たりにしている。今、映像の中で起きていることが、その破壊を再び引き起こしかねない状況なのだと、説明されなくても理解できた。
そして、ルルーシュが何をしようとしているのかも。
映像の中の彼は、極限の状況にあってなお、決して手を止めなかった。
やがて、画面にシステムの完成を示す表示が浮かび上がる。
ANTI - F.LE.I.J.A. System
COMPLETE
ルルーシュが顔を上げた。
「スザク!!!」
その叫び声が、コクピット内に響き渡る。
直後、通信回線の向こうから、力強い返答が返ってきた。
『イエス・ユア・マジェスティ!!!』
白銀のランスロット・アルビオンが、空中を駆ける。
その手には、蜃気楼とルルーシュが作り上げたアンチフレイヤシステムをインストールしたフレイヤエリミネーター。
起爆まで、残された時間はわずかだった。
ランスロット・アルビオンは、機体の全出力を注ぎ込むように加速し、フレイヤエリミネーターを投擲する。
ララは思わず身を乗り出した。
画面上のカウントダウンが、残り時間を刻む。
0.5秒。
0.3秒。
0.1秒。
そして――。
フレイヤエリミネーターが、起爆寸前のフレイヤへと到達した。
映像が激しく明滅する。
次の瞬間、フレイヤの光が広がりかけたところで、その現象は抑え込まれた。
都市を消し飛ばした兵器が、再び世界を呑み込むことはなかった。
戦場に、束の間の静寂が訪れる。
そして、映像が終わった。
コクピットの中には、空調の低い駆動音だけが残されていた。
「…………」
ララは、しばらく何も言えなかった。
先ほど見た東京の惨状。そして、今目の前で見た、世界を滅ぼしかねない兵器を阻止するための戦い。
それらが、ひとつの映像記録としてつながっていた。
そして、その中心には、今、自分の隣にいる少年がいた。
「……ルルーシュ」
ララが、静かに名前を呼ぶ。
ルルーシュは、暗転したモニターを見つめたまま、答えなかった。
彼の表情には、先ほどの戦闘を終えた安堵も、誇らしさもなかった。ただ、遠い過去を見つめるような、どこか張り詰めた沈黙があった。
ララは、暗転したモニターからゆっくりと視線を外した。
隣に座るルルーシュは、相変わらず黙ったままだった。先ほどまで機体の整備について軽口を交わしていた彼と、今の彼が、まるで別人のように思える。あの映像の中で指示を飛ばし、極限の状況で計算を続けていた少年が、確かに目の前にいる。それがどうにも不思議だった。
「……ねえ、ルルーシュ」
「なんだ」
返事はあった。しかし、いつもよりずっと短い。
「さっきの、すごかったね」
ルルーシュはわずかに眉を動かした。
「……どの部分の話だ?」
「全部。最初の、街が消えちゃったところも。それから、最後の戦いも」
ララは両手を膝の上に置き、言葉を探すように少し俯いた。
「私、あんな兵器を見たことないよ。建物が壊れるとか、星が爆発するとか、そういうのとは全然違う感じだった。あそこにいた人たちは……どうなっちゃったの?」
「……フレイヤの効果範囲内にいた人間は、ほぼ全員が消滅した」
淡々とした答えだった。
けれど、その声には微かな硬さがあった。
ララは息を呑む。
「そんな……」
デビルークの王女として、彼女は数え切れないほどの惑星や文明の存在を知っている。宇宙には、地球の技術では想像もできないような兵器も存在する。だが、それらを知識として知っていることと、実際に人々の暮らしが一瞬で消し飛ぶ光景を目の当たりにすることは、まったく別だった。
画面の中に映っていた街並み。そこを走る人々の姿。何が起きたのか理解する間もなく、光に呑み込まれていく都市。
その光景が、頭から離れない。
「……あの兵器、フレイヤっていうんだよね?」
「ああ」
「最後の戦いでは、あれがまた使われそうになってたんだ……」
「そういうことだ」
「それを、ルルーシュが止めたの?」
ルルーシュはすぐには答えなかった。
自分が成し遂げたことを誇る気など、彼にはなかった。あの作戦は、成功して当然のものではない。少しでも計算を誤れば、スザクも、自分も、そして大勢の人間も命を落としていた。
「……俺一人の力ではない。スザクがいなければ、阻止できなかった」
「スザクって、あの白いロボットに乗ってた人?」
「そうだ」
ララは、映像の最後を思い返す。
ルルーシュが名前を叫び、スザクがそれに応える。あの短いやり取りには、単なる命令と返答以上のものが込められているように感じられた。
「二人って、仲がいいんだね」
「……昔からの付き合いだ」
「そっか」
ララは小さく微笑んだ。
「すごく信頼してるんだね」
その言葉に、ルルーシュの表情がわずかに揺れた。
「……ああ」
それ以上は語らなかった。
ララは、彼の横顔を見つめる。
映像の中のルルーシュは、恐ろしいほど冷静だった。刻一刻と迫る危機の中で、迷いなく計算を続け、最後にはスザクにすべてを託した。あの瞬間、彼の頭の中には何があったのだろう。どれほどの重圧を抱えていたのだろう。
今まで、ルルーシュが頭の回転の速い人だということは知っていた。学校での会話でも、時折見せる鋭い指摘や、物事を見通すような発言から、それは十分に伝わっていた。
けれど、あの映像を見た今では、その印象がまるで違っている。
彼の頭の良さは、テストで高得点を取るためのものではない。誰かの命が懸かった状況で、何をすべきかを判断するためのものだった。
「……ルルーシュって、あんなことをしてたんだね」
「過去の話だ」
「うん。でも、すごく大変だったんでしょ?」
「……まあな」
また、短い返事。
ララは少しだけ頬を膨らませた。
「ルルーシュって、そういうところあるよね」
「どういうところだ?」
「何でもないことみたいに話すところ」
ルルーシュは黙った。
「さっきの映像、私には全然、何でもないことには見えなかったよ」
ララは、正面のモニターに目を向けた。そこには、何も映っていない。けれど、彼女の脳裏には、先ほどの光景が鮮明に残っていた。
「街が消えちゃうような兵器があって、それがまた使われそうになってて……。それを止めるために、ルルーシュもスザクも命懸けで戦ってたんだよね」
「ああ」
「……怖くなかったの?」
今度は、ルルーシュがララを見た。
予想していなかった質問だったのかもしれない。
「怖い、か……」
彼は一度視線を落とし、少し考えるように沈黙した。
「恐怖を感じている余裕などなかった。あのときは、ただ成功させることだけを考えていた」
「そっか……」
ララは、納得したように頷いた。
けれど、完全に理解できたわけではない。恐怖を感じる余裕すらないほど追い詰められるというのが、どんな感覚なのか。彼女には想像することしかできなかった。
「でも、無事でよかったね」
その言葉に、ルルーシュは目を瞬かせた。
「……何?」
「だから、ルルーシュが無事でよかったってこと!」
ララは、いつもの調子で笑ってみせた。
「だって、あんな戦いをしてたんでしょ? もし失敗してたら、ルルーシュもどうなってたか分からないじゃん」
「…………」
「今こうして、一緒に蜃気楼の修理ができてるんだから、よかったよ」
あまりにも当たり前のことを言うような口調だった。
世界の命運を懸けた戦い。都市を消滅させる兵器。極限の状況で命を預け合った二人の戦士。
そのすべてを見たあとで、ララが口にしたのは、今ここにいるルルーシュが無事でよかったという、ごく個人的な感想だった。
ルルーシュは、しばらく彼女を見つめていた。
「……お前は、相変わらずだな」
「えっ、何が?」
「いや……何でもない」
彼は小さく息を吐き、コンソールに向き直った。
映像の再生を停止し、記録領域のアクセスを遮断する。先ほどのデータは、もう二度と意図せず再生されることのないよう、別の領域へ隔離する必要があるだろう。
ララも、彼の作業を手伝おうと身を乗り出しかけた。
だが、その前にルルーシュが口を開いた。
「……ララ。ひとつ頼みがある」
「ん?」
「今見た映像のことは、誰にも話さないでくれ」
ララは、ぱちぱちと瞬きをした。
「……誰にも?」
「ああ。リトにも、他の連中にもだ」
その声音は、先ほどまでの作業中とは明らかに違っていた。冗談めかした様子は一切なく、真剣そのものだった。
ララは、少しだけ表情を引き締める。
「……どうして?」
「理由は今は話せない」
「そっか……」
ルルーシュは、彼女から視線を逸らさなかった。
「俺がかつて何をしていたのか、あの映像だけで判断されるのは避けたい。それに、今はもう終わったことだ。わざわざ掘り返す必要もない」
「……うん」
ララは、少し考えるように目を伏せた。
彼が何かを隠していることは、もう分かっている。あの戦いがどんなものだったのか、彼が何者だったのか。映像に映っていた情報だけでは、分からないことだらけだった。
それでも、今は無理に聞き出すべきではないと思った。
「分かった。誰にも言わないよ」
「……助かる」
「約束する!」
ララは、いつもの明るい笑顔を浮かべた。
その表情を見て、ルルーシュの肩からほんの少しだけ力が抜ける。
「ありがとう、ララ」
「えへへ。どういたしまして!」
彼女は、ふと正面のモニターを見た。
暗い画面には、自分とルルーシュの姿がぼんやりと映っている。
先ほどまでそこに映っていたのは、戦場で命を懸けるルルーシュだった。けれど、今そこにいるのは、休日に機械の整備をしている、いつものルルーシュだ。
その落差が、ララには少し不思議だった。
「ねえ、ルルーシュ」
「今度は何だ?」
「今は、もうあんな戦いをしなくていいんだよね?」
ルルーシュは、手を止めた。
問いかけの意味を考えるように、しばらく沈黙する。
「……少なくとも、今はな」
「そっか!」
ララは安心したように笑った。
「じゃあ、今はこっちの修理に集中しよ! せっかくの休日なんだから!」
「……そうだな」
ルルーシュは、わずかに口元を緩めた。
ララは工具を手に取り、先ほど中断した作業へ戻っていく。彼女の表情には、もう先ほどの動揺は見られなかった。
ただ、完全に忘れたわけではない。
東京を呑み込んだ光。極限の時間の中で計算を続けるルルーシュ。そして、彼の叫びに応えたスザクの声。
それらは、ララの心に確かに残っていた。
彼女は、隣で作業を再開したルルーシュをちらりと見た。
この人には、自分たちの知らない過去がある。
きっと、今まで想像していたよりもずっと大きくて、ずっと重い何かを背負ってきたのだろう。
けれど、それを今すぐ知る必要はない。
少なくとも、今は。
「ルルーシュ、これでいい?」
「ああ。そこを固定してくれ」
「はーい!」
ララの明るい声が、再びコクピットに響く。
先ほどまで戦場の記録が流れていた場所に、いつもの穏やかな時間が戻ってきた。
しかし、ララの胸の奥には、まだ小さな疑問が残っていた。
──ルルーシュは、いったい何者だったのだろう。
その答えを、彼女が知るのはもう少し先のことになる。
「悪い、ルルーシュ。ちょっと美柑の買い物に付き合ってやってくれないか?」
時刻は昼食後。結城家のリビングで、結城リトは申し訳なさそうに頭を掻いていた。
「買い物?」
「ああ。俺も一緒に行くつもりだったんだけど、ちょっと外せない用事ができちゃってさ。美柑一人でも大丈夫だとは思うんだけど、荷物もあるだろうし……」
「なるほどな。それで俺に白羽の矢が立ったというわけか」
「そういうこと。頼めるか?」
ルルーシュは少し考えるように顎に手を添えた。特別な用事があるわけでもない。買い物の付き添い程度なら、断る理由もなかった。
「構わない。俺でよければ付き合おう」
「助かるよ。ありがとな!」
「礼には及ばない。……それに、妹の買い物に付き合うのは兄の役目だろう?」
「いや、美柑の兄は俺だろ」
「ふっ、細かいことを気にするな」
そんなやり取りをしていると、キッチンから美柑が顔を出した。
「リト、ルルーシュさんにお願いしたの?」
「ああ。今日は一緒に行けなくなっちゃったからさ」
「そっか。じゃあ、ルルーシュさん。よろしくお願いします」
「ああ。任せておけ」
美柑はにこりと笑って、出かける準備を始めた。その姿を見送りながら、リトはふと思った。
(……なんか、ルルーシュって美柑のことになると妙に兄貴っぽいんだよな)
もっとも、本人に言えばきっと面倒な反論が返ってくるに違いない。リトはそれ以上考えるのをやめ、出かける支度に戻った。
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「それで、今日は何を買うんだ?」
結城家を出て、ショッピングモールへ向かう道を歩きながら、ルルーシュは隣の美柑に尋ねた。
「日用品と、食材もちょっとかな。あと、お兄ちゃんに頼まれたものもあるの」
「なるほど。なかなか忙しい買い物になりそうだな」
「そんな大したものじゃないよ。いつものことだし」
美柑はそう言って、手に提げた買い物バッグを軽く揺らした。ルルーシュはその横顔を眺めていた。
歩く速度を合わせながら、周囲にも気を配る。車が近づけば自然と歩道の内側へ寄り、道端に落ちていた小さなゴミを見つければ、気にする様子もなく拾って近くのゴミ箱へ捨てる。何気ない仕草の一つひとつに、彼女の性格が表れているようだった。
年齢のわりにしっかりしていて、周囲をよく見ている。家事もこなし、兄の世話まで焼いているという話は以前から聞いていたが、こうして隣を歩いていると、改めてその面倒見のよさが感じられる。
そして、そんな姿を見ているうちに、ルルーシュの脳裏には別の少女の面影が浮かんでいた。
「……?」
ふと視線に気づいた美柑が、隣を見上げる。
「どうしたの? ルルーシュさん」
「いや……」
ルルーシュは一瞬だけ言葉に詰まった。
「俺にも、血の繋がった妹がいたからな。つい、君を見ていた」
「妹さん……?」
「ああ」
その返事は、どこか遠くを見ているようだった。
「優しい子だった。少しばかり世間知らずなところもあったが、誰よりも人のことを考えられる……そんな妹だった」
「そうなんだ」
美柑は小さく頷いた。
「ルルーシュさん、妹さんのこと好きだったんだね」
「……ああ。大切な妹だった」
それ以上、ルルーシュは何も言わなかった。
美柑も、無理に続きを聞こうとはしなかった。ほんの少しだけ寂しそうに見えた横顔が、なぜか心に残った。
「……じゃあ、行こっか。モール、もうすぐだよ」
「ああ」
二人は再び歩き始めた。
ショッピングモールに到着すると、休日らしい賑わいが二人を迎えた。家族連れや学生たちが行き交い、吹き抜けの広場からはイベントの案内放送が聞こえてくる。
美柑は慣れた様子で店を回り、必要なものを手際よく買い揃えていった。ルルーシュはその後ろを歩きながら、時折荷物を受け取ったり、商品の場所を確認したりと、頼まれた役目をそれなりにこなしていた。
「ルルーシュさん、これ持ってもらってもいい?」
「もちろんだ」
「ありがとう」
「これくらいどうということはない」
「ふふっ。頼もしいね」
「当然だ」
妙に自信満々な返事に、美柑は小さく笑った。
一通りの買い物を終え、二人が次の店へ向かおうとした、そのときだった。
「ママぁ……っ、ママぁ……!」
広場の隅から、幼い子どもの泣き声が聞こえてきた。
見ると、四、五歳ほどの女の子が、通路の脇で立ち尽くしていた。目元は涙で赤くなり、両手で服の裾を握りしめている。周囲を見回しても、母親らしき人物の姿は見当たらない。
「あ……迷子かな」
美柑が足を止めた。
「そのようだな」
ルルーシュは周囲を見渡した。人の流れが多く、子どもが一人で歩き回るには危険な場所だ。まずは状況を把握する必要がある。
「どうしたんだいお嬢さん、お母さんとはぐれたのか?」
ルルーシュは女の子の前にしゃがみ込み、できるだけ穏やかな声をかけた。
しかし、女の子は彼を見るなり、びくりと肩を震わせた。
「うっ……ひっく……!」
「落ち着いてくれ。お母さんはどこにいる?」
「ママぁ……!」
「名前は? 君の名前と、お母さんの名前を教えてくれ」
ルルーシュは必要な情報を得ようと、質問を重ねた。
だが、女の子は泣き続けるばかりで、まともな返事をしない。周囲の騒音もあって、言葉を聞き取ることすら難しかった。
「……おい、聞いているのか?」
声に、ほんの少し苛立ちが混じる。
女の子はさらに身を縮め、とうとう声を上げて泣き出してしまった。
「ルルーシュさん」
そのとき、美柑が静かに彼の肩へ手を置いた。
「ちょっと代わってもらっていい?」
「……ああ」
美柑は女の子の正面にしゃがみ込んだ。目線を合わせるために膝を折り、急かすことなく、ゆっくりと声をかける。
「こんにちは。びっくりしちゃったね」
女の子はしゃくり上げながら、美柑を見つめた。
「大丈夫だよ。お母さん、きっと探してるからね」
美柑は無理に手を取ろうとはせず、女の子が自分から近づいてくるのを待った。
「……ママ……」
「うん。ママに会いたいよね」
「うん……っ」
「そっか。じゃあ、一緒にママを探そうね。お姉ちゃんたちがお手伝いするから」
美柑が優しく微笑むと、女の子は少しずつ泣き声を弱めていった。まだ鼻をすすってはいるものの、先ほどまでのように取り乱してはいない。
「お名前、教えてくれるかな?」
「……ゆい」
「ゆいちゃんっていうんだ。かわいい名前だね」
「……うん」
「ママのお名前は?」
女の子は少し考え込むように目を伏せた。
「……あやこ」
「そっか。あやこさんだね」
美柑は頷き、今度はゆっくりと尋ねた。
「ママとは、どこで離れちゃったのかな?」
「……おもちゃ、みてたの。そしたら……ママ、いなくなっちゃった」
「そっか。おもちゃを見ている間にはぐれちゃったんだね」
美柑は女の子の言葉を繰り返すようにして、安心させる。
「大丈夫。今からお店の人にも手伝ってもらおうね」
そのやり取りを、ルルーシュは黙って見つめていた。
情報を聞き出すこと自体は、彼にもできた。だが、目の前の相手が何を感じ、何を必要としているかを考えることは、先ほどの自分にはできていなかった。
「……ルルーシュさん、怖がらせちゃダメだよ」
美柑が女の子に聞こえないよう、小さな声で言った。
「……す、すまない」
ルルーシュは思わず目を逸らした。
「そんなつもりはなかったんだが……」
「うん。分かってるよ。でも、ゆいちゃんは怖くて泣いてたんだから」
「……ああ」
美柑はそれ以上責めることなく、女の子の手をそっと握った。
二人は近くの店舗スタッフに事情を説明し、迷子の案内を依頼した。ほどなくして館内放送が流れ、女の子の母親が案内カウンターへ向かっていることが分かった。
そして数分後。
「ゆい!」
人混みの向こうから、切羽詰まった声が聞こえた。
女の子が顔を上げる。
「ママ!」
母親らしき女性が駆け寄ってきて、女の子を強く抱きしめた。
「よかった……! もう、どこに行っちゃったのかと思った……!」
「ママぁ……!」
女の子は母親の胸に顔を埋め、再び泣き始めた。今度は、安心したからこその涙だった。
「本当にありがとうございました……!」
母親は何度も頭を下げた。
「いえ、無事に見つかってよかったです」
美柑が笑顔で応じる。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
女の子が母親の腕の中から顔を出して言った。
「どういたしまして。またお母さんと一緒にお買い物してね」
「うん!」
母親と女の子が去っていくのを見届けてから、ルルーシュは小さく息を吐いた。
「……君は、ああいう子どもの扱いに慣れているんだな」
「そんなことないよ。ただ、怖がってるときにいっぱい質問されても、答えられないと思っただけ」
「……なるほどな」
ルルーシュは少し考え込んだ。
「俺は、必要な情報を得ることばかり考えていた。相手の状態を見誤ったということか」
「うん。ルルーシュさん、ちょっと真剣になりすぎちゃったんだと思う」
「……否定はできないな」
美柑はくすりと笑った。
「でも、ちゃんと謝ってくれたし。ゆいちゃんも無事にお母さんに会えたんだから、よかったよ」
「君は本当に、よくできた子だな」
「えっ?」
「いや、なんでもない」
ルルーシュは何事もなかったかのように歩き出した。
美柑はその背中を見ながら、少しだけ首を傾げた。
買い物を終えた二人は、モール内のフードコートに立ち寄っていた。
ルルーシュは美柑に好きなアイスを選ばせ、自分も同じ店で一つ購入した。二人は窓際の席に腰を下ろし、冷たいアイスを食べ始める。
「おいしい!」
美柑は満足そうに頬を緩めた。
「そうか。それはよかった」
「ルルーシュさん、こういうところ来るんだね」
「必要があればな。……まあ、普段はあまり来ないが」
「ふふっ。なんだか意外」
「そうか?」
「うん。もっと高級なお店とかに行ってそう」
「……それは偏見じゃないか?」
「だって、ルルーシュさんってちょっとお金持ちっぽい雰囲気があるし」
「どういう雰囲気だ、それは」
二人は顔を見合わせて笑った。
しばらく他愛のない話を続けたあと、美柑はふと、先ほどの道中で聞いた言葉を思い出した。
「……ねえ、ルルーシュさん」
「ん?」
「さっき、妹さんがいたって言ってたよね」
ルルーシュの手が、ほんの一瞬だけ止まった。
「……ああ」
「どんな人だったの?」
美柑は興味本位で聞いたわけではなかった。先ほどの彼の表情が、どうしても心に残っていたのだ。
ルルーシュは手元のアイスを見つめたまま、静かに口を開いた。
「優しくて、聡明で……俺にはもったいないくらい、よくできた妹だった」
その声には、先ほどよりもはっきりとした温かさがあった。
「俺がどれだけ間違ったことをしても、あいつは俺を信じてくれた。……いや、信じようとしてくれた、というべきか」
「……そっか」
美柑は、ルルーシュの横顔を見つめた。
「ルルーシュさん、妹さんのこと、本当に大好きだったんだね」
「当たり前だ」
返事は即座だった。
「妹のためならば、世界だろうと滅ぼしてみせる」
「えっ?」
美柑は思わず目を丸くした。
「せ、世界って……」
「ふっ。大げさだと思うか?」
「大げさっていうか……スケールが大きすぎるよ」
「あはは……」
美柑は困ったように笑った。
「ルルーシュさんって、もしかして結構なシスコン?」
「ふっ…妹を大切に思うことの何が悪い?」
「いや、悪くはないけど……」
美柑はもう一度笑った。けれど、その笑顔はほんの少しだけ途切れた。
ルルーシュの瞳が、一瞬だけ変わったのだ。
冗談を口にしたはずなのに、その目はあまりにも真剣だった。まるで、今ここにいない妹を守るためなら、どんなことでも本当にやってのけるとでも言うような、揺るぎない眼差し。
美柑はその目を見て、胸の奥に小さな引っかかりを覚えた。
この人は、いったいどんな経験をしてきたのだろう。
そんな疑問が浮かんだものの、口にすることはできなかった。
「……ルルーシュさん」
「ん?」
「妹さん、きっと幸せだったと思うよ。そんなに大切に思ってくれるお兄ちゃんがいて」
ルルーシュは目を伏せた。
「……そうだといいんだがな」
その声は、先ほどまでの自信に満ちた口調とは違っていた。
美柑はそれ以上、何も聞かなかった。
やがて、二人はアイスを食べ終え、空になったカップを片付ける。買い物袋を持ち直し、帰り道へ向かう途中、美柑は何気なくルルーシュの隣に並んだ。
「今日はありがとう、ルルーシュさん」
「こちらこそ。なかなか有意義な一日だった」
「また、買い物に付き合ってくれる?」
「ああ。君が望むなら、いつでも」
「ふふっ。じゃあ、またお願いしちゃおうかな」
二人は穏やかな午後の日差しの中を歩いていく。
ルルーシュは隣の少女を見て、先ほどまでのやり取りを思い返していた。
美柑は、しっかり者で、気配りができて、少しばかりお節介なところもある。そんな彼女の姿を見ていると、どうしても妹の面影が重なる瞬間があった。
だが、目の前にいるのはナナリーではない。
彼女には彼女の家族がいて、彼女自身の人生がある。
それを分かっているからこそ、ルルーシュは美柑を妹の代わりとして扱うつもりはなかった。
それでも。
「……美柑」
「なに?」
「今日は、ありがとう」
「えっ? 私、何かした?」
「いや。……なんでもない」
美柑は不思議そうに首を傾げたあと、いつものように笑った。
「変なの、ルルーシュさん」
「ああ。そうかもしれないな」
ルルーシュもまた、わずかに口元を緩めた。
かつて世界を支配した皇帝も、妹の前では形無しだった。
そして今、血の繋がりのない少女の前でも、どうやら似たようなものらしい。
そんなことを考えながら、ルルーシュは美柑の歩幅に合わせて、ゆっくりと帰り道を歩いていった。
妹のために文字通り世界を変えたシスコンLv.99999に、妹キャラ(血縁なし)をぶつけるととんでもない化学反応が起きそう(小並感)
まあこういう絶妙な関係がちょうどいいのかもね