コードギアス 騒動のルルーシュ 〜 Lelouch of ToLOVE Ru   作:elimin

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この回は前後編に分かれています
なんの前後編かって?次に上げる後編を読めばわかります(`・ω・´)キリッ


STAGE 12 雨天の置き土産

放課後の彩南高校。

 

窓の外では、昼過ぎから降り始めた雨が、校庭を白く煙らせていた。

 

つい先ほどまで晴れていた空は、いつの間にか厚い雨雲に覆われている。校舎の屋根を叩く雨音が廊下にまで響き、窓ガラスには細かな水滴が絶え間なく流れていた。

 

「……参ったな」

 

昇降口に立ったルルーシュは、雨に濡れた校庭を眺めながら小さく息を吐いた。

傘を持ってきていない。

朝の天気予報では、午後から晴れると言っていたはずだ。少なくとも、ここまで本格的な雨が降るとは思っていなかった。

 

仕方なく、雨が弱まるまで待つことにする。

昇降口の端にあるベンチに腰を下ろし、鞄から文庫本を取り出そうとした、その時だった。

 

「あれ……ルルーシュくん?」

 

聞き覚えのある声に顔を上げる。そこには、紺色の髪を揺らした少女が立っていた。

 

「西連寺か」

 

「うん。ルルーシュくんも、傘を忘れちゃったの?」

 

「ああ。天気予報を信用しすぎたらしい」

 

「ふふっ。私もなの」

 

春菜は少し困ったように笑い、ルルーシュの隣に腰を下ろした。

 

「結城くんは?」

 

「リトなら、職員室に呼ばれている。何か提出物のことで教師に確認されているようだったな」

 

「あ、そうなんだ」

 

春菜は窓の外へ視線を向けた。

雨は一向に弱まる気配がない。むしろ、先ほどよりも強くなっているようにさえ感じられた。

 

「……しばらく止みそうにないね」

 

「そのようだな」

 

短い沈黙が訪れる。

二人とも、無理に話題を探すことはしなかった。雨音を聞きながら、ぼんやりと校庭を眺める。

やがて、春菜がふと思い出したように口を開いた。

 

「そういえば、ルルーシュくんって、結城くんと仲がいいよね」

 

「……そう見えるか?」

 

「うん。最近、学校でもよく一緒にいるところを見るから」

 

「まあ、居候の俺から見ても世話の焼ける男だからな」

 

「ふふっ」

 

春菜は小さく笑った。

 

「結城くんって、家でもあんな感じなの?」

 

「最近来たばかりで長い付き合いではないが……少なくとも、俺が知る限りでは家でもリトは変わらないな」

 

「変わらない?」

 

「誰かが困っていれば放っておけない。自分が損をすることになっても、相手のために動こうとする。そういう男だ」

 

ルルーシュは窓の外を眺めながら続けた。

 

「ただ、少々考えなしなところがある。目の前の問題に飛び込むのはいいが、その後のことをあまり考えていない」

 

「……あはは。確かに」

 

春菜は苦笑した。

リトが困っている人を見つけると、つい手を差し伸べてしまうことは、彼女もよく知っていた。時にはそのせいで、思いもよらない騒動に巻き込まれてしまうこともある。

 

「でも、そういうところが結城くんらしいんだと思う」

 

「そうだな。俺も、そこは嫌いではない」

 

「……うん」

 

春菜は、少しだけ目を伏せた。

 

「結城くんって、誰にでも優しいよね」

 

「…ああ」

 

「困っている人がいたら、すぐに助けようとするし……自分が大変な時でも、誰かのことを気にかけているし」

 

「それが、あいつの長所でもあり、欠点でもある」

 

「ふふっ。ルルーシュくん、結城くんのことをよく見てるんだね」

 

「居候…以前に友人だからな」

 

ルルーシュは、何でもないことのように答えた。

春菜はその横顔を見つめる。

 

「……私も、結城くんのそういうところが好き」

 

ぽつりと零れた言葉は、雨音に紛れそうなほど小さかった。

しかし、隣に座るルルーシュには、はっきりと届いていた。

 

彼は春菜の方へ視線を向ける。

春菜は自分の発言に気づいたのか、少しだけ頬を赤くして、慌てて窓の外へ顔を戻した。

 

「……そうか」

 

ルルーシュは、それ以上何も尋ねなかった。

彼女の気持ちを、わざわざ言葉にさせる必要はない。

 

リトが鈍感なのは今に始まったことではないが、だからといって、第三者が無理に二人の関係を進めるのも違うだろう。

ただ、彼女の言葉を聞いて、ひとつ思うことがあった。

 

(……あいつも、少しは自分のことを考えればいいものを)

 

そんなことを考えていると、廊下の向こうから慌ただしい足音が聞こえてきた。

 

「おーい!ルルーシュ!西連寺!」

 

リトだった。

片手には黒い傘を持ち、もう片方の手で鞄を抱えている。職員室での用事が思ったより長引いたらしく、少し息を切らしていた。

 

「悪い、待たせた!」

 

「お疲れさま。何かあったのか?」

 

ルルーシュが尋ねる。

 

「いや、提出物の確認だけだったんだけど、先生の話が長くてさ……」

 

リトは苦笑しながら、手にした傘を持ち上げた。

 

「それより、二人とも傘ないんだろ? 俺、持ってきてるから一緒に帰ろうぜ」

 

春菜が顔を上げる。

 

「えっ、でも……」

 

「ん? どうした?」

 

リトは不思議そうに首を傾げた。春菜は何か言いかけて、結局口を閉じる。

その様子を見たルルーシュは、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 

「ちょうどよかった。リト、西連寺を彼女の家まで送っていってやれ」

 

「え?」

 

「傘があるんだろう?」

 

「そりゃそうだけど……ルルーシュは?」

 

「俺はもう少し雨が弱まるのを待つ。どうせ夕立といったところだろう、すぐ止むさ」

 

「いや、でも……」

 

「気にするな。二人で帰ればいい」

 

ルルーシュは立ち上がり、鞄を肩に掛けた。

リトはまだ何か言いたそうだったが、春菜が遠慮がちに口を開く。

 

「……じゃあ、結城くん。よかったら、一緒に帰ってもいいかな?」

 

「あ、ああ! もちろん!」

 

リトの声が、少しだけ裏返った。春菜が傘の下に入る。

二人の肩が、ほんの少し触れ合った。

 

リトは緊張した様子で傘を持ち直し、春菜もどこか照れくさそうに笑っている。

 

「それじゃあ、ルルーシュくん。また明日ね」

 

「ああ。気をつけて帰れよ」

 

「ルルーシュも、あんまり遅くなるなよ!」

 

「分かっている」

 

二人は並んで昇降口を出ていった。

傘の下で、春菜が何かを話しかける。リトは少し慌てた様子で答え、やがて二人の間に笑い声が生まれた。

ルルーシュは、その後ろ姿をしばらく眺めていた。

 

「……まったく。世話の焼ける男だ」

 

そう呟くと、彼は再びベンチに腰を下ろした。雨は、まだ降り続いていた。

 

 

 

結局、雨は一向に止まなかった。

昇降口で待ち始めてから、すでに三十分近くが経過している。窓の外は薄暗くなり始め、校庭には大きな水たまりがいくつもできていた。

 

ルルーシュは腕時計を確認し、小さく息を吐いた。

 

「……これ以上待っても仕方がないか」

 

鞄から携帯電話を取り出し、天気予報を確認する。どうやら、この雨は夜まで続くらしい。

 

彼はしばらく画面を見つめてから、諦めたように携帯電話をしまった。

傘を買うという選択肢もあったが、学校の近くにある店まで行くには、結局ある程度濡れる必要がある。ならば、いっそそのまま帰ってしまった方が早い。

 

(……まったく。天気予報も当てにならないものだ)

 

ルルーシュは鞄を抱え直し、昇降口を出た。

途端に、冷たい雨粒が頬を打つ。

 

「……っ」

 

思わず目を細めながら、彼は校門へ向かって歩き出した。

最初のうちは、できるだけ水たまりを避けながら歩いていたものの、すぐに制服の肩や髪が濡れていく。やがて雨水が襟元から入り込み、シャツが肌に張りつき始めた。

 

それでも、足取りは変わらない。春菜とリトが並んで歩いていた姿を思い出す。

二人の会話は、きっと今頃も続いているだろう。リトは相変わらず緊張しているかもしれないが、春菜が隣にいれば、少しは楽しく帰れるはずだ。

 

(……あいつにも、ああいう時間が必要だろう)

 

そんなことを考えながら、ルルーシュは雨の中を歩き続けた。

やがて、結城家の門が見えてくる。

玄関にたどり着いた頃には、髪から水滴が滴り、制服はすっかり濡れきっていた。

 

「……ただいま」

 

誰に聞かせるでもなく呟き、玄関に入る。

そのまま浴室へ向かい、濡れた制服を脱いで熱いシャワーを浴びた。身体を温め、着替えを済ませると、ようやく一息つく。

夕食の席では、リトが帰宅後の出来事を話していた。

 

「いやあ、今日は大変だったよ。帰りに春菜ちゃんと一緒だったんだけど、途中で雨が強くなってさ」

 

「……そうか」

 

「でも、いろいろ話せたし、楽しかったな」

 

リトは少し照れくさそうに笑う。

 

「ルルーシュが先に帰っていいって言ってくれたからさ。ありがとな」

 

「気にするな。傘が一本しかなかったんだから、当然の判断だ」

 

「それでもだよ」

 

美柑は二人のやり取りを聞きながら、テーブルに料理を並べていた。

 

「それにしても、ルルーシュさん。あんなに濡れて帰ってくるなんて、風邪引いちゃうよ」

 

「大丈夫だ。シャワーも浴びたし、問題ない」

 

「本当に?」

 

「心配しすぎだ」

 

そう答え、ルルーシュは温かいスープを口に運んだ。

その時、鼻の奥がむずむずする。

 

「……っくしゅん!」

 

突然のくしゃみに、リトが顔を上げた。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「……ああ。少し冷えただけだ」

 

「ほら、言ったじゃん。風邪引くって」

 

美柑も心配そうに彼の顔を覗き込む。

 

「今日は早めに休んだ方がいいよ」

 

「分かっている」

 

ルルーシュはそう答えたものの、食事を終えるといつも通り地下のラボへ向かった。

蜃気楼の状態を確認しておきたかったのだ。

地下へ続く階段を下り、ラボの照明を点ける。そこには、見慣れた漆黒の機体が静かに鎮座していた。

 

ルルーシュは機体の周囲を歩き、外装や各部の状態を確認する。

 

「……問題はないな」

 

そう呟くと、コクピットへ乗り込んだ。

狭い操縦席に身体を収め、背もたれに寄りかかる。目を閉じれば、ここが一番落ち着く。長い間、彼はこの場所で眠ってきた。

 

今日も、いつもと変わらない夜になるはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。

 

「……ん」

 

ルルーシュは、頭の重さを感じながら目を覚ました。

視界がぼやける。身体の節々が妙にだるく、喉にも違和感があった。

彼はゆっくりと上体を起こそうとしたが、頭に鈍い痛みが走り、思わず眉をひそめる。

 

「……っ、何だ……?」

 

額に手を当てる。熱い。

嫌な予感がして、体温計を探そうとしたところで、ラボの扉が勢いよく開いた。

 

「ルルーシュ!」

 

リトの声だった。

 

「……何だ、朝から騒々しい」

 

「何だじゃない! 学校行く時間なのに起きてこないから、見に来たんだよ!」

 

リトはコクピットの中を覗き込み、ルルーシュの顔を見て表情を変えた。

 

「……お前、顔真っ赤じゃん」

 

「…そうか…?」

 

「そうか? じゃねえよ!」

 

続いて美柑もラボへ入ってくる。

 

「ルルーシュさん、ちょっと失礼するね」

 

美柑は彼の額に手を当てた。

 

「……熱い!」

 

「……大げさだな」

 

「大げさじゃないよ! 熱があるじゃない!」

 

美柑はすぐに体温計を取り出し、ルルーシュに渡した。測定が終わるまでの間、リトは腕を組んで彼を睨んでいた。

 

「昨日あんなに濡れて帰ってきたんだから、そりゃ風邪も引くって」

 

「……少し濡れただけだ」

 

「全身びしょ濡れだっただろ!」

 

やがて体温計が鳴る。美柑が表示を確認し、眉を寄せた。

 

「三十八度二分……」

 

「……なるほど」

 

ルルーシュは妙に納得したように呟く。

 

「なるほど、じゃない!」

 

リトが声を上げた。

 

「今日は学校休め! 絶対安静!」

 

「しかし、授業が……」

 

「そんな状態で授業受けられるわけないだろ!」

 

「俺は問題ない」

 

「問題大ありだよ!」

 

美柑も頷く。

 

「ルルーシュさん、今日はちゃんと休もう。ね?」

 

二人の視線を受け、ルルーシュは小さく息を吐いた。

 

「……分かった」

 

渋々ながら、彼はコクピットから降りようとした。ところが、立ち上がった途端に足元がふらつく。

 

「……っ」

 

「危ない!」

 

リトが慌てて肩を支えた。

 

「ほら! 全然大丈夫じゃないじゃん!」

 

「……少し、立ちくらみがしただけだ」

 

「いいから!」

 

リトはルルーシュの腕を自分の肩に回し、ゆっくりと歩き始める。美柑も反対側から支えた。

 

「まったく……。どうして毎晩、こんなところで寝てるのよ」

 

「……慣れているからだ」

 

「慣れていても、身体にいいわけじゃないでしょ」

 

「……それは、そうだが」

 

二人に挟まれ、ルルーシュは地下のラボを後にした。

 

 

 

 

 

 

「……ここは?」

 

リトの部屋に入ったルルーシュは、ベッドを見て足を止めた。

 

「ここで寝るんだよ」

 

「いや、俺は自分の寝床が……」

 

「だから、その寝床が問題なんだって!」

 

リトは半ば強引に彼をベッドへ座らせた。美柑が布団を整え、枕の位置を直す。

 

「今日はここを使っていいからね。私はすぐおかゆを作ってくるから」

 

「……そこまでしてもらう必要はない」

 

「あるの!」

 

美柑はきっぱりと言い切った。

 

「ルルーシュさんは、ちゃんと休むこと。いい?」

 

「……分かった」

 

彼は観念したように頷いた。靴下を脱ぎ布団に入るとき、ルルーシュは美柑に尋ねる。

 

「…そういえば美柑、学校はどうするんだ」

 

「あぁ、大丈夫だよ。学校ならおかゆ作ったあとでも間に合うし、それにルルーシュさんをこのままにはしておけないでしょ?」

 

「…すまない、迷惑をかけた」

 

柔らかなマットレスが身体を受け止め、枕が頭を優しく支えた。その感触に、ルルーシュは思わず目を細める。

 

(……これは)

 

普段、蜃気楼のコクピットで眠るときには、どうしても身体を丸める必要がある。寝返りを打つ余裕もなく、硬い座席に長時間身体を預けることになる。

だが、ここは違った。肩の力を抜いても、身体が沈み込むように支えられる。足を伸ばしても窮屈ではない。

 

「……悪くないな」

 

「だろ?」

 

リトが笑う。

 

「じゃあ、俺とララは学校に行ってくるから。何かあったら携帯で連絡してくれよ」

 

「ああ…」

 

「あと、勝手に起き上がるなよ」

 

「……分かっている」

 

「リトー!遅刻しちゃうよー!早くいこーよー!」

 

リトはまだ心配そうだったが、玄関にいるララに促されて部屋を出ていった。扉が閉まる。

部屋の中が静かになった。

 

ルルーシュは天井を見上げる。

窓の外から、朝の鳥の声が聞こえていた。雨はすっかり上がり、薄い雲の隙間から柔らかな陽射しが差し込んでいる。

身体はまだ熱っぽい。それでも、さっきまで感じていた頭の重さは、少しずつ薄れていくようだった。

 

彼は布団を肩まで引き上げ、目を閉じた。

そして、ほどなくして深い眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

その日の昼。

 

結城家のリビングには、静かな時間が流れていた。

 

家に残って昼食を終えたナナとモモは、セリーヌを連れて二階へ上がった。朝からリトの部屋で眠っているルルーシュの様子が気になっていたのだ。

 

ルルーシュは、まだ眠っていた。

 

朝に比べると顔色も落ち着いている。額の冷却シートを取り替えようと近づいたが、彼は起きる気配を見せなかった。

 

「……よく寝てるな〜」

 

「ふふ、こうして見ると可愛らしいですね」

 

「こいつ、いつも偉そうなのに寝てると普通だな」

 

「もう、病人をからかってはいけませんよ」

 

「まう?」

 

ナナが寝顔を覗き込むとモモは小さく笑い、セリーヌはルルーシュの頬をつつこうとした。モモはそれをたしなめると3人はそっと部屋を出た。

 

普段のルルーシュは、何事にもきちんとしていて、昼間から長時間眠るような姿は想像しにくい。ましてや、誰かのベッドを借りて、ここまで無防備に眠っているのは珍しい。

それだけ、身体が休息を求めていたのだろう。

 

 

 

夕方が近づく頃、玄関のチャイムが鳴った。

 

「はーい!」

 

先に学校から家に帰っていたララが元気よく玄関へ向かう。リトは買出し中だった。

扉を開けると、そこには春菜が立っていた。

 

「こんにちは、ララさん」

 

「春菜! どうしたの?」

 

「ルルーシュくんが風邪を引いたって聞いて……お見舞いに来たの」

 

春菜は手に持った紙袋を少し持ち上げた。中には、果物とゼリーが入っている。

 

「あっ、ありがとう! ルルーシュならリトの部屋で寝てるよー!」

 

「……えっ?」

 

春菜は思わず聞き返した。

 

「結城くんの部屋?」

 

「うん! 朝から熱があってね。リトと美柑が地下のラボから連れてきたの」

 

「そうなんだ……」

 

春菜は少しだけ目を瞬かせた。

リトの部屋。何度か訪れたことがある場所だ。机や本棚、ベッドの位置まで、なんとなく覚えている。

そこに、ルルーシュが眠っている。

 

(……なんだか、不思議な感じ)

 

もちろん、ルルーシュは結城家に居候しているのだから、リトの部屋で寝ていたとしても何もおかしくはない。

それでも、普段は教室で見かける彼が、リトの私的な空間で眠っているという状況は、春菜にとって少し新鮮だった。

 

「春菜〜?」

 

ララが不思議そうに顔を覗き込む。

 

「どうかした?」

 

「う、ううん! 何でもない!」

 

春菜は慌てて首を振った。

 

「それじゃあ、ちょっと様子を見てくるね」

 

「うん! 起こさないようにね!」

 

「分かった」

 

春菜は紙袋を持ち直し、二階へ向かった。リトの部屋の前に着くと、足を止める。

扉の向こうは静かだった。

 

(……お見舞いに来ただけ。普通に入ればいいの…うん…)

 

自分にそう言い聞かせ、軽くノックする。

 

「……失礼します」

 

返事はない。

春菜はそっとドアを開けた。

カーテン越しの柔らかな夕陽が差し込む部屋の中で、ルルーシュが静かに眠っていた。

いつもは背筋を伸ばし、隙のない雰囲気をまとっている彼が、今は布団に包まれ、無防備な寝顔を見せている。

春菜は思わず足を止めた。

 

「……寝てる」

 

小さく呟き、ベッドのそばまで歩み寄る。額には冷却シートが貼られ、枕元には飲みかけの水と体温計が置かれていた。

ルルーシュの頬はまだ少し赤いものの、呼吸は穏やかだった。

春菜はほっと胸を撫で下ろす。

 

「……よかった」

 

持ってきた果物とゼリーを机の上に置く。

起こさない方がいいだろうか。少し迷ったものの、せっかく来たのだから、ひと言くらい声をかけておきたい。

 

「……ルルーシュくん」

 

そっと呼びかける。

 

「お見舞いに来たよ」

 

ルルーシュのまぶたが、かすかに動いた。

 

「……ん」

 

ゆっくりと目が開く。ぼんやりとした視線が天井をさまよい、やがて春菜の姿を捉えた。

 

「……西連寺?」

 

「うん。起こしちゃったかな?」

 

「……いや」

 

ルルーシュは少し身体を起こそうとしたが、春菜が慌てて止めた。

 

「だ、だめだよ! まだ寝ていて」

 

「……そうか。すまない」

 

彼は枕に頭を戻した。

 

「わざわざ来てくれたのか」

 

「うん。風邪を引いたって聞いて、心配で……」

 

「……そうか。ありがとう」

 

ルルーシュは、少しだけ微笑んだ。その表情を見て、春菜も自然と笑顔になる。

 

「昨日は、ありがとうね」

 

「……昨日?」

 

「結城くんと一緒に帰れるようにしてくれたでしょう?」

 

「ああ……そのことか」

 

ルルーシュは思い出したように頷いた。

 

「別に、大したことではない」

 

「でも、おかげで結城くんといろいろ話せたの。楽しかった」

 

「それなら何よりだ」

 

「……でも、ルルーシュくんは雨に濡れて帰ったんでしょう?」

 

春菜の表情が少し曇る。

 

「私たちだけ先に帰っちゃって……ごめんなさい」

 

「気にする必要はない。俺がそう判断したんだ」

 

「それでも……」

 

春菜は言葉を探すように、視線を落とした。

 

「風邪を引いちゃったって聞いて、私のせいだったらどうしようって思ったの」

 

ルルーシュは少し困ったように眉を下げた。

 

「……君のせいではない。傘を持っていなかった俺の判断が甘かっただけだ」

 

「でも……」

 

「それに、リトと一緒に帰れたんだろう?」

 

春菜は顔を上げる。ルルーシュは、穏やかな表情で彼女を見ていた。

 

「なら、俺としては十分だ」

 

春菜は一瞬、言葉を失った。それからゆっくりと微笑む。

 

「……ありがとう、ルルーシュくん」

 

「礼を言われるほどのことではないさ」

 

「ううん。やっぱり、ありがとう」

 

春菜はベッドの脇に置かれた椅子へ腰を下ろした。しばらく、二人の間に穏やかな沈黙が流れる。

窓の外では、夕方の風が木々を揺らしていた。遠くから、部活動を終えた生徒たちの声がかすかに聞こえる。

 

「……それにしても」

 

ルルーシュが天井を見上げたまま口を開く。

 

「ここで眠るのは、思っていた以上に快適だな」

 

「ふふっ。結城くんのベッドだもんね」

 

「ああ。普段の寝床とは大違いだ」

 

「普段の寝床って……?」

 

「あぁ…えと、地下室にあるララのラボの作業スペースに座椅子があって、そこで寝ている…とても居候が図々しく部屋を強請るわけにも行かないしな」

 

もちろん、嘘ではない。しかしとても「ナイトメアフレームという人型戦闘ロボットのコクピット内で寝ている」と馬鹿正直に伝えるわけにも行かなかったので、言い方を変えた。

 

春菜は少し驚いたように目を瞬かせた。

 

「毎晩、そこで寝てるの?」

 

「……ああ。特に不便はないと思っていたが、どうやらそうでもなかったらしい」

 

ルルーシュは小さく息を吐いた。

 

「今朝は、リトと美柑に半ば強制的に連れ出された」

 

「ふふっ。二人とも心配だったんだね」

 

「……まったく。少々過保護すぎる」

 

そう言いながらも、ルルーシュの表情は柔らかかった。

春菜は、その横顔を眺める。

彼が結城家でどのように暮らしているのか、春菜は詳しく知らない。けれど、こうして話していると、彼が少しずつ家族との距離を縮めていることが伝わってくる。

 

「……ルルーシュくん」

 

「何だ?」

 

「無理しないでね」

 

春菜は、まっすぐ彼を見つめた。

 

「いつも落ち着いていて、何でもできそうに見えるけど……風邪を引くことだってあるんだから」

 

ルルーシュは少しだけ目を見開いた。

そして、苦笑する。

 

「……肝に銘じておこう」

 

「うん」

 

春菜は満足そうに頷いた。

その後、少しだけ雑談を交わしてから、彼女は椅子を立った。

 

「それじゃあ、私はそろそろ帰るね。ゆっくり休んで」

 

「ああ。今日はありがとう」

 

春菜はドアの前で一度振り返った。

 

「……お大事にね、ルルーシュくん」

 

「ありがとう。君も気をつけて帰れよ」

 

春菜は微笑み、静かに部屋を出ていった。

扉が閉まる。

 

再び、部屋に静けさが戻った。

ルルーシュは天井を見上げ、少しだけ考え込む。

 

リトと春菜が、どんな話をしたのか。

二人の関係が、これからどうなっていくのか。

 

それは、彼が決めることではない。ただ、あの二人が笑っていられる時間が増えるなら、それでいい。

 

「……さて」

 

ルルーシュは布団を引き寄せた。まだ熱は残っている。身体も重い。

今は余計なことを考えず、休むべきだろう。

 

柔らかな枕に頬を預け、目を閉じる。

窓の外では、夕暮れの空がゆっくりと色を変えていた。

 

その日、ルルーシュは久しぶりに、誰かのためではなく、自分自身のために、静かな眠りを取っていた。




改めて漫画とアニメ見直すと春菜かわいいなぁって、学生時代を終えたばかりの今の年齢になると強く感じるな〜
ToLOVEるの後期ED「kissの行方」の映像の春菜は曲調も相まってめっちゃ可愛く感じる( * . .)"
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