コードギアス 騒動のルルーシュ 〜 Lelouch of ToLOVE Ru 作:elimin
恭子すき( * . .)"
休日の朝。
霧崎恭子は自宅の鏡の前で、最後の確認をしていた。
肩まで伸びた髪を帽子の中に収め、目元を隠すように少し大きめのサングラスをかける。普段の衣装とはまるで違う、淡い色のブラウスに薄手のカーディガン。下は動きやすいデニムのパンツで、足元はスニーカーだ。
テレビの中で魔法少女を演じるマジカルキョーコとは、似ても似つかない格好だった。
「……うん、これなら大丈夫かな」
鏡に映る自分を見て、恭子は満足げに頷いた。
今日は久しぶりの完全なオフだった。
撮影も、雑誌の取材も、歌の収録もない。事務所からも特に予定を入れられておらず、朝から夕方まで自由に使える貴重な一日である。
せっかくの休日なのだから、家でのんびり過ごすのも悪くない。けれど、最近はどうにも落ち着かない日々が続いていた。
仕事のこともそうだが、自分の中にある力について考える時間が増えていたのだ。
指先に灯る炎。何もないところから生み出せる、小さな火。少し集中すれば、その大きさや形をある程度は操れる。
それが自分の血に由来するものだと知ったのは、そう昔のことではない。
地球人とフレイム星人の間に生まれた自分は、形式上は地球人でありながら、受け継いだ炎を操る力を持っていた。
もっとも、だからといって何か特別な使命を背負っているわけではない。
今のところは、ただの女の子だ。学校に通い、アイドルとして仕事をして、友達と遊ぶ。たまに自分の力を試してみたり、使い方を考えたりすることはあっても、毎日そればかり考えているわけではなかった。
ただ、力がある以上、いつかそれを使わなければならない場面が来るかもしれない。
そう思うと、少しだけ不安になる。
「……ま、今日はそんなこと忘れよっと」
恭子は小さく首を振った。
せっかくの休日だ。難しいことは後回しにして、今日は思いきり楽しもう。
玄関を出ると、秋の空はよく晴れていた。
恭子が向かったのは、彩南町から電車でしばらく離れた都市部にある、大型商業施設だった。
映画館に大型書店、アパレルショップ、雑貨店、ゲームセンターにレストラン街。休日ともなれば、近隣の街からも多くの人が訪れる場所である。
芸能人として活動している恭子にとって、こうした場所は少しばかり気を遣う場所でもあった。
顔を知られている以上、いつ誰に気づかれるか分からない。だからといって、外出するたびに人目を気にしていては、せっかくの休日も楽しめない。
それで、今日はいつもより念入りに変装してきたというわけだ。
電車を降り、駅直結の通路を抜ける。
吹き抜けの天井から自然光が降り注ぎ、広々としたフロアには多くの人が行き交っていた。子供連れの家族、買い物袋を提げたカップル、友人同士で笑い合う学生たち。あちこちから楽しげな声が聞こえてくる。
「さて、どこから行こうかな」
恭子は案内板を眺めながら、歩き始めた。
最初に立ち寄ったのは、雑貨店だった。
特に買いたいものがあったわけではない。けれど、こういう店を見て回るのは嫌いではなかった。季節ものの小物や、少し変わったデザインのアクセサリー、用途がよく分からないけれど妙にかわいい置物など、眺めているだけでも時間が過ぎていく。
手に取ったのは、小さな炎を模したガラス細工だった。
赤から橙、黄色へと色が移り変わる、透明感のある置物。光を受けると、内部の気泡がきらきらと輝いている。
「……これ、ちょっといいかも」
恭子はそれを棚に戻し、少し迷ったあと、結局レジへ持っていった。
その後も、服を見たり、本屋で新刊をチェックしたり、気になったカフェを覗いたりと、気ままに時間を過ごす。
昼が近づくにつれ、施設内はさらに混雑してきた。
そろそろ何か食べようか。
そう思いながら、恭子はエスカレーターで上階へ向かった。
大型商業施設の三階にある、生活雑貨と食品を扱うフロア。
恭子がエスカレーターを降りた、その時だった。
突然、甲高い悲鳴が上がった。
「きゃあああっ!」
続いて、何かが床に落ちる大きな音。
恭子は反射的にそちらを振り向いた。
フロアの中央付近で、数人の男たちが騒いでいる。
黒い帽子を目深にかぶり、顔の下半分を布で覆った男。手には拳銃が握られていた。ほかにも、刃物を持った男や、大きなバッグを抱えた男がいる。
「動くな! 全員その場にしゃがめ!」
拳銃を持った男が怒鳴った。周囲の人々が一斉に動きを止める。
「スマホを出すな! 警察に連絡したら、こいつを撃つぞ!」
男は近くにいた店員を引き寄せ、銃口をその背中に押しつけた。
悲鳴が重なる。
逃げようとした人が足をもつれさせ、床に転んだ。子供が泣き出し、母親がその身体を抱きしめる。店内にいた客たちは、互いに顔を見合わせながら、恐る恐るその場にしゃがみ込んでいった。
恭子も、すぐに近くの陳列棚の陰へ身を隠した。
(……人質事件?)
心臓が早鐘を打つ。
男たちは三人。拳銃を持った一人が中心になっているようだ。刃物を持った男は、店の出入口付近を警戒している。もう一人は、客たちを見張りながら、何やら大声で仲間に指示を出していた。
どうやら、ただの強盗ではないらしい。
「全員跪け!今すぐだ!」
「お、落ち着いてください! お客様もいらっしゃいますし……!」
「うるせえ! お前らは人質だ!言うことを聞け!」
店員の声を遮るように、拳銃の男が怒鳴った。恭子は棚の隙間から、男たちの様子を観察した。
警察が来るまで、どれくらいかかるだろう。
この施設は都市部にある。警察が駆けつけるのはそう遅くないはずだ。だが、犯人たちがそれまで大人しくしている保証はない。
そして、今の自分には、ひとつの選択肢がある。
恭子はそっと右手を握り、人差し指を立てた。指先に、熱が集まる。
ほんの小さな火なら、すぐに出せる。相手の注意を逸らす程度なら、それほど難しくはない。うまく使えば、武器を持つ男の手を狙って炎を放ち、銃を落とさせることもできるかもしれない。
だが。
(……ダメだ)
視線を動かす。
人質は十数人。子供もいる。店内には商品が並び、天井には照明や空調の設備がある。火が燃え移れば、あっという間に大きな被害につながる可能性があった。
何より、拳銃を持つ男は、すでに人質の一人を盾にしている。
不用意に炎を使えば、相手を刺激してしまうかもしれない。
それに、自分が炎を操れることを知られるわけにはいかなかった。
マジカルキョーコの撮影で炎を使っていることは、テレビを見ている人間なら知っている。だが、あれはあくまで演出だ。撮影現場では、炎のエフェクトはCGとして処理されていることになっている。本当の炎であることは知られるべきじゃない。
もし、ここで本物の炎を使ったところを誰かに見られれば、説明がつかなくなる。
自分の正体が知られることだけなら、まだいい。
しかし、力の存在が広く知られれば、今後どんなことに巻き込まれるか分からない。
(……どうすればいいの?)
恭子は唇を噛んだ。
その時。
「……少し、状況を整理した方がよさそうだな」
すぐ近くから、落ち着いた男の声が聞こえた。
恭子は驚いて振り向いた。
棚の陰に、見知らぬ少年が立っていた。
黒髪に、紫がかった瞳。年齢は自分とそれほど変わらないように見える。整った顔立ちで、どこか品のある雰囲気をまとっていた。
服装は黒を基調としたシンプルなもの。人混みの中にいても、妙に目を引く存在だった。
「……えっと」
恭子が声をかけようとした時、少年は人質たちの方へ視線を向けた。
「犯人は三人。銃を持っているのが一人、刃物が一人、残りは見張り役か」
「……見ただけで分かるの?」
「配置と動きから推測しただけだ」
少年は淡々と答えた。その口調には、妙な落ち着きがあった。
まるで、こうした状況に慣れているかのように。
「警察が来るまで、どれくらいかかると思う?」
「分からない。ただ、施設内で通報があれば、警備員が先に動く可能性はある」
「……そうだよね」
恭子は再び犯人たちを見た。少年は少し考え込むように、視線を巡らせた。
「君は、あの人質たちを助けたいと思っているのか?」
「……当たり前でしょ」
恭子は思わず答えていた。少年は、わずかに目を細めた。
「なら、まずは不用意に動かないことだ。君が何かをしようとしているのは分かるが、今の状況では危険が大きすぎる」
「……何で分かるの?」
「目が、あの男たちを見ている」
少年は、恭子の右手に一瞬だけ視線を落とした。恭子は反射的に手を握り込む。
「……別に、何も」
「そうか」
少年はそれ以上追及しなかった。その時、拳銃を持った男が、店内にあるレジカウンターを指差した。
「金を出せ! 全部だ!」
「わ、分かりました……!」
店員が震える手でレジを開ける。男は現金をバッグに詰めさせると、今度は人質たちに向かって怒鳴った。
「お前ら、全員こっちを向け! 変な真似をしたら、こいつを撃つ!」
人質の一人が、恐怖に耐えきれず泣き出した。
「ママ……」
「大丈夫、大丈夫だから……」
母親が子供を抱きしめる。恭子の胸が、きゅっと締めつけられた。
このままでは、いつ誰かが傷ついてもおかしくない。
少年が小さく息を吐いた。
「……仕方ない」
「え?」
「少し、手荒な方法を取る」
そう言うと、少年は棚の陰から一歩踏み出した。
「ちょっ……!」
恭子は慌てて彼の腕を掴もうとした。しかし、少年はすでに人質たちのいる場所へ向かって歩き始めていた。
周囲の客たちが、驚いたように彼を見つめる。
「おい! 誰だ、てめえ!」
拳銃の男が銃口を向けた。少年は立ち止まった。
その顔に、恐怖の色はない。
「……武器を捨てろ」
「は?」
「今すぐ武器を捨て、警察に全ての罪を自白して自首しろ」
静かな声だった。
だが、その言葉が発せられた瞬間、少年の左目が赤く輝いた。
瞳の中に、羽ばたく鳥のような紋様が浮かび上がる。
恭子は思わず息を呑んだ。
何が起きたのか、理解できなかった。
拳銃の男が、ぴたりと動きを止めた。
その瞳が、少年の目を捉えている。
「……イエス・ユア・ハイネス!」
男は、まるで軍人のように声を張り上げた。
そして、手にしていた拳銃を床へ投げ捨てた。
「なっ……!?」
刃物を持った男も、見張り役の男も、同じように動きを止めていた。
少年は彼らを順に見つめる。
赤い瞳が、もう一度輝いた。
「武器を捨て、人質を解放しろ。そして、警察が来るまでその場で待機しろ」
「「「イエス・ユア・ハイネス!」」」
三人が声を揃えた。
刃物が床に落ちる。男たちは人質から離れ、両手を頭の後ろに回して、その場に膝をついた。
あまりにも唐突な変化だった。
つい先ほどまで人々を脅していた男たちが、今はまるで別人のように大人しくしている。
人質たちは、何が起きたのか分からないといった様子で顔を見合わせていた。
少年は、周囲を見回す。
「……もう大丈夫だ。警察が来るまで、ここを動かない方がいい」
そう言って、彼は静かに歩き出した。
「ちょ、ちょっと待って!」
恭子は慌てて後を追った。少年は振り返らない。
彼が通り過ぎると、人々は自然と道を空けた。誰もが彼の行動を見つめていたが、声をかける者はいなかった。
そのまま、少年はフロアの端にある非常口の方へ向かう。
「待ってってば!」
恭子が再び呼び止めると、ようやく彼は足を止めた。
「……何だ?」
「何だ、じゃないでしょ! 今の、何!?」
恭子は少年の顔を見つめた。
さっきの赤い瞳。犯人たちの異様な反応。まるで命令に従うことが当然であるかのように、彼らは武器を捨て、自首すると宣言した。
あれは、普通のことではない。
少年は、少しだけ眉を寄せた。
「……今は説明できない」
「どうして?」
「ここでは、話すべきではないからだ」
その答えは、妙に納得できるものだった。
周囲にはまだ大勢の人がいる。人質事件の直後で、警察も間もなく到着するだろう。
確かに、こんな場所で話す内容ではない。
恭子は少年をじっと見つめた。
「……あなた、何者なの?」
「ただの一般市民だ」
「……え?」
「少なくとも、今はな」
少年はそれだけ言うと、非常口の扉を押し開けた。恭子は、その背中を見送る。
その直後、フロアの向こうから警備員たちの声が聞こえてきた。
「警察です! 皆さん、その場で待機してください!」
事件は、ひとまず収束したらしい。恭子はほっと息を吐いた。
だが、胸の中に残った疑問は、少しも消えていなかった。
施設の屋外へ出ると、心地よい風が頬を撫でた。恭子は、建物の脇にある広場で足を止めた。事件の影響で、施設の入口付近には人だかりができている。警察車両の赤色灯が遠くに見え、施設のスタッフが来場者を誘導していた。恭子は帽子のつばを少し下げ、周囲を見回す。
あの少年は、どこへ行ったのだろう。
事件の最中、あれだけのことをしておきながら、何事もなかったかのように立ち去ろうとした。
普通なら、警察に事情を聞かれるはずだ。けれど、彼はそれを避けるように、さっさとその場を離れてしまった。
もちろん、犯人を無力化したこと自体は、間違いなく人々を救った行動だった。
それでも、あの力は何なのか。
どうして犯人たちは、あんなにも従順になったのか。
恭子は、もう一度建物の方を見た。
すると、広場の端にある自動販売機の前に、見覚えのある黒髪が見えた。
「あ……!」
恭子は、思わず声を上げた。
少年は缶コーヒーを手に取り、プルタブを開けているところだった。
恭子は少し迷った。
声をかけるべきだろうか。
彼が何者なのか、まだ分からない。けれど、あの力について知りたいという気持ちは、どうしても抑えられなかった。
それに、事件の最中に自分のことを気遣ってくれたのも事実だ。
恭子は小さく息を吸い、彼の方へ歩いていった。
「……ねえ」
少年が顔を上げる。
「さっきの……」
「ああ。君か」
「うん。あの、さっきはありがとう。人質の人たち、みんな無事だったみたいだし」
「礼を言われるようなことではない。俺は、できることをしただけだ」
少年は缶コーヒーを一口飲んだ。恭子は少しだけ首を傾げる。
「……あなた、こういうことに慣れてるの?」
「どうしてそう思う?」
「だって、あんな状況で全然慌ててなかったし。犯人の人数も、武器も、すぐに見抜いてた」
「……経験があるわけではない」
少年は少し考えてから答えた。
「ただ、状況を整理して、何をすべきか考えることには慣れている」
「ふうん……」
恭子は、彼の横顔を見つめた。やはり、普通の高校生とは少し違う。
落ち着きすぎているというか、何かを背負っているような雰囲気がある。
もっとも、今の自分も似たようなものかもしれない。
恭子は少しだけ笑った。
「ところで、あなたの名前は?」
「……ルルーシュ・ランペルージだ」
「ルルーシュ……?」
恭子は、その名前を頭の中で繰り返した。
聞き覚えがある。確か、少し前にルンが話していた転校生の名前だ。
彩南高校に来た、頭がよくて、顔も整っていて、女子たちから人気があるらしい男の子。
ルンは、仕事の合間にそんな話をしていた。
恭子自身は、彼の姿を見たことがなかった。写真を見せられたわけでもない。だから、目の前の少年がその転校生だとは、名前を聞くまで気づかなかった。
「あー、もしかして、ルンちゃんが前に話してた転校生?」
ルルーシュは、わずかに目を見開いた。
「…ルンが俺のことを話していたのか」
「うん。なんか、すごく頭がいい人が来たって。あと、女子に人気があるとかなんとか」
「……そうか」
ルルーシュは、どこか複雑そうな顔をした。
「ルンも、随分と余計なことを話すんだな…」
「ふふっ。そういうところ、ルンちゃんらしいよね」
恭子は笑った。ルルーシュも、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「君は、ルンと親しいのか?」
「うん。仕事で一緒になることもあるし、友達としても仲良くしてるよ」
「そうか。彼女もアイドルとして活動しているからな、君とは仕事の話も合うのだろう」
「……あれ?」
恭子は、意外そうに目を瞬かせた。ルルーシュが変装した自分のことを見抜いていると、その文脈から察した。
恭子は、少しだけ周囲を見回した。施設の入口付近は、事件の騒ぎを聞きつけた人々や、誘導にあたるスタッフでまだ落ち着かない。幸い、二人の近くに人はいなかった。
「私がアイドルって…どうして?」
「知っているさ。霧崎恭子だろう? マジカルキョーコの」
ルルーシュは、周囲に聞こえないよう声を落として言った。
「……えっ?」
恭子は一瞬、目を丸くした。それから、サングラスの奥で困ったように目を細める。
「……たはー、やっぱバレちゃったかー」
帽子のつばを指先で軽く持ち上げ、恭子は苦笑した。
「変装、結構頑張ったつもりだったんだけどなあ」
「いや、最初から気づいていたわけではない。念のため確認しただけだ」
「それって、結局バレてたってことじゃん」
「君が芸能活動をしていることは知っている。テレビで見たことがあるからな」
「そっかぁ……。まあ、ルルーシュくんくらいの年なら、マジカルキョーコを知ってても不思議じゃないか」
恭子は小さく息を吐き、改めて彼に向き直った。
「じゃあ、改めて。霧崎恭子です。よろしくね、ルルーシュくん」
「ああ、よろしく頼む」
それにしても、ルンが話していた転校生と、まさかこんな場所で出会うとは思わなかった。しかも、人質事件の真っ只中で。
「……ねえ、ルルーシュくん」
「何だ?」
「さっきのことなんだけど」
恭子は、少しだけ声を落とした。
「やっぱり、気になるんだよね。あの力」
ルルーシュの表情が、わずかに変わった。ほんの一瞬。けれど、恭子は見逃さなかった。
「……あれは、簡単に説明できるものではない」
「そっか」
「それに、君が知る必要のあることでもない」
ルルーシュは、静かに言った。
その言葉には、突き放すような冷たさはなかった。むしろ、何かを隠そうとしているというより、余計なものを背負わせたくないような響きがあった。
恭子は、少しだけ考えた。確かに、知らない方がいいこともあるのかもしれない。
けれど、あの力はどう見ても普通ではなかった。
それに、自分だって秘密を抱えている。誰にも言えない力を持ち、その扱い方を模索している。
だからこそ、彼の力が気になった。
「……まあ、無理に聞くつもりはないけどさ」
恭子は、軽く肩をすくめた。
「せっかく会ったんだし、もうちょっと話してみない?」
「……話す?」
「うん。ほら、事件のあとって、なんか気持ちが落ち着かないじゃん。せっかくの休日だし、このまま帰るのももったいないし」
ルルーシュは、少し意外そうに彼女を見た。
「君は、これから予定があるのではないのか?」
「今日は完全オフ。だから、好きに過ごしていい日なの」
「そうか…」
「ルルーシュくんは?」
「…俺も、特に予定はないな。必要な買い物は済ませてある」
「じゃあ、決まり!」
恭子は、ぱっと笑った。
「せっかくだし、もう少し遊んでいこうよ!」
「……君は、ずいぶんと積極的だな」
「そう?」
「初対面の相手に、そこまで気軽に誘うものなのか?」
「だって、さっき人質を助けてくれた人だし。それに、話してみたら意外と普通そうだったから」
「……意外と、か」
ルルーシュは小さく息を吐いた。恭子は、彼の反応を見て楽しそうに笑った。
「じゃあ、行こっか!」
こうして、二人の休日は、思いがけない形で続くことになった。
最初に向かったのは、施設内のカフェだった。事件の影響で一部の店舗は営業を見合わせていたが、上階にあるカフェは通常通り営業していた。
窓際の席に座り、恭子はアイスティーを注文する。ルルーシュはブラックコーヒーと、軽い食事を頼んだ。
「……で、ルルーシュくんは彩南高校に転校してきたんだよね?」
「ああ」
「学校、どう?」
「悪くはないな」
「それだけ?」
「……何を期待しているんだ?」
「いや、もっと感想とかあるかなって」
恭子はストローをくるくると回した。からからと氷がグラスにぶつかる音が心地良い。
「クラスの子たちと仲良くなれた?」
「……少しずつ、だな」
「へえ。意外」
「また意外か」
「だって、ルルーシュくんって、なんか最初からみんなと仲良くできそうな感じがするんだもん」
「それは、君の見方が少し偏っている」
ルルーシュは、コーヒーを一口飲んだ。
「人間関係というものは、そう簡単ではない。相手が何を考えているのか分からない以上、こちらから踏み込むにも限界がある」
「……なんか、難しいこと言うね」
「そうか?」
「うん。もっと普通に、友達ができたとか、楽しいとか、そういう話でいいんじゃない?」
ルルーシュは、少しだけ黙った。恭子は、その様子を見て、思わず笑ってしまった。
「ふふっ。もしかして、そういう話、苦手?」
「……別に、苦手というわけではない」
「じゃあ、友達はできた?」
「……結城リトとは、よく話す」
「結城リト?」
「同じクラスの男子だ。少し騒がしいところはあるが、悪い人間ではない」
「へえ」
「それに、彼は……」
ルルーシュは、そこで言葉を止めた。恭子は首を傾げる。
「彼は?」
「……いや、何でもない」
「なにそれ。気になるじゃん」
「大したことではない」
ルルーシュは、わずかに視線を逸らした。恭子は、彼の横顔を眺めながら、ふと思った。
この人、案外分かりやすいのかもしれない。
何かを考えている時は、すぐに表情に出るわけではない。けれど、言葉を選ぶ時に少しだけ間が空く。自分の気持ちを口にすることに、慣れていないようにも見えた。
それが少し面白くて、恭子は口元を緩めた。
「……ねえ、ルルーシュくん」
「何だ?」
「今日、私と一緒にいて楽しい?」
「……唐突だな」
「だって、せっかく誘ったんだもん。つまらなかったら悪いし」
ルルーシュは、少し考えた。
「……少なくとも、退屈はしていない」
「それ、褒めてる?」
「事実を述べただけだ」
「もう、素直じゃないなあ」
恭子は笑った。ルルーシュは、呆れたように息を吐いた。
その時、店員が料理を運んできた。
「わあ、これ美味しそう!」
「何だ?」
「季節限定のパンケーキ。栗とキャラメルのやつ」
「……甘いものが好きなのか?」
「うん。仕事の合間にも、たまに食べるよ」
「そうか」
「ルルーシュくんは?」
「……嫌いではない」
「じゃあ、一口食べてみる?」
恭子は、自分のパンケーキを少し切り分け、フォークで持ち上げた。ルルーシュは、そのフォークを見つめる。
「……いや、俺は自分の分がある」
「えー、いいじゃん。ちょっとくらい」
「……君は、距離感というものを理解しているのか?」
「えっ?」
恭子はきょとんとした。ルルーシュは、少しだけ顔を背けた。
「……いや、何でもない」
「……?」
恭子は首を傾げながら、パンケーキを自分の口に運んだ。甘い香りが口いっぱいに広がる。
「んー、おいしい!」
その無邪気な反応を見て、ルルーシュは小さく笑った。恭子は、それに気づかなかった。
昼食を終えた二人は、再び施設内を歩き始めた。大型書店に立ち寄ると、恭子は芸能関係の雑誌を手に取った。
「……あ、これ、私の番組だ」
表紙には、マジカルキョーコの衣装を着た自分の写真が載っていた。恭子は、少し照れくさそうに笑う。
「……なんか、こうして見ると変な感じ」
「自分の姿が載っているからか?」
「うん。撮影の時は普通なんだけど、雑誌になると、なんか別人みたい」
ルルーシュは、雑誌の表紙を眺めた。
「……マジカルキョーコ、か」
「ルルーシュくんも観てくれてるの?」
「同居人が毎週テレビで見ているからな…知らぬ間に知識として身についていた」
「あはは、素直じゃないな〜。男の子だってよく見てるんだよ?マジカルキョーコ」
笑いながら恭子はペラペラめくっていた雑誌を棚へ戻す。
「……そういえば、ルルーシュくんって読書ばっかりしてるって勝手に想像してたけど、テレビとか見るんだね」
「別に本の虫というわけじゃない、必要な情報を得るために見ることはある…」
「また難しい言い方」
「……君は、俺の話し方が気に入らないのか?」
「ううん。面白いなって思ってる」
「面白い?」
「うん。なんか、堅苦しい人なのかなって思ってたら、言い回しが小洒落てる感じっていうか!」
「……それは、君の先入観だろう」
「そうかもね」
恭子は笑った。
二人は書店を出ると、今度はゲームセンターへ向かった。
店内には、音楽ゲームの電子音や、クレーンゲームの景品が落ちる音が響いている。休日ということもあり、学生や家族連れで賑わっていた。
「わあ、久しぶりに来たかも」
恭子は、入口付近のクレーンゲームを見つけて足を止めた。中には、ふわふわした小さな動物のぬいぐるみが並んでいる。
「……これ、かわいい」
「欲しいのか?」
「うん。でも、取れるかなあ」
恭子は財布から小銭を取り出した。
最初の一回。アームはぬいぐるみの端を掴んだものの、持ち上げた瞬間に滑り落ちてしまった。
「……あーっ!」
恭子は悔しそうに声を上げる。
「もうちょっとだったのに!」
「……位置が悪いな」
ルルーシュが、機械の中を覗き込んだ。
「この形状なら、正面から掴むより、少し横へずらした方がいい」
「え、分かるの?」
「見れば分かる」
ルルーシュは小銭を取り出し、機械へ投入した。
「……やってみる」
恭子は、少し期待を込めた目で彼を見た。
ルルーシュは慎重にアームを操作する。狙いは正確だった。アームはぬいぐるみの端を掴み、少し持ち上げる。
「おおっ!」
恭子が身を乗り出した。だが、ぬいぐるみは途中で滑り落ち、元の位置へ戻ってしまった。
「……あれ?」
ルルーシュは、クレーンを見つめたまま固まった。
「……今のは、機械の設定が悪い」
「えっ、そうなの?」
「……いや、今のは少し力が足りなかっただけだ」
ルルーシュは、もう一度小銭を投入した。恭子は、思わず笑ってしまった。
「……ルルーシュくん、意外と負けず嫌い?」
「……別に」
「ふふっ。顔に出てるよ」
「……そうか」
ルルーシュは、再びアームを操作した。今度は、ぬいぐるみの重心を狙う。しかし、アームはわずかにずれ、ぬいぐるみを押し倒しただけだった。
「……くっ」
小さく舌打ちするルルーシュ。恭子は、とうとう声を出して笑った。
「ちょっと、ルルーシュくん! そんな真剣にならなくても!」
「……ここまで来て、引き下がるわけにはいかない」
「何と戦ってるの!?」
結局、ぬいぐるみは恭子が最後に挑戦した一回で、あっさりと取れてしまった。
「あっ、取れた!」
景品の取り出し口からぬいぐるみを取り出し、恭子は嬉しそうに抱きしめた。
「やったー!」
その隣で、ルルーシュは静かに機械を見つめていた。
「……どうしてだ」
「ふふっ。運も実力のうち、ってことかな?」
「……納得できない」
「あはは!」
恭子は笑いながら、ぬいぐるみをルルーシュへ見せた。
「ね、かわいいでしょ?」
「……そうだな」
ルルーシュは、少しだけ表情を緩めた。恭子は、その顔を見て思った。
やっぱり、この人は思っていたよりずっと普通の男の子なのかもしれない。
ただ、時々見せる儚げなあの目だけは、どうしても普通とは思えなかった。
午後三時を過ぎた頃。
二人は施設の屋上庭園へ向かった。
買い物客の喧騒から離れたそこには、ベンチや植え込みが設けられており、街の景色を眺めながら休憩できるようになっていた。
屋上の風が心地よい。
恭子はベンチに腰を下ろし、獲得したばかりのぬいぐるみを膝の上に置いた。
「……今日は、なんだか不思議な一日だったなあ」
「人質事件があったからな」
「それもそうだけど…」
恭子は、空を見上げた。
「最初は一人で買い物するつもりだったのに、まさか誰かと一緒に一日過ごすことになるなんて思わなかった」
「……俺もだ」
「ふふっ。そうだよね」
しばらく、二人の間に沈黙が流れた。遠くから、車の走る音が聞こえる。屋上庭園の端では、小さな子供が母親と一緒に花壇を眺めていた。
恭子は、ふとルルーシュの横顔を見た。彼は街の景色を見つめていた。その表情は、穏やかだった。
けれど、どこか遠くを見ているようにも感じられる。
「……ねえ、ルルーシュくん」
「何だ?」
「さっきのこと、もう一度聞いてもいい?」
ルルーシュの視線が、恭子へ向いた。
「……あの力のことか」
「うん」
恭子は、少しだけ姿勢を正した。
「私、あれからずっと気になってるんだ。犯人たちが、どうしてあんなふうに従ったのか。ルルーシュくんが何をしたのか」
ルルーシュは、すぐには答えなかった。恭子は、彼の様子を見ながら続ける。
「もちろん、無理に話してほしいわけじゃないよ。でも……」
そこで、恭子は少しだけ言葉を選んだ。
「私も、秘密を持ってるから」
「……秘密?」
「うん」
恭子は、右手をそっと持ち上げた。指先に、かすかな熱が集まる。小さな火が灯った。風に揺れることもなく、指先の上で静かに燃える橙色の炎。
ルルーシュの視線が、そこへ向けられた。
「……なるほど」
「驚かないんだ?」
「いや、驚いている。ただ、今日の事件の最中にも、君が何かをしようとしていたのは分かっていたからな」
「……そっか」
恭子は、指先の炎を見つめた。
「私ね、フレイム星人と地球人のハーフなの」
「……フレイム星人?」
「うん。私には炎を操る力があるんだ」
恭子は、指先の炎を少し大きくした。炎は小さな花のような形になり、ゆっくりと揺れる。
「最初は、自分でもよく分からなかったんだけどね。いつの間にか、こういうことができるようになってた」
「……それで、今日の事件でも使おうと考えていたのか」
「うん。でも、あの状況じゃ危ないと思って」
恭子は、炎を消した。
「人質の人たちもいたし、火が燃え移ったら大変なことになる。犯人を止められたとしても、ほかの人を巻き込んじゃったら意味がないから」
「……正しい判断だと思う」
「そうかな」
「少なくとも、君は力を使うことの危険性を理解していた」
ルルーシュは、静かに言った。恭子は、少しだけ目を伏せた。
「……でも、結局何もできなかった」
「そんなことはない」
ルルーシュは、恭子を見た。
「君は状況を見極め、無闇に動かなかった。それも、誰かを守るための判断だ」
「……そっか」
恭子は、少しだけ笑った。彼の言葉は、妙に素直に胸へ入ってきた。
無理に慰めようとしているわけではない。かといって、冷たく突き放しているわけでもない。ただ、事実をそのまま受け止めている。
恭子は、ふと気づいた。
ルルーシュは、今日一日、何度も状況を整理し、判断を下してきた。人質事件の時もそうだった。ゲームセンターでさえ、景品を取るために真剣に考えていた。
何かをする時、彼はいつも理由を探しているように見える。
それが、彼の生き方なのだろうか。
「……ねえ」
「何だ?」
「私、マジカルキョーコに出てるでしょ?…実は、あの炎の演出も、本物なの」
ルルーシュが、わずかに眉を動かした。
「……本物?」
「うん。テレビではCGってことになってるけど、実際には私が出してる炎を使ってる」
「……そうだったのか」
「もちろん、危険がないように撮影スタッフさんがちゃんと準備してくれてるよ。でも、最初は大変だったんだから」
恭子は、少し懐かしそうに笑った。
「そもそも、番組を始めたのも、プロデューサーさんに提案されたのがきっかけだったの。私の炎の力を見て、面白い企画になるんじゃないかって」
「……なるほど」
「最初は、どうやって使えばいいのか全然分からなかった。炎を大きくすることはできても、形を変えたり、細かく操ったりするのは難しくて」
恭子は、両手を見つめた。
「でも、撮影を重ねるうちに、少しずつできることが増えてきた。今は、魔法少女の技を再現するのが楽しくなってきたんだ」
「自分の力を、表現に使っているのか…」
「うん。そういう感じかな」
恭子は、少し照れくさそうに笑った。
「もちろん、まだまだ練習中だけどね。いつか、もっと自由に使えるようになりたいなって思ってる」
「そうか…上手く行くといいな」
ルルーシュは、しばらく黙っていた。恭子は、彼の横顔を見つめる。
そして、ふと思った。
自分は、彼の力について知りたいと思っている。けれど、彼がそれを話したくない理由も、何となく分かる気がした。
あの力は、誰かの意思に直接干渉するものなのかもしれない。もしそうなら、簡単に人へ話せるものではないだろう。
自分の炎とは、まるで違う。
炎は、目に見える。触れれば熱いし、燃え移れば物を焼く。危険性も分かりやすい。
だが、彼の力はどうだろう。人の心に何かを起こす力。
それは、どれほど危険なのか。
恭子は、少しだけ考え込んだ。
そして、軽く肩をすくめる。
「……でもさ」
「何だ?」
「私だけ秘密を話したのって、ちょっとフェアじゃないよね」
恭子は、いたずらっぽく笑った。
「だから、ルルーシュくんの力についても教えてよ」
ルルーシュは、彼女を見つめた。恭子は、冗談めかした口調を崩さない。
「もちろん、話したくないなら無理にとは言わないけど」
しばらく沈黙が続いた。やがて、ルルーシュは小さく息を吐いた。
「……分かった、話そう」
「えっ、いいの?」
「ああ。ただし、ここで聞いたことは、誰にも話さないと約束してほしい」
「うん。もちろん」
ルルーシュは左目に手を軽く当てると口を開く。
「……俺の力は、ギアスと呼ばれている」
恭子は、静かに頷いた。
「ギアス……」
「相手の目を見て命令することで、その意思を強制的に命令通りに従わせることができる、絶対遵守の力だ」
「……意思を?」
「ああ。命令の内容によっては、本人が望まないことでも実行させることができる」
恭子の表情が、少しだけ変わった。やはり、そういう力だったのか。
人質事件の時、犯人たちはまるで自分の意思で従っているかのように見えた。けれど、実際には違ったのだ。彼らはルルーシュの命令に逆らえなかった。
「……それって、すごい力だね」
「……そうだな」
ルルーシュの声は、少しだけ低くなった。
「だが、決して誇れる力ではない」
恭子は、彼の表情を見た。そこには、先ほどまでの穏やかさとは違う、重い何かがあった。
「……どうして?」
「人の意思を強制的に変える力だからだ」
ルルーシュは、静かに言った。
「相手が望んでいなくても、俺の命令に従わせることができる。場合によっては、その人間の人生を大きく変えてしまうこともある」
恭子は、何も言えなかった。自分の炎も、使い方を間違えれば人を傷つける。
けれど、彼の力は、それとは違う種類の危険を持っている。人を傷つけるだけではない。その人の意思そのものに、手を伸ばしてしまう。
「……じゃあ、今日の犯人たちも」
「ああ。俺が命令した」
「……そっか」
恭子は、少しだけ視線を落とした。
あの時、犯人たちは「イエス・ユア・ハイネス」と答えた。あれは、彼らが自分の意思で言った言葉ではなかったのだ。
それでも、あの場にいた人々は救われた。犯人たちは武器を捨て、人質を解放し、警察に自首することになった。誰も傷つかなかった。
少なくとも、目に見える範囲では。
「……ルルーシュくんは、いつもああいうふうに使ってるの?」
「……いや」
ルルーシュは、少しだけ間を置いた。
「この力を使うのは、最後の手段だと決めている」
「最後の手段?」
「他に方法があるなら、そちらを選ぶ。だが、今回のように人命が危険にさらされている状況では、迷っている時間がないこともある」
「……うん」
「俺は、少なくとも今は、一人の市民として生活している。だから、余計な問題を起こすつもりはない」
恭子は、彼の言葉を聞きながら、少しだけ首を傾げた。
「……今は?」
ルルーシュは、わずかに目を伏せた。
「……昔のことだ」
その言葉に、恭子は何かを感じた。彼は、ただの転校生ではない。それだけは、間違いなかった。人の意思を操る力を持ち、状況を冷静に分析し、危険な場面でも迷わず行動する。
それに、時折見せる、どこか遠くを見つめるような目。何か大きな経験をしてきた人間のように見えた。けれど、今はそれを尋ねるべきではない。
恭子は、少しだけ笑った。
「……そっか」
「……ああ」
「じゃあ、私たち、秘密を共有したってことだね」
「そういうことになるな」
「じゃあ、約束。私のことも、ルルーシュくんのギアスのことも、誰にも言わない」
「……分かった」
二人は、軽く頷き合った。その瞬間、何かが変わった気がした。それまで、恭子にとってルルーシュは、偶然出会った謎めいた雰囲気の高校生だった。
人質事件を解決した、不思議な力を持つ少年。けれど今は、少し違う。
彼もまた、自分と同じように、誰にも話せない秘密を抱えている人間なのだ。
そのことが、何となく嬉しかった。
もちろん、彼の力を完全に理解したわけではない。むしろ、分からないことの方が多い。
それでも、今日一日を通して、少しずつ彼のことを知ることができた。
真面目で、理屈っぽくて、少し負けず嫌い。
人との距離を測るのが苦手そうで、褒められても素直に受け取らない。
それでも、誰かが困っている時には、迷わず手を差し伸べる。そして、その力を使うことに、決して無頓着ではない。
恭子は、ふと笑った。
「……ねえ、ルルーシュくん」
「何だ?」
「今日、楽しかった?」
ルルーシュは、少しだけ目を見開いた。そして、ゆっくりと頷いた。
「……ああ。思っていたよりも、ずっとな」
「ふふっ。よかった」
恭子は、ベンチから立ち上がった。
「じゃあ、そろそろ帰ろっか。もう結構遅くなっちゃったし」
「……そうだな」
ルルーシュも立ち上がる。二人は屋上庭園を後にし、施設の出口へ向かった。
駅へ向かう道。夕暮れの街は、昼間よりも少しだけ落ち着いた雰囲気に変わっていた。恭子は、買い物袋を片手に持ち、ルルーシュの隣を歩いていた。
「……ねえ、ルルーシュくん」
「何だ?」
「また、こうやって遊びに来てもいい?」
ルルーシュは、少しだけ考えた。
「……俺でよければ」
「ふふっ。じゃあ、今度はもっと遠くまで行ってみようよ」
「……君は、本当に行動的だな」
「そう?」
「ああ」
「でも、今日みたいな日って、たまには必要だと思うんだよね」
恭子は、空を見上げた。
「仕事のことも、力のことも、考え始めるとキリがないし。だから、たまには何も考えずに遊ぶのもいいかなって」
「……そうだな」
ルルーシュは、静かに頷いた。恭子は、彼の横顔を見た。
「……ルルーシュくんも、そう思う?」
「…ああ、そうだな」
その返事は、少しだけ遅れた。まるで、自分自身に言い聞かせるような響きがあった。恭子は、そこに気づいた。
けれど、何も言わなかった。
駅に着くと、二人は改札の前で足を止めた。
「じゃあ、私はこっちだから」
「ああ。気をつけて帰れ」
「ルルーシュくんもね」
恭子は、軽く手を振った。ルルーシュも、小さく頷く。恭子は改札を通り、階段を下りていった。途中で振り返ると、ルルーシュはまだその場に立っていた。
彼は、恭子が見ていることに気づくと、わずかに手を上げた。恭子は笑って、もう一度手を振る。
そして、ホームへ向かった。
帰りの電車。
窓の外に流れる街並みを眺めながら、恭子は今日一日のことを思い返していた。
突然の人質事件。
あの少年の、赤く輝く瞳。
そして、犯人たちが口にした言葉。
「イエス・ユア・ハイネス」
まるで、王に仕える騎士のような返事だった。
恭子は、膝の上に置いた買い物袋を見つめた。中には、雑貨店で買ったガラス細工と、ゲームセンターで取ったぬいぐるみが入っている。
今日は、ただの休日のはずだった。けれど、思いがけない出会いがあった。そして、自分と同じように、秘密を抱えた人間と知り合った。
「……ルルーシュくん、か」
恭子は、小さく呟いた。
彼の力は、何のためにあるのだろう。どうして、あんなにも自然に人へ命令できるのだろう。そして、どうしてあの力を、誇れるものではないと言ったのだろう。
考えれば考えるほど、疑問が増えていく。けれど、今はそれでいいのかもしれない。
すべてを知る必要はない。
自分もまた、まだ自分の力をどう使えばいいのか、答えを見つけられていないのだから。
いつか、また話す機会があるだろう。その時に、少しずつ知っていけばいい。
恭子は、窓に映る自分の顔を見つめた。サングラスの奥で、瞳がわずかに細められる。
「……今度は、何して遊ぼっかな」
そんなことを考えながら、恭子は小さく笑った。
その頃、別の車両に乗っていたルルーシュもまた、今日の出来事を振り返っていた。
人質事件のこと。
恭子が見せた炎のこと。
そして、彼女が自分の力を明かした時の、少し照れくさそうな笑顔。彼女は、自分の力をどう使うべきか、まだ模索していると言っていた。
その言葉が、妙に印象に残っていた。
自分は、かつてその力を使い、世界を変えた。
そして、その結果として多くのものを失った。
今は、ただ一人の市民として生きている。それでも、過去が消えたわけではない。
ギアスを使うたび、あの頃の自分を思い出す。
それでも、今日のように誰かを守るために使うことを、間違いだとは思わなかった。
だが、その判断が常に正しいとは限らない。そのことを、彼は誰よりもよく知っていた。
「……霧崎恭子、か」
ルルーシュは、窓の外へ視線を向けた。彼女は、自分とは違う。力の使い方を模索しながら、これから先のことを考えている。
自分は、過去に何をしてきたのかを抱えたまま、これからをどう生きるかを考えなければならない。
同じ秘密を持ちながら、立っている場所はまるで違う。それでも、今日一日を共に過ごしたことで、少しだけ分かったことがある。
力を持っているからといって、必ずしも何かを成し遂げなければならないわけではない。
誰かと笑い、何気ない時間を過ごすことも、きっと一つの生き方なのだろう。
ルルーシュは、ほんの少しだけ目を閉じた。
電車の揺れが、静かに身体を包む。
その胸の奥に、今日一日の記憶が、ゆっくりと沈んでいった。
視点入れ替え形式割と好き
はい、この世界で史上ふたりめのギアスの存在を知った人物が恭子となりました
これどう活かそっかな(´-ω-)