コードギアス 騒動のルルーシュ 〜 Lelouch of ToLOVE Ru   作:elimin

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男子達とのわだかまりが溶けていく回を書きました( * . .)"
アッシュフォード学園の授業でのルルーシュはきっとリヴァルにこんな感じで勉強教えてたりもしたんだろうな〜、なんて思いながら


STAGE 8 友情の方程式

転校してきてから、一週間が経った。

 

たった一週間。けれど、彩南高校の生徒たちにとっては、ルルーシュ・ランペルージという少年を知るには十分な時間だった。

 

端正という言葉では足りないほど整った顔立ち。背筋の伸びた立ち姿と、無駄のない優雅な所作。教師に対しても物怖じせず、授業中に指名されれば、どんな問題にも淀みなく答える。時には教師の説明に足りない部分を補足し、教室中を感心させることさえあった。

 

女子たちの間では、すでに彼の話題が絶えない。

 

「ルルーシュくん、前の学校でも成績トップだったのかな」

 

「話し方まで王子様みたいじゃない?」

 

「でも、高嶺の花って感じでちょっと近寄りがたいよね」

 

そんな声が、休み時間の教室のあちこちから聞こえてくる。

 

一方で、男子たちはというと、彼を遠巻きに眺めながら、女子の黄色い声を独占する様子に嫉妬しつついまだに距離を測りかねていた。

頭がよく、顔もよく、女子からの人気も高い。しかも、何を考えているのか分からないほど落ち着いている。気軽に話しかけるには、少しばかり壁がある。というか面白くない。

そんなルルーシュの印象が、少しだけ崩れたのは、体育の授業の日だった。

 

「次、短距離走。二人ずつ並べ!」

 

教師の声が校庭に響く。

初夏の陽射しが白いトラックを照らし、乾いた風が砂埃を巻き上げていた。生徒たちは額の汗を拭いながら、順番にスタートラインへ並んでいく。

 

ルルーシュも、いかにも不本意そうな顔で列に加わっていた。

 

「ルルーシュ、次だぞ」

 

「分かっている」

 

「いや、分かってるっていうか……本当に走れるのか?」

 

隣に並んだ男子が、半ば心配そうに尋ねる。ルルーシュは冷たい視線を向けた。

 

「失礼だな。走れないわけではない」

 

「いや、そういう意味じゃ……」

 

教師が笛をくわえる。

 

「位置について!」

 

ルルーシュは姿勢を低くした。だが、周囲の生徒たちが期待していたような鋭さは、そこにはなかった。

 

「よーい!」

 

次の瞬間、笛が鳴る。男子たちが一斉に地面を蹴った。

ルルーシュも走り出した。走り出したのだが――速くない。

腕の振りは小さく、歩幅も狭い。本人は真剣そのものなのに、身体がその意志についてきていなかった。

 

先にゴールした男子たちが振り返る。

 

「……あれ?」

 

「ルルーシュ、まだ半分くらいじゃねえか?」

 

「おいおい、あの顔で運動はダメなのかよ……」

 

「神様も全部は与えてくれなかったってことか」

 

やがて、ルルーシュがゴールラインを越えた。記録は、男子どころか女子の平均にも届かないものだった。

 

「……ルルーシュ、もう少し腕を振った方がいいんじゃないか?」

 

教師が苦笑しながら声をかける。

 

「分かっている」

 

「いや、分かってるっていうか……」

 

ルルーシュは無言で記録表を見つめた。表情はいつも通り冷静だったが、握りしめた拳だけが、わずかに震えている。彼にとって身体能力の低さは、決して誇れるものではなかった。

 

かつてはナイトメアフレームを操り、戦場で幾度となく命を懸けた。敵の動きを読み、地形を利用し、わずかな隙を突いて勝利をもぎ取る。だが、それはあくまで機体の性能と、自身の判断力によるものだ。

 

生身の身体能力は、昔から決して高くなかった。

 

(……機体がなければ、この程度か)

 

自嘲気味にそう考えたところで、校庭の端から笑い声が聞こえた。

 

「おい、聞こえたか? あのルルーシュが女子より遅いってよ」

 

「頭脳に全部振ったんだろ」

 

「でも、あれはあれで親しみやすくねえか?」

 

ルルーシュは聞こえないふりをした。

 

だが、耳だけはしっかりとその声を拾っていた。それでも、転校してきた当初に比べれば、クラスの空気は少しずつ変わっていた。

女子たちの熱烈な歓迎は相変わらずだったが、ルルーシュ自身もそれに慣れ始めていた。リトとは休み時間に言葉を交わすことが増え、授業で分からないところを尋ねられることもあった。

 

男子たちの方は、まだ遠慮がちではあるものの、以前ほど露骨に距離を置いてはいない。

 

ただ、彼らはまだ知らなかった。

ルルーシュが、誰かに勉強を教える時だけは、普段とはまるで違う表情を見せることを。

それが分かるのは、今日の昼休みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休みのチャイムが鳴ると、教室は一気に騒がしくなった。

 

机を寄せる音、弁当箱の蓋を開ける音、購買へ走っていく生徒たちの足音。窓の外からは運動部の掛け声が聞こえ、教室の中には弁当の匂いが広がっていく。

 

ルルーシュは自分の席で、静かに弁当を広げていた。美柑手作りの彩りの整った弁当を一口食べ、次の料理へ箸を伸ばそうとした時だった。

 

「なあ、ルルーシュ」

 

少し遠慮がちな声がした。顔を上げると、リトが教科書とノートを抱えて立っている。

 

「どうした?」

 

「今日の五時間目って数学の小テストだろ? ちょっと教えてもらえないかな……」

 

リトは苦笑いを浮かべながら、ルルーシュの机の横に立った。

 

「前のテスト、何点だったんだ?」

 

「……18点」

 

「なるほど」

 

ルルーシュは一度だけ頷いた。

 

「それはなかなかの数字だな」

 

「うっ……。自分でも分かってるよ」

 

リトは胸を押さえ、痛そうに顔をしかめた。

 

「でも、今回は本当にまずいんだ。前のテストも散々だったし、今日の範囲、何をやってるのか全然分からなくてさ」

 

「別に責めているわけではない。どこが分からない?」

 

「えっと……この辺なんだけど」

 

リトがノートを開く。

 

そこには、二次方程式の問題と、途中まで書かれた式が並んでいた。数字の横には何度も消しゴムを使った跡があり、紙の表面が少し毛羽立っている。ルルーシュはノートを覗き込み、しばらく黙って式を追った。

 

「まず、どこまで理解できている?」

 

「え?」

 

「この問題を解くために、何が必要かは分かるか?」

 

「えーっと……因数分解?」

 

「そうだ。では、ここでなぜこの形に変形するのか、説明できるか?」

 

「……うーん」

 

リトは鉛筆を握ったまま、ノートを見つめた。教室の喧騒が二人の周囲を流れていく。誰かが笑い、椅子を引き、廊下を走っていく。それでも、ルルーシュは急かさなかった。

彼はすぐに答えを教えようとはしなかった。

 

「焦らなくていい。分からないなら、どこから分からないのかを探せばいい」

 

「どこから……?」

 

「そうだ。答えを覚えるだけでは意味がない。自分で解けるようになって初めて、理解したと言える」

 

ルルーシュはリトのノートに手を伸ばし、途中式の一行を指でなぞった。

 

「ここまでは?」

 

「うん、分かる」

 

「なら、次は?」

 

「……あれ? なんでこうなるんだ?」

 

「そこだな。では、もう一度最初から考えてみよう」

 

「最初から?」

 

「君はこの式を、いきなり因数分解しようとしている。しかし、その前に確認すべきことがある」

 

ルルーシュは自分のノートを開き、同じ問題を書き写した。

 

「まず、左辺を見ろ。共通しているものは何だ?」

 

「えっと……二?」

 

「そうだ。では、それをどうする?」

 

「くくる……?」

 

「その通りだ」

 

ルルーシュは、リトが自分で答えを出すまで待った。答えを与えるのではなく、考えるための道筋だけを示す。リトが間違えれば、すぐに否定するのではなく、どこで考え方がずれたのかを尋ねる。

最初は戸惑っていたリトも、何度か問題を解くうちに、少しずつ自分の力で式を組み立てられるようになっていった。

 

「……あっ、できた!」

 

リトが顔を上げた。

 

「正解だ」

 

「おおっ!」

 

リトの顔に、ぱっと笑みが広がる。その声に、近くで昼飯を食べていた男子たちが振り返った。

 

「……なあ、あいつ何やってんだ?」

 

「リトに勉強教えてるみたいだな」

 

「へえ……」

 

猿山をはじめとした男子たちは、何となくルルーシュの周囲を気にしていた。

彼が女子に囲まれている姿は何度も見た。だが、こうして男子と向き合い、相手が理解できるまで根気強く勉強を教えている姿を見るのは初めてだった。

しかも、あのリトが楽しそうに笑っている。

 

「……おい、猿山」

 

「ん?」

 

「お前、数学どうなんだ?」

 

「どうって……まあ、普通だよ。普通」

 

「その普通ってのが怪しいんだよなあ」

 

「うるせえな。俺はやればできるタイプなんだよ」

 

「それ、やってない奴がよく言うやつだろ」

 

そんな会話を交わしながらも、彼らはまだ動かなかった。

話しかけたい気持ちはある。だが、どのタイミングで声をかければいいのか分からない。

ルルーシュは、そんな男子たちの視線に気づいていた。ふと顔を上げる。

 

「……何か用か?」

 

「い、いや! 別に!」

 

猿山が慌てて目を逸らした。

 

「そうか」

 

ルルーシュは小さく首を傾げたものの、特に追及することはなかった。そして、再びリトのノートへ視線を戻す。

 

「ところでリト。ここまでできるなら、次の問題も解いてみるといい」

 

「えっ、もう?」

 

「今の理解を確かめるには、ちょうどいい問題だ」

 

「うーん……分かった」

 

リトは再びノートに向き直った。ルルーシュはその様子を見守りながら、弁当の残りを口に運ぶ。その表情は、普段よりもわずかに穏やかだった。

 

少し離れた席では、春菜と古手川も昼食をとっていた。

春菜は箸を止め、二人の方へ目を向ける。

 

「……あれ、結城くん、ルルーシュくんに勉強を教えてもらってるみたい」

 

「そうみたいね。今日は数学の小テストがあるから、その対策かしら」

 

古手川も視線を向けた。

リトがノートを覗き込み、何度も首を傾げている。その隣で、ルルーシュは急かすこともなく、じっと答えを待っていた。

 

「ルルーシュくんって、やっぱり頭がいいんだね」

 

春菜が感心したように言う。

 

「それは授業を見ていれば分かるわ。でも……」

 

古手川は少し意外そうに目を細めた。

 

「思っていたより、面倒見がいいのね」

 

「うん。なんだか、結城くんも楽しそう」

 

二人の視線の先で、リトが「あっ、できた!」と声を上げた。ルルーシュが微笑みながら頷くと、リトも嬉しそうに笑う。その表情を見た春菜も、つられるように微笑んだ。

 

「よかったね、結城くん」

 

「……そうね」

 

古手川も小さく頷く。

 

普段のルルーシュは、女子たちに囲まれていてもどこか一歩引いたような態度を崩さない。整いすぎた容姿も相まって、近寄りがたい印象を与えることがある。

しかし今は、相手が理解できるまで根気強く付き合い、問題を解けたことを素直に喜んでいる。その姿には、普段の彼とはまた違った親しみやすさがあった。

 

「……少し、印象が変わったかも」

 

春菜がぽつりと呟く。

 

「そう?」

 

「うん。もっと冷たい人なのかなって、最初は思ってたから」

 

「確かに、少し近寄りがたい雰囲気はあるわね。でも、ああいうところを見ると、ちゃんと普通の男の子なんだなって思うわ」

 

古手川はそう言って、弁当箱に視線を戻した。

 

「それに、教え方も丁寧ね。答えをすぐに教えずに、結城くん自身に考えさせているみたい」

 

「うん。結城くんが自分で答えを見つけるまで、ちゃんと待ってる」

 

春菜は、ルルーシュの横顔を見つめた。

その横顔は、いつものように整っている。けれど、リトのノートを覗き込む目には、冷たさよりも真剣な優しさがあった。

 

「……ルルーシュくんって、誰かに教えるのが好きなのかな」

 

「どうかしら。でも、少なくとも嫌いではなさそうね」

 

その頃、ルルーシュの周囲では、少しずつ人が増え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なぁルルーシュ……」

 

しばらくして、猿山が意を決したように立ち上がった。椅子の脚が床を擦り、教室に小さな音を立てる。

 

「ん?」

 

「その……俺にも教えてくれねぇかな。ここ、どうしても分かんなくてさ」

 

猿山は照れ隠しのように笑いながら、自分のノートを差し出した。そこには、途中で計算が止まった問題が書かれていた。式の横には、何度も書き直した跡があり、最後の数字には大きな疑問符が付いている。

ルルーシュはそれを一瞥すると、自然な口調で答えた。

 

「構わない。どこが分からない?」

 

「えっ、いいのか?」

 

「断る理由がないだろう」

 

猿山は一瞬だけ目を丸くした。もっと嫌な顔をされると思っていたのだろう。だが、ルルーシュは迷うことなくノートを受け取った。

 

「……サンキュー」

 

「まず、この式を見てくれ。ここで何を求めようとしている?」

 

「えっと……」

 

猿山は頭を掻きながら、ノートを覗き込む。ルルーシュはリトにしたのと同じように、答えを急がせることなく、ひとつずつ質問を重ねていった。

 

「この数字は、どこから出てきた?」

 

「前の行から……あれ?」

 

「前の行では、その数字は使っていない」

 

「じゃあ、俺が勝手に足した?」

 

「そういうことになるな」

 

「マジかよ……」

 

猿山は頭を抱えた。ルルーシュは呆れた様子もなく、間違えた箇所を指で示した。

 

「ここで符号を見落としている。計算そのものは間違っていない」

 

「符号?」

 

「そうだ。ここがマイナスなら、次の式はどうなる?」

 

「えっと……」

 

猿山はしばらく考えた。

教室のざわめきが少しずつ大きくなる。昼休みの残り時間は、もうそれほど長くない。だが、猿山は今度こそ自分で答えを出そうとしていた。

やがて、彼の顔がぱっと明るくなる。

 

「あっ、そういうことか!」

 

「理解できたようだな」

 

「おお……! すげえ、分かった!」

 

その声につられて、近くにいた男子たちも顔を上げた。

 

「なあ、俺も聞いていいか?」

 

「俺もここが怪しいんだけど……」

 

「お前ら、さっきまで普通に見てただけじゃねえか!」

 

猿山が呆れたように突っ込む。

 

「いや、だって話しかけづらかったし……」

 

「それはお前もだろ!」

 

男子たちの間に笑いが起こる。ルルーシュはその様子を眺め、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 

「順番に見ていこう。全員の問題を一度に解くことはできないからな」

 

「おおっ、頼むぜ!」

 

「俺はこの公式が分からない!」

 

「俺は最初の問題から怪しい!」

 

「お前ら、どこまで分かってないんだよ!」

 

猿山が叫び、また笑いが起きる。

それから昼休みの残り時間は、ちょっとした勉強会になった。

 

机がいくつも寄せられ、男子たちがルルーシュの周囲に集まっていく。ノートが次々と開かれ、シャープペンシルが机の上を転がる。誰かが問題を読み上げ、別の誰かが途中式を見せる。

 

ある者は計算の途中でつまずき、ある者は公式の使い方を勘違いしていた。中には、解き方そのものは理解しているのに、途中の符号を間違えてしまう者もいる。

 

ルルーシュは一人ひとりの理解度に合わせて説明を変えた。

 

同じ問題でも、相手によって言葉を変える。すぐに理解できる者には余計な説明を省き、何度も同じところでつまずく者には、別の例を用意する。

 

「この問題を、買い物に置き換えて考えてみろ」

 

「買い物?」

 

「そうだ。例えば君が300円持っていて、120円のものを2つ買ったら、残りはいくらだ?」

 

「60円」

 

「では、この式に今の考え方を当てはめるとすると?」

 

「あっ……そういうことか!」

 

「数字だけを見ていると混乱する。意味を考えれば、式の形も見えてくる」

 

その様子を見ていたリトは、改めて感心していた。

ルルーシュは頭がいい。それは最初から分かっていたことだ。

だが、単に頭がいいだけでは、こんなふうに人に教えることはできない。

 

相手がどこで困っているのかを見抜き、理解できるところまで戻って、根気強く付き合う。しかも、相手が自分で答えを出したときには、まるで自分のことのように喜んでくれる。

 

「……ルルーシュって、教えるの上手いんだな」

 

リトが何気なく口にすると、ルルーシュは手を止めた。

 

「そうか?」

 

「うん。俺、今まで数学って何が分からないのかすら分からなかったからさ」

 

「それなら、今日少しでも分かるようになったのなら十分だ」

 

ルルーシュはそう言って、リトのノートを軽く叩いた。

 

「大切なのは、ここからだ。今日解けた問題を、明日も自分で解けるかどうか。それを忘れないことだな」

 

「分かった。頑張るよ」

 

リトは笑った。

 

その笑顔を見た男子たちの間に、ほんのわずかな変化が生まれた。

 

彼らが知っていたルルーシュは、女子たちに囲まれる転校生だった。近寄りがたく、何を考えているのか分からない、少し鼻につくほどの美男子。

しかし、今目の前にいる彼は、誰かが問題を解けるようになるたびに、心から喜んでいるように見えた。

 

その姿は、思っていたものとは少し違っていた。

 

 

 

 

 

 

 

五時間目。

 

数学の小テストが始まった。

教室には、普段とは違う緊張感が漂っていた。

 

教師が問題用紙を配るたび、紙の擦れる音が静かな教室に響く。リトは自分の机の上に置かれた問題用紙を見つめ、無意識に唾を飲み込んだ。

 

「それでは、始めてください」

 

教師の声と同時に、教室中で一斉に鉛筆が動き始める。

ルルーシュは問題用紙を一通り眺めた。

難しい問題はない。授業で扱った範囲から出題されている。彼にとっては、確認作業に近いものだった。

すぐに解答を終えたルルーシュは、念のため計算を見直す。

 

その隣では、リトが真剣な顔で問題に取り組んでいた。

最初の問題は解ける。

二問目も、昼休みに似た問題をやった。

三問目で、リトの鉛筆が止まった。

額に汗が浮かぶ。

 

(ここは……どうするんだっけ)

 

昼休みにルルーシュが言っていた言葉を思い出す。

答えを覚えるだけでは意味がない。自分で解けるようになって初めて、理解したと言える。

リトは問題文をもう一度読み直した。

数字だけを見るのではなく、何を求めているのかを考える。式の形を確認し、途中まで書いた答えを見直す。

 

「……そうだ」

 

小さく呟き、再び鉛筆を動かす。

途中で手が止まることもあったが、すぐに諦めることはなかった。

やがて、最後の問題まで解き終える。

 

「……よし」

 

リトは静かに息を吐いた。

 

一方、猿山たちもそれぞれの問題に向き合っていた。

全問正解できる自信はない。だが、昼休み前なら白紙のままだった問題にも、今は自分の力で答えを書き込めている。

 

猿山は最後の問題を解き終えたところで、鉛筆を置いた。

 

「……やった」

 

声には出さなかったが、胸の奥から小さな達成感が湧き上がっていた。

小テストが終わると、教師は答案を回収し、採点を始めた。

その間、授業は通常通り進められた。黒板に書かれた練習問題を解きながら、教室のあちこちで小声の相談が交わされる。

 

「お前、最後の問題どうした?」

 

「一応解けたけど、合ってるかは知らねえ」

 

「俺、途中までしかできなかったわ」

 

そんな声が聞こえる中、リトは自分のノートを見つめていた。

できたと思う。

少なくとも、前回のようにほとんど手も足も出なかったわけではない。問題用紙を前にして、何をすればいいのか分からず固まっていた自分とは違う。

それだけでも、少しだけ自信が持てた。

 

やがて教師が採点を終え、答案を返却し始めた。

 

「では、前から順に返していくぞ」

 

一枚、また一枚と答案が配られていく。

 

「おっ、上がった!」

 

「マジか、思ったより取れてる!」

 

「うわ、そこ間違えたのかよ……」

 

それぞれの反応が教室に広がる。

そして、リトの答案が返ってきた。

 

「……!」

 

答案の右上に書かれた数字を見て、リトは思わず目を見開いた。

 

54点。

 

決して高得点とは言えない。だが、前回の十八点から考えれば、驚くほどの進歩だった。

 

「リト、どうだった?」

 

隣からルルーシュが尋ねる。

 

リトは答案を見せた。

 

「……54点!」

 

ルルーシュは一瞬だけ目を見開き、それから穏やかに笑った。

 

「三倍にまで伸びているじゃないか。頑張ったな、リト」

 

その言葉に、リトの表情がぱっと明るくなる。

 

「へへ……ありがとう。ルルーシュのおかげだよ」

 

「いや、実際に解いたのは君だ。俺は少し手助けをしただけだ」

 

ルルーシュはそう言って、リトの答案に目を落とした。

 

「途中式もきちんと書けている。間違えた問題も、考え方は悪くない。ここから修正していけばいい」

 

「うん!」

 

リトは嬉しそうに頷いた。その様子を、猿山たちが見ていた。

 

「……おい、猿山」

 

「ああ」

 

「なんか、いいな」

 

「……だな」

 

猿山は自分の答案を見下ろした。

彼の点数も、前回より上がっていた。満点には程遠い。それでも、今まで分からなかった問題が解けたことは、素直に嬉しかった。

ほかの男子たちも、点数こそまちまちだったが、似たような感想を抱いていた。

前回とほとんど変わらない者もいた。計算ミスで点を落とした者もいた。けれど、途中式が正しかったことで部分点をもらえた者もいる。

 

全員が急に優秀になったわけではない。

それでも、自分たちが少し前に進めたという実感はあった。

そして、それを一緒に喜んでくれる人間がいる。

 

「……なあ、ルルーシュ」

 

猿山が声をかけた。

 

「何だ?」

 

「また今度、勉強教えてくれねえかな?」

 

「構わないが、次は自分でも復習しておくことだな」

 

「分かってるって!」

 

猿山が笑う。

それにつられて、ほかの男子たちも笑った。

その笑い声の中に、以前まであったような妙な遠慮や警戒は、少しずつ薄れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後。

 

終業のチャイムが鳴ると、教室は再び騒がしくなった。

机を動かす音、部活動へ向かう生徒たちの声、廊下を走る足音。窓の外では、夕方の光が校舎の壁を赤く染め始めている。

ルルーシュが帰り支度を終え、鞄を手に取った時だった。

 

「ルルーシュ!」

 

猿山が勢いよく近づいてきた。

 

「どうした、猿山?」

 

「いやあ、今日は本当に助かったぜ! お前のおかげで俺、数学の苦手意識がちょっと消えた気がする!」

 

「それは何よりだ」

 

「いや、マジで! お前は救世主だよ! 男子の希望だ!」

 

「……は?」

 

ルルーシュが眉をひそめる。

 

「今まで女子に囲まれてるだけの、どっかの異世界から来た王子様みたいな奴だと思ってたけど、違った! お前は俺たちの味方だったんだな!」

 

「よせ、猿山」

 

「いやいや、これからは俺たち男子の勉強面を支えてくれ!」

 

「よせと言っているだろう」

 

「頼むぜ、ルルーシュ先生!」

 

「誰が先生だ!」

 

猿山の大げさな態度に、周囲の男子たちがどっと笑った。

 

「猿山、調子乗りすぎだろ!」

 

「でも、俺もまた教えてほしいわ」

 

「次のテストも頼むぜ、救世主!」

 

「お前らまで……!」

 

ルルーシュは呆れたように息を吐いた。

しかし、その表情は決して不快そうではなかった。

むしろ、どこか困ったような、照れくさそうな色が混じっている。

 

「……まったく。君たちは少しは自分で努力することを覚えたらどうだ」

 

「おう! だから教えてくれって!」

 

「話が噛み合っていないぞ……」

 

再び笑いが起きた。

リトもその輪の中で笑っていた。

ルルーシュは、ふとその光景を眺める。

 

かつての自分には、こんな時間はなかった。

友人と呼べる存在はいた。スザクとは幼い頃から共に過ごし、互いを信じていた時期もある。だが、やがて立場や目的が二人を引き裂き、最後には互いの命を懸けて戦うことになった。

 

そして、再び手を取り合った時には、世界の未来を背負う計画の中にいた。

そこには常に、何かしらの大義や目的があった。

 

だが、今は違う。

誰かを欺く必要も、命を懸けた計画を遂行する必要もない。ただ同じ教室で過ごし、勉強を教え、くだらないことで笑い合う。

こんな何気ない時間が、自分にとってどれほど新鮮なものなのか。

ルルーシュはまだ、うまく言葉にできなかった。

 

「ルルーシュ?」

 

リトの声に、彼は我に返った。

 

「……いや、何でもない」

 

「帰ろうぜ」

 

「ああ」

 

ルルーシュは鞄を手に取り、リトたちと一緒に教室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

校舎を出て、校庭の脇を歩いていた時だった。

夕暮れの風が校庭を横切り、木々の葉をさらさらと揺らしている。部活動へ向かう生徒たちの声が遠ざかり、校舎の中に残った喧騒だけが背後からかすかに聞こえていた。

 

「あれ、ヤミ?」

 

リトが足を止める。

校庭の端に置かれたベンチ。その上に、ヤミが一人で腰掛けていた。

金色の髪が夕陽を受けて淡く輝いている。どこか人形のように整った顔立ち。周囲の喧騒から切り離されたように、彼女は一冊の本を開き、静かにページをめくっていた。

 

「……金色の闇か」

 

ルルーシュも足を止めた。

 

「こんにちは、ヤミ」

 

「……結城リト」

 

ヤミは本から目を上げることなく、淡々と口を開いた。

 

「やっと殺される気になりましたか」

 

「いや、そんなつもりはないけど……」

 

リトは困ったように苦笑した。

 

「どうして会うたびに殺されそうになるんだよ、俺……」

 

「ターゲットであるあなたが不用意に近づくからです」

 

「近づいたっていうか、普通に挨拶しただけだろ?」

 

「それが不用意なのです」

 

ヤミは相変わらず真顔のまま、ページをめくる。

 

「……相変わらずだな、君たちは」

 

ルルーシュが呆れたように言うと、ヤミはようやく顔を上げた。

 

「こんにちは、ルルーシュ」

 

「ああ。何を読んでいるんだ?」

 

「小説です」

 

「そうか。面白いのか?」

 

「……それなりに」

 

「それなり、か」

 

「はい」

 

短いやり取りだったが、ルルーシュは特に気にした様子もなく、彼女の隣に立った。リトもその場に残り、何気なく周囲を見回す。

 

その時だった。

 

「おおっ!これはこれは!」

 

聞き覚えのある、やけに気持ち悪い感じの声が響いた。

 

三人が振り返ると、そこには彩南高校の校長がいた。

夕暮れの校庭を、妙に浮ついた足取りで歩いてくる。顔には、見ているだけで不快になるような笑みが浮かんでいた。

 

「こんなところにいるとは! いやあ、今日は実に運がいい! ヤミちゅわぁ〜ん!」

 

「……またか」

 

リトが小さく呟く。

校長はリトの存在など目に入っていないかのように、ヤミへ向かってにじり寄っていく。

 

「ヤミちゅわぁ〜ん、よければ私と一緒にお茶でも――」

 

「お断りします」

 

「そんなこと言わずにぃ〜! ほら、私と一緒にぃ〜!」

 

ヤミの表情が、すっと冷たくなる。

ルルーシュは、その光景を見ながら眉をひそめた。

 

(校長には、ギアスで女子生徒を追い回すなと命じたはずだ……なぜ、まだこんなことをしている?)

 

彼の脳裏に、あの日の出来事が蘇る。

女子生徒追い回していた廊下で、相手の目を見据え、命令を下した。

 

『金輪際、校内で女子生徒を追い回すな』

 

確かに、そう命じたはずだ。それなのに、目の前の校長は平然と女子に近づいている。

 

(まさか、命令が解けたのか? いや、そんなはずは……)

 

ルルーシュは校長の顔を見つめた。ギアスの効果が消えた様子はない。命令が破られたというより、そもそも命令の対象に含まれていないのではないか。

だが、どこが抜け道になっている?

 

ルルーシュが思考を巡らせていると、隣にいたリトがそっと身を寄せてきた。

 

「……ヤミは生徒じゃないから」

 

小声で囁かれた言葉に、ルルーシュは目を瞬かせた。

 

「……!」

 

その瞬間、すべてを理解した。

そうだ。あの命令は、あくまで女子生徒を対象にしたものだった。だがヤミは彩南高校の生徒ではない。校内にいるとはいえ、校長にかけたギアスの命令の対象外だ。

 

(……そういうことか)

 

ルルーシュは内心で頭を抱えた。命令の範囲を限定したこと自体は、決して間違いではない。校長の問題行動をすべて封じることは、かえって不自然な結果を招く可能性があった。

 

だが、まさかこんな形で抜け道が生じるとは。

 

(……我ながら、詰めが甘かったか)

 

もっとも、今さら命令を修正することはできない。一度ギアスをかけた相手に、再び同じ力を使うことはできないのだから。

 

「……失礼ですが」

 

ヤミが静かに口を開いた。その声は小さかったが、夕暮れの校庭にはっきりと響いた。

 

「これ以上近づくなら、排除します」

 

「いやいや、そんな怖いことを言わずにぃ〜! 私はただ、ヤミちゅわぁ〜んと親睦を深めたいだけで――」

 

校長が今にも飛び込みそうな勢いで踏み出す。ヤミの本を持つ手が止まった。

 

「警告はしました」

 

「え?」

 

次の瞬間。

 

ゴッ!

 

鈍い音が響いた。

ヤミのトランス能力によって巨大な拳に変形した髪の毛が、校長の顔面にめり込んでいた。

 

「ぐはぁっ!」

 

校長の身体が宙を舞い、夕暮れの地面に転がる。砂埃が舞い上がり、校長の帽子が少し離れた場所へ落ちた。あまりにも鮮やかな一撃だった。

 

「……相変わらずだな」

 

リトが呆れたように呟く。

 

「むしろ、今回は警告があっただけましだと思うが」

 

ルルーシュが冷静に付け加える。ヤミは何事もなかったかのように手を下ろし、再び本を開こうとした。しかし、その前にリトへ視線を向ける。

 

「……あなたも、あまり近づかないでください」

 

「えっ、俺?」

 

「本来なら、あなたも始末するところです」

 

「ちょっ、ちょっと待って!」

 

リトが慌てて両手を上げる。

 

「俺、何もしてないだろ!」

 

「存在しています」

 

「それだけで!?」

 

ヤミは少しだけルルーシュの方を見た。

 

「……ですが、今回はルルーシュに免じて見逃しましょう」

 

「え?」

 

リトが目を丸くする。ルルーシュも、わずかに目を見開いた。

 

「俺に免じて、か」

 

「はい」

 

「それに、今読んでいる本の続きが気になりますので」

 

「結局、本が一番なんだな……」

 

リトが何とも言えない顔で呟く。ヤミは返事をせず、何事もなかったように読書へ戻った。

ルルーシュは小さく息を吐いた。

 

「助かったな、リト」

 

「いや、助かったっていうか……」

 

「少なくとも、今は無事だ」

 

「そうだけどさ……」

 

地面に倒れた校長を横目に、二人は顔を見合わせた。校長は「ヤミちゅわぁ〜ん……」と小さく呻いている。夕暮れの校庭には、風に揺れる木々の音と、ヤミがページをめくる音だけが残った。

彼女はもう、二人のことなど気にしていないようだった。

 

「……帰るか」

 

ルルーシュが言う。

 

「うん」

 

二人は校庭を後にした。夕暮れの校舎を背に、並んで歩く。

空は赤から紫へと変わり始め、長く伸びた二人の影が、校門へ向かう道の上で重なったり離れたりしていた。

しばらく歩いた後、リトが口を開く。

 

「なあ、ルルーシュ」

 

「何だ?」

 

「今日の数学、ありがとうな」

 

「……まだ言うのか」

 

「だって、本当に嬉しかったんだよ。前はどうせ無理だって思ってたからさ」

 

リトは少し照れくさそうに笑った。

 

「54点って、すごく高いわけじゃないけど……前よりずっとよかった。自分でも、ちゃんと解けたって思えたんだ」

 

「それは君が努力した結果だ」

 

「でも、ルルーシュが教えてくれなかったら、たぶん何もできなかった」

 

「なら、次は私がいなくても解けるようにすればいい」

 

「うん。次も頑張るよ」

 

リトは前を向いた。

 

「次は60点。その次は70点。いつかはルルーシュに勝てるくらいになりたいな」

 

「……随分と大きく出たな」

 

「無理かな?」

 

「無理だとは言っていない」

 

ルルーシュは前を向いたまま答えた。

 

「努力を続けるなら、可能性はある」

 

その言葉を聞いて、リトはまた笑う。

 

「じゃあ、期待しててくれよ」

 

「ああ。期待している」

 

二人の歩幅は、決して同じではない。

リトは少し先を歩き、ルルーシュがそれに合わせる。時にはルルーシュが先に進み、リトが小走りで追いつく。

 

それでも、並んで歩くことはできる。

ルルーシュは、そんな当たり前のことを、少しずつ知り始めていた。

 

誰かと机を並べること。

 

誰かに頼られること。

 

誰かの努力を、素直に喜ぶこと。

 

そして、くだらない会話を交わしながら、同じ道を帰ること。

 

それが今の彼にとって、何よりも新鮮な経験だった。




しばらく日常回かなぁ…とりあえず
漫画読み直して「このエピソードいいな」ってのあったらそこにルルーシュぶっ込むのもありかも、あとはまだ絡みのないキャラと絡ませるエピソードとかも…( * . .)"
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