100億人に一人の才能 作:キモいよ
自分達をクジラだと思い込む生活を続けて2週間。
クチナシは自分はクジラなのだからと、長時間の潜水や潮吹き、水中を漂う音波による会話、エコーロケーションを行うようになった。
このエコーロケーション、反射してくる音を利用して相手の位置や形状を知ることもできる。クチナシの本来の耳では聞き分けは難しいが、オーラによる聴覚の強化で何となく察知できるし、和を使ってクジラやイルカと感覚を共有すればより容易に感知することができた。
この会話を始めて、まず気になったのがクジライルカからの「人間が出すゴミをどうにかしろ」というクレームだった。しばらく無視していたが、あまりにも数が多いので見に行くことにした。そこにあったのは圧倒的なごみの山だった。
視界を覆い尽くすほどのペットボトル、ビニール製品。漂い、光を遮り、細かな破片が毒として体内に入ってくる。カメが喉を詰まらせて死ぬというレベルではない。これは生物界を揺るがす猛毒の海だ。
少し距離を取りながら、ゴミの出所を調べていく。ゴミは海流に乗ってある一定の方向から流れてくる。その先へ進む。陸地が見えてきた。テントや土の家がポツポツあって、その周辺は恐るべきゴミの山となっている。川もゴミまみれで、あまりにもゴミが多すぎて流れが滞っているほどだ。そのほとんど全てがプラスチック製品。海に出ても何十年も分解されない。細やかに分解されたとしても、目に見えないホコリとして細胞にダメージを与える。
これほどの蛮行やっている愚かな人間はどのような人物か。クチナシは目の前で怒鳴りつけてやりたかった。そして海の掃除を強制させるつもりだった。何年かかっても、捨てた人間に、自らの手で。
だが、人間の姿を見て拍子抜けした。ゴミ山で暮らす人間は、裸の子供が多かった。10にも満たないガリガリの子供が多く、10代中盤ならリーダー格だ。次々に生まれて次々に死んでいるのだろう。不可持民。これがその実態ということなのだろうか。
クチナシが本で調べたところ、不可持民は元は王国や権力に従わず、ただ自然のままに生きることを選んだ人々だったらしい。それが、いつの間にか文明の力に抑圧され、ゴミ溜めに押し込まれ、自然との共生を忘れてただ死なないために汚く生きるだけの存在へとなってしまった。文明を否定したがために歴史を残さなかった。ゆえにどこで道を間違ったのかもわからない。知性の伝承の大切さが身に染みる失敗例とも言える存在だった。
小さな子供はほぼ全裸だが、リーダー格らしき10代中盤から20代の若者は全裸ではなかった。上半身裸で下だけ隠すタイプ。原始人っぽいのもいるが、髪を整えたりアクセサリーを持っていたりする。オシャレを気にしているらしい。
「あっ! 新種のアザラシだ!」
「父ちゃぁあああん! アザラシだ! 肉! 肉!」
「なんだって!? おい! 早い者勝ちだぞ!」
クジラだと自己暗示し、姿を流線形に変化させているクチナシ。
その姿を見た住民達はクチナシのことをアザラシだと勘違いした。
そして、ボウガンや槍など、さまざまな武器を持って群がってくる。
噂が噂を呼びワラワラと。
「毛皮いただき!」
「久しぶりの肉だあ!」
「見てろよアンナ! 俺の勇士!」
自らの勝利を少しも疑っていない人間達。武器や会話の感じから原始人というより不良だ。だが格好は原始人。場所はゴミ山。何とも妙な組み合わせだった。
「せいっ! あれ?」
「バカ野郎! 槍ってのはこう使うんだ! うん?」
「邪魔だ! どいてろ!」
「おいこら! 銃を撃つなら言え!」
振。高速のオーラの出し入れ。武器が当たる瞬間にオーラで肉体を強化し、武器が壊れる前にオーラを引っ込める。武器は羽毛で包まれたようにピタリとクチナシの肉体に付き、傷1つ付かない。
「え? 当たったよな?」
銃弾はクチナシの真下にポトリと落ちる。
「んぎゃあああああ!???」
クチナシに当たらなかった銃弾が、射線の向こう側にいた子供に当たった。
「てめぇ! どこ狙ってやがる!」
「あっ、いや。ごめん!」
一際大柄な男が出てくる。
「こういうのは目を狙うんだよ!」
オーラ技術というほどではないが、自然な形で生の活力を利用できている男だった。
ナイフを手に持ち、フェイトを混ぜてクチナシの目を狙う。
その動きは素早くて緩急に富む。並みのアザラシなら太刀打ちできないだろう。
「もらったっ!」
「何が?」
「がはっ!????」
だが、ナイフは空を切り、カウンターのアッパーを鳩尾に一発。男の身体は九の字に折れ曲がり、血反吐を吐いた。内臓を激しく損傷。クチナシの腕でぴくぴくと痙攣する。このまま放置すれば死ぬこともある危険な状態となった。
「ま、お前等みたいな不良だとこの程度だわな。武器もしょぼいし」
「ア、アザラシが喋った!?」
「化け物!?」
「バーカ、ありゃあ魔獣だよ」
「ケンがやられた。どうする? 助けないと」
「分かってるさ」
若者たちの顔に焦りが浮かぶ。この仲間意識は使える。クチナシはそう思った。
「こいつがお前達のリーダーだよな?」
「そ、それがどうした!」
「俺の要求は単純。海を汚すなってことだ」
「それは……。気持ちは分かるが……」
意外にも悪いことをしている自覚はあったのだろうか。若者たちから怒りの気配がひいていき、罪悪感や同情が見えた。
「そうだな。2カ月やろう。俺が立っているこの場所。ここから、ゴミが1つも見えなくなっていたら。こいつを返してやる」
「はぁッ! ゴミが1つもだと!? そんなの無理に決まってる!」
「じゃあこのリーダーが死ぬだけだ」
「どう考えても無理だ! 捨てる場所がない!」
クチナシはそう言ってリーダーを背負い海へと戻っていく。
「あっ、待て!」
このような行為を実に15カ所で繰り返した。
手に入れた15人の若者のリーダー格。彼等は簡単に治療した後、モルナ達が最初にいた秘密のハーレム島に置いてきた。なお全員男である。
これで若者達が必死に掃除をしてくれることだろう。だが、プラスチックの単純な燃焼は有毒ガスを発生する。無害な二酸化炭素に変えるには900度の高温が必要。クチナシがジャポンの小学校で習った話だった。カキン王国にも900度が出る燃焼施設はある。だが、数は少ないし不可持民のために使わせてくれるとは思えなかった。もっとも、川のゴミも必死に集めた所で2カ月では間に合わないし、集めても集めても捨てる人が減らなければ無くならない。プラスチックを捨てているのは下流に住む裸の若者よりも中流上流でより文明的な生活をしている人間に多いはずだ。裸の子供にはペットボトル飲料水を買うお金さえないのだから。だから、中流上流の人間の認識を変えていく必要があった。
ジャポンなら学校や地域で徹底的にゴミを無くすという啓蒙活動がなされ、それが功をなした。だがカキン王国では、差別がある。ゴミはゴミ山で暮らす不可持民に押しつければいいと思っている。一般人は不可持民の居住区を掃除する気などさらさらない。海で不利益があってもそれを不可持民のせいだと思い込む。そういう人間の心理が予想できた。
警察を、作る必要があった。不可持民の土地にゴミを捨てた人間を罰する警察。不可持民自身が、それになるべきだろう。今回のリーダー格人質作戦。上手く行けば、不可持民がゴミを捨てた一般人を攻撃し始める。その攻撃を、継続させる必要がある。武器を持った警察や軍が不可持民を狙えばひとたまりもない。ただでさえ弱いのに今はリーダー不在。不可自民側の戦力を増強する必要がある。
ゴミ山にはそれを食べて死んだ不可持民や亀などの死の無念がうずまいている。
この無念に、形を与えるのは容易だった。
「お前達は敗北者だ。やるべきことは分かるな?」
「ゴアアアアア!」
カメの亡骸が、黒い死の念を纏って復活する。その数、4体。
この亀はゴミを食らいはしない。だが、ゴミを捨てた人間を攻撃する。そういう怒りの信念によって活動する。警察や軍には念能力者もいるが、4体いれば2カ月は持つだろう。
川のゴミは一旦これでいい。だが、より大きな問題は海だ。不可自民にせよ、一般人にせよ、ほぼ全員が船を持っていない。船があったとしても細かいゴミを集める方法などダイバーによる手作業だ。時間がかかり過ぎる。
ゴミ処理専用の網、専用の船、ゴミ回収無人潜水ドローンを作る必要があるかもしれない。その上でダイバーによる人海戦術も行った方がいい。機械で海を綺麗にできるなどと人間を甘やかせばまたゴミを捨ててしまうからだ。痛みを伴う掃除でなければ心を入れ替えることはできない。
どのようにすれば効率的に成果を上げることができるか。計算に計算を重ねたクチナシ。彼の超人的な頭脳をもってしても、結論は「国を一から作ってしまった方が早い」というデタラメなものだった。
クチナシはミネルバに相談することにした。
「NGLって自然との共生を目標にしてんだよな?」
「そうよ。人間は過度な文明を生み出して自然を巻き添えに自らを滅ぼそうとしている。それに気づいた人たちが協力して作った国がNGL。人間に本当に必要な物は自然回帰と愛情なのよ」
「それには同意できることがたくさんあるよ」
「ほんと!? クチナシ君もNGLに来てみる!?」
「だけど船の旅費に当てがないんでしょ?」
「……そうね。文明を否定しているから、どうしてもお金を持っていない人が多くてね」
「それに、船があってもNGLに辿り着けるとは限らない。前は軍人に狙われたんでしょ?」
「ええ。きっとカキン王国を自ら離れる裏切者だから何をしてもいいとか思ったのでしょうね」
「NGLって遠すぎるんじゃないの? 近くの無人島じゃダメなの?」
「それは……」
無人島に嫌な思い出があるミネルバは顔をしかめる。
「クチナシ君がいればNGLまで安全に渡航できるんじゃないかな。並みの軍人なら何人いても相手にならないでしょ?」
「だけど遠くまで行くの面倒くさいでしょ。近くの島じゃダメかな?」
「えっと、無人島と言っても軍に管理されていたりで。前の無人島みたいに変な人がこっそりいても困るし」
「俺なら誰も使ってない無人島を見つけられるよ」
「うーん」
クチナシの誘導に負けたのか、一刻も早く自然と共生したかったからか、ミネルバは結局無人島移住計画に賛同した。また、この間にダンの村でNGLへの移住希望者4名と仲良くなっており、その移住希望者も一緒に無人島に移住した。
そこは、暮らせない程ではないがペットボトルが相当数流れ着く無人島だった。
憧れの自然生活。それに憧れていた移住希望者はガッカリする。顔は場所を変えて欲しいと訴えていたが、クチナシは譲らなかった。
「ここが軍に狙われないのは、こんだけゴミが多いからだよ。逆に言えばね」
「確かに……」
「自分達でゴミを無くして、理想の生活を手に入れようよ! 夢の生活を俺に与えられるよりそっちの方がいいでしょ!」
「そ、そうね! 私が間違っていたかもしれないわ! 夢の生活は与えられるものではなく勝ち取るもの!」
「そ、そうだな!」
「よぉし! やったるぞ!」
元来真面目なものが多いNGL移住希望者。彼等は非常に真面目に掃除をした。見る見るうちにゴミは減ったが、海から新しいものが漂ってくる。それに、プラスチックを燃やせない。900度を出すには文明の力が必要だった。
「NGLでは900度の熱は機械が必要だから禁止だけど、重要なのは自然との共生であってNGLのルールではないと思うんだよね」
「ということは、熱処理施設は作ってもいい?」
「だけど、使い方は決めておきましょう。温泉とか発電に使っちゃダメ。あくまでごみの処理のみ」
「ああ、そうだな」
真面目人達が真面目にルールを作っていく。900度の熱をどうやったら生み出せるか。彼等は真面目なので科学の仕組みや歴史をある程度分かっている。本を読んでたたら製鉄を学ぶ。真面目で賢いので理解が早い。行動力もある。たったの2カ月。5人はクチナシと動物の協力もあり、見よう見まねでたたら場を作ってしまった。
最初に集めたゴミが一気に燃やされていく。900度の高熱がプラスチックを燃やす。高温は土を溶解させ、たたら場をゆがめ破損個所がいくつか発生する。それをクチナシがオーラで強化して致命的な決壊は防いだ。
さて、この2カ月とは不可持民のリーダー格を人質にした期間と同様だった。その間にゴミ川で暮らす連中はゴミを処理できただろうか。期待せずにゴミ川に戻る。予想通りゴミはあまり減っていなかった。ただ、煙が何カ所から発生し、炭素系の中毒症状が出ていた。また、有毒な煙を一般人に通報され、警察や軍に咎められている。
900度で燃やす方法がないなりに、何とかゴミを減らす努力はしていたようだ。クチナシは頑張った彼等へのご褒美としてリーダー格とその妻や彼女とを人質交換してあげた。
「努力は認める。次、ゴミが減っていれば妻を返す」
そのメッセージを残して。