100億人に一人の才能 作:キモいよ
「クソッ! またあの女か!」
ハルケンブルグは苛立っていた。
自らの手で創案し、信頼のおけるチームと共に完成させた不可持民の大規模雇用計画。
計画の宣伝、試験の内容、合否の基準、合格後の教育システム。一朝一夕でできるものではない。国外のスーパーエリート達と共に寝る間も惜しんで議論を交え、効率化の計算を重ね、二カ月かかって完成させたものだ。
それを、自らの姉の手によって横取りされてしまったのだ。計画の大部分はそのままに、幹部クラスとして育成する優秀な人材が、第二王子の忠実な部下として教育洗脳されるようにと。
ハルケンブルグは足音を立てながら久しぶりに生まれ育った後宮を歩く。そして、待ち人のいる最後の扉を強引に開け放った。
「母上、お願いがあります!」
彼の育ての母、ドゥアズルは室内の庭園で猫と戯れていた。
「あなたが私に願うなど珍しいですね。私に叶うことであればよいのですが」
「あなたの一番上の娘、カミーラのことですよ!」
「……聞くだけは聞きましょう」
「僕が2カ月かけて練り上げた計画を、あの女は何の労力もなく横から搔っ攫ったんだ! 上位王子ならなんでもやっていいと思っているのか!」
「資料があれば目は通します」
「ここにありますよ」
ハルケンブルグはドサっと資料の山を置く。ドゥアズルは猛スピードでそれに目を通していく。そして、にこりと笑った。
「不可持民ですか。あの子と同じ場所に目を付けたのですね。兄弟似るということでしょうか」
ハルケンブルグは不機嫌になった。あの女と同じと言われても何もうれしくなどない。それに、父親は同じでも母親は違う。それを知っているはずなのになぜ目の前の他人(義理の母)は自分を笑っているのか。バカにしているように思えてならない。
「同じではありません! 僕の計画は意思決定力の低い不可持民を宗教信者にするようなものではなく! より国際的で現代的な視点を持つ同志として! 国家繁栄の協力を促すものです!」
「あの子も珍しく褒めていましたよ。ハルケンブルグが用意した計画は使えると」
「あの女に使わせるための計画じゃないんですよ!」
ドゥアズルは冷めた顔になった。
「あなたに説明するのは野暮かもしれませんが。このような事業計画は国家事業という枠組みからは逃れられません。下位王子より上位王子が優先されるのは当然です。この国がカミーラよりハルケンブルグを優先すべき理由はありますか?」
「効率の差は明らかですよ。我々のチームは学術研究で高い成果を出したエリートの集まりです」
「不可持民の重用という点ではカミーラの方が実績がありますよ」
「そのようなもの! ただ早く生まれて多く雇用してきただけです! 誰でもできます!」
「……今の発言は、カミーラでなくとも受け入れられないと思いますが」
ドゥアズルはがっかりした様子だった。
それがハルケンブルグの癇に障る。
ハルケンブルグは王族の中では最も才能に優れているという自負があった。特に勉学に関しては他を大きく引き離していると。医学研究に長けているツベッパはともかく、無為に自然と遊んでいるだけのドゥアズルや怪しい宗教に傾倒しているカミーラでは比較にもならない。思考能力、それに伴う事業の効率化は大きく差が出る。それをこの他人(義母)に分からせてやりたかった。
「あらあなた、いたのね」
と、そこにカミーラが入ってきた。
「カミーラ。私に用かしら?」
ドゥアズルが聞く。
「ええ。不可持民の居住区に強力な魔獣が出たらしいから、ママも捕獲を手伝ってほしいのよ」
「不可持民の? それではカミーラ自身の私設兵の方が適任だと思いますが」
「ベンジャミンが軍を動かす前にカミィが捕獲したいのよ! 殺されてからじゃ捕獲できないでしょ! だからママも手伝って!」
「……私が動かせる分の兵のシフトは動かせますが」
「何を悠長なことを言ってるの! 全部よ全部! 数が必要なの!」
「ここの護衛をゼロにするには正当な理由が必要ですよ」
「何を言っているの! ママも探すのを手伝うのよ! そしたら護衛はここに残らなくていいでしょ!」
「……」
ドゥアズルは少し迷って、面倒くさそうな顔をしながら、席を立った。
「ごめんなさい。話の途中に」
「いえ、心中お察ししますよ」
ドゥアズルはハルケンブルグに申し訳なさそうに一礼する。
「ハルケンブルグ、あんたも暇でしょ。手伝いなさい」
「な……!? 僕は暇じゃないぞ!」
カミーラは不可持民の大規模雇用計画の資料を指さす。
「それ、カミィが引き受けなかったらあんたがやるつもりだったんでしょ? 今、予定を空けておかなければおかしいわ」
「……」
「姑息な嘘でカミィを騙そうだなんて許されると思っているのかしら? 時間が惜しいから後にするけど、魔獣捜索で何も結果を出せなかったら厳しい罰を下すからそのつもりでやりなさい」
「……」
ハルケンブルグは何も言わず、カミーラをにらみつけながら席を立った。
不可持民の居住区。ペットボトルの燃焼によりあちこちから煙が上がっている。ガスマスクを付けた軍や警察がそれの消火に当たる。有毒ガスは風に乗って一般人の住む区域まで被害が出ている。それの原因解決が彼等の任務だ。
「出てけぇ! 出てけぇ!」
消火する軍人に周囲の不可持民からゴミが投げつけられ、頭や肩に当たる。軍人はイライラしながらも反抗しない。いや、許可が出される時を待っている。
実際に燃やした不可持民の処刑は決まっているが、戸籍がない不可持民から犯人を探し出すことは困難。軍の対応としては反抗的な不可持民を適当に殺して「これ以上死にたくなければ燃やすな」と脅すという流れで話が進んでいた。もうすぐ銃殺の命令が下る。それまでの辛抱なのだ。
その、いつ爆発するやも分からぬ兵士の群れ。そこを割り裂くように貴人の一団がやってくる。カミーラとドゥアズル、それに彼女等の私設兵達だった。
「カミーラ様ぁ!」
「今日もお美しい!」
「サイン! 服にサインください!」
カミーラは第二王子。第一王子のベンジャミンが一般兵を掌握する中、彼女が目を付けたのが不可持民だった。彼女は不可持民を一般市民と同等に扱い、私設兵として自らの土地に住まわせ仕事を与えた。ゆえに不可持民不から絶大なる支持を得ていた。
カミーラは自分に押し寄せる不可持民を制し、兵士の方を向いて言い放つ。
「あとは私がやるから、あんた達は帰りなさい」
その発言に兵士達はギョッとした。ムカつく連中をあと少しで殺せるはずだったのだ。我慢が報われるはずだったのに。
「恐れながらカミーラ様。ペットボトルの燃焼により有毒な一酸化炭素やダイオキシンが発生しております。王子がこのような場所に留まるのは危険です」
カミーラがこの場から離れるようにと兵士は抵抗する。
「そんなことは分かっているわよ! ほらあなた達、さっさと消火なさい!」
カミーラの声で不可持民達が一斉に動き出し、消火を始める。軍人がどれだけ言っても火を消そうとせず、むしろ燃焼箇所を増やしていたのにだ。
「ほら、もう兵士は必要ないでしょ? 帰った帰った」
しっ、しっ、と手であおぐカミーラ。軍人は王子に逆らう正当な理由を思いつかなかった。
歯を食いしばり、額に血管を浮き上がらせながら去っていく軍人達。
カミーラの前には消火を終わらせた不可持民が集まってくる。
「カミーラ様、本日はどのようなご用件でしょうか」
「このあたりに魔獣が出たと聞いたわ。それの捕獲を手伝ってほしいの」
「魔獣ですか!? アザラシのような!?」
「アザラシ……? 私は亀のような姿だと聞いたけど」
「恐ろしく強い黒亀のことですか? あれもいますが、魔獣はもっと人間に近い姿と言いますか」
「別のやつもいるってこと? じゃあそいつも捕まえてほしいわね」
「それは無理だぜ」
腹部に大きな青あざのある、リーダー格の青年が、仲間に肩を支えられながらやってくる。
「あいつは2カ月に1回しかこの辺にやってこねえ。普段は海にいるんだ」
「どうしてそう言い切れるのかしら?」
「俺を含めて15人、2カ月の間、あの魔獣の拠点と思しき無人島に人質として幽閉されてたんだ。今は妻が人質にされている」
「その無人島で魔獣と暮らしていたの?」
「そういうわけじゃあないが、妻を人質にされているってことは……」
リーダーの代わりに肩を支えている仲間が答える。
「やつは『人質を返してほしければ2カ月で目につく全てのゴミを無くせ』と言ったんです。だから俺達はゴミを燃やしました。で、魔獣はぴったり2カ月で戻ってきました。そして、こいつを人質から解放する代わりに妻の方を人質にしやがったんです。再び『人質を返して欲しければ2カ月で目につく全てのゴミを無くせ』と言って。なので、次に返ってくるのはもう2か月後だと思います」
「……」
カミーラはゴミの山を眺める。あまりにも汚くて不愉快だ。魔獣の気持ちは分からないでもなかった。
「話は分かったわ。それじゃあまずは亀の捕獲を優先してちょうだい」
「分かりました」
その時、遠くで発砲音が鳴り響いた。それも一発ではなく、何発も何発も。止む様子が微塵もない。
「チッ、カミィの土地で勝手な真似を……!」
この場の兵士は引いたが、不可持民の居住区は広い。遠くの兵士達が虐殺を始めたのだろう。
急いで銃声の方へ移動するカミーラ達。そこは地獄絵図と化していた。
「あなた達! 発砲はやめなさい! この場は私に従いなさい!」
カミーラは両手を広げて不可持民達を守ろうとするが。
「うっせぇ! こいつら俺の顔にうんこを投げつけやがったんだ!」
暴走した兵士がカミーラを撃ってしまう。眉間に直撃、即死。
ぞっとする周囲の兵士達。
「バカお前! 王子の殺人なんて一族郎党皆殺しだぞ!」
「なあに、不可持民が殺したってことにすりゃあ……」
バチュン。
王子を殺した兵士は一瞬で紙のような薄っぺらな状態に潰され、血しぶきをまき散らした。
カミーラの念能力、100万回生きた猫。その念獣が兵士を潰し、手に入れたオーラをカミーラに与え、蘇生する。だが、念が見えない人間にはただカミーラが蘇生したように見えた。
「奇跡だ! カミーラ様の奇跡だ!」
「女神さまが我々を救ってくださった」
「な……っ!? な……っ!?」
動揺する兵士。カミーラは銃を手に持ちその兵士の眉間を撃ち抜く。
「王子への反逆罪。あなたも当然極刑よ」
そうしてカミーラの蘇生を見た兵士達は殺されてしまう。情報の秘匿。念能力者として基本は抑えていた。
このような行為を繰り返した後、カミーラはようやく目当ての念獣を発見した。
「うわぁあああああああああ!???」
「なんだこの亀!? 強すぎる!? あばっ!?」
不可持民を虐殺したと思しき兵士達。それと、黒い亀が戦っていた。
カミーラには一目でわかった。死後の念。あれは亀の姿をした念獣のようなもの。一般人に見えているということは実体を持っており、操作系の能力かもしれない。
「操作系の能力は早い者勝ち。つまり、あの亀を捕獲しても無意味ね……」
カミーラはここまでの努力が徒労に終わったことに気づく。そして、姿を見せない魔獣と操作系能力者に対して深い怒りを覚えた。
「私が出向いているのに姿を見せないなんて、なんて理不尽なのかしら……!」
魔獣の方は絶対に捕獲する。カミーラはそう誓いながら、兵士の暴走を止めるために方々を走り回った。
その、最後に向かった場所。海に一番近い区域。
カミーラはもはや期待などしていなかったのだが、そこでアザラシの姿を確認した。
「なんだこいつ! 強すぎる!」
「銃が効かない! どんな皮膚してやがる!」
アザラシは器用に起立し、人間のような武術を使いながら兵士達と戦っていた。しかも、念能力者だった。
「あれは、魔獣ではないわね。ふつうのアザラシ。でも、念能力者! 動物の念能力者は珍しいわ! 捕獲よ!」
アザラシと戦う兵士を下がらせ、カミーラはアザラシに近づいていく。
「ご機嫌用。人間の言葉が分かるかしら?」
「ガウッ、ガウッ」
アザラシはカミーラに気づき、ボディビルダーのように筋肉自慢をする。言葉は通じないようだ。
「エサを用意して」
「はっ!」
魔獣をおびき寄せるためのエサと移動用の車はハルケンブルグが手配していた。カミーラはそれを利用する。
ドゥアズルが魚を片手に笑顔でアザラシを見る。ぱくんっ。アザラシはドゥアズルの魚に飛びついた。アザラシの頭を撫でるドゥアズル。笑顔になるドゥアズルとアザラシ。
「よし、そのまま! 餌を使ってちょっとずつ車に誘導よ! 刺激しないようにね!」
アザラシはドゥアズルの餌に食いつき続け、そのまま車に乗る。頭を撫でられながら、ドゥアズルの後宮まで連行されることとなった。
魔獣に人質にされていたという不可持民を呼び、これが目当てのアザラシのような魔獣かどうかを尋ねる。
「これは違いますね。魔獣にアザール君と呼ばれていたアザラシでもないです。アザール君はサイズがもっと大きいです」
話を聞くと、アザラシのような魔獣には、本物のアザラシやクジラなど、仲間と思しき海の生物がたくさんいたという。
「つまり、仲間の一匹を手に入れたってわけね。ママ、この子に魔獣の下へ案内するよう頼めるかしら?」
「……やってみるわね。アウアウ、アウッ。リーダーアイターイ」
「アウッ、アウッ、アウッ」
笑顔で何かを言い合うドゥアズルとアザラシ。ふざけてじゃれているようにしか見えなかった。