100億人に一人の才能 作:キモいよ
クチナシに人質にされたリーダー格の妻たち15人。彼女達は全裸になって、ペットボトルが浮かぶ海の上で船に掴まっていた。船には彼女達の服と、人がすっぽり入るサイズの樽が置いてある。その樽いっぱいにペットボトルを入れることが、クチナシから彼女達に告げられた仕事だった。それが終わるまでは海の上での生活。飲み水や食事も得られない。
船はシャチやサメなど巨大な海の生物に囲まれている。船で逃げようとしても巨体で体当たりされて動けない。何より大きな口が恐い。女達はクチナシの指示に従うしかなかった。
「もう、無理ぃ」
「暑い~。死んじゃう~」
「海水飲んじゃった。がぼっ。くるしっ」
だが、川の近くとは言えゴミの上で不健康な生活を送っていた女達だ。泳ぎが上手なのは3人だけ。他は一度潜水するだけでもひん死という無様なありさまだった。
「ねえ! あんた泳げるんだから自分で拾えばいいでしょ!」
「何度も言わせんな! お前達が拾わないと意味がないんだって!」
クチナシは水中でサメやアザラシ、巨大クジラと戦っている。修行なのだという。
その余波で大きな波が押し寄せてくるので、ゴミ拾いが余計に困難になっている。はた迷惑な連中だった。
そんな女達の中で、一人の少女だけがスムーズに泳ぐことができていた。
「ぷはっ」
両手にペットボトルを持ち、樽の中に入れる。粋を吸い、すぐさま水に飛び込む。
流れるような動き。そして信じられないほどの体力。見た目も美しかった。
「あなた体力すごいわね。どこの子?」
「えっと。私、この辺りの無人島で育ちまして。どこで生まれたかも覚えてないんです」
「ん? ゴミを捨てたから人質にされたんじゃないの? 無人島にゴミなんてあるの?」
「えっと。ゴミはいっぱいありましたけど……」
「へー。どこかの貴族の別荘かしら?」
少女は自分もカキン王国に生まれた人間だから、ゴミを拾うべきだと思って女達に協力しているに過ぎない。人質ではなくむしろクチナシ側の人間。個人情報にあまり深入りされたくなかった。が、女達の圧に負けて喋ってしまっていた。
「ご両親は?」
「うんうん、気になるよね」
「すみません。いたとは思いますが覚えてないんです」
「捨て子ってこと?」
「それも分かりません。気が付いたら兵士さんに育てられていて」
「兵士が? どこかお偉いさんの子供?」
「いえ、違うと思いますよ。肉だとか言ってましたから」
「肉? 人間を食べるつもりだったの……?」
「接待の方じゃないかしら」
若い女達はキョロキョロと回りを見ながら知らない言葉の意味を考える。
そこで、やや年上の女がひらめいたらしかった。
「薄っすらと聞いた記憶があるわ。謝肉祭で王族の接待をして、王妃になれなかった場合に、子供が生まれたら二線者や肉になる、だったはずよ……」
「二線者って、顔に凄い傷がある人のことよね?」
「後継者争いから脱落した証拠ってわけね」
「あっ、そういう意味があったんだ!」
「私も気づかなかったわ」
「はあ。この子も苦労してるのね」
「ってちょっと待って! 王族の接待をしたってことは、あなたのご両親のどちらかが王族だってことじゃないの!?」
「えっ、そうなんですか?」
「あっ、確かに! そうなるわね!」
女達が少女の顔をまじまじと見る。
「その髪の毛とか、まつ毛の感じ。1人心当たりがあるのよね」
「私も。言おうかどうか、迷っていたけど」
「あなた、名前はなんだったっけ?」
少女は皆に詰め寄られて緊張してしまう。
「は、はわわっ。私、本当の名前は、憶えてないのです。兵士の方に、何年か前に、お前はカミィだとか言われて。それが名前になって」
「やっぱり! カミーラ様!」
「きっとそうだわ! あなたカミーラ様のお子様だったのよ!」
「なんて運命的な出会いかしら!」
「お相手の男性が気になるわ。きっと素敵な方なのでしょうね」
女達が急に元気になった。カミーラ。女達にとってその名前は好意的に受け止められているらしい。
カミィにとっての印象とは逆だった。兵士はカミィに対し「カミィカミィうっせぇよ! いつも偉そうにしやがってクソアマがぁ!」などと怒りをぶつけてくることが多かった。唯我独尊、思い付きで行動する浅慮で傍若無人な王子だと思っていた。やはり噂話など当てにならない。人間直接会ってみないと分からないということだろう。
「カミーラ様のお子様に苦労はかけられないわね」
「よし! やりますか!」
女達はゴミ集めにもやる気を出し始めた。泳げる女を中心に。泳ぎが得意ではない女も、手をつないで船へと引っ張るような形で、ゴミを拾っていく。昼前に樽はいっぱいになった。
「おーい! 終わったよー!」
女達が海で修行しているクチナシに呼びかける。
「遅かったね。おばさん達、運動不足過ぎるんじゃないの?」
「だぁれがおばさんよ! このガキ!」
女達はクチナシをぽかぽかと袋叩きにする。振を使わずとも痛くないのでそのまま受けた。
「よぉし、ほんじゃあ燃焼施設に持って行きますかね」
「アウッ、アウッ」
女達全員を船に乗せて、その船をクジラが運ぶ形で移動する。目指すはミネルバ達が暮らす無人島。
「やぁーーっと島に着いたぁ!」
「川、探しましょう! 水が飲みたいわ!」
「日陰で休憩したいわ」
「待て待て! ゴミを集めた樽を運べ! お前達の仕事だぞ!」
女達は島に着くなり方々へと走って逃げて行く。クチナシは蟻を飛ばして逃げる女達を攻撃させ、転ばせる。
「いったぁーっ」
「何なのこの蟻! ありえないんだけど!」
「おら、樽を運べ」
「あ、私が運びます」
「お前は頑張り過ぎだ。ゴミを捨てたやつら自身に働かせないと」
「でも、皆さん体力の限界だと思うので。よっこらせっと」
カミィが樽を抱きかかえ、歩き始める。女達はハッとしてカミィに近づいていく。
「カミーラ様のお子さんに無茶はさせられないわ!」
「私達が運ぶわ! あなたはジッとしてて」
「えっと……」
女達はカミィから樽を奪い、クチナシからカミィを庇うように体を寄せた。
「カミィは俺の仲間だぞ。お前達がかわいそうだから手伝ってくれていただけで。なぜ守る?」
「どう見ても無理矢理従わされているだけでしょうが」
「カミィちゃん。気を強く持つのよ。あんなのに騙されちゃダメ」
「あの、私、好きで一緒にいるだけで……」
「よしよし、辛かったね」
「洗脳されちゃったのね。大丈夫。私が一緒にいてあげるから」
女達は勝手にストーリーを作り上げ、カミィを守ることに情熱を燃やしていた。
「まあなんでもいいか。ゴミ燃焼施設はこっちだ。着いてこい」
警戒しながら歩く女達。
「う、うわぁああああああ! 痴女だぁあああああああ!」
島民に見つかってしまった。クチナシが無人島に運んできたNGL移住希望者の青年。顔を真っ赤にして逃げて行く。
不可持民だがリーダー格の妻なので、それなりの服は持っている。が、不可持民という集団全体が、売春を主な収入源としているために、服装にもその影響が大きく出ていた。女王様系のコスプレや胸元が大きくあいたドレスなど、非常に破廉恥な格好だったのである。
「なにあれ?」
「痴女ですって。失礼しちゃうわね」
「だけどちょっと、かわいいかも」
「分かるー。ああいう初心な男の子って、あんまりいないもんね」
やがて燃焼施設に到着した。クチナシと5人のNGL移住希望者で作ったたたら場だ。
ミネルバが黒炭と化したペットボトルの燃焼痕を集めていた。
「その人達も移住希望者?」
「こいつらはカキン王国のゴミ山の川で暮らしていた女達。偉そうなやつの妻だとか恋人らしいから、たぶんそこそこ偉いと思う。だから、こいつらにゴミ拾いをさせてゴミの責任を取らせようと思ってる」
「えーっと、本人は納得してるの?」
「「「「「「納得してません!」」」」」」
女達は一斉に否定した。
「ま、こいつらは自分勝手で自然のこととか考えてなかったからな。強制しないとゴミを捨て続ける生活をやめなかった」
「でも、会話を止めてしまったら人間関係が壊れてしまうわ」
「片や人間関係、片やゴミを食らって死ぬ動物。どっちが大事だと思う?」
「……難しい問題ね」
一般には動物の命よりも人間の人権の方が大事だと答えるだろう。だが、彼女はNGL移住希望者。人間は自然の一部であるはず。ゆえに自然の破壊を止めるためなら多少の人権侵害は認めてもいいように思えた。
「これから二カ月、こいつらには毎日海のゴミ拾いをさせようと思う。で、それが終わったらたたら場の作り方を教えてあげて欲しい」
「いいわよ。でも、私達もあなたの力が無ければ作れなかったし、安全に風を送るのも難しかった」
「じゃあ自分達だけで出来るように、ミネルバ達も設計を変えたり土を固める方法をいろいろ試してくれ」
「うん。そうね。やってみるわね」
「やってみるわねって、私達がそれ聞く必要ある?」
「あの、ゴミを燃やす時に、これで燃やせば有毒ガスが出ないみたいで」
「ほんと!?」
「さすがはカミーラ様のお子様! 賢いわね!」
女達は反抗的だが、カミィが言えばそれなりに従う。ミネルバから女達へのたたら場製作の説明が行われた。
「とまあこんな感じだけど、言葉だけで覚えるなんて無理だわよね。細かい所は作りながら覚えましょう」
「ま、そりゃあね」
「でも今日は疲れたの。まずはお昼ごはんにしたいのだけど」
「ヤシの実ならすぐに取れるわ。そこの野草も食べられるのがいくつか。あとはヤドカリとかかしら。ゴミの影響でそんなにおいしくないけど」
女達はヤシの実やヤドカリを取り、燃やし、食事をする。ミネルバはゴミの影響でおいしくないと言ったが、女達が普段暮らしている場所に比べれば遥かにマシ。ふつうにおいしく食べられた。
「ミネルバさん。私、カミーラ様に似てるんでしょうか?」
「似てるわね。子供なんじゃないの?」
「ええっ!?」
食事中、意を決してミネルバに尋ねるカミィ。ミネルバがあっさり認めたことで、カミィはショックを受けてしまう。そんな大事なことをなぜ今まで教えてくれなかったのか。
「やっぱりそうよね!」
「似てるよね!」
「カミーラ様の娘さんならこんな場所で暮らすべきじゃないわ! もっといい場所に行きましょう!」
「そうね! 街でオシャレに暮らすのがいいんじゃないかしら!」
女達も盛り上がった。
クチナシは女達の近くで蟻と修行を行っていた。そのクチナシの下に、一匹のアザラシが近づいていった。アザール君だった。
「アウッ、アウッ、アウッ(俺の弟子のバザール君のさらに弟子が、お前の修行を受けたいと言っているが、連れてきていいか)」
「好きにしろ」
和を用いた会話。アザール君は海に戻っていく。
少し違和感があった。弟子の修行などいちいち確認するまでもない。今まで勝手に増えて勝手に減ってきた。なぜ今、質問する必要があったのだろうか。
しばらく後、アザール君と共に大きな船が近づいてきた。クチナシは修行を一時中断し、海に飛び込み。クジラの上に乗って船に近づいていく。
「止まれ! ストップ! ストーーーーップ!」
巨大クジラの出現で大きな船が慌てて急停止する。
船の上、銃を構える軍人と小奇麗なお世話係のような集団。
その真ん中に、目立つ格好の女がいた。明らかに自分がリーダーだと主張している。
「こ、こいつです! カミーラ様!」
女の近くにいた見覚えのある不可持民の男がクチナシを指さして言う。軍人とお世話係のような連中の緊張感が上がる。ほとんど全員が念能力者。目にオーラを集め、何が起きても対応できるように構える。
「アウッ! アウッ! アウッ!」
と、船の上にいたアザラシが何やらクチナシに叫んでいる。アザール君の弟子、バザール君だった。
―――和―――
クチナシはアザラシの言葉を心で感じ取る。
『こいつらはオイラの弟子だ。おめぇの修行を受けたいらしいから稽古をつけてやってくれ』
クチナシはバザールに呆れてしまう。
『んなわけないだろ。こいつらは俺の居場所を知るためにお前を利用しただけだ』
『バカな!? ……大好物のイワシを山ほどくれたんだぞ?』
精神世界でやり取りをする。だが。
―――和―――
『ワタシタチデシダヨ』
突如別の人間が、クチナシの和の会話に入り込んできた。
クチナシの目がクワと見開かれる。船の上、一番偉そうな女の隣に立っている女。にこやかな笑顔でクチナシに手を振っていた。
『修行を受けに来たのか?』
『ソウダヨ』
和によって本心かどうかは分かる。少なくともこの女はバザール君の弟子となり魚をあげる契約を結んでいるようだ。
『隣の妹、娘?』
『ムスメダヨ』
『娘は修行を受ける気なさそうだけど』
『ムスメハオトモダチニナリタイダケダヨ。ワルイコジャナイヨ』
クチナシは疑うような視線を娘に向ける。
「ママ、魔獣はなんて?」
「魔獣ではなく、かわいい男の子だったようです」
「どういう意味?」
「カミーラとお友達になりたいみたいですよ」
「お友達? どうして?」
巨大クジラがゆっくりと船に近づいていく。もうすぐ接触というところで、クチナシはジャンプして船に飛び込む。
飛び込みながら身体を変形して、人間の姿になる。なお、おち〇ちんはしっぽのような形でネルーに接続したままであり、そのネルーは海に耐えられるように全身を魚のヒレのような細胞で包まれている。
着地したクチナシを部下の人間達が囲う。銃を構え、いつでも発砲できる状態に。
「あなた……、人魚だったの!?」
「いや、俺は人間だよ。この後ろの奴は治療中だから外せないってだけ」
「にん、げん……? 変化系かしら?」
「そんなことより友達になりたいって本当なの? ふつう友達に銃を向けないと思うんだけど」
カミーラはハッとなった。
「銃を下げなさい」
部下たちが銃を引く。だが、側近のような女はいつでも戦える状態でカミーラの隣に控えている。
「ごめんなさい。でもあなたも不可持民の村を襲ったのでしょう?」
「いや、俺はゴミを減らすよう言いに行っただけだよ。向こうから俺を殺そうとしてきたから反撃しただけ。むしろ殺さずに我慢してやっただけ褒めてもらいたいね」
『エライエライ』
カミーラの母親が褒めてきた。カミーラは不可持民を睨みつける。
「この人魚の言っていることは本当かしら?」
「えーっと、その……」
不可持民は言い淀んだ。
「しかし! リーダーを人質にしていたのは本当です!」
カミーラは疑わしそうにクチナシと不可持民の男へと左右に視線を動かす。
「ゴミを減らすにはそれくらいしないとダメだと思ったからね。でも、お前達が俺を殺そうとしたんだからそれくらいやってもいいんじゃないかな。何事もバランスだからね。やられた分はある程度やり返さないとね」
「なんだとぉ……!」
不可持民の男はクチナシを睨みつける。が、そこでカミーラがパンと手を叩いた。
「はい! その話は終わり! それよりも!」
カミーラはクチナシをビシッと指さした。
「あなた! カミィの仲間になりなさい!」
「仲間? 何の仲間?」
「あなた、念が使えるでしょう? カミィは強い仲間を求めているの」
「戦えってこと? 偉そうな姉ちゃんのために?」
「偉そうじゃなくて偉いのよ! だから、あなたもカミィのために戦うの! 報酬は弾むわよ!」
「いやあ、いきなり戦えと言われても。命をかける理由がないでしょ。俺は偉そうな姉ちゃんのこと好きでもなんでもないわけだよ?」
「じゃあ好きになりなさい! 今すぐに!」
「それで好きになるのっておかしくない?」
「これは命令よ! 好きになりなさい! そしてカミィの仲間になるの!」
「うーん……」
クチナシはしばらく考える。ふつうに考えれば断れば済む話。だが、カミーラから伝わってくる本気の焦り。これは、戦力を集めなければ死んでしまう何かがあるということ。
「まあ、俺が戦うかどうかはさておき。偉そうな姉ちゃんに修行をつけることはできるけど?」
カミーラの目がクワと見開かれる。クチナシからの提案は仲間になるか断るかの折衷案。これは認めてもいいかもしれないと思った。
だが、それは見せかけ。もともと修行相手を募集していたクチナシとしては譲歩でもなんでもなかった。
「いいわ。つまり、修行が終わったらカミィ達は仲間ってことね?」
「ま、修行仲間になってあげてもいいよ」
「誓いなさい。カミィの仲間になると」
「偉そうな姉ちゃんが真面目に修行すると誓ってくれたらね」
「誓うわ。だからあなたもカミィの仲間になると誓うの」
「はいはい。誓いますよ」
「カミーラ様。言霊を使いますか?」
「ええ、お願い」
カミーラの手下の一人が出てきて、念能力を発動する。操作系能力、言霊契約。互いに何らかの契約に言葉で同意するのを見届ける。一方が契約を満たし、一方が破った場合に、破った側を死ぬまで意のままに操る。
「死ぬまでってことは、死んだら解除なの?」
「意味のない仮定ね。人間死んじゃったら終わりでしょ?」
「ま、そうだね。偉そうな姉ちゃんは余裕そうだけど」
「……何の話かしら?」
「またまたぁ」
「御託はいいわ。さっさと修行を始めてちょうだい」
「はいはい」
―――和―――
クチナシの非常に穏やかなオーラが広大な範囲に広がっていく。
「こ、これはっ!?」
「カミーラ様!? ご無事ですか!」
あまりのオーラ量に手下達はたじろぐ。だが、オーラ自体は非常に穏やかだったので、呼吸などの生命活動に害はなかった。クチナシのオーラを目指して鳥や魚が集まってくる。それぞれの動物もまた瞑想し、クチナシとオーラを共有し、穏やかで広大なオーラがさらに大きくなっていく。
「俺がいつも準備体操代わりにやっている生命エネルギー操作。名付けて和。全ての技の基本ってやつだね。偉そうな姉ちゃんもやってみてよ」
カミーラは大きく目を見開いていた。初めて念の世界に触れ、世界の大きさを知らされた時の感覚。それを思い出していた。
カミーラは落ち着いた動作で座り、瞑想を始める。
「どういう感覚でやればいいのかしら?」
「人間のオーラというより、植物のオーラに近い感じ。どこまでも穏やかで、地球に根を張っている」
「こうかしら?」
「弱くするって意味じゃない。生命力は満ち溢れている状態。そのまま、ただ穏やかになっていく」
「こう?」
「少し近づいた。もっと穏やかに」
「うっ、くっ。うーん……」
カミーラは穏やかであれと自分に念じる。全身から力を抜こうとする。そうすると弛緩して絶になってしまう。これではダメだと分かっている。だが、穏やかとは難しい。カミーラの美しい眉間には深い皺がきざまれている。
『カミーラは、これが苦手なのよ』
『何かに対する恐怖心が出ちゃってるね。それが無くなればよくなると思うけど』
『それは、難しいわね。少なくとも、あと数年は』
『数年後に俺を戦わせようとしている大きな戦いがあるの?』
『本人の口から聞いて欲しいわ』
『ま、もう分かっちゃったけどね』
カミーラがうなっている間に、クチナシはカミーラの母、ドゥアズルと和の状態で会話を行った。
「ま、準備運動はこの辺でいいでしょ。次の修行やるよ」
「ぷはあっ、はあ、はあっ」
「お疲れさん。どうだった?」
「真剣にやったのに上手くいかなかったわ。教え方が悪いんじゃないかしら?」
「まあ、真剣にやってくれたならいいよ」
クチナシは次の修行の説明のために、オーラの質を変える。
ぞわり。悪寒と共にクチナシの全身から蟻やカエルがうじゃうじゃと湧き出てくる。
「ひっ!? がっ!?」
「カミーラ様ァ!」
手下達が慌ててカミーラを囲った。
「邪魔しないで。修行中よ」
「しかし、このオーラの質は……!」
死の気配が漂う危険なオーラ。手下達は額に汗を浮かべる。カミーラもそうだった。
クチナシだけではない。巨大クジラやアザラシ。手下達と同等か、それを上回るほどの巨大なオーラを持つ動物達は100体近くいる。それら全てが、殺気を放っていた。
「次は和の逆。争。生命の危機を知らせることで、生存本能を刺激し、活性化させる」
「それに何の意味があるのかしら?」
「何事も全力を出せるようになるってこと。全力であがき、歯を食いしばり、だからこそ壁を超えることができる」
蟻の一匹が、クチナシに突っ込んでいく。
それを皮切りに、多くの動物達が、一斉にクチナシへと攻撃していく。クチナシはそれを、見事な対さばきとオーラ移動、オーラのオンオフにより防ぎきっていた。
「じゃ、偉そうな姉ちゃんもやってみて」
「これならできるわ」
―――争―――
言葉通りいきなりできた。カミーラのオーラに反応し、クチナシを襲っていた蟻の一匹がカミーラに突っ込んでいく。
「カミーラ様ァ!」
「あっ! 避けて!」
避けるか、オーラで防ぐべき蟻の特攻。カミーラはそれを絶状態で受けた。
「がふっ!?」
「言わんこっちゃない!」
眉間を蟻が突きぬけた。これでは即死だ。
クチナシは争を解き、和によって蟻を操作してカミーラの治療を行おうとする。
が、カミーラの手下がなぜかそれを妨害した。
「おい! 邪魔すんな! どけ!」
「このままでいい! このお方は!」
手下の妨害もあり、カミーラは死んでしまう。だが、そこで死後の念が現れた。100万回生きた猫。猫はカミーラを殺した蟻を潰し、生命エネルギーをカミーラに注ぎ込む。カミーラの眉間の傷がふさがっていく。だが、意識を失ったままだった。呼吸も行われていない。
「なぜ、いつものように目覚めなさらない?」
「蟻のエネルギーでは足りなかったのでは?」
「そんな!?」
「人工呼吸を行います!」
慌て始めるカミーラの手下達。ドゥアズルがカミーラのそばに行き、胸を押して人工呼吸を行おうとする。が、彼女を覆い隠すように蟻の群れと植物の根っこがカミーラを襲った。
「貴様! 何をしている!」
手下達がクチナシを銃で撃ち、蟻や根っこを退けようとする。だが、クチナシは意に返さない。
「これくらいならすぐに治せる」
「なんだと?」
カミーラの穴という穴に、蟻と木に変形したクチナシの細胞が入り込んでいく。
どぴゅっ、どぴゅっ、どぴゅっ。
クチナシからカミーラへ大量の生命エネルギーが送り込まれる。
「ガッ!? ガボッ!?」
カミーラはすぐに息を吹き返した。
「はあ、はあ、はあっ。アッ、アッ♡ がほっ、げほっ」
心臓も動き始め、顔の血色もよくなっていく。これで大丈夫だろう。だが、カミーラは眠ったまま目覚めなかった。
「容態は安定していますが、少し疲れてしまったようです。一度後宮に帰ろうと思います。皆さんよろしいですか?」
「もちろんです。カミーラ様のお身体が第一ですから」
ドゥアズルの指示でカミーラ達を乗せた巨大な船は帰って行った。