100億人に一人の才能 作:キモいよ
「さ、修行の続きをやるわよ」
翌日もカミーラはやってきた。船は小型高速艇で、手下の数も減っている。その代わり、戦闘に自信がある精鋭を集めたようだ。服装は昨日の高価そうなドレスと違って動きやすいタンクトップとショートパンツ。ラフな格好だ。
クチナシはクジラからジャンプしてカミーラの隣に立つ。
「昨日死にかけたけどやる気十分だね。偉そうな姉ちゃん見直したよ」
「あなた、何様のつもり? カミィは第二王子よ? その発言は不敬罪を問われるわ」
「別に何罪でもいいよ。この国の兵士に俺より強いのいなさそうだし」
「考え方がお子ちゃまね。あなたがよくても周りから攻める方法もあるのよ?」
「そうなんだ。まあ何でもいいから和の修行から始めるよ」
「ちょっとは考えなさいな……」
カミーラが呆れていると、クチナシが瞑想を始める。穏やかなオーラが溢れ、海鳥や魚や集まってくる。その様子をカミーラはじっと見ていた。
「ほらカミーラもやってみて」
「少し、いいかしら。昨日考えていたのだけど」
「何?」
「昨日、夢を見たの。あなたが巨大な木となって、眠っている私を包み込む夢。私はあなたと一体になって、あなたの巨大なオーラを注ぎ込まれた。そして、眠りから覚めたの。部下からも話を聞いたのだけど、あなたが私にオーラを分けてくれたのよね?」
「そうだよ。呼吸と鼓動が止まっていたからオーラをあげて生き返らせてあげたってわけ」
「それについては礼を言うわ。ありがとう」
「どういたしまして」
「だけど私が気になっているのは夢の内容よ」
「その夢の通りで正解だと思うけど」
「いえ、正解だからこそよ」
「だからこそ?」
カミーラは真剣な顔になる。
「あの瞬間、あなたと私の間で”和”ができていたんじゃないの?」
「あー……」
クチナシは治療の時には相手と心を合わせ、自分のオーラを送る。そうすると相手にもクチナシのオーラが馴染みやすく副作用が出にくいからだ。
「ま、和と言えなくもない、かな」
カミーラの眉間がパッと綻んだ。
「やっぱりそうよね! じゃあ、もう一度やってくれないかしら? 感覚をつかみたいの!」
「なるほどね。いいよ。やろう」
「よしきた!」
カミーラは座禅のような格好で座る。
「私はふつうに瞑想していればいいのかしら? 絶をした方がいい?」
「そうだね。これは俺が強制的に一体化するやつだから、絶がいいよ。オーラが乱れると一体化しにくくなるから」
「分かったわ」
カミーラは目を閉じ、絶を使用する。クチナシはカミーラにそっと近づいていく。
カミーラの首にクチナシの腕が回される。両腕でやさしく抱きしめるような格好。胸にクチナシの腹が当たる。顔に吐息が吹きかかる。
「うっ」
カミーラはそっと目を開ける。クチナシの顔が眼前に迫っていた。
「ちょっと、何考えてるの? キスしようとしてるわけ? 修行しなさいよ」
カミーラはクチナシにがっかりした。所詮はオス。クソガキだったということだろうか。カミーラはクチナシを払いのけようとする。
「ちょっ、カミーラがやれと言ったんでしょ。邪魔しないでよ」
「キスしろとは言ってないわ! 離れなさい!」
「ああもう! やれば分かる!」
「はうっ!?」
クチナシはカミーラを強く抱きしめる。顔と顔がくっつきあい、唇と唇が触れる。
目を見開いて固まるカミーラ。抵抗しようと思ったが、いつもの癖で攻められると絶状態になってしまう。その隙に、クチナシのオーラが一気に入り込んできた。
「アッ……」
クチナシとカミーラの目が合う。そのクチナシの黒目のその奥。深淵に飲み込まれるようにカミーラの視界は精神世界へと旅立った。
「こ、ここは……!」
巨大な森、大海原、大草原。蟻の群れ、カエルの鳴き声、海鳥の歌、クジラの咆哮。目まぐるしく動く生命の本流。カミーラは宙に浮いた状態で周りの景色だけが高速で動いていく。
突然、目の前に巨大なクチナシが現れた。彼は姿を木へと変えながら、カミーラを抱きしめる。
「き、きゃぁあああああああああ!!!」
クチナシがカミーラへと溶け込んでいく。
「あっ、あっ、ああっ!?」
気付くとカミーラは木の一部となっていた。
周りには不思議な森林があり、巨大なクジラは宙を浮かび、海鳥は大地を駆ける。
「まあ、無理矢理和の中に入れたらこんな感じになっちゃうかな」
カミーラの隣に全裸のクチナシがいた。
クチナシはカミーラを木から引っこ抜く。全裸のカミーラが不思議な森の大地に立つ。
「これが、和。これが、あなたの見ている世界なの?」
「いや、これは和を使った状態で俺が主導権握ってるから、ふつうの和ではないかな。でも、感覚はこんな感じで合ってるよ」
動物へと手を伸ばすカミーラ。今どこで何をしているか。今何がやりたいか。彼等の考えていることが、何となく伝わってきた。
「この感覚を、現実に戻っても維持すればいいのよね?」
「ま、そんな感じだと思うよ」
「真面目に修行教えさいよ! あなたが真面目にやれって言ったのよ!」
「そう言われても、この感覚を伝えるのに言葉なんているかなあ?」
クチナシは本気で分からないようだった。
「……あなた、実力は認めるけど指導者としては失格ね」
「自覚はあるよ。自分が何の努力もせずにできたことをなんで他人ができないのか分からないから」
「嫌味な子供ね……。苦労するわ……」
カミーラが精神世界から帰ってくる。クチナシは全身を木のような姿に変え、カミーラの全身の穴という穴に入っていた。
「カミーラ様! ご無事ですか!」
カミーラの部下たちが必死にクチナシを剥がそうとしていた。クチナシはシュルシュルと身体を変形させ、人間の姿に戻っていく。
「酷いもんだよ。カミーラがやれと言うからやったのに」
カミーラの手下はクチナシに銃を突き付けていた。
「撃っていいわよ」
「はぁ!?」
手下からクチナシに銃が乱射される。対クチナシを想定した、装甲車破壊用のライフル。クチナシは振で受けるが、衝撃を殺しきれず、バランスを崩す。そこに追撃できたライフル弾は振ではなく渦の回転によって弾いて防いだ。
「ヤバ過ぎでしょその銃。俺じゃなかったら木っ端みじんだよ?」
「銃じゃ殺せないのかしら? バズーカなら?」
「カミーラ様。弾切れです。どうしましょうか」
「今日はもういいわ。次からは対戦車用のバズーカを持って来ましょう」
「はっ」
「カミーラさあ、自分でやれと言っておいて怒り過ぎじゃない? 乙女の身体どうこうってやつ? 修行なんだから気にしたら負けだと思うんだけど」
「あなたはデリカシーがなさすぎるのよ。次、女性の身体に触れる時は説明して許可を取りなさい」
「はいはい」
集中力が途切れたので和の修行は一旦終わり。争の修行に移る。
「カミーラ、争は上手いんだけど油断しちゃダメだよ。ちゃんと避けるんだよ」
「分かってるわよ!」
―――争―――
空間に死の気配が漂い、動物達が生存本能をむき出しにする。
「アウッ! アウッ!」
「ブォオオオオオン!」
アザラシ、クジラの咆哮。クチナシの全身から蟻が飛び出し、戦闘態勢に。
そして、蟻の中から何匹か、カミーラの方へと飛び出した。
「ガフッ!?」
「カミーラ様!」
「だから絶しちゃダメだって!」
相手が攻撃をしてきたら絶をする。それはカミーラの癖になっていた。分かっていても一朝一夕で直せるものではない。カミーラは腹部に蟻の突進を食らい、あばらを何本か折る。
「くっ! 邪魔しないで! 修行中よ!」
「そうも言ってられません!」
次々と飛び込んでくる蟻やカエル。カミーラの手下が弾き落とし、蹴り飛ばす。カミーラ本人は攻められる度に絶をしていたが、ちょっとずつオーラを纏えるようになってきた。
だが、そのオーラに反応したのか。強めの蟻がカミーラの方へ飛んで行ってしまった。
手下の対応が遅れる。カミーラのオーラ防御は間に合わない。このままでは再び身体に風穴があいてしまう。
「よっと」
そのカミーラを、クチナシが抱き寄せて回避させた。
「あなた! 身体を触る時は許可を!」
「集中しろ! 来るぞ!」
「くっ!?」
クチナシが助けたということは彼についていた敵がやってくるということ。20匹を超える強化蟻。カミーラならば堅で受けようともひとたまりもない。それを、クチナシは器用にカミーラを抱き寄せ、時には押し、回転させ、華麗に回避していく。
「ぐうっ!?」
もっとも、無傷とはいかない。無理矢理な高速移動に全身が悲鳴を上げる。
「俺とタイミングを合わせろ! 和を使え!」
「がっ! ゴフッ!? こんのっ!」
争の効果。生命の危機にカミーラの念がすさまじい勢いで上達していく。凝で蟻の動きを追い、クチナシのオーラ移動を感知し、次の行動を予想。引っ張られる前に関節が外れないようにオーラを込める。引っ張られ、蟻を躱す。躱しながら蟻を蹴飛ばして回転する。その蹴りの反動で着地の姿勢を整える。
徐々に2人の呼吸が合っていく。動きが洗練されていく。
「こ、これは……っ!」
手下達にとってはクチナシは、自分達の美しい姫を横から掻っ攫っていくよそ者。だが、思わずうなってしまった。
「う、美しい……っ!」
ただでさえ美しいカミーラが、クチナシの手によって華麗に舞い、汗水を飛ばす。
素早く、無駄のない、リズミカルな動作の数々。その全てが神業の域。この演舞を見れたことは一生の誇りにできる。それほどの光景が目の前にあった。やがてカミーラの体力が尽き、クチナシも争を止める。5分ほどの短時間の修行だったが、カミーラ本人には数日にも及ぶ精も根も尽き果てる死闘に感じられた。
「ふぅーっ、ふぅーっ、ふぅーっ」
「やればできるじゃん。カミーラ、いい汗かいたな」
両手を膝に置いて肩で息をするカミーラ。
全身の関節が痛い。途中から上手に動けていたが最初の方はクチナシの引っ張りによってダメージを受けていた。蟻の攻撃も何度も当たっている。全身あざだらけ。骨折箇所も10を超えている。それでも、カミーラには充実感があった。
カミーラは痛みに耐えながらクチナシに右手を上げる。ハイタッチ。
「うっ、ぐっ」
タッチしただけでも全身に振動が伝わる。骨が痛む。その痛みに悶えながらも、カミーラはにやりと笑みを作るのだった。