100億人に一人の才能 作:キモいよ
「俺はクジラ。海を優雅に泳ぐ地上最強にして最大の生物」
クジラを自認することでクチナシの姿が変わっていく。その状態で、耳と喉を強化。
「ピシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!」
エコーロケーション。地下道という閉鎖された空間は音の反響にはうってつけ。
遥か遠くから鮮明な音が帰ってくる。音速は秒速340m。1秒で帰ってくるのは170m先の情報。10秒で帰ってくるのは1700m先の情報。100秒で帰ってくるのは17km先の情報。300秒で帰ってくるのは51km先の情報。クチナシにはそれが限界だった。
「先に走っている集団は約5km先にいる。集団で走ってるからたぶんハンター試験の会場がこの地下道の奥に変更されたと聞かされたのだと思う。そんで集団の先頭で変な歩き方をしているのはプロハンターかな? 一人だけ集団と違う反応があった。オーラを使えるんだと思う。俺の感覚だと50km先までしか分からなかったけど、まだ先がありそう。だから、一旦50kmくらい移動して、そこでまたエコーロケーションをしようと思う。けど、アザール君達が50km先まで走るのは不可能。地上で車で移動しようと思うけど……」
クチナシはモルナの仲間を見回す。
「私もただの無力な女の子だから50kmも走れないわ。車で移動するべきね」
「50kmで終わりとも限らないのだし、体力を温存するためにも車で移動しましょう」
「俺は大型自動車免許持ってるぜ。トラックだとすぐにレンタルできるか分からないが」
「最悪台車さえもらえたら俺が走ってアザール君達を運ぶよ。だからトラックじゃなくてもいい」
というわけで、クチナシ達は再びエレベーターに乗って地上へ出る。
モルナの仲間達が携帯電話で車のレンタル会社に片っ端から電話をする。幸いトラックを貸してくれる会社がすぐに見つかった。
定食屋を出た所で、ツンツン頭の少年達がこちらに走ってくるのが見えた。手にはガスマスクを持っている。
「あっ! 地下道にいた人達だ!」
「なぜ走らない? ガスマスクがないからか?」
「悪いが急いでるんでな。こいつは貸してやれねえぜ」
3人はアザラシの隙間を縫うように駆け抜け、エレベーターを目指す。
「ガスマスクをつけたまま走るのか。自殺行為だな」
「でも、男の子は体力ありそうね。走り切れちゃうかも」
「スーツのおっさんは無理だな。すでに汗だくだったぜ」
などと感想を述べつつ、自分達はレンタル会社まで歩き、トラックに乗って悠々と移動した。
少し時間をさかのぼる。ヒソカとシルフの戦闘が激化した時、キルアは安全な距離を取りつつも、試験会場に戻れる位置で待っていた。キルア以外も何人かの受験生が同じようにしていた。ヒソカとシルフはヤバ過ぎる相手だ。戦闘に巻き込まれるとたまったものではない。だが、ハンター試験が始まれば試験官のプロハンターがやってくる。プロハンターがいれば彼等も戦闘をやめざるをえないはず。そういう計算があった。
しばらくして、戦闘の気配は消えたが、ヒソカの嫌な感じのオーラはまだ残っていた。それに、別のオーラを持つ集団もやってきた。その圧がすさまじく、彼等は戻ることを躊躇していた。そんな折、変な歩き方の紳士がやってきて、受験生がばら撒いた毒により試験会場が変更されたことが告げられた。場所は自分が案内するのでついてくればいい、とも。
「なあ、向こうの二人は失格になったよな?」
「なぜですか?」
「なぜって、受験生を殺したんだぞ!? それに毒をバラまいた! これは事件だ!」
「確かに褒められた行為ではありませんが、受験生同士の戦いが禁止されているわけではありません。毒についてもこちらから禁止と言う前に行われた行為ですし、ある程度のペナルティは与えますが受験資格はまだ残っていますよ」
「ど、毒だぞ!? 何考えてんだお前達!?」
「ハンターなら獲物を捕らえるために毒くらい使うでしょう」
「だ、だが!?」
その時、後方から爆音が聞こえてきた。
「ピシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!」
人では太刀打ちできない圧倒的な自然の力。生命の神秘を感じさせる音だった。ヒートアップしていた受験生たちの心を激しく揺さぶり、落ち着かせる。
「無理に試験を受ける必要はありませんよ。命が惜しいのであれば、地下道にもいくつかマンホールがありますからそこから地上に出ればよろしい」
「ぐっ、ぬっ」
「俺は降りるぜ。こんなの命がいくつあっても足りねえよ」
「俺もだ。あんな化け物達とはやり合えねえ」
受験生の多くが諦めて地上を目指す。キルアもできることならば諦めたかった。だが、彼には暗殺一家の後継者候補としてのプライドがあった。恐いは恐い。だが、一般人と同レベルにはなりたくない。諦めるにしても、違いは出したい。一般人が到底たどり着けないとこまで進んでから、逃げる。そうでなければ家出してきた意味がない。
後ろからヒソカが猛スピードでやってくる。幸いにして彼はもう鎮まったようで、受験生を殺しはしなかった。が、キルアはヒソカを過剰に恐れ、サトツの隣にぴったりくっつくようにして走った。
約2時間走ったところで、変なアザラシの集団が見えた。受験生達はこれでようやくゴールかと安堵する。
「やあ。あんた試験官だろ? 会場はまだ先かい?」
「私は試験官ですが、会場の場所はお答えできかねます。知りたければ後ろをついてくるように」
「そっか」
変なアザラシのような魔獣は、そう言うと大きく息を吸い込む。
「ピシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!」
爆音。受験生たちは驚いて立ち止まり、耳をふさぐ。何人かは尻もちをついてしまった。
「こ、こいつらだったのか。前に聞いた爆音……」
「うーん、まだまだ先があるなあ」
変なアザラシの集団は目を閉じてジッとしている。なんなんだこいつらは。
「って、試験管のハンター! あんなところまで進んでやがる!」
「チクショウ! いつまで走ればいいんだ!」
集団は再び走り始める。終わりのない移動。ヒソカと謎のアザラシ軍団の恐怖。それらの精神的な重圧に耐えながら。その後、10分置きに道の先から変なアザラシの叫び声が聞こえるようになった。
間違いない。やつらは地下道を走らず地上を移動している。走って追いかけるのが試験なのに!
さらに数時間。途中から長すぎる階段を挟んで、走り続ける受験生。ようやく重苦しい扉が見えてきた。きっとあれがゴールだ。
「ぜえっ、はあっ、ぜえっ、はあっ。や、やった……! ようやくゴールだ!」
これでゴールだと確信し、歓喜に湧く受験生。
試験官の紳士もさすがに重苦しい扉を破壊して進むようなことはなく、立ち止まった。
「おめでとうございます。ここが新しい試験会場です。一次試験開始は30分後。それまでゆっくりお休みください」
「はぁーっ! つかれたー!」
「もう、一歩も歩けねえよ……っ」
「おいおい、本番はこれからだぜ?」
「分かってるよ。ったくよぉ。やんなっちまうぜ」
地べたに寝転がり、休憩を始める受験生達。愚痴を言い合ったり、互いをたたえ合う。苦楽を共にした仲。ハンター試験で頻繁に生まれる美しい瞬間。
「ピシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!」
だが、喜びをかき消すように、扉の先からアザラシの爆音が聞こえてきた。
「やっぱりそうだ。この先に試験官がいる。ここが試験会場で間違いないだろう」
「扉を破壊するの?」
「できるけど、一応確認しておくかな? おおーい! この扉! 壊していいか!」
試験官は少し考えた。
「扉を破壊した場合は失格と見なします。時間以内にこちらへ入ってこれなかった場合も失格と見なします」
「扉の内側に入らないとダメってことだな?」
「はいそうです」
受験生たちは安堵する。
「当たり前だ! 俺達は地下道を走ってたんだぜ! 地上を車で移動して合格なんてありえねえ!」
「来年また来やがれってんだ!」
「正義は勝つ!」
「ハハハッ」
内側からアザラシに叫び、バカにして笑う受験生達。
ガリガリガリ。ザッザッ。ガリガリガリ。ザッザッ。
だが、妙な音と地響きが聞こえ始める。カミキリムシが木を噛んで削るように。リズムよく嫌な音が聞こえてくる。工事現場の掘削音とは違う。だが、地響きの大きさは工事現場を遥かに上回る。まるで地震だ。それに、圧。ヒソカとシルフが戦った時にも感じたそれに似たものが、扉の先に溢れている。
ズガガガガッ。ガリガリガリッ。ズガガガガッ。
残り30分。この嫌な音と地響きと謎の圧に耐え続けなければならないのだろうか。受験生はせっかくの休憩時間を奪われたような気持になった。
突然、地下道の側面からから根っこのようなものが生えてきた。それはカメレオンの舌のようにうねうねと動き、穴を広げていく。さらには蟻が群がり、岩盤が食べられていく。やがて人が通れる大きな穴となった。
「扉は壊してないから、失格じゃないよね?」
「ええ、もちろんです」
穴から例のアザラシのような魔獣がやってきた。さらには、ヒソカと戦っていた例の女、長身の女、小さい女、犬の面の男もだ。女達の顔面偏差値がやたら高いのが憎らしい。
「ちょっ、ちょっと待てよ! こいつら走ってねえだろ! 合格はおかしい!」
「おや? 試験会場まで走らなければいけないとは言ってませんが」
「それは屁理屈だ!」
受験生達は試験官にブーブーと文句を言う。だが試験官の判定は変わらなかった。
30分の休憩時間。遅れていた受験生も徐々に到着してくる。最後にはツンツン頭の少年に抱えられるようにして長身の男もやってきた。スーツとガスマスクは脱いでおり半裸になっていた。
「さて、時間になりました」
「ギ、ギリギリセーフ……か……」
「ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ。休憩しねえと……、これはまずい……」
「おめでとうございます。皆さん、一次試験参加決定です」
試験官は最後にやってきたツンツン頭の少年と長身の男をチラ見し、拍手をする。少し拍手の時間が長い。体力の回復を待ってあげているようだ。
「私はサトツ。遺跡ハンターです。第一次試験の試験官を務めさせていただきます」
「案内者がそのまま試験官か」
「天下のハンター試験にしちゃあ安上がりだな」
「効率的、だろ?」
サトツは一呼吸置く。やはり休憩時間を作りたいようだ。
「それでは一次試験の説明を始めます。と言ってもやることは変わりません。ただ、私に着いてきてください。二次試験会場まで案内致します」
「またランニングかよ」
「どんだけ走らせる気だよ」
「これじゃあハンター試験じゃなくて長距離走の選考じゃねえか」
サトツは何かのスイッチを押す。重厚な扉が少しずつ開き始める。その先に緑が溢れていた。また、近くにトラックが止まっており、トラックの付近にアザラシとタコイカが待っている。
「ヌメーレ湿原。通称詐欺師の塒。二次試験会場へはここを通って行かなければなりません」
「騙されるな! そいつは嘘をついている!」
試験官の説明を遮るように、血まみれの男とサトツによく似た顔のサルが現れた。
「ヌメーレ湿原に生息する人面猿! こいつは新鮮な人肉を好むが手足が細長く非常に力が弱い! そこで自ら人に扮し人間を湿原に連れ込み仲間と連携して獲物を生け捕りにするんだ!」
「なっ! なんだって!?」
「どっちが本物なんだ!?」
この血まみれの男が本物の試験官でサトツが人面猿だとすると、彼等は湿原でハンターを血まみれにするような化け物と戦うことになる。つまり死。
そこで、変態ピエロがサトツと血まみれの男にトランプをいくつか投擲した。サトツは超人的な反応でトランプをサッとつかみ、血まみれの男は頭にそのまま受ける。そして、人ではありえないような長い舌を出しながら絶命した。
「本物の試験官ならプロハンター。本物はそっちの彼ってことだね♥」
「技はお見事。しかし次に試験官に攻撃した場合はいかなる理由があろうと反逆行為と見なし失格と致します」
「くくくっ。気を付けないとね♥」
「お、おい! あれ! いいのかよ!」
受験生がトラックの方を指さす。クチナシがタイヤの近くにいて、湿原でも通れるように天然ゴムの巨大な輪っかをタイヤの外側につけているところだった。
「……」
『一般人に見える所で念能力は使わないでください。次、使うと失格と見なします』
「見えなければいいんだね?」
『もちろんです』
サトツはオーラで文字を作り、クチナシと会話をする。
クチナシはトラックに乗り込み、トラックを茂みへと移動させる。
「お、おい! トラックは禁止だろ?」
「ここは湿原。ぬかるんだ道がタイヤを阻みますし、途中で川もあります」
「禁止ではねえってことか?」
「だが、道具頼りのやろうはここでおしまいってわけだな」
「へっ、ざまあみやがれ」
しばらく受験生が各々に喋るのを眺めるサトツ。モルナ達はトラックへと歩いていく。
ツンツン頭の少年と半裸の男はようやく呼吸を整え、再び動けそうな状態になった。
「それでは、試験開始致します。この湿原は人を騙し食らい野生動物の住処。くらぐれも私を見失わないように」
サトツが再び歩き始める。受験生達は緊張の面持ちで後を追った。
「よぉ、俺はキルア。名前は?」
「ゴンだよ」
「ゴンか。何歳だ?」
「11歳!」
「やっぱりな! 同い年くらいだと思った!」
キルアは年齢の近いゴンに近づき、話しかけながら走る。
「ゴン、一緒に走ろうぜ」
「うん、いいよ」
だが、レオリオが早々に遅れしまう。
「おいゴン。試験官を見失うと追いかけるのは不可能だぜ」
「でも、レオリオが……」
「俺はいい! 行け! ゴン!」
後髪を引かれる思いをしながらも、レオリオを見捨てて先に進むゴン。やがてクラピカも先頭集団から遅れ始めた。
「ピシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!」
その時、例のアザラシの魔獣の叫び声が聞こえた。
ここは湿原。霧が深くて後ろは見えない。ギャーギャーと鳥達が鳴き、一斉に空を舞う。バキバキと音を立てながら何かが近づいてくる。
「あいつら、まだトラックで移動してんのかよ。さすがにズリーよな」
「でも、細い道だし木にぶつかると止まっちゃうと思うけど。どうやってるのかな」
「木をぶっ壊しながら進んでるんだろ?」
「トラックが壊れちゃわないのかな」
「そりゃあおめぇ、人がトラックの外に出て木を伐り落とせばいいんじゃねえの?」
「トラックの前に張り付きながらぶつかる寸前に斧で木を切ってるってこと?」
「それしかねえだろ」
トラックは近づきつつも、決して姿を見せなかった。時折例のアザラシが咆哮を上げて、森が壊れる音が聞こえる。それだけだった。
そんな中でも、森の脅威は受験生に牙を剥く。巨大なカエルが受験生を丸のみしたり、蛇が毒の歯でかみついたり、危険な花が受験生を眠らせてしまったり。
少しずつ傷つき、数を減らしていく受験生。血の匂いにヒソカが少しずつ昂っていく。
やがてヒソカはあえて後ろに下がり、試験管ごっこを始める。どうせ湿原に置き去りにされて死ぬ受験生。ならば自分が食べてしまおう。