100億人に一人の才能 作:キモいよ
「ゴン! お前よく無事だったな! ヒソカには見つからずに済んだのか!?」
ゴール地点。ヌメーレ湿原を超えた先のビスカ森林公園。キルアが笑顔でゴンを迎える。
「えっと……」
「本当にヤベェのはヒソカじゃねえ。あの魔獣だったんだ」
ゴンの隣でレオリオがつぶやく。
「魔獣? 変なアザラシみたいなやつか?」
「ああ。あのヒソカが手も足も出なかった」
「ヒソカが!? マジで言ってんの?」
「うん……」
ゴンは力無くうなずく。
「マジなのか……」
キルアはゾッとした。シルフとヒソカの戦い。兄から感じるような生物の格の違いを思い知らされる恐ろしい強さだった。
「ヒソカの手に余る魔獣なんて人類の危機だろ。さっさと駆除しろよ駆除」
「お前なあ……」
と、話していると噂の男が乗っているはずのトラックの音がする。
バキバキ、バキバキ、キキィッ。
だが、トラックは森の中から姿を見せることなく、人が降りてくる音がする。
クチナシ達は全員大した疲労もなく無傷だった。
「お、おい! どうしてトラックがここまで来れてんだよ!」
「途中ガケもあったし川もあったじゃねえか!」
「トラックくらいの重さなら持ち運べるので」
「嘘つけぇ! トラックの単位はトンだぞトン! あの大型トラックにアザラシが乗るなら10トンは超えてるはずだ!」
「いんちきしてんだろ! いんちき!」
ブーイングする受験生達。サトツはその言葉に聞き耳を立てている。
能力を見たという内容の言葉が出ればアウト。失格にするつもりだった。幸いそのような言葉は出なかった。
そして……。
ザッ、ザッ、ザッ。
凶悪なオーラをまき散らしながら血まみれのピエロがやってくる。
「ガッ、ゴホッ、ゴホッ」
酷い怪我をしているようだ。鼻血を出しながら咳込み、吐血する。足取りは不安定でいつ転んでもおかしくない。だが、驚異的なバランス感覚で転ばず、歩き続ける。
「ヒ、ヒソカ……」
「あいつがあんな姿になるだって……? いったい誰が……」
ヒソカは辛そうな表情で受験生を見回す。そうしてクチナシを見つけると、舐めまわすように見る。
「普段カキンで修行しているから、試験終わったら来てくれたらいつでも相手になるよ」
「……♥」
肺が破裂しているヒソカは喋れない。代わりににっこりとほほ笑んだ。その顔はまるで恋する乙女のようだった。
時間切れ。一次試験の合格者は52名。と同時に二次試験開始が告げられる。
試験官はグルメハンターのメンチとブハラ。2人を満足させる料理を出すことが試験だという。
ブハラの指定する料理はブタの丸焼き。ここに生息するグレイトスタンプは鼻部が異常に硬く重火器でも仕留めることが難しい。だが、鼻部を抜けて小さな頭部を狙えば楽に倒せるという弱点もあった。今回残っている受験生はヒソカとシルフの戦いを見ても諦めなかった強者ばかり。全員がブタを仕留めて試験に合格する。
そして二次試験の後半。メンチが指定する料理は寿司だった。しかもにぎり寿司しか認めないらしい。
寿司とは何か。この場所で知っているのはジャポン出身の2人だけ。寿司が何かを考えることも試験のうちなのだった。クチナシは試験開始と同時に近くに隠しているトラックへと歩いていく。
アザラシの非常食としていくつかの魚は常に携帯している。それを捌いて料理として提供するつもりだった。
漁師の息子であるクチナシにとって魚料理など日常の一部。天才的な身体操作能力を持つクチナシは5秒でイワシを切り身状態にし、10秒で握り寿司を完成させてしまう。
「どうぞ」
「このイワシは、この森では取れない魚ね。なんであんたがこんなの持ってるの?」
1分もかからず完璧な寿司を出されて焦るメンチ。これを正解だと言ってしまったら答えが他の受験生にバレてしまう。いろいろ言い回しを考える必要があった。
「トラックに乗せてたから」
「トラック? トラックなんて近くにあったの? 人払いはしていたはずだけど」
「こいつらいんちきしてやがんだよ! 一次試験からずっと!」
受験生達がクチナシ達が一次試験を走らずにトラックで移動したと告げ口する。
もちろん、メンチにはクチナシ達のオーラが見えている。明らかに使える人間。なのでふつうに走っても余裕で合格できただろう。だが、試験で見たいのは実力だけでなく精神性や思考の柔軟性。この場で与えられた情報を頼りに寿司を作って欲しかったのだ。そうでなければ試験にならない。
「ま、ダメだと言ってないのはこちらの落ち度でもあるけど……」
メンチは握り寿司を食べてみる。ふつうにおいしい。合格。だが、試験を台無しにしたくない。
唇に人差し指を当てる。そしてクチナシに伝わるようにオーラで〇を作った。
「えーっと、あんたには悪いけど、あんたは別の料理作ってくんない? ジェベーゼのピザとかどう?」
『合格だけど黙っていてほしいと』
クチナシはオーラで念字を作って会話をする。メンチは笑顔でこくんと頷いた。
そのやり取り、念を使える人には見えていた。モルナ達もクチナシの真似をしてイワシで寿司を作ろうとする。
だが、メンチは怒って指さした。彼等には念字で×を作る。寿司での合格者はクチナシのみのようだ。
「あんたらもよ! 寿司じゃなくてピザを作りなさい! ジェノベーゼしか認めないわよ!」
ジェノベーゼ。バジルとチーズが重要なピザ。この場にはどちらもない。小麦粉もない。あるのは米のみ。
「米からピザって作れるのかしら?」
「粉にして水を付けて焼いたら同じように膨れるかもしれないわね」
「チーズはどうする? さっきのブタのメスから絞る?」
「嫌だけどそれしかなさそうね……。で、豚乳が出たとしてどうやって発酵させればいいのかしら?」
「オーラで威圧してみる?」
「豚乳を……?」
「ええ。水見式ってあるでしょう? 何らかの変化が起こるかもしれないわ」
それぞれが料理を始める。クチナシの料理を見ているので、何人かの受験生は同じような魚料理を出す。だが、どれも不合格。ヒソカとギタラクルは完全にクチナシを真似た不味いと言われて不合格。
そこで忍者もまたクチナシそっくりの形で料理を出す。それも、マズいと一蹴されてしまう。そこで忍者が寿司とは自分やクチナシが作ったような料理だとバラした。受験生全員が寿司の答えを知ることとなった。
メンチは怒り、これからは味で審査すると告げる。そこでモルナ達がピザを完成させ、メンチの下へ運ぶ。不味いと言われて不合格。その後、受験生が続々と寿司を持ってくるも、同じく不味いと言われて不合格。メンチは満腹となり試験終了を告げる。
「納得できねえな! 俺はブラックリストハンター志望だぞ! グルメハンターごときが!」
「やめとけ! トードー!」
「邪魔するな! ドッグマン!」
メンチに殴りかかろうとするトードーをドッグマンが抑え込む。プロレスの世界は狭い。二人は顔見知りだった。と言ってもトードーもドッグマンの素顔は知らないのだが。
「こんなチビ女! 戦いになれば一ひねりなんだ!」
ビキッ。
「痛めつけて泣かして格の違いってもんを分からせてやるんだ!」
ビキビキッ。
「そんで謝らせてやる! トードー様を不合格にして申し訳ありませんでしたってなあ!」
ビキィッッ!!!
メンチの頭部の血管がにじみ出る。同時に凶悪なオーラが漏れ出る。二刀流で包丁を構え、トードーへと飛び込む。
クチナシがサッと間に割り込む。ぶち切れたメンチはクチナシへそのまま切りかかる。
ザシュッ。
「あっ……」
メンチの包丁は深々とクチナシに食い込み、心臓に到達していた。これでは即死だ。
「ど、どうしてあんたが庇うのよ! そんな男を!」
さすがのメンチも血の気が引ける。12歳に見える子供の魔獣を殺してしまった。
が、心臓まで到達したはずの包丁は、バインと弾かれた。
「へっ?」
切れたはずのクチナシの身体が傷1つなく元に戻っていく。否、よく見るとクチナシの肩の部分はゴムのように変形して内側に食い込んでいただけ。切れていなかった。
「まあまあ、命は大切にしましょうよ」
「あ、あんた……。どういう身体してるわけ……?」
ざわつく試験会場。
「と、とにかく! 二次試験は合格者一名で終了よ!」
『それはちょっと厳し過ぎやせんかね』
その声と共に飛行船から一人の老人が降ってくる。彼は着地の瞬間に一瞬だけ足裏にオーラを纏い、見事にダメージ無しで着地した。その一瞬、老人の背後に巨大な金色の観音像が見えた気がした。
「あっ! 今のは俺の振だ! 俺もできるよ!」
クチナシはパッと顔を輝かせ、老人にオーラのオンオフを見せる。ネテロは興味深そうにその技を見て、楽しそうに笑う。その後、老人はメンチに向き直った。
老人はハンター協会のネテロ会長だった。試験についてネテロからメンチに説教がなされ、試験内容の変更が告げられる。崖から飛び降りてクモワシの卵を取ってくること。新しい試験に勇敢な受験生は喜び、トードーなど落下を恐れる受験生は不合格を受け入れた。
三次試験会場まではネテロが乗ってきた飛行船で移動するらしい。それがクチナシにとっては一番の問題だった。クチナシはネテロに近づいていく。
「あの、俺が乗ってきたトラック、飛行船に乗せてもいいですか?」
「ダメに決まっとるじゃろう」
「俺がいないと乗ってる人達死んじゃうんですが」
「うん……?」
ネテロは首をひねる。それから何かを思いついたかのように悪い顔をした。
「なるほどの。博愛主義。立派な心掛けじゃ。救える命は見捨てられぬと」
「はい」
「では、ハンター試験は諦めるしかないのぉ……」
「ですよね~」
クチナシはとぼとぼとトラックの方へ歩いていく。そのクチナシの肩を、ネテロがつかんだ。
「まあ待て。お主ほどの才能を失うのは惜しい。今、この場にプロハンターがわしを含めて4人おるじゃろ。誰でもいいからハンターライセンスを盗んでみよ。それができればわしの権限でプロハンターにしてやろう」
「いいんですか?」
「うむ。制限時間は飛行船が飛び立つまでじゃ」
「それではお言葉に甘えて……」
クチナシは目を閉じる。
――和――
森中の植物、動物と精神をつなぐ。
ゴゴゴゴゴゴッ。
何かが鳴動する。巨大な地響きが鳴りやまない。世界全てが、何かの意志を持ち動き始めたかのような違和感。
「ちょっ、えっ!? 地震!? うわっ!?」
「くっ! この虫達は……!」
「こいつっ!? あいつのイカだろ!?」
草が、木の根が、虫たちが、一斉に試験官を襲い始める。クチナシのタコイカも攻撃を始める。アザラシは思考をするので和をしただけではまだ攻撃しない。クチナシは戦いたければ試験官と戦ってもいいとアザラシに事情を説明する。
「ゲホッ♦ ガホッ♥」
クチナシが試験官と戦い始めたことで、戦いに交じりたくなったヒソカがクチナシに跳びかかる。
――百式観音――
だが、ヒソカの攻撃を繰り出す遥か前。何かがクチナシを弾き飛ばした。
その瞬間、何も見えないはずの一瞬でしかなかったにも関わらず、ヒソカとクチナシは時が止まったかのような錯覚をした。
クチナシの視界が暗転する。思考も閉ざされていく。
だが、和により近くの動物と視界と思考を共有している。その意識の和を使い、無理矢理自分の意識を呼び起こす。
『何を……、された……?』
『変な金色のやつが出てたよ』
『金色のやつがなぐるポーズしてたよ。殴り飛ばされたんじゃないかな』
アザール君達が答える。変な金色のやつ。老人の背後に見え隠れしていた何かだろうか。
『瞬間移動系の攻撃だった?』
『分からない。速すぎて見えないのかもしれない』
『いずれにせよ、ふつうに戦ったら不利か……』
ズザザザザザッ。弾き飛ばされたクチナシがようやく地面を転がる。一瞬で500m近く移動していた。クチナシは身体を寝かせたまま修復しながら、プロハンターの近くの動植物を動かして戦う。
ヒソカはクチナシを奪われたことに怒り、ネテロに跳びかかっていた。ネテロは衣服を投げ飛ばし、シャツ一枚で応戦。ヒソカのトランプを軽くいなし、すさまじい速度で反撃。重症のヒソカにさらなる致命傷を与える。
サトツは変態的な動きで昆虫を回避。当てるのが難しい。ブハラは回避というより力任せに破壊。メンチは包丁で切り刻む。
『一番弱いのは女の試験官か……』
『戦いの基本は弱者から狙うこと……』
アザラシ達がメンチを囲む。彼等はメンチがクチナシに切りかかったことに怒っていた。弱者から狙うというのは方便だった。
「ちょっ、ちょっと! 雰囲気おかしいわよ! あたしが何したっていうのよ!」
ただでさえ地面から襲ってくる草木と昆虫が鬱陶しいのに、ヒソカに匹敵するオーラのアザラシを含めて念を扱うアザラシが5体。囲まれたメンチは震え上がる。
「アウッ!」
「うわっ!?」
四方八方から飛んでくるアザラシの正拳突き。
「がっ!? ぐっ!? きゃあああっ!?」
メンチは滅多討ちにされ、一瞬でズタボロになる。
「メンチ! 邪魔をするなっ!」
「参りましたねえっ。この触手っ」
ブハラとサトツはメンチを助けに動こうとするが、タコとイカが柔軟な身体で張り付いて邪魔をする。
――百式観音――
瞬間、謎のオーラの波動がよぎったかと思うと、最も近くでメンチを殴りつけていたアザール君が吹き飛ばされた。
気づくとネテロと黄金の観音像が近くに来ていた。
ネテロは残ったアザラシ達からメンチを庇うように立つ。
「せいっ!」
そして、観音は使わず、己の拳と足でアザラシを攻撃し、吹き飛ばしていく。
見事な帯捌きだった。クチナシは一瞬で巨大戦力を失うことになった。
だが、彼にはまだ蟻とカエルがいる。ネテロがアザラシと戦う隙に、一匹の蟻が、メンチのハンターライセンスを奪ってクチナシの方へと移動を始めていた。
戦いに負けても勝負は別。これでハンター試験は合格。
「はっ!」
だが、蟻がクチナシの身体に到達する直前。ネテロは正拳突きで正確に蟻の身体のみをこなごなにした。
「残念じゃったのぉ。これがメンチではなく野郎のライセンスであれば合格させてやってもよかったが」
「へっ。爺さん、完敗だ。あんた俺が見てきた中で最強だったよ」
「抜かせっ。小僧が。若いもんにはまだまだ負けんよっ。ほっほっほっ」
ネテロはクチナシに背を向けて歩き出す。
「来年また来いやっ。お前なら合格できるだろうぜっ」
急に若者言葉になり、クチナシにウィンクするネテロ。試験には落ちたが人間としては認めると言った感じだろうか。
その後、ネテロはクチナシに特別な試験を与えたと事情を説明する。サトツはため息をつくだけだったが、ブハラはグルメハンター仲間のメンチが酷い目にあったので内心ぶち切れていた。
なお、ネテロの上着はクチナシの蟻により回収されていたので、どこにも見つからなかった。