100億人に一人の才能 作:キモいよ
「姉ちゃん、行きたい場所はあるか?」
「私をこんな目に遭わせたモレナとマフィア達には復讐したいわね。エイって町のイ家よ」
「じゃあそこ行くか?」
「今すぐじゃなくていいわ。準備が出来てからじゃないと殺せないもの」
「ふーん。この船はどこに向かってんだ?」
クチナシが船を操縦する軍人に尋ねる。
「エイだ。そもそも俺達はそこの軍人でありマフィアだからな」
軍人が答える。
「まずいわね。場所を変えてちょうだい。こんな格好じゃあ怪しまれるしすぐエイ=イ家に見つかっちゃうわ」
「見つかるとどうなるんだ?」
「……私は殺されると思う」
「そうなんだ。何か恨まれるようなことをやったのか?」
「私は何もやってないわよ!!!」
モレナ姫の叫びにはこれまで以上の怒気が含まれていた。
「……ただ、あの女に顔が似ていたってだけ。
生まれてこの方、あの女の、あの女の組のために、馬車馬のように働かされていたって言うのに……!」
ゾゾゾッ。暗いオーラが漏れ出る。
「おおっ! その感じいいね! 濃密な負のエネルギーが出てるぞ!」
「……とにかく、場所を変えて頂戴」
「はいよ。ダンでいいか?」
「もう少し遠くには?」
「無理だ。この船に積んである燃料じゃあ遠くの港には行けねえ」
「じゃあダンでいいわ」
「了解だ」
軍人は船の進路を変える。
「ダンってことになったけど。これでよかったのかしら。軍人が裏切る可能性は?」
「姉ちゃん達を島に隠していたってことはあいつもバレたら困るんじゃねえの」
「それもそうか……」
モレナ姫はしばらく考えてからクチナシの方を見る。
「そう言えばあなたは何しにカキン王国に来たの? 観光?」
「いやあ、楽しそうな死の気配に呼ばれてね」
「死の気配に呼ばれる……?」
ゾゾゾッ。クチナシから底なしの不吉なオーラが漏れる。
「ちょっ、ちょっと! それはやめなさい! 心臓に悪いわ!」
「見える人は反応が違っていいね! 姉ちゃんビビり過ぎ!」
不吉なオーラを引っ込める。
「ま、簡単に言うとだな。この国には殺しても心が痛まないような人間がいっぱいいるでしょ?」
「いるわね」
「俺の国はいい人ばかりでね。悪人を探すのは苦労するんだよ」
「それでいいじゃない。何が不満なのよ」
「いや、つまりさ。悪人だったらおもちゃにして遊んでも大丈夫でしょ?」
「はあ……。あなた、最低ね」
「よく言われる」
「私を無茶苦茶にした人間と大差ないわ」
「それは心外だわ」
「ショックを受けたなら真人間になりなさい。あなたは若いのだからまだ間に合うわ」
「真人間は嫌だなあ。俺は変わった人間でありたい」
「……もう手遅れだったようね」
モレナは怯えている女の子、カミィの方を見る。
「あなたはやりたいこととかないの?」
「わ、私ですか!?」
「私ばかり喋ってるのは不公平でしょ? あなたも言いたいことがあるなら言うべきよ」
「私は、その……」
カミィはドゥの方を見る。
「ドゥさんを病院に連れて行きたいです。昔みたいに元気になってほしいです」
「ア゛ー、ダー」
ドゥは赤ちゃんのようにヨダレを垂らすだけだ。
「それも大事だけど、どちらかと言うとドゥさんの願いね。あなた自身の願いは?」
「えっと、その……」
「故郷に戻りたいとか、復讐したいとかないの?」
「あの、私、小さすぎてあまり覚えてないんですけど。兵士さんが言うには、故郷はもう滅んだみたいで」
「ああ、そういう……。でも、兵士だから嘘をついているかもしれないわよ?」
「謝肉祭だ」
船を操縦している兵士が口を挟んだ。
「ドゥとカミィは、謝肉祭で王族に捧げられるはずだった。だが、一目惚れした兵士がこっそりと島に連れ出してきたってわけだ」
「そんなことが可能なの? 兵士は管理されているわ。部隊を抜け出すなんて」
「それは確か、NGLの移民船団に乗せたと言っていたかな。そして船をマフィアに襲わせた。だから女を島へ連れて来たのはマフィアだ」
「呆れた極悪人ね。でもNGLの移民船団ってことはドゥさんとカミィ以外にもたくさんいたんじゃないの? 他は殺しちゃったの?」
「俺も詳しい話は知らねえ。ドロピエが言っていたのを聞いただけだからな。そのドロピエはついさっき死んじまった」
「怪しいわね……」
クチナシは笑顔でモレナ姫を見る。
「ま、過去の話はもういいでしょ。移動中暇だろ? ちょっと修行しようぜ」
「修行? どうして今?」
「姉ちゃんはあの軍人を殺さないといけないし、モレナってやつも殺すつもりなんだろ? だったらもっと強くならないとダメだろ!」
「それはそうだけど……。私は修行というよりもっと頭を使って……」
「いいからいいからっ」
「ちょっ、ちょっと!」
「あんたらもこいよ」
「わ、私ですか!?」
「そっちは無理かな?」
「ダーッ、アーッ」
「ドゥさんは、ちょっと……。むしろ早く病院に連れて行ってあげたいですね」
赤ちゃんのようにヨダレを垂らしているおばさん。麻薬中毒者。1人で歩くこともできず、生命力は弱々しい。このままでは半年も持たないだろう。修行などもっての外だ。
「さて、この中で一番強いのは俺だから、まずは俺がどうやって修行してるか言ってみようかな」
「そうね。少し興味があるわ」
クチナシは目をつぶり、非常におだやかな生命エネルギーを半径100mほどの球状に広げた。
「えっ!? あなた、こんな穏やかなオーラ出せたの!?」
「これは、恐くない……?」
「ま、練習したからな。これは植物が普段纏っている静的な生命力の真似だ。動物でこれができるのは珍しいんだぜ?」
「植物のオーラ? それを真似する? 何のために?」
「ま、見せた方が速いわな。ほら、おいで」
ぞわぞわぞわ。
どこに隠れていたのか。クチナシの髪や服の隙間から蟻やカエルが出てくる。
「うげぇっ!? なんてものを発にしてんのよ!」
「発……?」
「モレナ姫さんは昆虫がお嫌いですか?」
「好きな方が珍しいでしょう! それに私はモレナじゃないわ! 本当の名前は憶えてないけど!」
「す、すみません!」
変化はクチナシの身体だけではなかった。海からも、最初にクチナシと一緒にいた巨大クジラやサメやあざらし、それに小魚が集まってきた。空からも渡り鳥がやってくる。
やってきて、特に何もなかった。動物たちはクチナシの中心に集まり、それぞれが瞑想し、おだやかな時をすごすだけだった。
「とまあこれが、俺が準備体操代わりにやっている修行。命名するなら”和”かな。上手く行けば、色んな動物や植物と心を通わせることができる」
「なるほどね。それがあなたの発ってわけ」
「発……?」
「心を通わせるって……、もしかしてお話できるんですか!?」
「もちろん」
「すごいです! 動物と心を通わせられるなんて夢みたい! 私もやってみたいです!」
「それはよかった。カミィちゃんは誰かさんと違って素直でいいね」
「素直じゃなくて悪かったわね!」
3人で穏やかなオーラを纏う練習をする。
「こんな感じかしら?」
「もっと穏やかに」
「こうしかしら?」
「いや、それは力を隠しているだけだ。生命力の大きさはいつも通りでいいんだよ。力は素の自分のままで、それが植物みたいにじっとしていて、周りに何があっても動じず、穏やかな感じが正解」
「ごめんなさい、よく分からないわ。穏やかってどんな感じかしら?」
「うーん……。植物の気持ちになって?」
「それじゃあ分からないわよ」
「怒ってちゃできないぞ?」
「そんなの分かってるわよ」
モレナ姫はオーラの扱いに関しては常人より遥かに才能があるが、それでも和の感覚をつかむことは難しかった。一緒に練習していた少女のカミィの方に移る。
「心を落ち着かせて。落ち着かせて。こんな感じでしょうか?」
「おお、そうそう。姉ちゃんより上手いぞ」
「えっ!? 本当ですか!?」
「マジマジ」
「嘘ね。オーラも出てないんだから私と比較対象にもならないわよ」
「負けず嫌いだなあ。姉ちゃん」
不意に、クチナシが目を見開いた。
「で、できてる……!?」
クチナシは緊張感をもってある一点を見つめる。
「できてる、って……!?」
「ドゥさん……!? まさか!?」
ドゥと呼ばれる麻薬中毒者の女性。
普段の虚ろな目と違い、穏やかな表情で、空中に手を伸ばしている。
そのしなやかな手に、小鳥たちが止まって休んでいた。
麻薬中毒だから気づかなかった。この女性はこれほど美しかったのか。
圧倒的な、世の神秘。
起こるはずがない、非現実的な光景。その健康状態、精神状態で、なぜこれができるのか。自分にはきっとできない。クチナシは生まれて初めて人間の中に自分を上回る才能があることを感じ取った。そして、思わず涙を流していた。
「ドゥさん。意識が戻ったのかしら? この発には癒しの効果がある? クシナシ! 試してみる価値はあるわよ!」
「あ、ああ。そうだな」
「クチナシ……?」
モレナ姫はクチナシが涙声であることに気づいた。
その理由に気づくまでにしばらく時間がかかったが、モレナ姫は空気を読んで茶化さなかった。
クチナシはドゥに近づいていく。そして和を纏った状態で隣に座った。
『会話できる状態になった?』
『口で喋ることはできないわ。でも、こうして生命の力を纏えば、意志を伝えられるようになった。あなたのおかげよ。ありがとう』
『俺のおかげじゃないよ。俺はあなたみたいな健康状態ではこれはできないから。あんたすごい才能だよ。正直自分よりすごい人なんていないと思ってた』
『いえいえ、才能なんてものじゃないわ。だって私、ずっとこうしてみたいと思っていたのよ』
『小鳥や動物たちとおしゃべり?』
『そう。世の中の女性の大半の夢じゃないかしら』
『そうなんだ。男とは違うのかな』
『いえ、きっと同じよ……』
そこで会話は途切れる。ドゥは満足そうな笑みを浮かべて眠っていた。
「ど、どうだったの? ドゥさん何か言ってた?」
「小鳥や動物たちと戯れるのが昔からの夢だったんだって」
「そっかあ。ドゥさん。夢を叶えたんですね」
クチナシは涙をぬぐった。
「じゃ、次の修行を説明するよ。”和”の反対と言ったらいいのかな。命名するなら”争”って感じ」
クチナシが纏うオーラの質が変わる。
鳥の羽ばたき、虫の飛ぶ音にやたら雑音が混じるようになる。
そして、蟻達がクチナシへと突っ込んだ。
「ちょっ、ちょっと! 何やってんのよ!」
「えっ!? えっ!? 皆さん! どうしたのですか!?」
蟻達、アザラシ、小鳥、小魚が、殺意を持ってクチナシに飛び込む。
クチナシはそれを軽やかに動いて躱していく。
「ほら! もっとだ! 俺を殺してみろ! 雑魚共が!」
「ピュィイイイ!」
「キシャアアア!」
雄たけびを上げながら飛び込む鳥、アザラシ、そして虫達。女達には何が何やら分からなかった。
「とまあこんな感じで、動物達の生存本能を刺激して、オーラを活性化して、攻撃させる。これが”争”だ。練習するぞ」
「絶対にしないわよ」
「同じく」
「やれよ!」
女達の意志は固く、決して争の練習には加わらなかった。
「あとはまあ、さっき姉ちゃんにやった”振”とか?」
「”振”って?」
「見せるのが早いな。……はっ!」
クチナシは一瞬手に硬の特大なオーラを纏い、次の瞬間にはそれを完全に消す。また纏い、それを消すと繰り返す。
「どうして一瞬でオンとオフを繰り返すの?」
「力を入れるのも抜くのも、タイミングが重要なんだよ。より強く力を入れるには力を抜く必要がある。逆に力を抜くには力を入れる必要がある。この2つは同時に練習して同時に伸ばすのが基本だ」
「でも力を入れてすぐに抜くのは難しいんじゃないかしら」
「だから基礎修行になる」
「それは基礎の意味が違うのでは?」
「簡単なら修行の意味がないだろう?」
「……応用の修行ね」
「基礎だな」
クチナシはまた別の技術を紹介する。
「これは簡単だと思う。オーラをぐるぐる回しながら維持して、その状態で後からオーラをどんどん加えていくんだ。命名するなら”渦”かな?」
クチナシは手のひらの上でオーラを回転させ、それにオーラを込めていく。回転するオーラがどんどん巨大で濃密になっていく。オーラが見えないはずのカミィにさえキーンという風切り音が聞こえるほどに。
「ひいいいいいっ! 恐いですぅ!」
「や、やめなさい! 船が粉々になるわ!」
「別にこうやって回してるだけじゃねえか。何もおきやしねえよ」
クチナシはオーラを離散させた。
「じゃ、練習やってみるか」
「できるわけないでしょ! そもそもふつうは手のひらにオーラを移動するので精いっぱいだわ!」
「やってから言えよ」
「ちっ」
モレナ姫はやってみる。
「くっ、んんっ、くうううっ」
手のひらにオーラを移動。球体のそれを手のひらの上に出そうとする。
球体をイメージして、ちょっとずつ動かして、出た。
だが離散してしまいそうだ。集中して維持する。
「はあ、はあ、はあ」
「そこで回しながら増やす!」
「ん!? んんんっ!?」
「ダメ! 回ってない!」
「くっ、くうううっ」
「それは回してるだけ! しかも遅い! 速く回して増やす!」
「ぷはあっ!」
そこでオーラは離散した。
「はあ、はあ、はあ」
「どうしてやめちゃうんだよ! まだ全然できてないよ!」
モレナ姫はクチナシをギロリと睨んだ。
「できないって言ったでしょ!」
「はあ。またそうやって決めつけて」
「だいたいね。自分で言うのもなんだけど私でも才能はあるのよ?
ふつうオーラを手のひらに移動させるだけで何年も修行が必要だわ。
それを空中に出して維持するなら10年はかかるかも」
「んなわけねえだろ! 死者の無念を扱う中で最も簡単なのが回転だぞ!」
「それとこれと何の関係があるのよ!」
「これができねえと死者の無念を扱うのは無理だろ!」
「無理よ! それがふつうよ!」
「んなわけねえだろ! 死者の力無しでどうやって戦うんだよ!」
「ふつう死者の力なんて使わないの!」
「それじゃあ戦いにならねえ!」
「あっそ! じゃあ私は戦わなくていいわ!」
「またすぐに諦める!」
クチナシによる修行の紹介が終わり、次にモレナ姫によるこの世界の念能力の紹介となる。
「先に言っておくと、これは兵士が自慢気に語っていたものよ。本当かどうかは知らないわ」
「それでいいぞ」
「ふつうオーラというのは瞑想して何年もかけて内側の力を感じることから始めるそうよ」
「内側? 和で感じ取るんじゃないのか?」
「外部から刺激して無理矢理こじあけるのは邪道とされているわ」
「まあ、俺は物心ついた時にはオーラ? が使えていたからなあ。逆にできない人の心理が分からないな」
「天才あるあるですね」
「初心者用の点舌錬発、上級者用の纏絶錬発、これらは共通していて……」
話は進んでいく。時々クチナシが茶化しながら。
「隠が高等技術なわけねえだろ! 野生動物なら当たり前にやっていることだ! むしろ使えない人間がおかしい!」
「あなたは黙ってて」
「堅も留めるなんてバカな技術だ。オンオフこそが操作の神髄なのに」
「ふつう絶状態でオーラを浴びると精神に重大な損傷を負うのよ」
「ところで発ってなんだ……?」
「1人1人違う独創的な奥義って感じよ。あなたがやってる動物との会話や治療がそれでしょ」
「あれはただの基礎修行だが……?」
「そう。あなた頭が強化系なのね。きっとそういう制約で発の効果を高めているのだわ」
「制約……? 発……?」
彼等のやり取りを盗み聞きながら、船を操縦する軍人は嫌な汗が止まらなかった。