100億人に一人の才能 作:キモいよ
一見普通の大学だった。ほとんどのキャンパスはあまり違和感もない。
異様な死の気配が漂っているのは、医学部キャンパス。
「ネルー先輩手術上手ですよねえ。いつ練習されたんですか?」
「うーん。編み物?」
「あっ、聞いたことあります! 手先にいいって言いますよねえ!」
医学部キャンパスに入ること自体は容易だった。そもそも学食は誰が注文しても自由だし、大学の医学部はふつうの病院としても経営している。患者やその家族の出入りを校門の時点でチェックしてはいないのだ。
違和感は、毒飼いの多さだろうか。
病院だからある意味当然ではある。だが、クチナシのオーラ感知能力と観察眼であれば、通常ではありえないことが起こっていることにも気づける。毒が溜まっている個所や症状が非常に似通っているのだ。それも、ミネルバに発生していた症状と共通点が多い。あの軍人たちが使っていた麻薬。それらを意図的に、病気を生み出すために投与している可能性が高い。
自ら病を生み出し、自ら治療する。自作自演による金儲け。
バレると一環の終わり。リターンに見合わないリスク。だからこそバレない。
だが、まだ違和感があった。小金稼ぎでは到底表せない悪意。大きすぎる死の気配がその存在をほのめかす。
医学部第二棟の地下へ続く階段。及び、医学部図書館の立ち入り禁止区域。
そこから濃密な殺意が漂ってきている。
念能力による何らかの儀式。もしくは戦闘それ自体。が、行われている可能性が高い。そういう鳴動を感じるのだ。そしてその鳴動と共に、生命の光が消え、死の無念が空気を汚す。クチナシは視線を合わせないように周辺視野で立ち入り禁止区域に出入りする人間を観察する。
大まかに3パターンに分類できた。
1.罪悪感で自分を責め、死の気配に憑りつかれている若者。
2.自らの行いに誇りや愉悦を持ち、死の気配に染まっている研究者。
3.彼等と比較して鍛え抜かれた肉体を持ち、常に周囲を警戒している浮いた中年。
クチナシは自らの推理をミネルバに説明していく。
「施設に出入りしているのは3パターン。1つは立派な医者や獣医になることを夢見て大学に入ってきたふつうの大学生。でも、彼等が一番苦しそうな顔をしている。どうしてだと思う?」
「勉強が大変、というわけではなさそうね。医者は大学を卒業するにも開業するにもお金がかかるっていうし、そっちの苦労かしら」
「それもあるだろうね。いや、お金を餌にやらされていると言った感じかな?」
「やらされている? 何を?」
「生物兵器の研究」
「彼等の仕事は人を治す事なのだけど……」
クチナシは体内から悍ましい毒を出して見せる。
「俺もよく毒を作るから分かるんだけど、治療と毒による攻撃って共通点が多いよ」
「毒を食らい毒を制すってこと?」
「そんな感じ。実際俺がミネルバを治療できたのって普段から毒を作って遊んでいたからだし」
「だからって、ねえ」
クチナシは2本指を立てる。
「2つ目のパターンの人達は、まさにそういう人達。ほら、あの人とか薄ら笑いを浮かべているでしょ」
「……偏見はよくないわ」
「あれは毒を人に入れて反応を見ることに喜びを見出している感じだよ。人を壊し、支配する。そういうのに努力を惜しまないタイプの悪人」
「そこまで言わなくても……」
「ほら、動物は本能的に危険を察知して彼等を避けているよ。小鳥が飛び立ったでしょ」
「……」
クチナシは3本指を立てる。
「最後の鍛え抜かれた人達。あれはまさに軍人だね」
「施設の警備員ってこと?」
「それもあるだろうね。だけど、研究員もいるかな」
「軍医ってこと?」
「医者というより生物兵器の研究者かな」
「またそれ? はあ。頭が痛くなるわ。この話はやめましょう」
「ま、ミネルバは病み上がりだしね。今回は休憩しときなよ」
「立ち入り禁止区域に潜入する気? 軍人がいるのに?」
「もちろん!」
「はあ……。止めるべきなんでしょうけど、何を言っても聞かなさそうね」
ミネルバはクチナシを心配そうに見つめる。
「無茶、しないでね……」
「気持ちは受け取っておく……」
「……」
クチナシはとても楽しそうな顔で返答した。無茶苦茶をする気なのだろう。
出入り口は図書館と第二棟地下階段の二カ所。
監視カメラが多く、正面からの潜入は顔を撮影されるリスクがある。クチナシであれば全てのカメラの位置を見抜き、破壊することもできるが、深部への扉は分厚い合金とアスファルトに覆われている。ドアをロックされると破壊は難しいかもしれない。
いや、きっと破壊はできるのだが。せっかく大学側が知恵を振り絞って罠をしかけてくれているのだから、知恵で突破しなければおもしろくない。
「お兄さん、お医者さんのお勉強?」
図書館で古い医療記録を調べていた若者に声をかける。
彼は1番のタイプ。罪悪感で自分を責め、死に憑りつかれているタイプのイケメンだ。
彼は話しかけられるなりサッと本を隠した。見られるとマズいと思ったのだろう。
「何の本読んでたの? 見せてよ」
「えーっと、患者さんのお子さんかな? こんな遅い時間に1人で図書館に入ってきちゃダメだよ」
「いいじゃん。勉強してんだから。それより本見せてよ」
「君が読んでも何もおもしろくないよ」
「いいから見せてよ。俺、こう見えても医者を目指していっぱい勉強してるんだ」
「そこまで言うならどうぞ」
若者は自分が読んでいたページが分からなくなるよう馴らしてからクチナシに本を渡す。
だが、クチナシは当然のように先ほどまで若者が読んでいたページを開いた。
そして、見せつけるように薄ら笑いを浮かべる。
「チッ」
舌打ちする若者。人が困る顔を見て喜ぶタイプのクソガキ。
一番嫌いなタイプだ。親の顔が見てみたい。そんな思いだった。
「細菌に対する土壌成分の影響、ね」
「おもしろくないでしょ?」
「うーん……。気温と化学成分だけ、か。ま、大したことないね。ガッカリだよ」
「あははっ。分からないからって強がっちゃダメだよ。医者になるならできない自分から逃げずに挑戦しないと」
「でも、お兄さんは逃げてるよね?」
「えっ」
ドキッとした。この子供は何も知っているはずがない。
だが、言い当てられた気がした。
「土壌を調べる前に、木を調べないと。土壌菌を操作しているのは木の根っこなんだよ?」
クチナシは木が土壌に与える影響について書かれた本を取り出した。
「これは、農学の本か。根は鉱物や有機物を吸い取るだけでなく、土壌の窒素固定菌に栄養を与える役割もある、と。……だがこれとさっきの本と何の関係が?」
「人が死に至るような重金属系の毒や有機化学系の毒でも、森を死滅させたことってそうないでしょ? 木には動物を遥かに上回る毒の吸収分解機能がある。それは木の体内に取り入れて分解するって意味だけじゃなくて、根っこ付近の土壌菌周りでも行われるってこと」
「……!? つまり、根っこ付近の土壌菌を調べれば分解の仕組みが見つかるってことか!? 分解酵素があるのか!?」
「調べてみれば分かるんじゃないかな?」
「っ!? ありがとう! やってみる!」
若者は飛ぶように立ち入り禁止区域に入っていった。背中と足元に大量の蟻が侵入していることにも気づかぬまま。
一度侵入してしまえば簡単だ。蟻に薬品を運ばせればいい。蟻がカメラに映ることを避けるなら通気口から外に出せばいい。もっとも、通気口を使うのであれば、時間をかければ地下の研究室を蟻に探し当てさせることも可能ではあった。正面から侵入したのは、あくまでクチナシのこのゲームに対する遊び方に過ぎない。
多くの蟻が帰還し、瓶詰の状態で危険な薬物や生物兵器を持ち帰った。だが、死の気配が薄い。最深部の最も危険な研究には入り込めなかったようだ。しばらくして、一部の蟻は帰還せず、死の無念だけが漂ってきた。兵士に見つかり駆除されたようだ。
間違いなく、最深部は別格の警備体制が敷かれている。今後、さらに蟻や念による攻撃への対策がなされることだろう。通気口は使えなくなるかもしれない。その対策が完了するのを待ってから、もう一度侵入して盗む。それでこそ完璧に勝つ、だ。
大学が侵入者への警備を強めるのを待ちながら、薬物と生物兵器を堪能する。最初は少しずつ、徐々に数を増やしていき、最後には一気に味わう。なかなか楽しめる戦いだった。毒で冷や汗をかいたのは久しぶりだ。最深部の毒はどれほど自分を苦しめられるのか。おぞましき国家と研究者達への期待が止まらない。
「とまあ俺はそんな感じかな。しばらくは暇になったから何かあったら手伝うよ」
女達との修行の終わり。
おしゃれなカフェで食事をしながらこれまでの経過を報告する。
「私は順調よ。早速、同士になってくれそうな人が2人現れました。今度オフ会で会ってみるつもり」
「私は、アルバイトが見つからなくって……。やっぱり不可持民の子供だからダメなんでしょうか。警察にビクビクしながら夜職してます……」
「私は昔の仲間がどうなったか調べていたわ。と言ってもNGLに移民する時に電子機器類を捨てちゃったから、遅々として進まないんだけど。お金はないから野草を食べているわ」
「野草を……?」
「さすがはNGL移民ね。覚悟が決まっているわ」
「ああ、でもここのカフェの代金を支払うくらいはできるから安心して」
お金を一切使わないので最初に軍人からくすねた分がまだ手元にあるようだ。
「ああっ! 君はあの時の!」
図書館で細菌と根っこの話をした若者がクチナシを見つけた。
「彼女達は君のお友達? にしては少し年齢が……いとこ……?」
「この人は?」
「ダン国立大学の学生だよ。クソ真面目に夜中まで細菌の研究をしているようなね」
「酷い言い草だなあ。それが素か」
「前に話した時も最後の方は演技やめてたでしょ?」
「ははっ、確かに。って、それより君、聞いてくれよ! あれから植物の根っことその付近の土壌フローラを調べたらね! あったんだよ! 酵素の反応が!」
「へいへい。よかったね」
クチナシにとってはあると分かり切っていることなので感動はないのだ。
「君のおかげだよ! 僕はこれで論文を出すつもりだ! どうだい! 共同研究者は無理だけど参考欄にきみの名前も載せていいかい!」
「ご自由にどうぞ」
「それじゃあ君の名前は?」
「クチナシ=オガサワラ」
「ん? ジャポンの名前かい?」
「さすが医学生だね。正解だよ」
「…………。失礼だけど、ご両親の職業は? ああいや、やめておこう」
医学生は不法移民だと暴露するとお互い困ることに気づいた。
「名前は、論文に出さない方がいいかな?」
「ご自由にどうぞ」
「それより、僕は君に感謝してるんだ。それを伝えたかった」
「なんかくれる?」
「えーっと、僕にあげられるものであれば」
「こいつ、アルバイトが見つからないんだって」
クチナシはカミィを指さした。
「えっと……。君の年齢なら働くというより学校で勉強するべきだと思うけど」
「両親がいないから食べていけないよ」
「えっ…………。生活保護制度とかは?」
「不可持民」
「あっ…………」
医学生は言葉が続かなくなった。
「ごめん、力になれなくて」
「大丈夫です! 私は皆さんのおかげでなんとかやっていけてますから!」
「ううっ。本当にごめん」
医学生はトボトボと去って行った。
「ふふっ。ああいうのもいいわね。誰かさんと違って魂が汚れていない」
「あいつもけっこう殺してるんだぞ? 死の気配が常人とは全く違う」
「あら? そうなの?」
「あれは罪滅ぼしに生きる意味を見つけたタイプだよ。苦労するね」
「それを聞くとなおさらかわいく思えてきたわ」
「……俺が見つけたおもちゃだぞ?」
「たまには一緒に遊びましょうよ」
「……」
医学生は学友にも呼び掛けて熱心に研究し、一定の成果を納めた。
これを世界に発表すれば、多くの命を救うことができる。今までの犠牲が報われる。
そう思っていたのだが、軍から突き付けられたのはノーだった。研究データは丸ごと没収され、以後この研究を続ける場合には軍属を義務付けられた。
医学生の夢は医者になること。人を殺すことではない。軍属などもっての外だった。
「この国は、腐っている……! 移住だ……! もう国外移住するしかない……!」
医学生は信頼のおける少数の仲間にだけ事情を説明し、旅行と言う名目で国外に脱出しようとした。そして船に乗る直前の港で捕まった。
「君の無念はよく分かる。だから、手伝ってくれないか!
変えていこう! 私と一緒に、この国を!」
「ハルケンブルグ……、さま……」
医学生を拘束したのは、ハルケンブルグ王子。
このままでは軍に捕まり殺されるか一生幽閉されるところを、ギリギリの所で間に合ったのだという。
医学生はハルケンブルグの協力者となり拘束を解かれ、大学に戻ることを許された。