蛇喩経 作:kp3kp3
朝、ジメジメした落ち葉のうえで目を覚ました。
寒い。身体をぐーっと伸ばしてから地面を這って移動する。お布団が欲しいよ……。
ボンネットに登って、日向ぼっこをすれば、身体がぽかぽかしてきてあったかい。真冬のお風呂くらい気持ちいい。
お腹が空いたら、植え込みに潜って待ち伏せをする。
蛇って結構燃費が良くてあんまり食べない、みたいな記憶があるのだけれど。まぁ、いいや。
人間ってすごいな、と思う。どんな環境にも慣れる。いや、もう人間じゃないんだけど。慣れる私ってすごいな、に訂正しておく。
昨日の夕方からは、公園には近づかないようにしていた。
人間が通る道だから。
知能が高いってそれだけで怖いもの。
その日の午前中は、住宅街の方で狩りをした。
庭の植え込みが多くて、待ち伏せにはちょうどいい。鳥が二羽と、昨日より小さいネズミが一匹。噛んで、離れて、追いかける。もう慣れたものだった。
『レベルが上がりました Lv8→Lv9』
お昼すぎ、さらにもう一羽。二羽、三羽と食べた。
『レベルが上がりました Lv9→Lv10』『進化可能条件を満たしました』
――来た。
私は急いで、ステータスを開いて、進化の項目に意識を向ける。
【進化】
・オルディナリウスセルペンス
・ウェネヌムセルペンス
二つ? 進化先が二つあるってこと?
いや、全くもって知らない言語だから選べと言われても困るんだけど。
そう思っていたらピコンと音が鳴って表示が出た。
【オルディナリウスセルペンス】 普通の蛇。いたって特徴はない。
【ウェネヌムセルペンス】 強力な毒を持つ蛇。
セルペンスって続いてるあたり、多分セルペンスは蛇なんだろうな。ていうかこんなのウェネヌム一択じゃない?
普通の蛇、特徴はないってなによ。毒欲しいよ。毒ばっかりで生きてるんだから。
『ウェネヌムセルペンスへの進化を開始しますか?』
はい、と念じるのに躊躇いは無かった。
進化したら、どうなるんだろう。もっと強くなれる。それは多分そう。でも、なんだか蛇になったんだなぁって気がした。いや、今の時点で蛇だけどね?
人間じゃなくて蛇として生きる。だったら、せめて死なないくらいには強くなりたい。
『進化を開始します』
◇
最初に来たのは、痒みだった。
全身の皮膚が、急にきつくなる。サイズの合わない服を無理やり着せられて、その服は毛玉だらけだったみたいに、体中がどうにもむず痒い。
次に、熱。
お腹の奥から、焼けるような熱が湧き上がってくる。日向ぼっこの気持ちいい温かさとは全然違う。体の内側から、強制的に沸き上がるような、何かに作り変えられていくような熱さ。
骨がきしむ。筋肉が引き伸ばされる。
痛い、とか、苦しい、とか、そういう感じではなくて、とにかく慣れない。
こむら返りする、少し前。痛み始める前の、これはだめだろって感触がずっと続く感じ。
視界の端で、画面がちかちかと点滅していた。
『進化処理を実行中』『……』『██████へ██%を送信』『進化処理を実行中』『スキル【毒牙】のレベルが上がりました Lv3→Lv5』『スキル【邪神の種】のレベルが上がりました Lv1→Lv2』
何か、変な文字が混じった気がした。でも、それを確かめる余裕はなかった。
意識が、遠のいていく。
真っ暗な中に、落ちていく。まじか、進化って意識失うんだ。
◇
——ねえ。
——ねえってば。
——あー、もう、■っと……ちょっ■■け繋がった……
——いい? 時間■■■■一回しか■■な……
——あん■が強■■■■びに、■い■らが……
◇
目が覚めた。
庭の芝生の上。明るい日差しの下。なににも襲われなくてよかった。
体の不思議な感覚は嘘みたいに消えていた。剥がれていた鱗も、何もなかったみたいに治っている。
すぐ横に、何か半透明のものが落ちていた。
細長い、薄い膜。私の形をした、空っぽの抜け殻。
……脱皮したんだ、私。
そして、体が大きくなっていた。多分。
いや、人間の頃と違って視界の高さとか変わらないし、あんまりわからないんだよ。
さっきまで見上げていた縁石が、少しだけ低く見える……気がする。鱗は前よりも艶があって、黒く光っていた。
綺麗だな、私。
それから振り返って、私は抜け殻をじっと見つめた。
今朝までの私だったものが、そこにいた。うす透明だが。
なんとなく、人間だった頃の私からも、一枚剥がれてしまったような気がした。
少し念じれば目の前に、画面が浮かぶ。
――――――――――――――――
種族 :ウェネヌムセルペンス
Lv :1
状態 :正常
スキル:【毒牙Lv5】【熱感知Lv2】【隠密Lv1】【邪神の種Lv2】
進化 :条件未達成
――――――――――――――――
スキルのレベルが、いくつか上がっていた。
毒牙は素直に喜べるが……【邪神の種Lv2】。
私は、その文字から目を離せなかった。
代償。あの文字化けした説明文の中で、そこだけははっきり読めた単語。
そして、夢の中で聞いた声。
あれは、ただの夢だったんだろうか。たぶん違うだろう。
あれが邪神? にしては随分気さくな感じだったけど。
答えてくれる人は、誰もいない。当然だが。
私は、自分の抜け殻を食べていた。
お腹空いたな。やっぱり進化ってエネルギーを使うんだろうか。これ食べ終わったらまた狩りに行かなきゃな。
え!? ちょっと待て。何食ってんの!? え、蛇って脱皮殻食べるの?
いやでも落ち着くし……なんか割と美味しいし、いっか。
空を見れば、まだ明るい。
今度進化するときは、安全な寝床を見つけてからにしよう。