蛇喩経   作:kp3kp3

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第4話

 朝、ジメジメした落ち葉のうえで目を覚ました。

 

 寒い。身体をぐーっと伸ばしてから地面を這って移動する。お布団が欲しいよ……。

 

 ボンネットに登って、日向ぼっこをすれば、身体がぽかぽかしてきてあったかい。真冬のお風呂くらい気持ちいい。

 

 お腹が空いたら、植え込みに潜って待ち伏せをする。

 

 蛇って結構燃費が良くてあんまり食べない、みたいな記憶があるのだけれど。まぁ、いいや。

 

 人間ってすごいな、と思う。どんな環境にも慣れる。いや、もう人間じゃないんだけど。慣れる私ってすごいな、に訂正しておく。

 

 昨日の夕方からは、公園には近づかないようにしていた。

 

 人間が通る道だから。

 

 知能が高いってそれだけで怖いもの。

 

 その日の午前中は、住宅街の方で狩りをした。

 

 庭の植え込みが多くて、待ち伏せにはちょうどいい。鳥が二羽と、昨日より小さいネズミが一匹。噛んで、離れて、追いかける。もう慣れたものだった。

 

『レベルが上がりました Lv8→Lv9』

 

 お昼すぎ、さらにもう一羽。二羽、三羽と食べた。

 

『レベルが上がりました Lv9→Lv10』『進化可能条件を満たしました』

 

 ――来た。

 

 私は急いで、ステータスを開いて、進化の項目に意識を向ける。

 

 

【進化】

・オルディナリウスセルペンス

・ウェネヌムセルペンス

 

 

 二つ? 進化先が二つあるってこと?

 

 いや、全くもって知らない言語だから選べと言われても困るんだけど。

 

 そう思っていたらピコンと音が鳴って表示が出た。

 

【オルディナリウスセルペンス】 普通の蛇。いたって特徴はない。

 

【ウェネヌムセルペンス】 強力な毒を持つ蛇。

 

 セルペンスって続いてるあたり、多分セルペンスは蛇なんだろうな。ていうかこんなのウェネヌム一択じゃない?

 

 普通の蛇、特徴はないってなによ。毒欲しいよ。毒ばっかりで生きてるんだから。

 

『ウェネヌムセルペンスへの進化を開始しますか?』

 

 はい、と念じるのに躊躇いは無かった。

 

 進化したら、どうなるんだろう。もっと強くなれる。それは多分そう。でも、なんだか蛇になったんだなぁって気がした。いや、今の時点で蛇だけどね?

 

 人間じゃなくて蛇として生きる。だったら、せめて死なないくらいには強くなりたい。

 

『進化を開始します』

 

◇

 

 最初に来たのは、痒みだった。

 

 全身の皮膚が、急にきつくなる。サイズの合わない服を無理やり着せられて、その服は毛玉だらけだったみたいに、体中がどうにもむず痒い。

 

 次に、熱。

 

 お腹の奥から、焼けるような熱が湧き上がってくる。日向ぼっこの気持ちいい温かさとは全然違う。体の内側から、強制的に沸き上がるような、何かに作り変えられていくような熱さ。

 

 骨がきしむ。筋肉が引き伸ばされる。

 

 痛い、とか、苦しい、とか、そういう感じではなくて、とにかく慣れない。

 

 こむら返りする、少し前。痛み始める前の、これはだめだろって感触がずっと続く感じ。

 

 視界の端で、画面がちかちかと点滅していた。

 

『進化処理を実行中』『……』『██████へ██%を送信』『進化処理を実行中』『スキル【毒牙】のレベルが上がりました Lv3→Lv5』『スキル【邪神の種】のレベルが上がりました Lv1→Lv2』

 

 何か、変な文字が混じった気がした。でも、それを確かめる余裕はなかった。

 

 意識が、遠のいていく。

 

 真っ暗な中に、落ちていく。まじか、進化って意識失うんだ。

 

◇

 

 ——ねえ。

 

 ——ねえってば。

 

 ——あー、もう、■っと……ちょっ■■け繋がった……

 

 ——いい? 時間■■■■一回しか■■な……

 

 ——あん■が強■■■■びに、■い■らが……

 

◇

 

 目が覚めた。

 

 庭の芝生の上。明るい日差しの下。なににも襲われなくてよかった。

 

 体の不思議な感覚は嘘みたいに消えていた。剥がれていた鱗も、何もなかったみたいに治っている。

 

 すぐ横に、何か半透明のものが落ちていた。

 

 細長い、薄い膜。私の形をした、空っぽの抜け殻。

 

 ……脱皮したんだ、私。

 

 そして、体が大きくなっていた。多分。

 

 いや、人間の頃と違って視界の高さとか変わらないし、あんまりわからないんだよ。

 

 さっきまで見上げていた縁石が、少しだけ低く見える……気がする。鱗は前よりも艶があって、黒く光っていた。

 

 綺麗だな、私。

 

 それから振り返って、私は抜け殻をじっと見つめた。

 

 今朝までの私だったものが、そこにいた。うす透明だが。

 

 なんとなく、人間だった頃の私からも、一枚剥がれてしまったような気がした。

 

 少し念じれば目の前に、画面が浮かぶ。

 

 

――――――――――――――――

種族 :ウェネヌムセルペンス

Lv  :1

状態 :正常

スキル:【毒牙Lv5】【熱感知Lv2】【隠密Lv1】【邪神の種Lv2】

進化 :条件未達成

――――――――――――――――

 

 

 スキルのレベルが、いくつか上がっていた。

 

 毒牙は素直に喜べるが……【邪神の種Lv2】。

 

 私は、その文字から目を離せなかった。

 

 代償。あの文字化けした説明文の中で、そこだけははっきり読めた単語。

 

 そして、夢の中で聞いた声。

 

 あれは、ただの夢だったんだろうか。たぶん違うだろう。

 

 あれが邪神? にしては随分気さくな感じだったけど。

 

 答えてくれる人は、誰もいない。当然だが。

 

 私は、自分の抜け殻を食べていた。

 

 お腹空いたな。やっぱり進化ってエネルギーを使うんだろうか。これ食べ終わったらまた狩りに行かなきゃな。

 

 え!? ちょっと待て。何食ってんの!? え、蛇って脱皮殻食べるの?

 

 いやでも落ち着くし……なんか割と美味しいし、いっか。

 

 空を見れば、まだ明るい。

 

 今度進化するときは、安全な寝床を見つけてからにしよう。

 

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