蛇喩経   作:kp3kp3

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第7話

 朝が来ても、穴から出なかった。

 

 というより、出られなかった。

 

 体を伸ばそうとすると、脇腹が引き攣れるみたいに痛んだ。噛まれたところは、鱗の下がぶよぶよと腫れていて、熱感知で見ると、そこだけ赤く熱を持っていた。

 

 それでも昼前には、外に出た。

 

 日向ぼっこをしないと、体が動かない。動かないと、何も獲れない。

 

 ボンネットまで這っていくだけで、一苦労だった。

 

 この日、私が食べたものはこうだ。

 

 落ち葉の下のわらじ虫っぽいの、七匹。

 

 植木鉢の裏のナメクジっぽいの、二匹。

 

 側溝の壁に張り付いていた、名前もよく分からない何か、一匹。

 

『経験値を獲得しました』『経験値を獲得しました』

 

 レベルは、当然のように上がらない。

 

 こいつらは弱いから安全だ。安全だけど、腹の足しにもならない。虫を七匹食べたところで、傷が塞がるわけがなかった。

 

 ちゃんとした獲物を獲らなきゃいけない。鳥とか、ネズミとか。

 

 ……分かってる。分かってるんだけど。

 

 夕方、植え込みでスズメっぽい鳥を一羽、見つけた。じっと待って、距離が詰まって、飛びかかろうとして——

 

 体が、途中で止まった。

 

 脇腹が、焼けるみたいに痛んだ。バネが伸び切る前に失速した私の牙は、鳥の尻尾の羽を掠めることさえできない。鳥はぎゃっと鳴いて飛んでいった。

 

 私は、地面に伸びたまま、しばらく動けなかった。

 

 ……これは……結構まずい。

 

 食べないと、傷は治らない。

 

 でも、傷が治らないと、獲れない。

 

 そういう仕組みになっているらしい。誰が作ったのか知らないけど、性格が悪いと思う。

 

 仕方なく、飢えをしのぐためだけに、また虫を食べた。

 

◇

 

 次の日は、雨だった。

 

 冷たい雨が一日中降って、体は一向に温まらなかった。私は穴の中で丸まって、外を眺めているしかなかった。

 

 水抜き穴なので、そこそこ水が流れてくる。びしょ濡れである。理想の物件とは。……寒い。

 

 空腹で、頭がぼんやりしてくる。

 

 何も考えたくないとき、人間だった頃はスマホを見ていた。今は、見るものが何もない。だから、勝手にいろんなことを考えてしまう。

 

 あの猫は、どこから来たのか。

 

 塀の向こうに降りて、熱感知から消えて、それから私の真後ろに現れた。

 

 ああ、そうか。

 

 熱感知で見えているのは、いつも、私が頭を向けている方だけだ。視野の中、とはちょっと違うんだけれど全方位は感知できてない。

 

 後ろは、見えない。

 

 ……今まで一度も、気にしたことがなかった。

 

 雨の音を聞きながら、私はそれについて、ずいぶん長いこと考えていた。

 

 ……寒い。冷たい。

 

◇

 

 雨が上がった翌日から、狩りの仕方を変えた。

 

 まず、待ち伏せの場所を選ぶときは、必ず背中側に壁か塀か、何か固いものがあるところにした。植え込みの奥ではなく、塀に寄せた隅。側溝の縁。植木鉢と塀の隙間。

 

 背中が見えないなら、背中を見られない場所にいればいい。

 

 それから、移動するときは、意図的に何度も舌を出して周りのにおいを拾うようにした。なんか変な臭いがしたら、すぐ逃げよう。

 

 効率は、落ちた。前の半分も獲れない。

 

 でも、あんな思いをするより、ずっとマシだ。

 

 傷のせいで、飛びかかれる距離は前より短い。だから、より近くまで引きつけなきゃいけない。いつもならもう飛びかかる距離。

 

 けれど今は鳥が首を下げるまで、待つ。

 

 まだ、だめ。

 

 もう少し。

 

 もうちょっと。

 

 鳥が啄むように頭を下げた。

 

 ——今。

 

 ばくん。

 

 鳥が一度だけ跳ねて、動かなくなった。

 

『個体〈ハームスロストルム〉を撃破しました』『経験値を獲得しました』

 

『スキル【隠密】のレベルが上がりました Lv2→Lv3』

 

 鳥を丸呑みにすると、腹の底からじんわり熱が広がって、脇腹の引き攣れが少しだけ緩んだ。まだ痛いけれど、とりあえず薄い透明な鱗が傷を覆った。

 

 

――――――――――――――――

状態 :負傷(中度)

――――――――――――――――

 

 

 重度から、中度。

 

 三日ぶりに、レベルじゃない何かが前に進んだ気がした。

 

 それから数日、私は同じことを繰り返した。

 

 背中を壁につけて、待って、引きつけて、噛む。

 

 鳥を四羽、ネズミを二匹、カエルっぽいのを一匹。

 

『レベルが上がりました Lv5→Lv6』

 

 状態の表示は、中度から軽度になった。

 

 でも、そこで止まった。

 

 軽度から先が、進まない。

 

 朝は体が強張るし、飛びかかるとき、脇腹がまだ引き攣れる。塞がってはいるけど、治りきってはいない。

 

 足りないのだ、量が。

 

 鳥一羽やネズミ一匹を食べても、傷の修理には少しずつしか回らないらしい。

 

 もっと大きくて、もっと肉のあるものを、まとめて食べたい。

 

 舌を出して動き出す。

 

◇

 

 血と、腐った肉のにおいだった。

 

 それも、一匹分じゃない。何匹分もの、濃いにおい。

 

 私は迷ったけど、結局、においの方へ進んだ。

 

 十回くねって、止まって、舌を出す。まだにおう。もっと濃い。

 

 通りを二本、三本。崩れたビルの脇を抜けて、ガードレールの下をくぐって。

 

 においが強くなるにつれて、街の様子が変わってきた。

 

 乗り捨てられた車が、道の端に寄せられている。ガラスの破片が、きれいに片側に掃かれている。

 

 駐車場があって、バリケードが見える、その先。

 

 人のたくさんいる、そこ。

 

 ……あのモールだ。

 

「追え、経験値だ!」と、追い立てられた場所。

 

 屋上には、人影も見えた。

 

 でも、確かに美味しそうなにおいがする。多分、狩った肉とかを置いてる場所があるんだと思う。それに、そこなら狩りの苦労もない。

 

 駐車場にある車の下に潜って、とぐろを巻いた。

 

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