不朽の林檎   作:イチマルニ

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第1話

 

 いつからだろう。

 戦いに勝っても、素直に喜べなくなったのは。

 楽しみを見いだせなくなって、ただ、惰性で続けるようになったのは。

 

「心ここにあらずってカンジだなァ、リンゴ!」

 

 頭上。不意打ち――では、ない。

 見えている。振り下ろされる刀。

 

 一歩下がる。それだけで、刃は空を切った。

 

「な――っ」

「おしまい」

 

 無防備になったそいつに、ただ、剣を一振り。

 頭から胸元にかけてダメージエフェクトが走り、アバターが霧散する。

 

 聴き慣れたファンファーレが鳴る。

 

 勝利を知らせる通知を確認して、わたしはSETSUNAのフィールドを後にした。

 

 

 ・

 

 

「また勝ったんだ」

 

 

 ロビーに戻ると、キツネ耳の少女がいた。

 

「彩葉(いろは)」

「本名で呼ぶなって言ってるでしょ、リンゴ」

「見てたの」

「まあ、気になったから。プロと戦うって聞いたから」

 

 プロ。

 ああ、そういえば、そんなことも言っていたような。

 

「余裕」

「それ、公言したらだめだからね。向こうのファンに刺されるよ」

「気を付けます」

 

 リア恋勢、というファンがいるらしい。

 推しに対して、のっぴきならない感情を抱えているファンのことを指し、まかり間違っても敵対してはならないと、彩葉が教えてくれた。

 

 リアルのわたしは貧弱なので、平穏を望む。

 

 しかし、彩葉がわざわざ、わたしの試合を観覧しにくるだなんて珍しい。

 普段は興味のかけらも見せないのに。

 プロゲーマーが相手だったからだろうか。現状、無敗のわたしが、初めて負けるところを見てみたかったのかもしれない。

 

 勝ったけど。

 

「そんなに強いんだから、配信者(ライバー)になればいいのに。ふじゅー稼げるよ」

「向いてない。というか、それを言うなら彩葉だって」

「無理無理。向いてない。時間もない」

「今日もバイトあるの」

「夕方からね」

 

 遠い目をする彩葉。

 

 学費と生活費を稼ぐべく、ひっきりなしにバイトを入れて、それでいて勉学も怠らない。

 まさしく超人の所業だ。死んでも真似したくない。

 

「ごはんはいつも通り、タッパーに詰めて冷蔵庫に入れておくから」

「いつもありがとう。リンゴの美味しいご飯のおかげで、私は今日も生きていけます」

「大げさ」

 

 彩葉とは、住んでいるアパートが一緒だ。

 朝、学校に行こうとアパートを出たら、隣の部屋から、同じ制服の少女が出てきたときは、思わず固まってしまったものだ。

 

 なんやかんやで、少女――彩葉と仲良くなったわたしは、次第に、彼女の絶望的な食生活を知ることになる。

 食費の節約のため、栄養を度外視した食事。食材を限界まで削った、自称コスパ最強料理。

 

 水と粉のパンケーキ? なんだそれは。

 牛乳どころか卵も不使用のそれをパンケーキと呼ぶな。

 

 わたしはすぐに、夕食のシェアを申し出た。

 

 渋る彩葉を「いつも作りすぎてしまうから」「彩葉が食べてくれないなら捨てるだけ」「わたしの手料理は嫌なんだ?」と説き伏せて、それからは毎日、作った料理をおすそわけしている。

 

「でも、せめて食費くらいは」

「いらない。計算もめんどくさい」

 

 そもそも、わたしは超がつくほどの少食だ。

 少なく料理しようと思っても、わたしにとっては三食分の量が出来上がってしまう。

 

 つまり、朝昼晩とも同じ食事になる。うっかり作りすぎてしまったときなんかは悲惨だ。三日三晩、カレーになったときは鬱になりそうだった。

 

 だから、このおすそわけは、願ってもない話だった。

 言い方は悪いが、わたしは彩葉に残飯処理をさせているわけだ。むしろ、料金を払うべき立場である。

 

「まあ、また勉強を教えて。赤点だけは回避したい。それでチャラ」

「リンゴ、ずっとツクヨミにインしてるもんね。テストの点数もだけど、視力は大丈夫?」

「世の中にはレーシック手術というものが」

「休め」

 

 

 ・

 

 

 しばらくの談笑ののち、彩葉はバイトに向かった。

 結局、なんで彩葉は今回に限って、試合を見に来ていたのだろう。聞きそびれてしまった。

 

 まさか、あの相手が、彩葉の推しだったとか?

 プロゲーマーの推しがいるだなんて、聞いたこともないが、もしそうだったら申し訳ない。面と向かって「余裕でした」なんて言ってしまっている。

 今度、謝ろう。うん。

 

 夕食の準備をするため、わたしもログアウトしようとした、その時。

 

『ヤオヨロ――!』

 

 鈴の音のような声が聞こえた。

 

「ああ、ヤチヨか。配信が始まったんだ」

 

 月見(るなみ)ヤチヨ。

 仮想世界《ツクヨミ》の管理人を務めながら、ライバーとしても圧倒的人気を誇る少女。

 その実態は、超高度のAI、らしい。

 そんでもって、彩葉の最推し。

 

 彼女のライブ配信は、各配信サイトだけでなく、ツクヨミ内でも視聴できる。

 

 なんとなく、配信を眺める。

 最近はソーラン節にハマっていて、ずっと練習しているらしい。おもむろに曲が流れて、踊り始めている。

 

 面白い。

 面白いのだが――あれは、本当にAIなんだろうか。あらゆる反応が、言動が、どうにも人間臭く見えて仕方がない。

 そもそもAIがソーラン節を踊るって、何?

 

 まあ、なんでもいい。

 彩葉と違って、わたしはヤチヨを特別視してるわけじゃないし。

 実は、中に人が入っていました、なんてことになっても気にならない。どうでもいい。

 

『――ええ、なになに。あのSETSUNAプレイヤー、リンゴが今日、黒鬼(ブラック・オニキス)の帝アキラをも倒して無敗記録を更新中?』

 

 びくっ。

 予想外の名前が飛び出してきた。

 いや、予想外というか、わたしだった。

 

 今日の相手、帝アキラとかいうやつ、そんなに有名どころだったのか。てっきり無名プロだと思っていた。対戦相手の下調べをしてないのが裏目に出た。

 

『リンゴちゃんねえ。実を言うと、ヤッチョもファンなんだ。――、――!』

 

 ヤチヨが、リンゴに対する熱い思いを語っている。

 

 つまり、わたしだ。

 

 今までは、掲示板でささやかれる程度だったわたしが、ここにきて全国デビューばりに紹介されている。

 

 まったくうれしくない。

 これで喜べるなら、わたしはとっくにライバーデビューを果たしているだろう。

 

 ああ、明日から、また対戦希望と勧誘が殺到するんだろうな。

 

 以前、一度も負けたことがないプレイヤーがいる、ってちょっと話題になったときも、凄まじかった。

 ツクヨミのメッセージボックスがパンクして、その処理に追われていた記憶しかない。

 ひっきりなしに届く通知で鬱になりかけて、ついには垢転生を決意したところだった。

 

 あの時は、彩葉にメッセージの公開設定を変更する方法を教わって、事なきを得た。

 それでも、ツクヨミで待ち伏せし、直接交渉を持ち掛けてくるプレイヤーなんかも現れて、最近、ようやく静かになってきたと安堵していたのに。

 

「あは」

 

 そうだ、彩葉にも手伝ってもらおう。

 彩葉に勝てた人だけ、わたしと戦えるってことで。

 うん、かつてないほどの名案だ。そうしよう。

 

 プロフィールを変更しておく。

 

 ――リンゴとの対戦、または勧誘を希望する者は、iroに勝利した場合のみ受付いたします――

 

 

 ・

 

 

「これ、なに?」

「いや」

「こ、れ、な、に?」

「ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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