不朽の林檎 作:イチマルニ
いつからだろう。
戦いに勝っても、素直に喜べなくなったのは。
楽しみを見いだせなくなって、ただ、惰性で続けるようになったのは。
「心ここにあらずってカンジだなァ、リンゴ!」
頭上。不意打ち――では、ない。
見えている。振り下ろされる刀。
一歩下がる。それだけで、刃は空を切った。
「な――っ」
「おしまい」
無防備になったそいつに、ただ、剣を一振り。
頭から胸元にかけてダメージエフェクトが走り、アバターが霧散する。
聴き慣れたファンファーレが鳴る。
勝利を知らせる通知を確認して、わたしはSETSUNAのフィールドを後にした。
・
「また勝ったんだ」
ロビーに戻ると、キツネ耳の少女がいた。
「
「本名で呼ぶなって言ってるでしょ、リンゴ」
「見てたの」
「まあ、気になったから。プロと戦うって聞いたから」
プロ。
ああ、そういえば、そんなことも言っていたような。
「余裕」
「それ、公言したらだめだからね。向こうのファンに刺されるよ」
「気を付けます」
リア恋勢、というファンがいるらしい。
推しに対して、のっぴきならない感情を抱えているファンのことを指し、まかり間違っても敵対してはならないと、彩葉が教えてくれた。
リアルのわたしは貧弱なので、平穏を望む。
しかし、彩葉がわざわざ、わたしの試合を観覧しにくるだなんて珍しい。
普段は興味のかけらも見せないのに。
プロゲーマーが相手だったからだろうか。現状、無敗のわたしが、初めて負けるところを見てみたかったのかもしれない。
勝ったけど。
「そんなに強いんだから、
「向いてない。というか、それを言うなら彩葉だって」
「無理無理。向いてない。時間もない」
「今日もバイトあるの」
「夕方からね」
遠い目をする彩葉。
学費と生活費を稼ぐべく、ひっきりなしにバイトを入れて、それでいて勉学も怠らない。
まさしく超人の所業だ。死んでも真似したくない。
「ごはんはいつも通り、タッパーに詰めて冷蔵庫に入れておくから」
「いつもありがとう。リンゴの美味しいご飯のおかげで、私は今日も生きていけます」
「大げさ」
彩葉とは、住んでいるアパートが一緒だ。
朝、学校に行こうとアパートを出たら、隣の部屋から、同じ制服の少女が出てきたときは、思わず固まってしまったものだ。
なんやかんやで、少女――彩葉と仲良くなったわたしは、次第に、彼女の絶望的な食生活を知ることになる。
食費の節約のため、栄養を度外視した食事。食材を限界まで削った、自称コスパ最強料理。
水と粉のパンケーキ? なんだそれは。
牛乳どころか卵も不使用のそれをパンケーキと呼ぶな。
わたしはすぐに、夕食のシェアを申し出た。
渋る彩葉を「いつも作りすぎてしまうから」「彩葉が食べてくれないなら捨てるだけ」「わたしの手料理は嫌なんだ?」と説き伏せて、それからは毎日、作った料理をおすそわけしている。
「でも、せめて食費くらいは」
「いらない。計算もめんどくさい」
そもそも、わたしは超がつくほどの少食だ。
少なく料理しようと思っても、わたしにとっては三食分の量が出来上がってしまう。
つまり、朝昼晩とも同じ食事になる。うっかり作りすぎてしまったときなんかは悲惨だ。三日三晩、カレーになったときは鬱になりそうだった。
だから、このおすそわけは、願ってもない話だった。
言い方は悪いが、わたしは彩葉に残飯処理をさせているわけだ。むしろ、料金を払うべき立場である。
「まあ、また勉強を教えて。赤点だけは回避したい。それでチャラ」
「リンゴ、ずっとツクヨミにインしてるもんね。テストの点数もだけど、視力は大丈夫?」
「世の中にはレーシック手術というものが」
「休め」
・
しばらくの談笑ののち、彩葉はバイトに向かった。
結局、なんで彩葉は今回に限って、試合を見に来ていたのだろう。聞きそびれてしまった。
まさか、あの相手が、彩葉の推しだったとか?
プロゲーマーの推しがいるだなんて、聞いたこともないが、もしそうだったら申し訳ない。面と向かって「余裕でした」なんて言ってしまっている。
今度、謝ろう。うん。
夕食の準備をするため、わたしもログアウトしようとした、その時。
『ヤオヨロ――!』
鈴の音のような声が聞こえた。
「ああ、ヤチヨか。配信が始まったんだ」
仮想世界《ツクヨミ》の管理人を務めながら、ライバーとしても圧倒的人気を誇る少女。
その実態は、超高度のAI、らしい。
そんでもって、彩葉の最推し。
彼女のライブ配信は、各配信サイトだけでなく、ツクヨミ内でも視聴できる。
なんとなく、配信を眺める。
最近はソーラン節にハマっていて、ずっと練習しているらしい。おもむろに曲が流れて、踊り始めている。
面白い。
面白いのだが――あれは、本当にAIなんだろうか。あらゆる反応が、言動が、どうにも人間臭く見えて仕方がない。
そもそもAIがソーラン節を踊るって、何?
まあ、なんでもいい。
彩葉と違って、わたしはヤチヨを特別視してるわけじゃないし。
実は、中に人が入っていました、なんてことになっても気にならない。どうでもいい。
『――ええ、なになに。あのSETSUNAプレイヤー、リンゴが今日、
びくっ。
予想外の名前が飛び出してきた。
いや、予想外というか、わたしだった。
今日の相手、帝アキラとかいうやつ、そんなに有名どころだったのか。てっきり無名プロだと思っていた。対戦相手の下調べをしてないのが裏目に出た。
『リンゴちゃんねえ。実を言うと、ヤッチョもファンなんだ。――、――!』
ヤチヨが、リンゴに対する熱い思いを語っている。
つまり、わたしだ。
今までは、掲示板でささやかれる程度だったわたしが、ここにきて全国デビューばりに紹介されている。
まったくうれしくない。
これで喜べるなら、わたしはとっくにライバーデビューを果たしているだろう。
ああ、明日から、また対戦希望と勧誘が殺到するんだろうな。
以前、一度も負けたことがないプレイヤーがいる、ってちょっと話題になったときも、凄まじかった。
ツクヨミのメッセージボックスがパンクして、その処理に追われていた記憶しかない。
ひっきりなしに届く通知で鬱になりかけて、ついには垢転生を決意したところだった。
あの時は、彩葉にメッセージの公開設定を変更する方法を教わって、事なきを得た。
それでも、ツクヨミで待ち伏せし、直接交渉を持ち掛けてくるプレイヤーなんかも現れて、最近、ようやく静かになってきたと安堵していたのに。
「あは」
そうだ、彩葉にも手伝ってもらおう。
彩葉に勝てた人だけ、わたしと戦えるってことで。
うん、かつてないほどの名案だ。そうしよう。
プロフィールを変更しておく。
――リンゴとの対戦、または勧誘を希望する者は、iroに勝利した場合のみ受付いたします――
・
「これ、なに?」
「いや」
「こ、れ、な、に?」
「ごめんなさい」