授業参観で「脚が速い」と発表されるアーモンドアイ(32)   作:Lagavulin

12 / 12
客席まで見えていた

「どうかしら」

 

 控室の扉が開き、アイが顔を出した。

 圭介は返事をしようとして、妻の姿を上から下まで見た。白と紺の衣装に、銀色の飾り。腰の大きなリボンから、何枚も重なったスカートの裾が広がっている。

 衣装合わせの写真は見せてもらっていた。それでも、髪飾りと舞台用の化粧まで揃うと、随分と違って見える。

 グランと走った日から数週間、朝の軽い運動を続けた成果も出て、最後の衣装合わせではウエストを少し詰めてもらった。

 

「似合ってる」

「本当に?」

「うん」

 

 アイは自分のスカートへ目を落とした。

 

「写真を見たときは、懐かしいと思ったのよ。着てみると、ちょっと……」

「動きにくい?」

「そうじゃなくて。わたし、もう32なのよね」

 

 圭介も、もう一度衣装を見た。

 現役時代に何度も着ていたものをもとに、新しく用意してもらった衣装だった。よく似合っていると思ったのは本当だが、妻がどこを気にしているのかも分かった。

 胸元にも、手首にも、小さなリボンがついている。

 

「お母さん、かわいい!」

 

 愛奈が圭介の横から飛び出した。

 アイは屈み、衣装へ手を伸ばす娘を受け止める。

 

「ありがとう。触るなら、そっとね」

「これで帰る?」

「これで電車には乗らないわ」

 

 後ろから来た悠も、母の周りを半周した。

 

「背中にもリボンある」

「ええ。あるの」

「すごく大きい」

「お母さんも、そう思っているわ」

 

 圭介は笑いをこらえた。アイに見られたので、慌てて首を横に振る。

 そこへ、ラヴズオンリーユーが控室から出てきた。こちらも揃いの衣装で、髪に大きな花飾りをつけている。

 

「アイさん、もうすぐ集合だって」

「分かったわ」

 

 市民ホールでのチャリティライブに誘ったのは、ラヴズだった。引退したウマ娘たちが出演し、現役時代の曲を披露する。アイも1曲、一緒に歌うことになっていた。

 圭介は、廊下の先で待つララへ目を向けた。ラヴズの息子の蓮は、莉良と一緒にララのそばにいる。客席で預かってもらう約束だった。

 ララは衣装姿の2人を見ると、楽しそうに手を振った。

 

「ええやん。よう似合うてる」

「さっき、年の話をしちゃった」

 

 アイが小声で言うと、ララは吹き出した。

 

「うちも同じや。巻き込まんといて」

「そうね。ごめんなさい」

 

 ラヴズが笑い、アイの手を取った。

 

「ほら、行こ。練習したところ、見せなきゃ」

 

 アイは頷き、子どもたちへ手を振る。歩き出してから、一度だけ圭介を振り返った。

 

「ちゃんと見ていてね」

「もちろん」

 

 その返事を待って、アイは舞台裏へ入っていった。

 

  *

 

 客席はほとんど埋まっていた。

 家族に用意された席は前から数列目で、ララたちとも隣り合っている。圭介が愛奈の荷物を座席の下へ置く間に、悠はパンフレットを開いた。

 

「お母さん、次?」

「この人たちのあとだよ」

 

 紙の上で順番を確かめてやる。悠が母の名前を見つけ、膝の上でページを押さえた。

 ステージの明かりが変わると、隣の直人が顔を上げた。

 

「来るか」

 

 紹介の声に続いて、ラヴズが姿を見せた。蓮が両手を上げる。

 アイがその隣へ並んだとき、圭介のすぐ後ろから大きな歓声が上がった。

 

「アイちゃーん!」

 

 愛奈がびっくりして振り返った。

 声を上げた女性は、母の名前が入った古いタオルを掲げている。別の席からも呼ぶ声が重なり、アイがそちらへ手を振ると、さらに拍手が大きくなった。

 

「お母さんのお友達?」

「レースをしていた頃から、応援してくれている人たちだよ」

 

 愛奈はまたステージを見た。母がこちらにも気づき、小さく手を振ってくれる。

 娘は圭介の腕を叩いた。

 

「お父さんも!」

 

 圭介も手を上げた。アイが笑い、立ち位置につく。

 聞き覚えのある前奏が流れ、圭介は背筋を伸ばした。

 

 アイが顔を上げ、腕を大きく開く。スカートの裾が広がり、軽く向きを変えたところで、歌声が重なった。

 すぐに、客席から手拍子が返る。

 

 現役の頃から繰り返し聞いてきた曲で、圭介も最初から最後まで歌える。最近も、アイが洗い物をしながら口ずさむのを何度も聞いた。

 それなのに、目の前で踊られると、覚えていた以上に胸が高鳴った。

 

 ラヴズと並んだアイが、揃ってこちらを向く。

 妻が、胸の前で指を合わせ、小さなハートを作った。

 さっきまで気にしていたリボンも、ひらひらした裾も、その笑顔によく似合っていた。片足を引き、こちらを誘うように手を伸ばす。その指先を、圭介は目で追った。

 

 綺麗だった。

 衣装を着たところから見ていたのに、今さら、まともに顔を見たような気がした。

 

 アイは客席へ視線を送り、楽しそうに歌っている。

 笑ったときの目元も、少し顎を引く仕草も、今の妻のものだった。その顔が照明の下で輝くたびに、昔、ライブのあとで彼女を待っていた時間が思い出された。

 

 アイの担当するパートは終わり、拍手の中でそのまま客席へと戻ってきた。

 

 当時の衣装のまま戻ってきた32歳のアイに感想を聞かれると、記憶が混乱してしまい短い返事しかできなかった。彼女が不思議そうに首を傾げるので、慌てて、声がよく出ていたとか、動きが揃っていたとか付け足した。

 

「お父さん」

 

 悠に袖を引かれ、圭介は隣を見た。

 

「手、止まってる」

 

 子どもたちは次の曲の手拍子をしていた。圭介も慌てて両手を合わせる。

 隣で直人が笑った。ララはステージを見たまま、肩を揺らしている。

 

 間奏に入り、次のパートでアイが舞台の前へ出てきた。

 足を踏み出すたび、銀色の飾りが光る。ラヴズと位置を入れ替え、客席の端へ大きく手を振った。あちこちから腕が上がり、アイがその反応を見て笑う。

 圭介も、つられて笑った。

 当時もこういう顔をしていた。応援の声が届くと、もっと見てほしそうに前へ出てくる。

 

 アイの視線が、こちらで止まった。

 圭介は少し遅れて手を上げる。その顔を確かめたように、アイが片目を閉じた。

 

「今、お母さん、こっちにやった!」

 

 愛奈が父の腕にしがみついた。

 圭介は頷いた。何か答えたつもりだったが、娘はもうステージへ向き直っていた。

 ラヴズの歌声にアイの声が重なり、最後のサビへ入る。

 圭介は妻から目を離せないまま、子どもたちと一緒に手を叩いた。

 

 最後の音に合わせ、2人の腕が高く伸びた。

 一瞬の静けさのあと、客席が拍手に包まれる。アイは胸を上下させながら笑い、ラヴズと手をつないで頭を下げた。

 圭介も大きく拍手を送った。

 顔を上げたアイが、もう一度こちらを見る。今度は、迷わず手を振り返した。

 

  *

 

「どうだった?」

 

 終演後、控室から出てきたアイが尋ねた。

 圭介より先に、愛奈が駆け寄る。

 

「お母さん、かわいかった!」

「ありがとう」

「知らない人も、いっぱい名前呼んでたよ!」

「聞こえたわ。嬉しかった」

 

 アイが屈むと、愛奈は母の首へ腕を回した。悠も寄ってきて、母がさっき作ったハートを指で真似する。

 

「ここ、お母さんの後ろで、みんなやってた」

「あなたも?」

「こっちは、拍手してたかな」

 

 アイは笑い、息子の手を軽く握った。

 ラヴズが出てくると、蓮が飛びついていった。莉良もそちらへ寄り、手を振ったのが見えたかと聞いている。

 アイは立ち上がり、圭介へ向き直った。

 

「あなたは?」

 

 その顔を見て、圭介はまた昔を思い出した。

 感想を待つとき、こちらから目を離さないところまで同じだった。

 

「綺麗だった」

 

 アイが一度、瞬きをした。

 

「……ありがとう」

「出てきたときから似合っていたけど、踊っているところは、もっと」

 

 言ってから、圭介は少し困った。もう少し落ち着いて伝えるつもりだった。

 アイは口元を緩め、手首のリボンへ指を添えた。

 

「変じゃなかった?」

「全然。昔のライブを思い出したよ」

「そう」

 

 嬉しそうに頷いてから、アイは夫の顔を覗き込んだ。

 

「昔と変わらず、ずっと見ていたわね」

「……そんなに分かった?」

「ええ」

 

 横から、ララが顔を出した。

 

「途中、手拍子も忘れてはったよ」

「そうなの?」

「悠くんに教えてもろてた」

 

 アイが息子を見る。悠は大きく頷いた。

 

「お父さん、お母さんばっかり見てた」

「見に来たんだから、それはいいだろう」

 

 圭介が答えると、直人まで笑った。

 

「でも、瞬きくらいはした方がいい」

「そこまでじゃなかっただろ」

 

 ララが口元を押さえている。アイは少し顔を伏せたが、隠しきれずに笑っていた。

 愛奈が父の手を引いた。

 

「お母さん、ぱちってしてくれたよね」

 

 娘が片目を閉じようとして、両目をつぶった。

 アイが頷き、その髪を撫でる。

 

「見えた?」

「うん! お父さんにも教えた」

「お父さんも、ちゃんと見ていたわよ」

 

 圭介が妻を見ると、アイは少しだけ首を傾げた。

 あのとき、確かに目が合っていた。

 聞き返す前に、衣装担当のスタッフが2人を呼びに来た。ラヴズが先に控室へ戻り、アイも返事をして、子どもたちの手を離す。

 

「着替えたら、帰りましょう。少し待っていてね」

 

 愛奈が頷き、莉良のところへ行った。さっきの振りを教えてもらおうと、両手を前に出している。

 アイは控室へ戻りかけ、圭介の袖を引いた。

 

「さっきの、あなたにしたのよ」

 

 小さな声だった。

 圭介が顔を上げると、妻は目を合わせたまま笑っていた。

 

「昔は、あれをすると、すぐ目を逸らしたでしょう」

「覚えてるのか」

「覚えているわ。今日は逸らさなかったから」

 

 圭介は返事を探した。アイは待ってくれている。

 

「いまでも変わらずかわいいよ」

 

 あの時の感想のような言葉を返した。

 

 妻の指が、袖を少し強くつかんだ。

 今度はアイの方が目を逸らし、頷く。

 

「……着替えてくるわ」

 

 控室の扉を開けたところで、愛奈が声を上げた。

 

「お母さん、そのお洋服、また着て!」

 

 アイが足を止める。

 圭介も、娘の横から言った。

 

「俺も、また見たい」

 

 アイは夫を見た。少し赤くなった頬のまま、今度は大きく笑う。

 

「分かったわ。衣装の人に、聞いてくる」

 

 返事をして扉を閉めると、すぐに中からラヴズの声が聞こえた。

 

「アイさん、次はめにしゅきでも歌う?」

「まだ衣装の話をしただけよ!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

親愛なるシャーロックへ(作者:カニ漁船)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

決まっている運命を覆すために。メジロ復活のために奮闘する。▼※8/10追記 Simca V様からAI作成イラストでメジロシャーロック(ウマ娘の姿)のファンアートを頂きました!ふつくしい……。▼【挿絵表示】▼


総合評価:6772/評価:8.6/連載:118話/更新日時:2026年10月03日(土) 23:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>