授業参観で「脚が速い」と発表されるアーモンドアイ(32) 作:Lagavulin
「お母さんも入って」
クロノジェネシスの娘、時乃(ときの)がベンチを叩いた。
隣には愛奈が座り、反対側にはラヴズオンリーユーの息子の蓮(れん)がいる。3人は同じ1年生で、公園へ着いてからずっと一緒に遊んでいた。
カメラを構えていたクロノが、レンズから顔を離す。
「今、撮ったら……」
「お母さんも一緒に撮ろうよ」
時乃は空けてあった場所をもう一度叩いた。
アイは笑って手を差し出した。
「撮るわ。カメラ、貸して」
「ありがとうございます。じゃあ、ここのボタンで……ピントはもう合っていますので」
説明を聞いている間にも、時乃は母の袖を引いていた。クロノは慌てて娘の横へ腰を下ろし、肩へ腕を回す。
アイが覗いた画面の中で、時乃が母の顔へ頬を寄せた。
「撮るわよ」
シャッターを切ろうとしたところで、蓮がくしゃみをした。
愛奈が驚いて振り向く。時乃は母にくっついたまま笑い、クロノは蓮の方を心配そうに見た。アイもつられて笑いながら、シャッターを切った。
もう一度、とアイが言うより先に、ラヴズがスマホを下ろした。
「今の、いいね」
「くしゃみしてるわよ」
「時乃ちゃんを見て。すっごく笑ってる」
アイは撮った写真を確かめた。蓮の顔は見事にくしゃみの途中だが、その隣で時乃は母にくっつき、大きく口を開けて笑っている。
ベンチの方から、本人が声を上げた。
「くしゃみのやつ、消して!」
「分かった。じゃあ、次は格好いいのを撮ろう」
アイはカメラの写真を消して構え直した。ラヴズもスマホを操作してから、息子の髪を直す。蓮は唇を引き結び、両手を膝に置いた。愛奈まで真似をしたので、急に証明写真のようになった。
この日は、昔からの友人3人で子どもたちを遊ばせようと集まった。
クロノは大きなカメラを持ってきた。ラヴズは動画も撮るつもりで、スマホ用の小さな三脚まで用意している。アイと圭介は弁当と遊び道具を分担した。
ところが遊ぶ前の記念撮影が、なかなか終わらない。
悠は少し離れたところで、圭介とフリスビーを投げていた。何度もベンチの方を見ている。
「こっちは、もう始めていい?」
「いいわよ。走る人に気をつけて」
アイが答えると、愛奈が立ち上がりかけた。時乃と蓮も続く。
クロノは娘の肩から腕を離し、アイに少し申し訳なさそうな顔をした。
「すみません。もう1枚だけ、私とこの子を……」
「ええ。時乃ちゃん、お母さんと2人で撮りましょう」
時乃は素直に座り直した。
愛奈と蓮が走っていくのを見送ってから、母の腕を自分の前へ引っ張る。その手の置き方に、クロノが小さく笑った。
アイは、声を掛けずにシャッターを切った。
*
昼食のあと、ラヴズが三脚を立てた。
「今度は全員で撮ろう。撮る人がいなくても大丈夫なやつ」
子どもたちは敷物に座っている。圭介は弁当箱をまとめる手を止め、クロノもレンズの蓋を閉じた。
アイは愛奈の頬についたご飯粒を取り、娘の服を軽く払う。
「どこへ座ればいい?」
「そのままでいいよ。悠くん、ちょっとお父さんの方に寄ってもらえる?」
画面を確かめながら、ラヴズが位置を調整する。自分が入る場所を蓮の隣へ空け、タイマーを押して戻ってきた。
全員がスマホの方を見る。
「目、閉じないでね」
ラヴズが言うと、愛奈が限界まで目を開いた。悠が横から気づいて吹き出す。
「そんなに開けなくていい」
「閉じないでって」
言い争いが始まったところで、シャッター音がした。
撮った写真では、アイも圭介も悠も、愛奈の顔を見ていた。
「あら、わたしたち、愛奈の方を見ちゃってる」
「蓮は見てるよ」
ラヴズが指を差した。息子は、今度こそ格好よく写るつもりだったらしい。胸を張り、顎を引いて、1人だけ立派だった。
本人は写真を見て満足していたが、隣にいた母まで愛奈を見ているのに気づき、ラヴズの腕を叩いた。
「お母さんもちゃんとして」
「はい。今度はちゃんとします」
ラヴズが戻り、2回目のタイマーを押した。
クロノが時乃の肩へ手を置いた、そのとき。敷物の端から、丸めた紙ナプキンが風で転がり出した。
アイは立ち上がった。
紙が遊歩道へ出る前に拾い、振り向く。
「まだ間に合う?」
「あと3秒!」
アイは戻った。座る場所を空けようとした圭介が身体をずらし、その膝を愛奈が踏んだ。悠が妹を支え、ラヴズが笑い始める。
2枚目には、戻ってきたアイと、足を踏まれた圭介と、相変わらず胸を張る蓮が写っていた。
「蓮くんだけ、ずっと同じ顔ね」
「頑張ってるから」
ラヴズは笑いを堪えながら息子の肩を撫でた。
クロノが画面を覗き、アイに言った。
「戻るの、速かったですね」
「間に合ったでしょう」
「ええ。ちゃんと写っています」
アイは写真を拡大した。確かに写っていた。片膝を敷物へつき、拾った紙ナプキンを持ったまま、家族にぶつからないよう避けて座ろうとしている。
「今度は、わたしが押すわ」
「タイマーの問題かなあ」
ラヴズが言ったが、アイは三脚のところへ向かった。もう一度画角を確かめる。その間に、圭介が敷物の上の軽いものを弁当袋へ入れた。
タイマーを設定して戻ると、愛奈が腕を広げる。
「お母さん、ここ」
アイは娘を膝へ座らせ、悠を隣へ寄せた。
圭介が肩の後ろへ腕を回す。クロノも時乃を抱き寄せ、ラヴズは蓮と同じように胸を張った。
「みんな、撮るよー」
アイが言った直後、愛奈が母を見上げた。圭介がスマホを指差す。
「お母さんじゃなくて、あっちを見るんだよ」
全員が笑った。
撮れた写真には、カメラに向き直った娘と、その娘を見て笑うアイが写っていた。
*
子どもたちがまた遊び始めると、クロノはカメラの画面で午前中の写真を見返した。
アイは隣へ座り、先ほど撮った母娘の写真を確かめる。
「これで、よかった?」
「はい。すごく」
クロノは写真を拡大し、時乃の顔を見た。それから、自分の頬に触れている小さな手のところまで画面を動かす。
「一緒に写っているのが、意外と少なくて」
「あなたが撮るものね」
「撮りたい場面が多いんです。次々に、違うことをするので」
遊歩道の向こうでは、時乃が悠へフリスビーを渡していた。自分は投げず、受け取る方へ回りたかったらしい。腕を広げて、さらに後ろへ下がっていく。
「お母さん、次、投げて!」
時乃に呼ばれ、クロノが顔を上げた。膝のカメラを持ち直す。
「それは預かるわ。行ってきたら?」
アイは両手を差し出した。
クロノは少し考えてから、カメラをアイに渡した。
娘の方へ向かうと、時乃が大きく手を振る。悠からフリスビーを受け取り、母娘が向かい合った。
最初の1投は、思ったより大きく曲がった。時乃が追いかけ、クロノまで同じ方へ走り出す。
アイがシャッターを切る隣で、ラヴズもスマホを構えていた。
「これ、あとでみんなに送るね」
「さっきの集合写真も?」
「もちろん。蓮が、格好いいのを全部欲しいって」
アイは笑って頷き、カメラをもう一度構えた。
今度はクロノが受け取る番だった。時乃の投げたフリスビーが低く飛び、母はそれを両手で挟んだ。娘が両腕を上げ、こちらへ振り向く。
「今の、撮った?」
アイはカメラを持ったまま、大きく頷いた。