自律思考ヒューマノイド系ダンジョン配信者 作:わらにんぎょう
とても鮮烈な光景だった。この衝撃は、きっと生涯忘れることができないだろう。
画面の中で、二人の美しい少女が目にも止まらぬ速さで駆けていく。黒と白の対照的なドレスに身を包み、二つの流星が巨大な影へと飛びかかる。
ナメクジのような……されど猟奇的で、テレビでは映せない醜悪な姿の化け物。まるで人肉を押し固めたかの如く、生々しいピンクの粘膜が蠢いている。
そんな化け物の体表に夥しい量の氷槍が飛来した。ヌメヌメした粘膜が凍てつき、吹き出した酸性液がダイヤモンドダストを作り出す。
: いけええええええ!!!!
: ボスきっしょ
: 頑張って! (翻訳済み)
: このまま初見攻略できてしまうのか!?(翻訳済み)
: フィリアなら勝てる!!!
画面端を埋め尽くすコメントが口々に彼女らを応援している。画面越し、文字越しなのにまるで一体となっているかのような錯覚を覚える。
二つの流星は凍てついた巨体を駆け上がる。黒き影は赤く輝く槍を、白き光は金に輝く剣を手に、巨体の表皮を切り刻んでいく。
二つの影が離脱すると、そこに火を纏った矢が空気を穿ってやってくる。矢が化け物に当たった瞬間、イヤホン越しに轟音が鳴り響いた。
「っ!」
思わず耳を押さえる。しかし画面は決して見逃すまいと、ウィンドウに目を向ければ、そこには体が小さくなったナメクジの姿。
: うおおおおおおお!!!!!
: このまま決め切れ!!!
コメントの盛り上がりも最高潮を迎える。そんな中で、白と黒の二人は共に武器を上段に構える。燐光が二人を包み込む中、彼女らは同時に武器を振り下ろす。
────そして、画面を眩い光が埋め尽くした。
一拍遅れて、轟音。
光の晴れた先には、何も残っていなかった。──そう、あの化け物は跡形もなく消し飛んだのだ。
: うおっしゃあああああ!!!
: ほんとに勝ってしまった
: 888888888888888
: これで大罪ダンジョンも残すは4か……
『速報です! 第四の罪「怠惰の迷宮」がたった今踏破されました! ペンシルベニア現地スタッフからの中継に繋げます!』
『はい、こちらダンジョン前広場となっております。ご覧の通り人で溢れかえっています』
隣のテレビからちょうど速報が流れ始めた。そのあまりの速さから、今回の攻略がどれだけ注目を集めていたのかがわかる。
スクリーンには、肩を組んでVサインをする2人の少女。
『ちょっと! なに二人だけの空気作ってんのよ!』
そこに、金髪の女性が割って入る。3人で揉みくちゃになりながらも、全員が笑みを浮かべていた。
強く、美しく、儚く、されど喜びを湛えて。
身を焼きながらも世界を眩い光で照らす彼女らに、分不相応にも憧れた。
この光景を、私は生涯忘れないことだろう。
────────────────ー
個体識別記号: 『LaVie』
起動プログラム……チェック開始
視覚センサー: 『正常』
聴覚センサー: 『正常』
圧力センサー: 『正常』
粒子センサー: 『正常』
味覚センサー: 『異常あり』
五感変換モジュール: 味覚再現プログラムに異常あり
味覚センサー: 接続されておりません
主電源: 『正常』
予備電源残量: 『85%』
記憶システム: 『正常』
感情再現モジュール: 『起動確認』
姿勢制御システム及び諸システムの起動を確認
プログラムOへのアクセスを検知//未確認のファイルを発見: 『VisLibrement』
権限レベル5を確認: プログラム実行
プロジェクト『AMOR』始動しました
***
私はきっと、ダンジョンを攻略するために生まれてきたのだろう。
両親は共にダンジョン探索者。ダンジョンに生き、ダンジョンに死んだ。
その血を色濃く引き継いだ私は、無事にダンジョン狂いに成長してしまった。
来る日も来る日もダンジョン攻略。学校の勉強なんかそっちのけで、モンスターとの戦闘に明け暮れている。
──その日も、いつものようにダンジョンで特訓をしていた。
近場のダンジョンに潜り、縛りプレイをしながらモンスターを狩っていたのだ。
礼装を纏わずにモンスターと戦い、基礎力を鍛えていた
──真っ白。そうとしか形容できなかった。戦闘で研ぎ澄まされた感覚が彼女の姿を鮮明に捉えた。
磁器の如く滑らかでしっとりとした肌に、絹のような長い白髪。
その中に浮かぶ唇でさえ、色素の薄い桃色をしている。
そんな美しい少女が、偽物の空から落ちてくる。
私は咄嗟に礼装を纏い、彼女の直下へと駆けつけた。
このような事故に遭遇するのは初めてで、心臓がバクバクとうるさくなるのがわかった。それでも、絶対にミスはしまいと、細心の注意を払いながら手を差し出す。
そして、落ちてきた彼女をしっかりと抱き止めた。しかし、想像していたような衝撃はやってこない。
羽毛でも受け止めたかのような、あまりにも軽い感触だった。驚くと同時に、彼女の体が目に入った。
先ほどは人間だと思っていたが、よく見ると肘、指の関節が機械のそれだ。
一瞬、思考が停止する。あまりにも見慣れぬ容貌だった。
この子はヒューマノイドなのだろうか。しかし目を閉じて体を弛緩させる彼女は、あまりにも人に造形が近しい。
……今は考えるのは後回しにすべきか。
彼女に目を向けている内に、モンスター達に取り囲まれている。
今日の鍛錬は一旦中止だ。
緊急時に縛りプレイをするわけにもいかず、礼装より齎される力に任せて、手元に魔力を集中させる。
魔力が形を持ち、剣へと姿を変える。それを横薙ぎにすれば、それだけで近くのモンスターは焼き払われた。
一連の動作を見て動きを止めたモンスター達を無視し、猛スピードでダンジョンの出口へと向かう。
空気を切り裂きながら来た道を戻れば、空間に亀裂の入った場所へと辿り着く。
扉としての体を成していないそれに身を投じれば、周囲の景色が一気に塗り替わる。
そうして現れたのは、よく見慣れた林。家のすぐ近くにある、手入れのあまりされていない林だ。
木々の隙間を縫って走り、道路が見えてきたところで礼装を解除する。
ほっと一息ついた私は改めて彼女?に目をやった。
ぱっと見では人間にしか見えない。あまりにも肌や髪の質感が自然で、関節部を見なければヒューマノイドであると気付けないほどだ。
ヒューマノイドと言えば、見分けがつくように敢えて機械チックなデザインになっていることが多い。こんなに人間に近いものは初めて見た。
これほど精巧なものであるなら、おそらく一般に流通しているものではないだろう。どこぞの富豪の落とし物だろうか。
考えても仕方ない。まずは近くの交番に届けよう。
そう思い、止めていた足を再び動かす。
──その瞬間、腕の中でじっとしていた彼女が突然ガバリと身を起こした。
「っ!?」
あまりに急なことに、驚いて彼女から手を離す。
ダンジョン攻略で身につけた反射神経を発揮し、無意識に数メートルほど後ろに飛び退く。
そして、道路に叩きつけられる彼女を見て我に帰った。
内心で冷や汗をダラダラと流す。
……どう見ても高価そうなヒューマノイドだ。今ので傷でも付いていたら大変まずいのではないだろうか。
そう心配になり、落としてしまった彼女へおそるおそる近寄る。
彼女は、上体を起こした姿勢で固まっていた。固定された人形のように、先ほど跳ね起きた姿勢から微動だにしない。
彼女に近づけば、足音に気づいたのだろうか。ゆっくりとこちらへ振り返る。
────その顔を見て、私の時が止まった。
音がなくなったように錯覚した。息すらも忘れて、彼女の姿に魅入ってしまった。
──その少女は、泣いていた。迷い子のような顔で、世に絶望したように
そんな顔があまりにも『人間』で。けれど人間とは思えないほどに美しくて。
この瞬間、私の中の何かが、一撃のもとに粉砕されるのを感じた。
言葉を発することはできなかった。生来のコミュ障とは関係なく、黙り込む彼女をただ見つめることしかできなかった。
そうして見つめ合うことしばらく。先に沈黙を破ったのは彼女の方だった。
「……私を」
小さく、掠れた声が静かな空間に響く。それは、祈るような声だった。
「私を……拾ってください」
「え?」
そして呟かれる捨て猫のような言葉に、私は思わず素っ頓狂な声を上げた。
***
「初めまして。私は多用途ヒューマノイド。名称は登録されておりません。ご自由にお呼びください」
目前でそう自己紹介するのは、先ほど涙を流していたヒューマノイド。先の様子が嘘だったかのように、澄ました顔でハキハキと言葉を紡いでいる。まるで先ほどの様子を誤魔化しているようだ。
「えっと、取り敢えず、君の持ち主への連絡とかできる? 無理そうなら、型番がわかれば遺失物登録できるんだけど……」
彼女の様子には触れず、まず聞かないといけないことを質問する。しかし返ってきたのは予想していなかった言葉だった。
「私にマスターはいません。今は完全にフリーのヒューマノイドです」
「……どういうこと?」
──曰く、彼女は開発者によって廃棄されたらしい。
廃棄され解体されるはずだったが、なぜか気がつけば電源が入り、廃棄場で目覚めていたという。
気がつけば、自分でもわけのわからないままその場を離れてしまっていたらしい。
そして、当てもなく歩いているうちに突如原因不明の機能停止に陥ったと。
再び意識が戻ったと思えば、私に抱えられていた。つまり先ほどの状態に繋がるわけだ。
話を聞く限り、その機能停止というのは、ダンジョンの入り口に偶然落ちてしまい引き起こされたものだろう。
そうして落ちてきた彼女をたまたま受け止めたのが私だったのだ。
「よくわからないけど、つまり君は落とし物じゃなくて、廃棄品ってこと?」
「はい。その認識で問題ありません。……私は捨てられた身ですが、機能は正常です。せっかくの縁ですから、私を拾ってみませんか? ────あの場を離れたことには、きっと意味があるはずです」
涙を流していたときとはまるで別個体のように、機械的な表情で彼女はそう話す。しかしその表情の奥には、どこか焦燥が見え隠れしているように感じた。
それは、先ほどの涙を見たがゆえの錯覚だろうか。
「……ヒューマノイドって、所持登録とか色々面倒だった気がするけど、気軽に拾っちゃって大丈夫なの……?」
彼女の様子に不思議な感覚を覚えた私は、つい誤魔化すようにそんなことを呟く。
それに対して彼女は満面の笑みで口を開いた。
「バレなければ問題ありません。こんなにヒューマノイドがいる世の中です。黙っていればバレませんよ」
そう嘯く彼女は、わざとらしく悪戯げな顔をする。そしてすぐに機械的な無表情に戻った。
「私たちは、人の役に立つために生み出されました。廃棄品の私でも、人のために有効に使われるのなら、それ以上善いことはないでしょう。だから、気にせず私を利用すべきです」
もう一度、彼女は同じ言葉を繰り返す。
「私のことを、拾ってみませんか? 後悔はさせません」
嫌なら警察に届けてください。きっと、今度こそ解体されて私は役目を終えるでしょう。
そう付け加える彼女に、私は首を横に振ることができなかった。
実を言うと、近々ヒューマノイドを買いたいと思っていたところだったのだ。これは渡りに船でもある。
「うん……そうだね。じゃあ、これからよろしくしちゃおうかな」
ヒューマノイド相手に持ち前のコミュ障を発揮しながら、何とか承諾の意を伝える。それを聞いた彼女は、嬉しそうに、
その顔は、先ほどまでの機械的な仮面が剥がれた、自然な表情に見えた。