俺だけ使える成長システムで湘北を全国制覇に導きたい 作:should
小学5年生の冬。
あれから2年が過ぎた。
俺はミニバスの体育館で今日もボールを握っていた。
【 本日のアシスト:11 】
【 鑑定条件:達成 】
【 達成回数:18/20 】
(18回目。あと2回で鑑定に届く)
3年生で入団して、4年生で味方のフィニッシュを鍛えて、5年生でチーム全員がレイアップを決められるようになった。
今では試合で10アシスト以上を記録するのは、珍しいことではなくなっていた。
俺は毎試合のアシスト数を、専用のノートに書き込んでいる。
その名も「アシストノート」。
母親には「何の記録?」と聞かれたが、「宿題です」と答えて逃げた。
(ミニバスに在籍できるのは6年生まで。残り期間はあと1年と少し)
あと2回。
今のペースなら間に合うはずだ。
マル先生がベンチで目を細めていた。
「翔真、今日も調子がいいな」
「ありがとうございます」
「お前がいると、うちの子たちは楽しそうにバスケをする」
「それは、先生のおかげです」
「いや、お前のおかげだ」
マル先生はふっと遠くを見た。
「ところで翔真。来年は中学だが、どこに行くか決めておるのか?」
その質問を待っていた。
「はい。考えている中学があります」
「ほう。どこだ」
「武石中です」
「武石中か。市立だが、あそこは強いぞ」
「知っています」
(強いのも知っている。そこに誰がいるのかも知っている)
俺はボールを抱えたまま静かに息を吸った。
その夜。
自分の部屋の机に向かって一冊のノートを開いた。
表紙には大きくこう書いてある。
『三井寿の膝を守る会』
会員は俺一人だけだ。
(さていよいよ本題だ)
俺はペンを握った。
ここまでずっと頭の片隅にあった目標。
三井寿の左膝を怪我から守る。
(そのためにまず状況を整理しよう)
ノートに年表を書いた。
■三井寿と俺の年表
今(俺は小5) 三井は小6
来年(俺は小6) 三井は武石中に入学(中1)
再来年(俺は中1) 三井は中2
その次(俺は中2) 三井は中3(県大会優勝、MVP)
その次(俺は中3) 三井は高校1年生(湘北に入学)
(原作では三井は湘北に入学してすぐのころ、左膝を痛めてしまう。そこから長期間バスケ部に顔を出せなくなってグレる)
つまり、怪我が起きるのは俺が中3のとき。
そのとき俺はまだ湘北にはいない。
(だから、怪我が起きる前に手を打たないといけない。チャンスは俺が武石中にいる2年間だ)
俺はノートに大きな文字で書いた。
【 作戦開始 】
■作戦の課題
課題① 武石中に入る(学区の問題)
課題② 三井寿と知り合う
課題③ 膝を守る具体的な方法を知る
課題④ 小学生や後輩の話を聞いてもらう方法を考える
課題⑤ 高校に入ってからの無理を防ぐ
(課題だらけだな)
でも、一つずつやっていくしかない。
まずは課題①から。
翌日の夕食の時間。
俺は箸を置いて両親に向き直った。
「お父さんお母さん。お願いがあります」
「なんだ、改まって」
「中学は、武石中に行きたいです」
父親が味噌汁を吹き出しそうになった。
「武石中!? あの、バスケが強い武石中か?」
「はい」
「でも翔真、うちから武石中までは、学区が違うぞ」
「分かってます」
母親が不安そうに眉をひそめた。
「学区が違うってことは、引っ越しになるの?」
「そうなると思います」
「引っ越し!?」
母親の声が裏返った。
「この家、買ってまだ10年も経ってないのよ!?」
「いや、10年は経ってる」
「経ってないわ!」
(夫婦の間で、時間の感覚が違う)
「翔真。どうして武石中なんだ?」
父親が真剣な顔で聞いてきた。
「バスケがすごく強いから。県大会でも結果を出している中学で、バスケをしたいんです」
「ほう」
父親の目がきらりと光った。
「それは、確かにいい環境だな。レベルの高い仲間と練習できる」
「あなた、ちょっと待って。引っ越しは大事なことよ」
「分かってる。でも、翔真が自分から行きたい学校を言い出したんだ。一度、真剣に考えてみてもいいんじゃないか」
母親は深いため息をついた。
「……分かったわ。ちゃんと考える。でも、すぐには決められないからね」
「ありがとう!」
(第一関門は突破した。まだ確定じゃないけど完全な拒否は免れた)
ノートにそっと書き足した。
『課題① 父、前向き。母、検討中』
三日後。
学校から帰ると、リビングのテーブルに不動産のチラシが山になっていた。
「パパ、これは?」
「武石中の学区の物件だ。ちょっと見てみようと思って」
「あなた、まだ決めてないって言ったでしょ!」
「見るだけだ。見るだけ」
「その目は買う目よ」
「違う。見るだけだ」
父親はチラシを一枚ずつ丁寧にめくっていた。
どう見ても見るだけの目ではなかった。
(父の本気がちょっと怖い)
「賃貸も含めて、ちゃんと家族会議をしましょう」
母親がため息まじりに言った。
「翔真の学校のことなんだから、全員で決めないと」
「そうだな」
「そうね」
(二人とも俺のために真剣に考えてくれている)
胸の奥がじんわりと温かくなった。
次は課題③。
膝を守る具体的な方法を俺は何も知らない。
そして、ここが一番大事なところだ。
(専門家に聞くしかない)
そこで、父親の定期通院に目をつけた。
父親は定期的に、左膝のメンテナンスで病院に通っている。
俺は週末にそこに同行することにした。
「パパ、今度の通院、ついていっていい?」
「どうしたんだ? 急に」
「体のことを勉強したいんだ」
「体のことを?」
父親は不思議そうな顔をしたがすぐに嬉しそうに笑った。
「いい心がけだ。今後も本気でバスケをやるなら知識はあったほうがいい」
その週末。
俺は病院の待合室でノートを開いていた。
「次の方どうぞ」
白衣を着た初老の院長が俺たちを診察室に呼んだ。
「おや、今日はお子さんも一緒ですか」
「息子です。体のことを勉強したいそうで」
「ほう。それは感心ですね」
院長は穏やかに笑って父親の膝を診始めた。
「うん、安定してますね」
「ありがとうございます」
「ただ、ひねる動きには注意が必要です」
(今がチャンスだ)
「先生、質問してもいいですか?」
「どうぞ」
「膝が壊れる原因って、何ですか?」
院長は少し驚いた顔をした。
「……ずいぶん、本格的な質問ですね」
「はい。バスケをしているので、膝の怪我を防ぎたいんです」
「なるほど」
院長は椅子に座り直してゆっくりと話し始めた。
「膝の怪我にはいろんな種類がありますが、スポーツではジャンプの着地や急な方向転換でひねってしまうことが多いですね。それに、疲労が溜まっているときは危険です」
俺は必死にノートに書き込んだ。
「あとは、成長期の子どもは特に注意が必要です。骨の成長に筋肉が追いつかなくて、膝に負担がかかりやすい。痛みを我慢して練習を続けると、悪化することもあります」
「なるほど」
「それと、太ももやお尻の筋肉が弱いと、膝にかかる負担が大きくなります」
「筋肉が弱いと、膝が壊れやすい……」
「そうです。柔軟性や体幹の筋肉も大事です。バスケットでは、自分以外の力が働いたときに、怪我のリスクがはね上がります」
(これは全部書き留めないと)
「先生、予防のためには、何をすればいいですか?」
「基本は、準備運動とストレッチを欠かさないこと。それから、着地のときに膝を柔らかく曲げること。接触をしてもバランスを崩さないように体幹を鍛えること」
「体幹を鍛える……」
「ええ。接触を受けても揺るがないバランスがあれば、もし怪我をしても重大な怪我にはなりにくい」
ペンを走らせる手が止まらなかった。
「あとは、痛みを感じたら、無理をせずに早めに受診することです。それが一番大事です」
「早めに受診……」
(三井は自己診断で練習に復帰したんだ。それが悪化の一因だったはずだ)
「先生、ありがとうございます!」
「いえいえ。君、本当に小学生ですか?」
「5年生です」
「ほう……将来が楽しみですね。弟子にならないか」
「それは遠慮します」
隣で聞いていた父親がぽかんとしていた。
「翔真、お前……すごいな」
「いや、普通だよ」
(普通じゃないけど)
帰り道。
父親が感心したように言った。
「お前、本気なんだな」
「うん」
「でも、どうして膝にそんなに興味があるんだ?」
「……パパの膝を見て、膝の怪我は怖いと思ったから」
「そうか」
父親は少し照れたように笑った。
「ありがとうな、翔真」
(ごめんパパ。本当の理由は別にあるんだ)
家に帰ってノートに今日の成果を整理した。
■膝を守る基本
・準備運動とストレッチを毎回欠かさない
・着地のときは膝を柔らかく曲げる
・膝とつま先の向きを揃える(膝を内側に入れない)
・太ももとお尻の筋肉を鍛える
・疲れているときは無理をしない
・痛みを我慢しない 痛みを感じたら早めに受診する
・成長期は特に負荷に気をつける
(これが基本。あとはどうやって三井に伝えるかだ)
ただ、院長の話だけでは足りない。
もっと詳しく知りたい。
次の日の放課後。
俺は学校の図書室に向かった。
「すみません。膝の怪我に関する本はありますか?」
司書の先生が眼鏡をずらして俺を見た。
「膝の怪我……? 小学5年生が?」
「はい。バスケをしているので」
「ええと……スポーツ医学の棚の、一番下にあるかしら」
棚の一番下に分厚い本が並んでいた。
その中の一冊を両手で抱えて、貸出カウンターに持っていった。
『スポーツ障害の予防と対策』
司書の先生は本の表紙を見てもう一度俺を見た。
「……読めるの?」
「たぶん」
(中身は大人だから読めるけどそれは言えない)
一週間後。
俺はその本を読み終えていた。
担任の先生が朝の会で言った。
「最近、翔真くんが図書室でスポーツ医学の本を借りているそうです。みなさんも、いろんな本に興味を持ちましょう」
クラスメイトがざわついた。
「翔真、すげー」
「あいつ、何を読んでるの?」
「膝の本」
「膝!?」
(目立ちたくなかったのに)
でも、おかげで膝の怪我の仕組みをより深く理解できた。
ノートに新しい知識を書き足した。
■膝の怪我のメカニズム
・ジャンプの着地や急な方向転換で、膝をひねると靭帯や半月板を痛めやすい
・疲労が溜まると、動作の正確さが落ちる 怪我のリスクが上がる
・一度怪我をすると元通りに戻るまで長い時間がかかる
・怪我を我慢して続けると、取り返しがつかなくなることがある
(つまり、無理をしないこと早めに休むこと。これが予防の核心だ)
課題④に取りかかった。
小学生が中学生の先輩に、膝の怪我を防ぐアドバイスをする。
普通に考えると相手にされない。
(しかも三井は負けず嫌いで努力家だ。年下に偉そうに言われたら反発するかもしれない)
ノートにこんなことを書いた。
■三井に信頼されるための条件
・まず実力を認めてもらう
・「怪我をする」と言わない 縁起でもない話は避ける
・父の体験談を使う
・努力を否定しない 無理の仕方を変えてもらう
(特に大事なのは一番最後だ。三井は努力家だ。その努力を否定せず怪我をしない形に変えてもらう)
そのためにはまず俺の実力を示す必要がある。
(ミニバスでの実績がここで効いてくる)
大会で名前を上げれば中学に入ったときに、武石中のバスケ部も俺のことを知ってくれているかもしれない。
(中学では最初から主力に近いポジションで入りたい。そこで三井と一緒にプレーできれば自然な形で話せる)
ただ、一つ問題があった。
(どう伝えればいいんだ)
「怪我に気をつけてください」と言うだけなら簡単だ。
でも、小学生が中学の先輩に言ったら変な子だと思われる。
そこで、俺は鏡の前で練習することにした。
洗面所の鏡に向かって深呼吸した。
「先輩。膝、大事にしてくださいね」
(軽すぎる)
「先輩。膝、痛くないですか?」
(急に心配しすぎだ)
「先輩。ジャンプの着地のとき、膝とつま先の向きを揃えると、膝への負担が減るらしいですよ」
(うんこれなら自然かもしれない。でも、なんで俺が知ってるんだという疑問が残る)
そのとき背後から声がした。
「翔真、何してるの?」
母親が立っていた。
「あ、えっと、発声練習」
「洗面所で?」
「うん」
「何て言ってたの?」
「……先輩、膝、大事にしてくださいって」
「誰に言うの?」
「……練習」
母親はしばらく俺を見つめた。
「翔真、最近ちょっと、おかしくない?」
「おかしくないです」
「……そう」
母親は首をかしげながら洗面所を出て行った。
(危なかった。これはもう無理だな)
もう一つ考えていたことがある。
(俺が圧倒的なスキルで敵を抜きまくれば、コツを聞かれるかもしれない)
ノートに書き足した。
『シューターの三井に、スラッシャーとしてアドバイスを送る』
最後に課題⑤。
高校に入ってからの無理を防ぐ。
三井は湘北に入学したとき県大会MVPの実績があった。
周りの期待も大きい。
その分自分に課すハードルも高くなる。
(ただこれは④で解決するかもしれない)
三井は、身体能力ではなく、スキルで勝負するタイプだったはず
素の身体能力を上げることができれば、それだけでもケガする可能性はぐっと低くなるはず。
そして、もう一つ。
三井が怪我のあとにグレた理由を俺は覚えている。
バスケが好きすぎたからだ。
その分バスケができなくなったときの絶望も大きかった。
(もし怪我をしてしまっても戻れる場所があれば、違ったかもしれない)
だから、怪我を防ぐだけじゃない。
もし怪我をしてもバスケを続けられるよう、そばにいる人間が必要だ。
(それを俺と武石中の仲間がやる)
ノートに静かに書いた。
『怪我をしても戻れる場所を作る』
三井は自分に厳しい。
その厳しさが膝の怪我につながった可能性がある。
そして、もう一つ。
(鑑定が取れたら三井に使ってみよう)
鑑定は対戦相手の能力値と特殊能力が見える能力だ。
三井の状態を数字で確認できるかもしれない。
(膝の強さが数字で見えたら危険な時期に気づける)
ノートにそう書き込んだ。
『鑑定を取得したら三井を観察する』
そこまで書いてペンを置いた。
窓の外は冬の夜だった。
街灯が静かに光っていた。
計画は大きく固まった。
■計画表
小6 鑑定を取得する ミニバスを卒団する
小6〜中1 学区の問題を解決する(引っ越し)
中1 武石中に入学 バスケ部に入る 三井と接点を作る
中2 三井(中3)の県大会優勝を見届ける 信頼関係を作る
中3 三井の高校入学後も連絡を取り続ける
(長い計画だな)
でも、やるしかない。
あの三井を救えるのは俺だけだ。
ふとドアがノックされた。
「翔真、夜更かししちゃダメよ」
「はーい」
ドアが開いて母親が顔を出した。
「また、ノート?」
「うん」
「何のノート?」
「宿題」
「ふーん」
母親はじっと俺を見つめた。
「翔真」
「何?」
「無理しなくていいのよ。あなたがやりたいことなら、お母さんもパパも、応援するから」
(……母さん)
「ありがとう」
「引っ越しのことも、ちゃんと考えるわ。でも、あなたが本気なら」
母親は優しく笑ってドアを閉めた。
ノートに静かに書いた。
「ふう……今日も長い一日だった」
ベッドに入って天井を見上げた。
「三井先輩、待っててください」
小さく呟いて目を閉じた。
ふと部屋のドアの隙間から父親の声が聞こえた。
「なあ母さん。翔真が膝の勉強してるって、いい子すぎないか?」
「あなた、泣いてない?」
「泣いてない」
「泣いてるでしょ」
「泣いてない!」
(会員あと一名増えそうだ)