俺だけ使える成長システムで湘北を全国制覇に導きたい 作:should
小学6年生の3月。
ミニバスの卒団式の日が来た。
体育館の壁には色紙で作った飾りがぶら下がっていた。
ステージの中央にはマル先生が立っている。
「えー、本日は……えー……」
マル先生はマイクを握ったまま固まっていた。
(まだ始まってもいないのにもう泣いてる)
「みんな……3年間……いや、6年間……本当によく頑張った……」
声が震えている。
「わしは……わしは……お前たちが、バスケを好きになってくれただけで……もう、それだけで……」
そこで、マル先生はぴたっと動かなくなった。
「…………」
(先生?)
会場がざわついた。
「マル先生、立ったまま寝てる!」
「さすがに立ったままは無理だろ!」
「いや、あの人ならやりかねない」
(寝てるのか。それとも感極まって固まってるのか)
鑑定の特殊能力を思い出した。
『ベンチで居眠り(実は観察中)』
(……実はずっと俺たちを見てたんだな)
そのときマル先生がぱちっと目を開けた。
「……わしは、寝てなどおらん」
会場が爆笑した。
「みんなが成長していく姿を、まぶたの裏に焼きつけておったのだ」
「完全に寝てたよね」
「寝てない!」
マル先生は顔を真っ赤にして咳払いした。
「えー、改めて。みんな、卒団おめでとう。中学に行っても、バスケを続けてくれ。バスケを好きでいてくれ。それが、わしの一番の願いだ」
体育館に拍手が響いた。
式のあと。
一人ずつマル先生に挨拶をする時間になった。
最初に挨拶したのはあの子だった。
最初に俺と一緒にレイアップを練習したあの子だ。
「先生、ありがとうございました」
「うむ。お前は、本当によく頑張ったな」
「俺、ミニバスに入って、バスケがすごく好きになりました」
「それは、翔真のおかげだぞ」
「はい。翔真のおかげです」
あの子は俺の方を向いた。
「翔真、ありがとう」
「いや、お前が頑張ったからだよ」
「違うんだ。あのとき、翔真が練習に付き合ってくれなかったら、俺は多分、バスケを辞めてた」
あの子の目から涙がこぼれた。
「ありがとう。本当に、ありがとう」
(……泣かせるなよ)
俺も鼻の奥がつんとした。
「中学でも、バスケ続けてくれよ」
「うん。絶対」
「どこの中学?」
「地元の公立。翔真は?」
「武石中」
「やっぱり、そうなんだ。県大会で常連校だもんな」
「うん」
「いつか、試合で戦おうな」
「ああ。絶対戦おう」
俺たちは固く握手した。
最後にマル先生の前に立った。
「先生」
「うむ」
「3年間、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう」
マル先生は俺の肩に手を置いた。
「翔真。お前は、わしが見てきた子どもの中で、一番変わっておった」
「変わってましたか」
「うむ。9歳のとき、初めてお前を見たときから、何か違うと思っておった」
(……鑑定で見たとおり観察眼は81だったな)
「お前なら、どこに行っても、大丈夫だ」
「はい」
「ただ、一つだけ」
「何ですか?」
「バスケを、好きでいるんだぞ」
「……はい」
「それだけ約束してくれれば、あとは何も言わん」
「約束します」
「うむ」
マル先生は目を細めてにっこり笑った。
「それと、これを持っていけ」
先生が俺に一冊のノートを手渡した。
「これは?」
「わしが指導者として書きためておった、練習メニューだ。中学に行っても、役に立つかもしれん」
ノートを開くとびっしりと丁寧な字で、メニューが書かれていた。
(……先生)
「ありがとうございます。大事にします」
その日の夜、俺はそのノートを抱きしめて眠った。
翌週。
引っ越しの日がやってきた。
結局、武石中の学区内に、賃貸のマンションを借りることになった。
家は売らずにそのまま持っておくことにした。
「いつか、翔真が戻ってきたくなったときのためにな」
父親はそう言って笑った。
(戻ってくる気はあまりないけどその気持ちは嬉しい)
引っ越し業者が荷物を運び出していた。
「お父さん、このダンボール、すごく重いんですけど」
「ああ、それは翔真のボールだ」
「ボール……?」
「15個ある」
「15個!?」
「ミニバスのときに、いろんな種類を集めたんだ。それぞれ使い分けてる」
(父さん説明しなくていいから)
引っ越し業者のお兄さんが変な顔で俺を見ていた。
「君、ボールをそんなに持ってるの?」
「はい。バスケが好きなので」
「へえ。じゃあ、これは大事にしないとね」
「お願いします」
最後に庭に出た。
隣の家の生け垣のところにポチがちょこんと座っていた。
「わん」
「ポチ」
俺は生け垣越しにポチの頭を撫でた。
「引っ越すことになった。ごめんな」
「くぅん」
ポチは悲しそうに鳴いた。
「でも、たまに会いに来るよ」
「わん」
ポチは俺の手をぺろっと舐めた。
「……お前、本当に俺の顔が好きだな」
「わん!」
(これだけは最後に一度だけ許そう)
ポチは俺の顔にも飛びついてきた。
べろん。
顔面を舐められた。
「あはは、ポチは最後まで翔真くんが大好きなんだね」
隣のおじさんが笑っていた。
(……最後の最後まで顔面か)
新しい家に着いたのは夕方だった。
マンションの5階の小さな部屋。
「ここが、新しい家か」
「狭いけど、我慢してね」
母親が段ボールを開けながら言った。
「大丈夫だよ。十分すぎるくらいだ」
窓から見える景色は見慣れない街並みだった。
でも、あの川の向こうに武石中が見える。
(あれが三井が通う中学か)
胸が高鳴った。
その翌日。
俺は武石中のバスケ部の見学に向かった。
春休みの体育館はボールの音が響いていた。
「失礼します。見学に来ました」
「おお、君が見学の子か。話は聞いてるよ」
顧問の先生が笑顔で出迎えてくれた。
「4月から入学する佐藤翔真です。よろしくお願いします」
「うん、よろしく。ゆっくり見ていってくれ」
体育館の隅にベンチが置いてあった。
そこに座って俺は練習を見つめた。
(いる)
コートの中央で一人の少年がボールを持っていた。
整った顔立ち。
鋭い目つき。
そして、美しいシュートフォーム。
ビュッ。
ボールが弧を描いてリングに吸い込まれた。
スパッ。
(……三井寿だ)
体が勝手に震えた。
原作で何度も見たあの三井が。
今俺の目の前でシュートを打っている。
(中学1年生の三井。まだ背は低いけどフォームは完成してる)
隣には小柄なガードの少年がいた。
反対側には大柄な少年がいた。
(あの二人が三井と一緒に湘北に行く仲間か)
三人は息の合ったプレーをしていた。
(……すごい)
思わず見入ってしまった。
そして、気づいたら鑑定を発動していた。
【 鑑定を開始します 】
■鑑定結果 三井寿
■フィニッシュ
クローズショット 58 ドライビングレイアップ 52
ドライビングダンク 25 スタンディングダンク 25
ポストコントロール 34
■シューティング
ミドルレンジ 78 スリーポイント 74
フリースロー 80
■プレイメイク
パス精度 55 ボールハンドル 58
ボール保持スピード 52
■ディフェンス
インサイドD 38 ペリメーターD 52
スティール 45 ブロック 30
ヘルプD IQ 55
■リバウンド
オフェンスReb 35 ディフェンスReb 40
■フィジカル
スピード 56 アジリティ 54
パワー 42 ジャンプ力 50
スタミナ 60
■特殊能力
■シューティング
・シュート○
・ミドルレンジの職人
■性格
・努力家
・負けず嫌い
・我慢強い(良くも悪くも)
(シュート○。ミドルレンジの職人……やっぱりすごいな)
でも、最後の特殊能力が気になった。
『我慢強い(良くも悪くも)』
(……これが膝の怪我のときに悪い方向に出たんだな)
その瞬間だった。
三井がくるっとこちらを向いた。
「おい、そこのガキ」
(!)
「さっきから、何をじーっと見てんだ」
(しまった。じっと見すぎた)
背筋が凍った。
「あ、あの、すみません。見学に来た、佐藤翔真です」
「見学? ああ、新入生の」
三井は腕を組んで俺を見下ろした。
「で、何をそんなに真剣に見てた?」
(鑑定してましたとは言えない)
「シュートフォームが、すごく綺麗だなと思って」
「は?」
「ボールを離す瞬間、手首の角度が全然ブレない。膝の使い方も、無駄がなくて、あれだけ打っても姿勢が崩れない。それが、すごいなと思いました」
三井は一瞬ぽかんとした。
そして、少しだけ頬を赤らめた。
「お、おう……分かってるじゃねえか」
「はい」
「俺のフォームを、そんなところまで見てたのか」
「はい。ずっと見てました」
「ずっと見てた……?」
三井の表情が微妙に変わった。
(まずい言い方を間違えた)
「あ、いえ、変な意味じゃなくて!」
「分かってる分かってる」
三井は苦笑いして手を振った。
「新入生が、先輩のシュートを見て勉強するのは、いいことだ。これからも、ちゃんと見てろ」
「はい!」
(……助かった)
三井はにやっと笑った。
「お前、翔真だったか」
「はい」
「4月から、よろしくな」
「よろしくお願いします、三井先輩」
「先輩か。悪くねえな」
三井は満足そうにボールを持ち直して、コートに戻っていった。
(接触成功……?)
胸の奥で小さくガッツポーズをした。
その夜。
新しい家の新しい部屋で俺はノートを広げた。
(今日はいい日だった)
でも、同時に思った。
(鑑定はさりげなく使う練習がまだまだ足りない)
ノートに書き足した。
『反省:じっと見つめすぎない。三井に怪しまれた』
窓の外には見知らぬ街の夜景が広がっていた。
「いよいよ、中学生か」
声に出して呟くと胸が熱くなった。
ミニバスは終わった。
鑑定も手に入れた。
そして、三井に顔を覚えてもらった。
(ここからが本番だ)
隣の部屋から父親の声が聞こえた。
「いやあ、新しい家もいいな。母さん、ここの壁にバスケットゴールを取り付けたら怒る?」
「怒るに決まってるでしょ」
「ですよね」
(父さんまだ諦めてなかったのか)
俺は思わず笑った。