俺だけ使える成長システムで湘北を全国制覇に導きたい 作:should
それぞれ武石中の3年時の番号から付けました。
翌日の朝。
俺は体育館の扉の前で待っていた。
朝練が始まる30分前。
まだ誰もいない時間だ。
「おう、早いな翔真」
「おはようございます、三井先輩」
三井がジャージ姿で現れた。
手には水筒とタオルを持っている。
「約束どおり来たぞ。今日から教えてくれるんだよな」
「はい。その前に一つお願いがあります」
「何だ」
「体に違和感があったらすぐに言ってください」
「違和感?」
「どこかが痛いとか重いとか、ちょっと変だなと思ったら我慢しないで教えてほしいんです」
三井は腕を組んだ。
「……大げさじゃねえか」
「大げさでいいんです。練習の質が下がるより、休んだほうがずっといいので」
「ふーん」
三井は少し考えるような顔をした。
「分かった。お前が言うなら、そうする」
(意外とあっさり受け入れてくれた)
「それじゃ、始める前に少しだけ話をさせてください」
「話?」
「はい。抜くとは何か、という話です」
俺は体育館の床に座ってノートを開いた。
「昨日、先輩は僕に5回抜かれましたよね」
「……思い出させるな」
「すみません。でも、あれは僕のほうが速かったから抜けたわけじゃないんです」
「は?」
「走る速さで言えば、先輩のほうが速いかもしれません」
「だったらなんで抜かれたんだ」
「先輩の重心を崩したからです」
三井は眉をひそめた。
「重心?」
「そうです。体の真ん中、重さのかたまりが、どこに乗っているかということです」
俺はノートに二本の足とその間の丸を描いた。
「ディフェンスが一番強いのは、重心が両足の真ん中にあって、膝が曲がっていて、どの方向にも動ける状態のときです。この状態だと、右に行かれても左に行かれても反応できます」
「ああ」
「でも、重心がどちらかの足に偏った瞬間、反対方向には動けなくなります」
俺は立ち上がって実演した。
「たとえば、僕が右に踏み出すふりをします。ディフェンスは反応して右に体重を乗せます。その瞬間、左に動こうとしても、体重がすでに右にあるので、足が動かないんです」
「……あ」
三井の目が見開かれた。
「昨日の俺が、そうだったのか」
「はい。先輩は僕の右への動きに反応して、右に重心を預けました。そこに切り返したので、体がついてこなかったんです」
「くそ、そういうことか」
「速さで抜くんじゃありません。相手の重心を、動けない場所へ追い込んで抜くんです」
「なるほどな……」
三井は真剣な顔でノートを覗き込んだ。
「ただ、それだけじゃないんだろ」
「はい。もう一つ大事なのが、一歩目です」
「一歩目?」
「ドライブは、最高速度を競うものじゃありません。最初の一歩が速くて深ければ、相手より半歩だけ先に出られます。その半歩が、抜けるか抜けないかを決めます」
「半歩……」
「はい。半歩でいいんです。抜いた瞬間に、体の一部を相手の前に入れてしまえば、もう相手は追いつけません」
「確かに、昨日の翔真の動きは、一歩目がやたら速かった」
「それは、足首や足の力で地面を蹴っているからじゃないんです」
「違うのか?」
「はい。ここが一番大事なところなので、よく聞いてください」
俺はノートに新しい図を描いた。
「多くの人は、一歩目を速くしようとして、足首でぐっと地面を押そうとします。でも、足首は押す場所じゃないんです」
「足首は押す場所じゃない?」
「足首は、衝撃を受け止めて、地面から返ってくる力を体に伝えるバネの役目です。主役じゃありません」
「じゃあ、何が主役なんだ」
「重心の移動です」
俺は半身で立って体を前に倒していった。
「こうやって、体全体を進みたい方向に倒していきます。倒れそうになるぎりぎりのところで、足が自然に前に出ます。これが一歩目です」
「倒れ込むみたいな動きか」
「はい。倒れる動きを、足で受け止めて走りに変える。だから、一歩目が速いんです」
三井はじっと俺の動きを見ていた。
「それと、もう一つ。横に動く場面では、お尻の筋肉が主役です」
「お尻?」
「はい。お尻の横の筋肉、中臀筋と言うんですけど、これが横方向の動きの中心になります」
俺は自分の腰のあたりを指さした。
「ディフェンスで横にスライドするとき、太ももの前の筋肉とか足首で蹴るだけで動こうとすると、すぐ疲れますし、膝にも負担がかかります。お尻の筋肉で押し出すと、足が楽に動いて、膝や足首への負担も減ります」
(ここは三井の膝に直結する大事なポイントだ)
「膝への負担が減る?」
「はい。膝は、股関節と足首の間にある関節です。股関節がしっかり動いて、お尻の筋肉が働いていれば、膝は余計な負担を受けずに済みます」
「ふーん。膝のためにも、お尻なのか」
「はい。膝を守るには、まず股関節とお尻を強くすることが近道です」
三井は手を自分のお尻に当てた。
「……ここか」
「そこは真ん中です。もう少し横の、ポケットの後ろあたりです」
「ここか?」
「実際に触りますね。このあたりです。」
「……意識したことなかったな」
「ほとんどの人がそうです」
そのとき体育館の扉が開いた。
「おい、朝から何やってんだ。……お前ら、そういう関係になったのか…?」
小柄なガードの先輩と大柄な先輩だった。
「うるせえ! 練習だ!」
「お尻の練習?」
「そうだ!」
(完全に誤解を生む会話だ)
二人はぽかんとしていた。
「翔真が、ドリブルを教えてくれてるんだよ」
「ドリブルで、お尻?」
「そうなんだよ。詳しく聞いてみろ」
俺は二人にも同じ説明をした。
「なるほどな。お尻で横に動くのか」
小柄なガードの先輩は腕を組んで頷いた。
「ガードのディフェンスは、横移動の連続だから、確かに重要だ」
「はい。ペリメーターのディフェンスでは、一歩目と横移動の質で勝負が決まります」
「ほう」
大柄な先輩が首をかしげた。
「俺はセンターだから、あんまり関係ないんじゃないか」
「いえ、センターこそ、股関節と膝の強さが大事です」
「そうなのか?」
「はい。体が大きいほど、ジャンプの着地で膝にかかる負担も大きくなります。股関節でしっかり衝撃を受け止められる体を作ると、膝を守れます」
「……そうか。俺も、膝はたまに痛むんだ」
(!)
「痛むんですか?」
「ああ、たまにな」
「どんなときに?」
「ジャンプして着地したときに、ちょっと違和感がある」
「それは、放っておかないほうがいいです。顧問の先生に相談して、必要なら病院で診てもらってください」
「大げさじゃないか?」
「大げさでいいんです。痛みを我慢するのが、一番よくないんです」
大柄な先輩は少し黙ってから頷いた。
「分かった。今度、先生に言ってみる」
(よし。三井だけじゃなくて周りの人にも広げていこう)
(このメニューは、ステフィン・カ○ーやカイリー・ア○ビングのトレーニングとマル先生にもらったノートを参考にして、中学生でも安全にできる形に組み替えたものだ)
「それでは、始めましょう」
俺はノートのメニューを広げた。
「今日のテーマは、下半身の土台作りです。股関節、膝、足首、お尻。この4つをまとめて鍛えます」
■ウォームアップ(約15分)
・足首を回す(左右10回ずつ)
・ふくらはぎ太ももお尻の動的ストレッチ
・股関節を大きく回す(左右10回ずつ)
・軽いジョギング
・ゆっくりしたスキップ
・バックステップとサイドステップ
「ここまでは、普通だな」
「はい。ここから、専門的になります」
■パワーポジションの練習
・足幅は肩幅より少し広く
・膝と股関節を同時に曲げる
・背中はまっすぐ胸を張る
・膝とつま先を同じ方向に向ける
・体重は足の裏の真ん中からつま先寄りに
「これがパワーポジションです。ディフェンスでも、ドリブルでも、シュートでも、基本の構えになります」
「ほう」
「この構えを保つだけでも、股関節と膝と足首の筋肉が全部働きます」
俺はパワーポジションを取った。
「30秒、保持してみてください」
三人もそれぞれの構えを取った。
「……余裕だろ」
十秒。
十五秒。
「……」
二十秒。
「……くっ」
二十五秒。
三井の太ももがぷるぷる震え始めた。
「うおお」
三十秒。
「やった! できた!」
「お疲れさまです」
「これ、意外ときついな」
「はい。でも、これが全ての土台なんです」
隣では大柄な先輩がぜえぜえ言っていた。
「俺、20秒でもう限界だった」
「体が大きいほど、支える重さが大きいですから。大丈夫です、少しずつ伸ばしましょう」
■股関節の強化
・ブリッジ(仰向けでお尻を持ち上げる)15回
・片足ブリッジ 左右10回ずつ
・ヒップヒンジ(股関節を折りたたむ動き)15回
・サイドステップ(ミニバンドを膝の上に巻いて)左右10歩ずつ
「バンドは、お尻の横の筋肉を鍛えるための道具です」
俺はゴムのバンドを三人に渡した。
「これを、膝のすぐ上に巻いてください」
「こうか?」
「はい。それで、パワーポジションの姿勢から、横に歩きます」
三井が膝にバンドを巻いてサイドステップを始めた。
「お、おお」
「どうですか?」
「お尻の横が、めちゃくちゃ熱いぞ」
「それが、お尻の筋肉が働いている感覚です」
「これか!」
三井は目を輝かせていた。
「確かに、太ももじゃなくて、お尻に効いてる」
「はい。それを覚えておいてください」
小柄な先輩も大柄な先輩も、必死にバンドを使ってサイドステップをしていた。
「くそ、これ、やばいな」
「お尻が燃える」
「その感覚が大事です」
体育館の中に三人のうめき声が響いた。
■膝を守る下半身の強化
・スクワット(ゆっくり3秒かけて下ろす)10回
・ステップダウン(段差から片足でゆっくり降りる)左右10回ずつ
・ジャンプからの着地(膝とつま先の向きを揃える)10回
・片足でのバランス保持
「ここからは、膝を守る内容です」
「膝か」
「はい。ここで大事なのは、ゆっくり下ろすことです。勢いよく落ちるんじゃなくて、膝が内側に入らないようにコントロールしながら、3秒かけて下ろします」
俺はスクワットの見本を見せた。
「1、2、3で下ろして、ぐっと上がる。膝はつま先と同じ向きです」
「こうか?」
三井が真似をした。
「膝が少し内側に入っています」
「お、本当だ」
「つま先の方向に膝を向けてください。そう、そうです」
「……お、確かに、安定する」
「はい。それが、膝に負担をかけない動きです」
三井は何度もスクワットを繰り返した。
(三井の膝を守る一番大事な部分だ)
そして、ジャンプの着地。
「着地は、膝が柔らかく曲がって、音が小さいのが理想です」
「音?」
「ドスンと音がするのは、衝撃が膝や足首に直撃している証拠です。静かに、猫みたいに着地すると、衝撃が股関節やお尻の筋肉に分散されます」
「猫みたいに」
「はい」
俺はジャンプして着地した。
すとっ。
ほとんど音がしなかった。
「おお、本当に静かだ」
「やってみてください」
三井がジャンプして着地した。
どすん。
「うるさいです」
「うるせえ!」
「もう一回」
どすん。
「もう一回」
すとっ。
「あ、今のいい感じです」
「本当か!」
「はい。その感覚を忘れないでください」
「よし、分かった」
三井は何度も繰り返した。
大柄な先輩の着地はもっと大きな音がした。
どしーん。
「うおお、体育館が揺れた」
「大丈夫です。少しずつ、音を小さくしていきましょう」
「……善処する」
■足首と足裏の強化
・つま先立ち(カーフレイズ)15回
・つま先を上げる(足首の背屈)15回
・ゴムバンドで足首を4方向に動かす
・クッションの上で片足立ち
・足の指でタオルをたぐり寄せる
・アキレス腱の反発のみでジャンプ10回
「次は足首ですが、さっきの話を思い出してください」
「足首は、押す場所じゃなくて、バネだったな」
「はい。だから足首を鍛えるのは、強く押すためじゃなくて、衝撃を受け止めて返す力を養うためです」
「なるほどな」
「それと、足首の怪我を防ぐためでもあります」
俺は足首を回しながら言った。
「前世の……いえ、昔見た、あるシューターの話をしてもいいですか?」
「前世?」
「あ、いえ、ずっと昔の話です」
(危ない。思わず出た)
(ステフィン・カ○ーの話だ)
「ある有名なバスケ選手が、若いころ、足首の怪我を何度もしていたんです」
「ほう」
「何度も捻挫して、手術もして、思うように活躍できない時期がありました。周りは、もう無理じゃないかと思ったかもしれません」
「それで?」
「でも、その選手は、足首や足の周りの筋肉を鍛え直して、体幹のトレーニングも続けました。怪我をしやすい体質を、トレーニングで克服していったんです」
「……」
「その結果、怪我をしにくい体になって、のちに世界でも指折りの選手になりました」
三井は静かに聞いていた。
「怪我は、弱さの証拠じゃないんです。直し方次第で、むしろ強くなるきっかけになる」
「……そうか」
「だから、先輩にも足首と体幹をしっかり鍛えてほしいんです」
「分かった」
三井は俺の目を見て言った。
「お前、いろいろ知ってるんだな」
「いえ、たまたま見聞きしただけです」
(本当は前世の記憶だけど)
「それじゃ、クッションを使ってみましょうか」
三井がクッションの上に片足で乗った。
ぐらっ。
「おっと」
ぐらぐらぐら。
「ちょっと、待て」
ぐらぐらぐらぐら。
どすっ。
三井はクッションの上から転げ落ちた。
「ああ、もう!」
「大丈夫です。何度でも」
三回四回五回。
そのたびに三井は転げ落ちた。
「くそ、なんでこんなに難しいんだ」
「片足で体を支える筋肉が、まだ鍛えられていないからです。毎日続ければ、必ずできるようになります」
「毎日か」
「はい」
「やってやるよ」
三井はまた挑戦した。
ぐらぐら。
ぐらぐらぐら。
一秒二秒三秒四秒五秒。
「……あ」
六秒七秒八秒。
「おおおお」
九秒十秒。
「やった!」
三井は両手を挙げた。
「10秒だ! 10秒立てたぞ!」
「おめでとうございます」
「どうだ翔真!」
「さすがです」
(三井は何かを達成したときの顔が本当に嬉しそうだ)
■体幹メニュー
・プランク 30秒
・サイドプランク 左右各20秒
・デッドバグ 10回
・バードドッグ 左右各10回
・片足立ちで体をひねる
「そして体幹です」
「体幹は、さっきの話に出てきたな」
「はい。体幹は、体の中心にあって、手足の力を全部つなぐ役目があります」
俺はノートに図を描いた。
「たとえば、足で地面を蹴った力が、腰、背中、肩、腕へと伝わって、ボールに力が伝わる。その途中で体幹がぐらぐらしていたら、力が逃げてしまいます」
「なるほど」
「それに、接触があったときにも、体幹が強い選手は、バランスを崩さずに踏ん張れます。バランスを崩して転ぶと、そのとき膝や足首をひねりやすくなります」
「だから、怪我の予防にもなるのか」
「はい」
三人はプランクの姿勢を取った。
「30秒、スタート」
十秒二十秒。
「……」
三十秒。
「ふう」
「全員、クリアです」
「意外といけるな」
「それでは、次はサイドプランクです」
「サイド?」
「体を横向きにして、肘と足の外側で体を支えます」
三井がサイドプランクの姿勢を取った。
「お、おい、これ」
「どうしました?」
「お腹の横が、燃えるぞ」
「それが、体幹の横の筋肉です。横方向のブレを防ぐ筋肉です」
「そうか、だから大事なのか」
「はい。ドライブの切り返しや、ディフェンスのスライドで、横にブレないために必要なんです」
■ハンドリングと抜き方の練習
・低い姿勢でのドリブル
・クロスオーバー(重心を移動させながら)
・ジャブステップからのドライブ
・視線とボールの切り離し(顔を上げたドリブル)
・ヘジテーション(一瞬の間でディフェンスを止める)
「最後は、抜き方です」
「待ってたぞ」
三井が目を輝かせた。
「ここで、さっきまでの話が全部つながります」
俺はボールを持った。
「抜き方の基本は、三つです。一つ目は、ジャブステップ。二つ目は、重心を崩すこと。三つ目は、一歩目で半歩だけ前に出ることです」
「ジャブステップ?」
「ボールを持ったまま、片足を相手の方向に小さく踏み出して、相手の反応を見る動きです」
俺は小柄なガードの先輩の前に立った。
「先輩、ディフェンスをお願いします」
「おう」
小柄な先輩がパワーポジションで構えた。
俺は左足をちょんと前に出した。
小柄な先輩の体がぴくっと反応した。
(来た)
その瞬間、俺は重心を右斜め前に倒した。
一歩目。
小柄な先輩の左側をすり抜ける。
そのままレイアップ。
スポッ。
「うわ」
「分かりましたか?」
「……全然分からん。気づいたら抜かれてた」
「ジャブステップで、先輩の重心を一瞬、後ろにずらしたんです。その隙に、前に出ました」
「なるほどな」
「それじゃ、先輩もやってみてください」
「俺?」
三井が前に出た。
「先輩は、ジャブステップをやって、そのあとに、倒れ込むように一歩目を出します」
「分かった」
三井はボールを持って小柄な先輩の前に立った。
左足を小さく前に出す。
小柄な先輩は反応しなかった。
「あれ?」
「ジャブは、もっと深くです。相手の足の間にまで足を入れるつもりで」
「こうか?」
三井はさっきより大きく左足を踏み出した。
小柄な先輩の体がぴくっと反応した。
「今です」
三井は重心を右に倒した。
一歩目。
「おお!」
三井は小柄な先輩の右をすり抜けた。
そのままゴールへ。
スポッ。
「できた!」
「やりました!」
「うおおおおお!」
三井が両手を突き上げた。
「抜いた! 俺が! 抜いたぞ!」
「おめでとうございます」
「お前、こんな風に抜いてたのか!」
「はい」
「くそ、おもしれえな、これ!」
小柄な先輩は悔しそうに頭をかいていた。
「くそ、三井に抜かれた……」
「先輩、すみません」
「いや、いい勉強だ。次は止めてやる」
「望むところだ」
(二人ともいい顔をしてる)
体育館の中に笑い声が響いた。
その後も朝練の時間はあっという間に過ぎていった。
最後にクールダウンをして練習を終えた。
■クールダウン(約10分)
・ゆっくり歩く
・ふくらはぎ太ももお尻股関節の静的ストレッチ
・深呼吸
三井がタオルで汗を拭きながら俺を見た。
「翔真」
「はい」
「お前、いったい何者なんだ」
「ただの中1です」
「いや、ただの中1が、お尻の筋肉とか、重心移動とか、そんなこと知ってるわけねえだろ」
「ミニバスのころに、いろいろ勉強しました」
「勉強で、そこまで詳しくなるのか」
「はい。本をたくさん読んで、実際に試してみました」
三井は少しだけ笑った。
「お前は、変なやつだな」
「よく言われます」
「でも、ありがとうな」
「いえ、こちらこそ」
(……この人は本当に素直だ)
そのとき画面に表示が出た。
【 三井寿との信頼度:上昇 】
【 小柄なガードの先輩との信頼度:上昇 】
【 大柄な先輩との信頼度:上昇 】
一か月後。
朝練は毎日続いていた。
三人はほぼ毎日参加するようになっていた。
ある朝俺は三井をさりげなく鑑定した。
【 鑑定を開始します 】
■鑑定結果 三井寿(一か月後)
■プレイメイク
パス精度 55 → 58
ボールハンドル 58 → 67
ボール保持スピード 52 → 59
■フィジカル
スピード 56 → 59
アジリティ 54 → 63
パワー 42 → 48
スタミナ 60 → 65
■ディフェンス
ペリメーターD 52 → 56
ヘルプD IQ 55 → 58
(アジリティが+9。ボールハンドルも+9。これは大きい)
そして、俺は気づいた。
(……三井の重心移動が明らかに変わった)
練習で見せる動きが以前よりもずっとスムーズだった。
膝のぐらつきも着地の音も確実に小さくなっていた。
(いい傾向だ。このまま続ければ膝への負担は間違いなく減る)
胸の奥に小さな希望が灯った。
「翔真、何ぼーっとしてんだ」
「いえ、何でもありません」
「今日は、新しい抜き方を教えてくれるんだろ」
「はい。今日は、ヘジテーションをやりましょう」
「ヘジ……何だって?」
「一瞬だけ動きを止めて、ディフェンスのタイミングをずらす技です」
「おお、面白そうだな」
三井がにやっと笑った。
「お前のおかげで、最近、バスケが楽しくて仕方ねえんだ」
「……よかったです」
(その言葉が何よりも嬉しい)
その夜。
家に帰ってノートを開いた。
『三井先輩一か月でアジリティ+9ボールハンドル+9。着地の音が小さくなった。お尻の筋肉の使い方を覚えてきた』
そして、もう一行。
『大柄な先輩が膝に違和感があると言っていた。顧問の先生に相談してもらうよう伝えた。要注意』
(これは三井だけの問題じゃないんだな)
怪我の予防はチーム全体でやるべきことだ。
(もっと広げていこう)
窓の外には夏の始まりを告げる空が広がっていた。
「よし。このまま続けよう」
俺はノートを閉じた。
そのとき隣の部屋から母親の声が聞こえた。
「翔真、またクッション増えてない?」
「……ちょっと買い足した」
「何個あるの?」
「……8個」
「8個!?」
「あと、ゴムバンドも」
「ゴムバンド!?」
(クッションとバンドの数がいつの間にか増えている。足首トレーニング用だと言っても、母さんは信じてくれない)